第一話:一般的な
衝撃の新章。今までが第一章、ここからは第二章、みたいな位置づけです。
ここからは徐々に物語の伏線を回収していきますが――とりあえずこの章だけは閑話的ポジション。伏線回収はどうなるやら。下手したら前倒しになってこの章でやる……かも。
ではでは。
明野家。
父母ともに健在。
息子が一人の、三人暮らし。
白髪赤目という、先天的なハンデ――奇抜な外見をまるで気にした風もなく、明るく快活な性格。
父、明野玄詩は世界的な科学者で、様々な分野において活躍している。科学者の代名詞としても使われるほどで、ノーベルの財産が尽きていなければ、ノーベル化学賞にでも選ばれていただろうとされる人物。
母、明野柳希は大英グレートブリテン王国付きの筆頭教育係。要は世界で一番偉いポジションについた家庭教師。代々英王家に日本語を教授する家系の生まれ。
両親ともに世界金持ち番付に入りそうなくらいの収入はあるのだが、父はその金をすぐに湯水のように使ってしまうので、実際我が家に入るのは母の収入だけだ。父が遊興のために金を使っているわけではないので、俺としても、特にとやかく言うつもりはないのだけれど。ただ、実験に私財までつぎ込むのって、一体どうなのだろう。
つまり何が言いたいかというと、我が家はそれは一般家庭に比べれば裕福だが、ブルジョワジーと比べるとかなり見劣りする、という煮え切らないポジションにあるということだ。家も普通の4LDKで、普通に駅から徒歩十分とかの、田舎ではないが都市部でもない、これまた中途半端なところに建っている。
一般家庭がちょっと頑張って家を建ててみました、みたいな、そんな感じである。
追記すると、両親、特に母は英国に単身赴任していることが多いため、現在三人で暮らしている今の状況は結構なレアケースだったりする。父の研究も今は家でできるようなことらしい。
俺の住む白木丘市は海と山に挟まれた平原で、市の真ん中を真っ二つにするように川が流れている。全体的に果樹園が多く、河口では稲作をやっている工場も多いらしい。特産品は根菜類。特に人参とかは美味しいと思う。
昨日のうちに今日の時間割は合わせておいたので、朝、とくに慌てることも家を出る。俺の通う公立白木丘高校までは歩いて三〇分。自転車で一二分ほどだ。
今日は早くに目が覚めたので、まだかなりの余裕がある。昨日まで降り続いていた雨も上がり、澄んだ空気と柔らかな日差し。
夏休みが開けて、今日は八月の二六日、月曜日。今日から二学期だ。
台風一過の影響で、まだ八月だというのに気温が低く、非常に気持ちの良い朝。せっかく時間に余裕があるので、こんな日は歩いていくに限る。始業式だから手ぶらみたいなもんだし。
継ぎ目の無い、アスファルトの路面を歩いていく。時折犬の散歩の人とすれ違うので、おはようございます、おはよう、と挨拶。
雨の影響か、湿った空気はやはり夏のそれで、学校に辿り着くころには少し汗ばんでしまった。まだ八時にもなっていないのに、温度計は四〇度を指そうとしている。そりゃあ教室をずっと閉めきっていたのだから、気温も上がるだろう。
換気だ換気。窓を全部開け放ち、ドアも全開に。廊下に出てそこの窓も開けて回り、心地よい涼風に髪を揺らす。窓からグラウンドを見ると、陸上部が朝練をやっていた。人口土の敷き詰められたグラウンドにトラックを描き、飽きもせずにその周りをぐるぐる走り回っている。まだ二学期だ。俺も何か部活に入ってみようかな――そんなことを考えつつ、教室に戻る。
一年六組。一学年六クラスで、三階が一、二、三組、空き教室。二階が四組、渡り廊下、空き教室、五組で、六組だけ一階にある。昇降口――下駄箱があって、階段があって、廊下の奥にあるのが六組だ。階段を上り下りしなくて良いから楽ではある。空き教室があるならそこを詰めれば良いのではないかとも思うものではあったが。
八時五分前。
クラスメイトが登校した。
夏休みの間中会っていないわけではないが、それでもしばらくは会っていないゆえに、一瞬名前が出てこなくて焦る。
必死で脳内の図書館をひっくり返し、そして思い出した。佐藤優樹。利発そうな顔立ちで綺麗に切り揃えられたショートカット。中学一年生からずっと同じクラスの、腐れ縁とも呼べる女の子。俺は彼女が校内で密かに行われている美人ランキングで上位に入っていることを好ましく思っていない。
優樹は俺のものだ――という変な独占欲がそう思わせるのだ。おそらく、中学一年生のころからずっと、俺は彼女のことが好きであるらしい。
そうだ、そうだった。
思い出した。
突然棒立ちで自分の事をガン見し始めた俺に対し、怪訝な表情を浮かべながら優樹は言う。
「どうしたのだい、黒羽。自分の知音の顔も忘れるほど残念な頭であったかな、君は」
「え、ああ、ごめん。ちょっと」
「ちょっと? もしかして君、僕のことを忘れていたと言うのかい?」
佐藤優樹。書生風というかなんというか、変な話し方をする女ではある。
「いや、違う違う。覚えてるって」
「本当にそうかい? 僕は、夏休み中だって片時も、君のことを考えていないことなんてなかったのに」
「……それはそれで怖いというか」
実は何となく嬉しいかもしれない!
「寝ている時と食事の時、勉強の時と本を読んでいる時と何も考えていない時、通学でバスに乗っていない時とトイレに入っている時以外はずっと、君のことを考えている」
「つまり俺の事なんてちっとも考えてない!」
この娘、男の純情を無意識に踏みにじることを趣味としているに違いない。と、俺は勝手に考えている。
「何を言うか。風呂に入っている時とベッドに寝転んでいるときは君のことを考えているぞ」
「なぜそこで?」
「決まっているだろう!」
急に叫ぶな、驚くだろうが。口には出さずにそう思う。優樹は、良い奴ではあるし、俺の初恋の相手でもありそれはずっと続いているのだが、それでも感情の起伏が激しいところは少しついて行けない時がある。
あと、本質的に変態だとも思う。
「うら若き独り身の女子が風呂やベッドなど一人になれる時にすることと言えば一つ、オ――」
「おはよー! 元気だな優樹朝から」
「待って! 優樹さん詳しく! 今龍聖のせいで聞こえなかった部分詳しく! できれば詳細に!」
優樹が話している(叫んでいる?)最中に、空気を読まないことに定評のある、俺の幼馴染にして、小学校三年生から驚異の八年連続同じクラス、轟木龍聖が登校した。最初はそりが合わず、今時漫画でも見ないような「なかなかやるな」「お前もな」を実際にやった仲でもある。
「ちなみにだが、通学途中のバスでやるときもある」
「何を! ねえ何を! 後でで良いから詳しく教えてください!」
気になります!
一般的な男子高校生の知的好奇心的な云々かんぬんにより!
「お前ら、何の話してんだ?」
「お前のせいで聞き取れなかったんだよバカ!」
「おい黒羽、お前――俺の事、龍聖って書いてバカって読んでね?」
「良くわかったな、電話のアドレス帳がまさにそれだ」
俺と優樹が中学一年生から同じクラスであり、龍聖とは小学三年生から同じクラスであることから当然導き出される自明のことなのではあるが、優樹と龍聖、俺ともう一人を加えた四人は、中学校一年生からずっと同じクラスだ。学校にいるときは気づけば一緒にいるような仲。休日予定があえば、一緒に、町に繰り出したりもする。
あと一人は、龍聖とは比べ物にならないキング・オブ・バカこと山寺という奴で――さて、今日の遅刻の言い訳はなんだろうか。
☆☆☆
「時は戦国の時代に遡る」
「ほう……」
「戦乱の世を駆ける一人の忍びの姿があった。後世に名も残らない、ずうっと忍んできたが故の結果」
「それで?」
「その彼こそが――前世の俺です。今朝登校中に思い出しました」
山寺。馬鹿の代名詞。うちの高校では「山寺っぽい」という言葉が最大級の悪口である。
小学校一年生から、忌むべきことに十年間同じクラス。奇跡か。
毎朝とは言わないまでも、三日に一回は遅刻してくる彼の言い訳は、毎朝毎朝妙に作りこんだ設定があって、クラスの風物詩ともなっている。通学中にそんなことを考えてくるから遅刻するのだ、馬鹿め。
今回は、行き遅れであることを気にしているらしい二七歳の担任の容姿を褒めるパターンだと思う。
「それと遅刻との間に、どういった因果関係があるのか簡潔に言ってみろ」
俺が思うに、この高圧的なしゃべり方のせいで男が出来ないのではないでしょうか先生。口に出すと睨まれるし職員室に呼ばれた挙句怪しい紙にサインさせられそうになるので、言わないが。結婚届に無理矢理サインとか、なりふり構わなさ過ぎではなかろうか。
「先生――否、姫」
山寺はおもむろに跪くと、担任の手を取り、甲にキスをした。日本の忍びじゃなかったのか。西洋のマナーはいらない。
「私は、姫を敵の魔の手から守るために、影となりずっと傍に控えていました! つまり――遅刻などしていません! むしろずっと同じ場所に居たので、私が遅刻なら姫も遅刻になります!」
「ずっと?」
「ずっとです!」
「片時も離れず?」
「片時も離れずであります!」
敬礼して言う。キャラブレ過ぎだろ。忍びのモノじゃなかったのか。日本文化大好きな外国の海兵みたいになっている。
龍聖が振り向いて、三本立てた指を見せてきた。パターン三、演劇系の合図。
賭けの話だ。
パターン一、恋愛系。
パターン二、厨二系。
パターン三、演劇系。
パターン四、うっかり強調系。
パターン五、その他。
これらの選択肢の中から一つを選び、外したら正解者に昼飯を奢るルール。パターン五で正解したら、ジュースしか奢ってもらえないというルールもある。今回俺はパターン一に賭けて、龍聖はパターン三。パターン二はいわゆる電波系なので、今日の山寺の言い訳はパターン三に分類される。
優樹がバカを見るような半目で俺と龍聖を見てくるが、俺もバカというカテゴリに含まないでほしいものだ。自分もパターン五に賭けてたくせに。つくづく堅実な奴だ。なんだかんだでパターン五が一番多い。
「そうか……まあ良い、山寺。座れ」
担任の言葉に従って、教卓の隣の席に座る山寺。彼は色々と――バカであるがゆえに――問題を起こすので、常に隣の席は教卓である。
そんな彼に向かって、担任は冷たく言い放った。底冷えするようなドスの利いた声だった。
「誰が椅子に座れと言った。床だ。床に正座しろ」
担任が切れていらっしゃる。珍しい。常に怒ったような仏頂面を浮かべているがゆえに、逆に彼女が起こることはめったにないのだが。まあ、
「始業式から遅刻とはどういうことだ山寺」
「私は姫の影となり――」
「それはもう良いから、なんでだ? 何回目だ? 山寺」
小柄な担任のアイアンクローが山寺の顔に。イタタタタという山寺の痛いんだか痛くないんだかわからない悲鳴が漏れる。
「ハッ! 私が記憶している限りでは、今回で二〇回目かと!」
「三五回目だ馬鹿者」
アイアンクローの力が強まった。
☆☆☆
それは突然にやって来た。
突然突き上げるような縦揺れ。地震だ。
始業式、校長の、「無駄に長い話は聞いている方もしんどいと思うので、手短に」から始まる大演説を聞き流し、大人は嘘吐きだという社会の真理を悟った気分になっている時だった。
最初にP波も来たのかもしれないが、これから進出するであろう社会に暗鬱な考えをまとめていた俺は気づかなかった。
かなり大きい。揺れは三〇秒以上も続き、式中の体育館は若干のパニックになる。
そのパニックを沈めたのは我らが担任の一喝、うるせぇ! の怒鳴り声である。壇上に上がり、再度怒鳴った。壇上には、マイクが必要ないように、そのものに拡声機能が仕込まれているが、そんなものが必要もないくらいの大音声だった。男前な巻き舌で、言う。
「お前ら! これから避難するから、アタシの指示に従え! 異論は認めない! 良いな!」
それに対し、我が一年六組は全員最敬礼の上、サーイエッサー! と叫んだ。上級生でも同じアクションをしている人が何人かいる。去年あるいはその前の年、彼女が担任を持ったクラスの生徒だろう。良く仕込まれている。
これは別に誰かがやろうとか、担任がやれとか、そういうことを言い出したわけではないが、気付いたら皆習得していたスキルだ。
――スキル?
☆☆☆
――――――システム、オールグリーン。問題ありません。
☆☆☆
「どうしたんだい、黒羽」
うちのクラスの出席番号順は、男子はあ行の「明野」――つまり俺から始まっているが、女子はなんとも珍しいことにさ行の「佐藤」から始まっている。よって、出席番号順に男女一列ずつ、二列に並んでいる今、俺の隣に並んでいるのは優樹だ。その優樹が、俺に聞いた。ちなみに最敬礼のポーズである。
「いや、今ちょっと考え事してたんだけど……なんか、ある言葉――なぜかなんて言葉だったかは忘れたけど、違和感……既視感? みたいな」
「ふうん」
そう言ったきり黙ってしまう優樹――かと思いきや。
「そんなことよりさ、黒羽。先生の説明を聞いていたかい?」
当たり前だ。
アンアンクローなんて喰らいたくはないのである。
「これから高台に避難するんだろ」
「面倒だけれど、うちの高校が臨海地域にあるのだから仕方がない」
壇上では依然担任が怒鳴り散らしながら、指示を出していた。そういえば彼女は生徒指導でもある。
「おらっ、一年六組ども! お前らはアタシの指示なんかいらねえだろ! 迅速に避難場所に移動だ!」
これは……担任から俺たちへの信頼と、そう受け取っても良いべきなのか?
この問いには、優樹でさえも少し首を捻った。
というわけで唐突に始まった日常編、しかも学校!
違和感をばらまいてあります。黒羽君が、まるで普通の高校生になってる――とか。そういうの。誤字脱字以外は、指摘されても伏線だから、としか答えられませんが――指摘されたらされたで、ニヤッとしますので、気になることがあればどしどしと。
それでは、大きな大きな疑問を抱えたうえで、どこからどう見ても王道、よく言えばありきたりでつまらない、作為的にしか見えない学園ラブコメに、しばらくお付き合いいただければ幸いです。この章のプロットは――すでに完成しておりますので大丈夫です。こういうもんだと思ってください。仕様です。
では、たしぎでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「そういえば父さん、新聞は?」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――
評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事




