最終話:デス・ゲーム・オーバー
終わった。
タイトルから察してください。
終わった。
なんちて。ナウ10/27、PM21:46
ヘイ良い子のみんな、サンタさんからのプレゼントはもらえたかい?
リア充共はしっかり爆発したかい? 僕もそのころまでにはリア充になれていたら良いのに(/_;)
では。
「え? え? ……意味が……わかりませんよ……? わかりませんよ、聖夜先輩!」
なんだってこんな手の込んだ冗談を――
「こんな冗談は……面白くもなんともないですよ!」
「すまないな、クロウ。お前はここで死ななければならない。いや、正確には――今、自分はお前を殺さなければならない」
言うと聖夜は夜を裂くを構えた。同様にリラも大剣の紐を解き、ミウは大量の爆弾をアイテムボックスから取り出した。モミジは包丁を逆手で二本持ち、サーラに『殺しなさい』――そう命令した。
「仮にこれが冗談だったとして言うんですけど――」
そんなことはありえない。
目の前の光景を見て、どうしてそう思える。
友人。ギルドメンバー。姉妹。
俺が大切な人間を聞かれたら、真っ先に紹介する人。
「このゲーム、デスゲームです……よ? 殺したら死ぬんですよ……ってわかってますよ、ね」
彼らは、何も語らない。
無言のまま――つまり、そうだ、という肯定。
敵達は、何も語らない。
「じゃ、じゃあ! いったいどうして俺を殺すなんて急に――!」
身体中から力が抜けて――
もしも殺すのが辛いと感じるのなら――聖夜が言う。
「こいつは、限りなく人間に近いが人間ではない生物だ。当然お前らが知っている、明野黒羽という人間とは別人だ――そう思え」
夜を裂くを突き出した聖夜が一歩を踏み、凄まじい速度でこちらに駆けた。
☆☆☆
ゾンビ全部――七二四六体を同時に顕現させた。
要塞型モンスターぬりかべと、ザ・ウォールを、敵との間に置いて、簡易の城を構築していく。人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり――戦国時代、今より遥か十世紀以上昔の、武将、武田信玄の言葉。人材こそが強力な守りだ、として、他の武将と比べ立派な城を築かなかったとされる。
伝聞という曖昧な感じになってしまうのは、仕方のないことだ。
なにせ第三次、第四次世界大戦で歴史書やらデータやらが軒並み焼けてしまい、現代に伝えられたのは口伝を編纂した神話集だけなのだから。正確な歴史は分かっていない。
生命誕生から現代までを何億通りに渡ってシュミレートすることは可能ではあるが、その何億通りの歴史の中で、何が偽りで何が真実なのかを知る術は、もはや残されていないのだ。
その中でも面白い歴史をまとめて「歴史シュミレート~現代人はこうして生まれた~」という本が出版されているけれど、その中でも俺は、かつて日本にあったという富士山の話が好きだ。かぐや姫という女性が、愛した男性、帝に与えた不死の薬を、されどかぐや姫のいない世界で永遠に生きても仕方がないとして燃やさせた場所だから不死の山――冨士の山。
盛大に話が逸れたのだが、つまり何が言いたいのかというと、まず人材――ぬりかべとザ・ウォールで城壁を築く。
ぬりかべは、江戸時代に絶滅したらしい珍しい動物で、巨大な三つ目の犬の形をしている。言い伝えによると、その巨大さから道を塞ぎ、通せんぼをするとして、妖怪として扱われていたらしい。三つ目という奇異な見た目から迫害されて、元々少なかった個体数をあっという間にゼロにした。
ザ・ウォールは、無機物のモンスター。鋼鉄や石、岩が集合して壁の様になったモンスターである。こちらは二一世紀後半に一時期だけ流行った都市伝説が元で、要するに二一世紀版・ぬりかべらしい。ぬりかべという動物を絶滅させたことに対し、抗議団体が今更デモ活動を起こした結果だとか何とか、諸説ある。
治安が悪かった二一世紀の都市伝説であるから、ザ・ウォールは砲撃性能を持つ。秒間二百発の対人魔法機関砲。ぬりかべの間を埋めて、攻めてくる敵を俺に近づけないようにさせる。
城壁はできた。
古来の日本人が住んでいたとされる城という建築方式。もちろん西洋のお城とは違う。土と木でできた建物に、周囲を囲む堀。
次は堀だ。
スライム、マッドスライム、アシッドスライムにアクアスライム。それらを、城壁の外に三百体ずつ顕現させた。先程の武田信玄の時代――戦国時代には、堀を酸性の液体で満たし、外敵の侵入を防いだらしい。スライムはそれぞれ酸性で、物理攻撃が無効である。
続いて守りの兵。
虫系モンスター総数二千体を展開、キラービーやクイーンホーネットなど、空を飛ぶことができるモンスターには間隔を広げさせて、ネットを張る。
正面から無策に突撃したとして、地に這う虫がそのプレイヤーを襲う。そして足を止めた隙に、空中からの集中砲火と、ザ・ウォールの魔法機関銃。完全に立ち止まってしまうと、酸性のお堀が足元に水たまりを作り始め……
内部。
建物に擬態するモンスター、マジックハウスやミミック、キングミミックを無理矢理に組み合わせて、城を形作る。
俺が陣取るのは、その最上部だ。
さらにその城の周りを、一定の間隔でラット千体が走り回っている。ラット・ジェネラルを召喚したので、統制がとれた動き――通常のラットが、ラットの大群という一体のモンスターへと変化したのだ。千体分の群れ。
城の上空は鳥系モンスターが目を光らせ、背後は炎龍ブリューナク、右手は渓谷の守護竜、左手は幻影龍が陣取る。
炎龍ブリューナク、渓谷の守護竜、幻影龍は、それぞれナイロック湖の主と同じ、「魂」系伝説級宝を守っていた守護獣だ。討伐しに行ったときにラストアタックを譲り受けたので、ゾンビ化に成功した。俺が持つゾンビの中で最強のモンスター達。
正面には――俺が城を築く間微動だにしなかった、敵の姿があった。
☆☆☆
「黎明の光があまねく世界を照らす――“夜を裂く”!」
わかってはいたけれど、自慢の城の前方が、すべて蒸発した。一撃で、だ。
「先ほど怪物を倒した時よりも威力が上がっている?」
先程の実に二倍はある太さに、長さ。一振りで四桁単位のモンスターを屠り、攻撃を弾いた。
「自分がお前の質問に答えてやるわけにはいかないが、その疑問は解消してやろう」
また一振り。残るは守護獣三体――ブリューナク、守護竜、幻影龍の三体。正面にいなかったため、たまたま無傷であったらしい。
「“夜を裂く”の攻撃力は、先ほどの丁度二倍だ。なぜなら――」
アサクラと、サーラを指差した。
「パーティに一四歳以下の幼女がいた場合すべてのスキルが三倍」
そう、と、一つ間をおいて。
「自分が、ロリコン最上級職「幼女の守護神」だからだ……ッ!」
案外自分がピンチでは無い気がしてきた。
☆☆☆
だがもちろん、それは勘違いだった。
その敏捷力は、守護竜を憑依して短時間の飛行が可能になった俺ですら追いつけず、その攻撃力は炎龍の憑依ですら適わず、その防御力は幻影龍の憑依でやっとイーブンだった。
防御力の面でなんとか持ちこたえてはいるが――それも、聖夜一人分の話だ。これ以上敵が増えたら、対処できる自信が無い。
「リラ! 僕のことを好きだと言ってくれましたよね! 最近、なんて惜しいことをしたのかと後悔します!」
リラが大剣を振りかぶるのを横目でとらえてから、叫んだ。
大剣を振り下ろすのが一瞬遅れ、鈍い軌道で地面に突き刺さる。避けるのは容易だった。
「アサクラ……いや、ミウ! 俺はお前が好きだぞ! 愛してる――愛してた!」
アサクラが爆弾を振りかぶるのを目聡く見つけて、先んじて宣言。
爆弾の狙いは逸れて、明後日の方向に飛んだ。
この分なら、聖夜さえ無効化してしまえば――イケる!
「姉ちゃん! 俺のことは嫌いか! 俺は姉ちゃんのことはずっと、大切な人だと思ってたぞ!」
モミジの接近。
サーラも同様の手口での懐柔を試みる。
全部本心そのままであるが――別に本音をそのまま言ったわけでもない。
俺はまだ……
聖夜にはこの手は通用しないだろう。
催眠術の可能性も考えたが、どっちにしろ聖夜は倒してしまわなければならない。殺さなくても良い。無力化ができれば重畳だ。
俺は敵を――この人たちを殺したくはないし、死んでほしくもない。
だが、彼らは俺を殺そうとし、俺が生き残るためのてっとり早く、かつ最も成功率が高い方法が、全員を殺すことなのも確かだ。
二律背反。生物的な自衛の観念から言うと、俺は彼らを殺すのが最善手だ。個人のモラル的に言うと、俺は彼らを殺さず、ただその刃を受け入れねばならない。暴論だ。
俺たち全員が助かるような方法は、それこそ俺がどう足掻いたところで、無い。
彼らが俺を殺すという意見を変えさせねばならない。可能か? 不可能だろう。
だが、俺は自分が何者であることを自覚し、この『Treasure Online』にログインしたのであったか――
「俺は、卑怯者だ!」
卑怯者だから、言葉を使い、彼女たちの俺への好意を(あると信じて)悪用し、そして。
この状況下においても、全員が笑顔になれるような方法を模索している。
「俺は――今世紀最高の卑怯者になる!」
全員で――笑顔に。
☆☆☆
俺は変わった――んだと思う。
精神安定剤を噛み砕かないとまともな思考もできなかったようなあの時、トレジャーオンラインデスゲーム化からログインまでの間とは違う。
苦手だった会話もできるようになったし、どんなことを聞かれてもうまく切り返せる自信があった。会話能力は凄く伸びたし、相手の目を見て話すこともできる。
コンプレックスだった白髪と赤目も、リラやミウの、綺麗だから気にすることはない、という言葉であっさりとコンプレックスであることを返上した。キリに希望子の様に紅くて気持ち悪いですと言われた時には一晩凹んだのだが、それはこの際置いておいて。
一昔前の俺が、この状況に直面したら、どうしていただろう。
『ダマスナット・ヒュージ』で、リラとミウが敵に回ったとき――俺はどういうリアクションをしただろうか?
――殺そうとした。
本気で、彼女ら二人を殺そうとしたのである。
ましてやこの状況――親しい友人に血の繋がった姉妹、そして俺を好きだと言ってくれた女の子達が、俺を殺そうとしているこの状況で、過去の俺ならばここで選ぶ手段は一つ――「自爆」の上位互換魔法「消滅」である。自分を含む周囲一帯のあらゆるものを消滅させる、ある意味で究極の魔法。HPを削るのはもちろんのこと、使用者は装備と所持品・金全てを失うので、使うときには一考が必要。
つまりは――心中である。
翻って今俺は何を考えている?
――みんなで笑顔。
最高に頭がハッピーだな、と昔の俺なら一笑に付した、馬鹿な内容、願い。
自分でも驚くほどに、思考が前向きになっていたのだ。トレジャー・オンラインにログインしていたこの半年――現実時間だと三か月――で。
「何を――笑っている?」
これ以上驚くことなんてあったか――俺の表情は、笑みの形を作っていた。
前の俺が鬱だとすれば、今は躁の気分だ。今なら何でもできるような気がしている。
☆☆☆
俺は、このゲームにのめり込んでいた。
初めての感覚。
熱中したバトルに、HPの回復も忘れるほどで。
だがそれは向こうも同じであるらしく、お互いにHPバーは残り四割ほど。守護竜とブリューナクが倒されてしまい、残った幻影龍は、今はリラとミウ、モミジとサーラが相手取っている。
つまりは、最終決戦。
俺と聖夜の決着こそが、この戦場において最重要とされる。
「先輩――楽しくなってきました」
「それは重畳だな――死ね」
ランスの突きをかわす。
聖夜の無力化をどうして成功させるかなんて――この際、どうでも良くなっていた。武器・防具破壊は特殊なスキルを使わなければ為し得ない。俺はそんなスキルを持っていないが、ゾンビの中には持っているものがいる。このまま戦い続けて、疲弊したゾンビの復活までしのげれば、あるいは。
だから、それまでの間は、この戦闘を大いに楽しんでしまう。
「だが、そろそろ遊びは終わりだ。本格的にお前には死んでもらう」
聖夜は言うと、短い詠唱をした。
「視覚分身――今から、攻撃数は二倍だ!」
聖夜が二人に増える。
これは――防ぎきれない。片方はシステムが動かしている偽物なのだが、元のスペックが高いため、次第に俺のHPが目に見えて減少し始めた。防御に手いっぱいで、回復する隙もない。
残りHPが一割を下回ったところで――楽天的な考えは急に消えて、恐怖が俺を蝕んでいった。
――もしかして、本当に、死ぬ?
俺は、ここで……死ぬ、のか?
「せ、聖夜先輩――これ以上は、本当に死にます!」
だから、と、聖夜は冷たく言い放ち。
「お前は死ねば良いのだと、初めからずっと言っていたつもりだったのだが?」
聖夜のランスが俺の防御を弾き、仰け反ったところを――二撃目。胸を抉り、夜を裂くが俺の体を貫いた。
だが、それは分身だ、を地で行い。さっき消費しなかったプレイヤーゾンビと体を入れ替えたのだ。もちろん一撃でプレイヤーゾンビ――聖夜のゾンビだ――は消耗し、地に還る。
「大人しく死ね!」
愚直にまっすぐ突き込まれてきたランスを、ステップしながらかわそうとして。
「……え?」
両足の甲が縫い付けられたように動かない――見ると、実際に包丁で縫い付けられていた。
ここで屈んで抜くのは愚策だ。敵に隙をさらすことになる。だが、ここで抜かなければそもそもランスが迫り――
俺は包丁を抜くことを選んだ。
包丁は刃先から根元に向けて、だんだんと広くなっていく。つまり、足を上げるとさらにダメージを喰らうということだ。ゆえに、足ではなく包丁を上げなければならない。
その、伸ばした手を――メイド服が視界の端ではためく。回し蹴り。両手を弾かれ、体制を崩したところに、爆弾が投げられた。雷のエフェクト。スタン効果を付与する、麻痺爆弾だ。
避けられない。
ランスが、目の前に迫り、あと数瞬で刺さるというところになって。
急に――急に、さっきまでの躁状態は消えて。
衝撃。胸を貫いた。
HPバーが全部削れて、視界が真っ赤に染まる。
《GAME OVER》――薄れていく視界の中、その文字だけが、燦然と輝いていた。
「ああぁ――――――!」
指先と爪先、体の末端からポリゴンに分解されていき、粒子となって空気に溶けだしていく。
自分が何者でも無くなっていく感覚――これが、死。
寒い。怖い。寂しい。――死にたくない。
トレジャー・オンラインに、もちろん錯覚だろうが、四肢が溶けて飲み込まれていく感覚。一体化する。世界そのものに、溶けて一体化する。
やけにゆっくりと分解が進む――そう感じているだけか。
結局、最も尊敬する友人に殺されてエンドだ。人生、長いようで短かった。
リラのことは――正直、異性として見ていたと思う。ミウも好きだった。
モミジは自慢の姉だし、サーラだってそうだ。
でも――俺の周りには、今、その誰もいなくて。
今更ながら回復したゾンビの霊魂が、次々に地面から飛び出してきた。
「友達はいないけど、ゾンビなら大勢いる……とか。ハハハ――寂しいなあ」
急速に視界が色を失っていき、霊魂がちかちかと瞬く。
その言葉は、俺が――クロウこと明野黒羽が、最期に放った言葉となった。
《完》
……え? まだ続くんじゃないかって?
いやいや、主人公死にましたけど。
続きませんって! 続きませんから! って、あ、ちょ! スクロール! これ以上画面スクロールしないで――! ってアッー!
――次回予告兼チラ見せ――
「ちょっと? もしかして君、僕のことを忘れていたと言うのかい?」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――
評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事
……見たね? 明日の一八時にまた来るが良いさ! 今から書いてくるっ!
では、たしぎでした!




