第一話:サヨウナラ
新章ですけど、むしろ一話だけは、ほぼ前章の続きです。で、この章は次の話で終わる、と。
あ、メリークリスマスと一足先に、10/27 AM1:28に言っておきましょう。予約予約。ではではー。また明日。え? 明日から毎日ですが何か←
この先輩がいれば確かに不可能はないんじゃないかと、確かにそう思えたのだが。
当の本人には、いきなり不可能が生じたようだった。
「ちょ、先輩! 聖夜先輩! 槍とかもうどうでも良いんで! 一旦逃げましょう! 怪物来てますから!」
「何を言うか馬鹿者! これはオーダーメイドの一点モノに、錬成でAtにプラス値十四つけた、この世界に一本しかない超絶レアアイテムだぞ! こんなところで破壊されてたまるか! アホか!」
「アホはアンタだ! デスゲームだぞ! HPゼロイコール現実世界での死ですよ!」
「ん? ああ、あれ、嘘」
「…………は?」
聞き捨てならない言葉があったような……
聞き間違いか? まさかな。まさか、俺たちが必死に生き繋いできたのに、デスゲームであるがゆえに絶対に死んではならないという綱渡りを渡り続けていた状態であるというのに、この先輩は、綱のすぐ真下に実はクッションがあったんだよ、と仰る?
……本当に?
俺が思考の渦に飲み込まれていると、いまだ槍にかじりついたままの聖夜が振り向いて言った。
「あっははー、だーまさーれーたー!」
「不謹慎すぎるわ!」
俺のツッコミが言霊となったかあるいは、怪物の前足の薙ぎ払いが、聖夜にクリーンヒットした。
弾丸もかくや、移動速度倍加魔法もかくや、敏捷力を格段にアップさせるスキルもかくや……といった勢いで飛んだ聖夜は、ぐんぐんと壁に吸い寄せられ、めり込んだ。土煙。
「先輩!」
慌てて駆け寄ろうとしたが、動いたのは怪物の方が先だった。俺が一歩を踏む間に凄まじい速度で駆けて行き、聖夜がめり込んだあたりに右腕を突き込んだのである。
俺は先ほど、一撃で八割は削られた。ちなみに今はもう、聖夜のくれた秘薬エリクシルで全回復している。
怪物の豪爪が土煙を割り、そして。
ギャ、という、金属を引っ掻いたような不快な音が響く。
怪物はそのまま腕を押し込み続けているが、腕はまるで進んでいかない。
そうしているうちに、土の煙が霧消した。
「槍が抜けたようだな」
ランスの先端あたりと柄を持ち、怪物の爪を受け止めながら聖夜が言った。
そのHPバーを見ると、残り八割は優に残している。今更ながらに聖夜の装備を見て、その理由に思い至った。真っ白の鎧。真っ白の篭手。真っ白のヘルムに、真っ白のグリーブ。見るからに強そうな装備。
適当な飴を、摘まんで引き伸ばしたような、ねじくれた、なんの法則性もない棘が好き好きに突き出している。そして特筆すべきは、目。光すべてを飲み込む黒瞳が、鎧のいたる所にあった。聖夜が身動きをするのにあわせて、残光が軌道を描く。
これは――
「“全てを見てきたもの”。そいつを倒した報酬――しかもレアドロップだけで作成した防具だ。被ダメージ量五〇パーセント減少と、同じ攻撃を受けるごとに回避率が五パーセントずつ上昇していく特殊効果がある。同じ戦闘で二〇回、同じ攻撃を受け、更に自分がその攻撃を防ぎ切った場合、その戦闘中はその攻撃が決して当たらない」
聖夜のランスが、怪物の爪を弾く。
よっぽど自慢の装備を見せびらかしたいらしい。聞いてもいないのに、今度は槍の説明までし始めた。
「このランスは、ダンタリオンズ・ドラグニカの余ったレアドロップと、幸運司リシ神龍のレアドロップを添加剤にして、オレイカルコスを鍛えた一本を、更に知り合いの細工師に加工してもらったものだ」
オレイカルコス――ってのは確か、オリハルコンのはず。半世紀ほど前に、確か京大が発明した物質で、古来より伝説の鉱石とされていたものだ。京大――京帝都大学はオリハルコンの開発に希望子を使用したらしい。昨今の実験では、神話などに残るオリハルコンのデータとほぼ同値に近い性能を引き出せたことが分かっている。
聖夜はこちらを見てランスの説明を続けながらも、怪物の爪をいなし、かわし、流ししては口を止めない。
「銘は、“夜を裂く”。裂くと咲くがかかっている、と、これを作ったプレイヤーが言っていた」
はからずも聖夜が持つランスの銘は、俺のギルドネームと同じであった。
「なあ、クロウ」
「……なんですか?」
「さっきは協力しようみたいなこと言ったけれど」
「はい」
「こいつ、弱いからやっぱり一人で倒していいか?」
言うなり聖夜は、怪物の爪を弾いた。……弱い? いったいどれほどの力量差が、俺と聖夜の間にあるというのだろうか。
のけぞる怪物に一瞬で詰めより、その槍を持って怪物の喉を貫いた。ランスの軌跡を白銀の光が追い、鱗に突き刺さる。
HPバーがそれこそ見たこともないような速度で減少して、〇になる――直前。
「悪いが、この怪物にはまだ死んでもらうわけにはいかないなっ!」
貴様ら、よもや私のことを忘れていたわけではあるまい――? と、カミーユが怪物に治癒魔法をかけた。
テイマーは、テイムモンスターが死んだら復活に蘇生アイテムがいるほか、結構なデスペナルティを受けると聞いたことがある。それも、テイムモンスターの強さに比例して大きくなるデスペナルティだ。この“怪物”で言うと、一週間ほど呼び出せなくなる他、プラス値の半減とかもあり得そうなものだ。
怪物のHPバーがみるみるうちに回復していき、全回復。
「雑魚がどれだけ粘ったところで時間の無駄だ」
「雑魚は貴様らの方だ!」
「……クロウ! 手伝え!」
「了解です、先輩!」
☆☆☆
カミーユは、怪物と、ゆーきとキリの足止めに使っているらしいモンスター以外を喚び出さなかった。ゆーきとキリが、思ったよりも善戦してくれているらしい。
聖夜の一撃で大体、怪物のHPの二割を削ることができるので、単純に計算して五発当てれば俺たちの勝ち。だが、怪物はその巨体に反して俊敏に聖夜の槍を避け、カミーユは適宜怪物に治癒魔法をかけた。
だから、聖夜が怪物を相手取り、俺がカミーユを相手にするという図式が、自動的に出来上がったのである。
カミーユ自体は、本人がそう宣言したように、あまり強くない。
ただ、最上級職なだけあって、中級職である俺とは、基本ステータスが二桁くらい違う。その辺りを埋めるのはもちろん、数の差、である。
ゾンビ、一気に千体投入。
ラットが八百体。ヒクイドリが百体。キラービーが五〇体に、バットが四〇体。後の一〇体はビギナーズフォレストで狩ったゴブリン達。
あんまり強いモンスターを投入するとカミーユが死んでしまうため、ラットやゴブリンなどの比較的弱いモンスターを召喚して、カミーユがなにかアクションを起こすたびに攻撃命令、邪魔をする。
聖夜がランスを投げる。
軽いスナップからは想像もできないような、物理法則を無視した勢いで槍が放たれて、怪物の顎から脳天までを貫通して抜ける。残りHP、既に四割。
投擲されたランスは天井に突き刺さり、ようやくその勢いを止めた。追随する白銀の光も天井に阻まれて、這うように霧散する。
そして――
「おい、クロウ!」
鋭く叫び、俺を呼ぶ。
「なんですか!」
「緊急事態だ!」
何が起こった?
あの聖夜をして緊急事態と言わしめることが、あまり思いつかない。過去に一度言われたときはなんだったかな、隣に住んでいる幼稚園児(幼女)がくれたバレンタインチョコレートに入っていたラブレターが、明らかに大人の字だったことだったか。聖夜の家は金持ちである。このラブレターはその女の子の母が書いたのだろうが自分はその娘が書いたと信じたいのだ助けてくれ――
件のラブレターとやらを、俺も見せてもらったが、明らかな達筆で、とても幼女の字とは思えなかった。なので、俺がかわりに返事をしたため、そのお母様宛に返事を投函しておいたのである。
ちなみに聖夜はまだそのことに気づいていないのだが、その夜、いつもの日課通りその娘の部屋を見守るために窓を開けて双眼鏡で覗くと、その母がやたらとこっちを見ながら着替え中だったらしい。その話を聞いた俺は、とりあえず通報しておいた。結局聖夜は、証拠不十分で無罪放免だったのだとか。
閑話休題。
そんなどうでも良いことを思い出しているうちに、聖夜は何事かを喋ったようだった。
最初から最後まで何一つ聞いていなかったが、言いたいことはわかる。
天井に刺さった槍をどうやって取れば良いだろうとか、どうせそんなところだろう。新たにヒクイドリを五体召喚して、ランスを抜くように指示。恐らく一体だけでは抜く事が出来ないだろう、と判断してのことだった。
「すまない、助かった」
無事に聖夜の手元までランスが渡り、俺に向かって話している間にも降り注いでいた、怪物の嵐のような攻撃を弾く。
仰け反る怪物と、その一瞬の間を逃さず詠唱を開始する聖夜。
「黎明の光があまねく世界を照らす――“夜を裂く”!」
ランスの白銀の光沢が、夜色に染まる。
突き出した槍に纏わりつく極太の光線。
それをいともたやすく振り回し、聖夜は飛び上がった。そしてそのまま――
「やめろ――――!」
「行……っけぇ――――!」
怪物の脳天に突き刺さり、頭蓋に侵入し、ついにはHPバーを吹き飛ばした。
怪物を、倒したのだ。
☆☆☆
力無く、アヒル座りでへたり込むカミーユ。しおらしいと可愛らしく感じるのは……なぜだろう。
俺はゾンビを全部消すと、カミーユに手を差し伸べて言った。
「俺のギルドに入らないか」
カミーユは、最初は嫌々、途中でおずおず、と手を出しかけてやめたので、俺は無理矢理にその手を取った。
あ、とカミーユが声を漏らしたが、無視。言ったもの勝ちの精神で、言う。
「ようこそ、カミーユ。俺のギルド――“空に咲く黒色の羽”へ」
「私はまだ、入るとは……言ってないぞ」
目を逸らしながら。
俺はそんな彼女に、とっておきの故事成語を言うことにする。二一世紀あたりの古典を呼んでいるときに、なんとなく心に残った言葉――
「昨日の敵は今日の友――って言うんだぞ」
「昨日の友は今日の敵、とも言うぞ。……私は――隙あらば、貴様の寝首を掻きにいくが、貴様はそれでも良いのか?」
カミーユの問い。
なので、当たり前だろ、俺はそれすら許容してみせる、と、大言壮語も良いとこなセリフを吐き、カミーユに、“軍靴の音”は“空に咲く黒色の羽”に参加しますか? というメッセージを送信しておく。
同時に。
勝ったァ――!
という声が客席から響く。ブルーとメイビィだ。それに続いて、巨人の拳から歓声が上がり、それは段々と隣のギルド、隣のギルドへと伝播していき、そしてこの伽藍堂――『デュッケイルの心臓』を、歓声が満たした。
それとほぼ同じタイミングで、ゆーきとキリが、カミーユが現れたのと同じ入口から入ってきた。無事だ。
「お兄ーちゃん」
「サーラ!?」
背後から、妹が抱き着いて来た。意図せぬ衝撃によろけたが、踏みとどまり、振り返る。
「来ちゃった」
姉もいる。
「アーサーのポータルでワープして来たんだよ!」
「さっきここを出る時に、ポータルの出口をここに設定しておいたのでございます」
ミウのポータル。
いったいいつの間に作ったのやら。
「良かったです、クロウさんが御無事で」
「リラも、ありがとうございました」
「いえいえ、助けに駆けつけようかと思って、アサクラさんのポータルですぐにギルドにキリバさんを連れて行って、そしてシャルロッテさんと再会させてから、急いで帰ってきたのですけど……力になれなくてすいませんでした」
「あ、いや、全然全然。とっても助かりましたよ。ありがとうございました」
キリバとシャルロッテは、今はギルドで保護しているらしい。ギルドの中にいるのならば安全面では安心しても良いだろう。
「それにしても、あの短時間で、良くあのモンスターを倒せましたね、クロウさん」
「いや、あれは俺じゃなくて――」
リラの勘違いを正そうと、俺が口を開いたその時だった。
聖夜が俺の声を遮るようにして、言った。
「自分だ。自分が、あいつ――怪物を倒した」
「あれ? クロウさんが倒したのでは……な……い…………っ! 聖夜……さん」
「リラって、聖夜先輩と知り合いですか?」
リラのリアクションに思うところはあったが、今までいなかった人間――しかも現実での知り合いが突然現れたら、確かに驚くのも無理はない。
なぜなら、同じ学校の同じ学年なのだ。知っていても不思議ではない。
リラと同じようなリアクションをしているサーラやモミジも、明野家と中津家が家族ぐるみで懇意にしているわけだから知っているのは当然で。
だが――ミウまで同じようなリアクションをしていることには驚いた。顔見知りか?
「あー、クロウ。お前には大事な話があると言ったが」
そう言えば、派手な登場をした時に言っていたな。
「ここじゃあなんだから、少し場所を変えるぞ」
言った聖夜を中心に、俺やリラ、ミウとサーラ、モミジが、白い球体に包まれた。
「ちょ、私たちは放置ですの――!」
転移する寸前、ゆーきの叫び声が聞こえた気がした。
☆☆☆
下草は柔らかく刈り込まれ、百八〇度何処を見渡しても、くるぶしくらいまでの花以上高いものは存在しない平原。
錯覚かもしれないが、日光や風、そしてその風が運んでくる――春の匂いすらも、柔らかく感じる。
常春の平原。
ナイト・ブルーム領の北東、女王の薔薇領外門から出た先に広がる風景。外門から向こうの端まで、二日間歩き続けなければならないくらいには広く、転移の魔法――使えるプレイヤーなんて片手で数えられるくらいしかいないが――で飛ぶにはとても近くの距離。
聖夜のテレポート魔法で飛んだ先は、ここだった。
で? と、話を促してみる。なんですか?
「ああ、大事な話だから、良く聞いてほしい」
「なんですか、急に改まって」
聖夜は、一度瞑目して、大きく息を吐くと、言った。
「お前には、今から死んでもらう」
「……え? ……な、なんですかその冗談、面白くないですよ? なあ、サーラ」
俺の首にしがみついたままだったサーラに聞く。
「ごめんね、お兄ちゃん」
するすると地に降り立ち、聖夜の側に立った。
「は? え? これは一体、どういう……」
「アサクラからは……説明できないかな……ごめん」
いつの間にか聖夜の側に立っていたミウが、目に涙を浮かべながら、伏し目がちに言った。
「え? 聖夜先輩、これは――」
「黒くん。お姉ちゃんは――お姉ちゃんからも、ごめんなさい」
どうして。
姉まで、聖夜の側に立った。
リラだけが俺の方に立っていて――
助けを求めるつもりで、リラの方を見て。
「リラ先ぱ――」
「クロウさん」
一言、何か言おうとして、唇を噛んで。
「その……ごめんなさい」
結局やめて、頭を下げる。
顔を上げたリラは泣いていたけれど――俺にはどうすることもできなかった。
「一体、どういう冗談ですか? みんなして」
「…………」
「聖夜先輩、何か言ってくださいよ」
何の表情も浮かべていない顔で、聖夜はこちらを見据え、そして。
「今は、説明できないし、そして、今後一生説明する機会もないと思う」
冷徹な機械のような、のっぺり平坦な言葉で言った。
最後に、とりわけ冷たい声音で言う。
「だから、最後に。さようなら」
と。
くぅーこれが書きたかった。ずっと。
あと一話とりあえず今日中に書こう。でもその前に寝ます。なう深夜二時。
シリアスは次話だけですよー。そして章タイトルに注意して、明日の一八時をお待ちくださいませー。
ではでは。
――次回予告兼チラ見せ――
「友達はいないけど、ゾンビなら――大勢いる」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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