最終話:友人
最終話だよ☆
次章は多分一話か二話で終わる。
ではどうぞ。
キリバが、なにやら呪文を詠唱し始めるのと同時に、巨大モンスターの方も動いた。
無造作に突き出しただけの前脚が、キリバが居た地面を抉り、土砂を巻き上げる。その一瞬前にキリバがその場を脱出できたから良かったものの、当たればHPバーのほとんどが消し飛ぶだろう威力。
「あれは……半人系の職、ですかね」
リラが、体を次々に変化させては危なっかしい動きで怪物の攻撃を避けていくキリバを見て、呟く。
「うん、キリバは半人系中級職、「ヒトガタ」なんさ。自分の体を動物やらなんやらに変化させて戦う、物理系魔法職、みたいな感じなんだよ」
その問いに答えたのは、いつの間に現れたのか、メイビィだった。
今までどこにいた、という問いには、もちろん隠れていたに決まっているだろう、という返事。
「そもそもね、ボクが取り次ぐって言ってるのに、どうしてもう乗りこんで来てんのさ。そりゃあ隠れるよ」
「お前って本当に人の上に立てるような人間なのか?」
「結構な言い草だね。“巨人の拳”を、構成員数百人を超える大所帯にまでしたのはボクの功績だよ?」
「クロウ、メイビィ。……オメエら、喧嘩なら他所でやってくれねぇか」
どんどん白熱していく俺とメイビィの会話にブレーキをかけたのは、ブルーだった。キリもそうだが、サブマスターという立場は苦労症の人が多いのかもしれない。むしろマスターは能天気じゃないと務まらないとか。
ちなみに、ブルーがサブマスターであることは、今さっき聞いた事実であったり。
「今どんな感じだ」
「んー、キリバが意外と善戦してる」
「いやあ、ボク的には、怪物の攻撃は当たらず、キリバの攻撃は当たっているけれど、正直キリバの攻撃はほとんど効いてないから、良くてどっちも五分五分……」
ま、普通に見てキリバはあと数分で死ぬね。
そう呟いて、こちらを見る。
「でも、クロウが助けてくれるんだろう?」
「当たり前だ」
☆☆☆
さて、作戦の概要をもう一度脳内で整理しようと思う。
今回はキリバという人間の命がかかっているため、ミスが許されないのだ。作戦のディティールに曖昧な部分があれば、それは文字通り命取りになる。
実際はこうしている間もキリバが危険なのだが、ただやみくもに突っ込めば良いというものでもないのは確かだ。
まず始めに、キリとゆーきがマスター・カミーユの居場所を捜索。
発見したら俺に連絡を取り、合図で作戦開始。
俺・リラ・ミウの特攻班で闘技場に突入。同時に、キリとゆーきはカミーユと交戦。メイビィから得た情報によると、カミーユはテイマー系最上級職「生命の冒涜者」らしい。
生命の冒涜者は、モンスターをテイムして、そのモンスターを――有り体に言えば魔改造する事が出来る職だ。ある程度の制限はあるだろうが、それでも今闘技場で暴れている怪物を見る限り、かなり強力なモンスターを造れることは確かだ。
キリバ救出の際にカミーユが邪魔をしに来ないように、キリとゆーきにはこれ以上のモンスターを召喚する、または呼び寄せることを阻止してもらう。
その時だった。
フレンド間通話で、ゆーきからの短い連絡が入る。曰く――見つけましたの。
「それじゃあ、行くぞ」
三、二、一。
「ゴー!」
☆☆☆
飛び出す。
観客席の手摺りを乗り越えて、十メートルの地面に向かって。
もちろんこのままでは落下してダメージを追ってしまうので、左腕の袖をまくり、鋭く叫ぶ。
「喚起! 幻影龍!」
落下するその間だけで、まず爪先を土くれが噛んだ。それは徐々に太腿の部分まで上って来て、粗削りにグリーブの形になっていく。黄土色のグリーブ、爪先からは金剛石の刃が生えた。落下まであと数秒。
続いて、粗削りのグリーブが自動的に磨かれていき、脛、膝、腿に赤の宝石があしらわれた。膝蓋骨――膝の両外側からは細く尖った棘のようなものが幾本も飛び出るが、実際これはパイプである。足裏から砂を吸い取ってグリーブ内に蓄積、宝石を生成したり強度を増したりして、余った分の砂を吐き出すための器官。
アイテムの説明はこうだ。
伝説級宝No.14「幻影龍の魂」
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幻影龍を倒した証として、幻影龍の魂が結晶化したもの。
使用すれば、モンスター「幻影龍」のスキル、パラメータが、使用者のパラメータに加算される。
使用回数無制限。
虹色をしており、見る角度ごとに違う表情が浮かぶ様は、まるで一個の美術品のように見える。大きさは手のひら大だが、それに反してとても重く、片手で持ち上げるとずっしりとくる。
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本来はナイロック湖の主と同じ鱗のようなアイテムだったが、使用すると左腕に刻印として装着されっぱなしになる。
そしてこれは。
「本来、ここの主様だ!」
ここはデュッケイル砂漠奥地、秘密のオアシス地下――本来、『デュッケイルの心臓』と呼ばれた場所。
そして、俺が倒したここの主――幻影龍の縄張りだ。
着地。
十メートルもの高さから飛び降りたのにもかかわらず、落下ダメージは無し。幻影龍のグリーブを纏っている今の状態だと、即死以外の落下ダメージは無効だ。
続いて落下してきたミウを抱いて下ろし、リラも無事にキャッチ。
怪物と、その怪物に対して、とても小さなワータイガーに変身しているキリバが、こちらに注目した。
だから、俺は宣言したのである。
「助けに来たぞ! キリバ!」
さあ帰ろう――
「妹が待っているぞ!」
☆☆☆
リラとミウは、今回に限り後方支援と、キリバを救出した後はキリバを連れての脱出が任務。俺はキリバを救出して二人に渡し、脱出中のあらゆる障害をはねのけるのが仕事だ。
一歩を大きく踏む。
硬い岩場と、柔らかな砂が入り混じるこの地形において、驚異の速度を叩き出してキリバを拾う。幻影龍の憑依効果には、いささか異常な脚力強化が含まれる。
キリバを抱えて、そのまま勢いを殺さず、怪物に向かって走る。右前脚を横薙ぎに払ってきたので、軽く飛んでかわす――つもりが、異常な脚力のせいで五メートルほど飛び上がってしまった。ちょうど怪物の鼻の先。これはこれで丁度良い。
滞空。
対空の攻撃、ショートブレスを放つため、怪物の口腔に光が集束していくのが見えた。
だが、見えたのはそこまでである。頭を背後に回して、体を回転させたからだ。怪物の顎から鼻先にかけてを、ちょうど蹴り上げる形。爪先についた金剛石の刃がやすやすと肉を引き裂き、嘴を割って抜けた。もちろん実際に切れたように傷口が見えるわけではないが、刃の軌跡を這うように、赤いエフェクトが追う。ここにもう一度攻撃をヒットさせれば、追い打ちで追加ダメージだ。
空中で一回転して、寸前に捻り、怪物に背を向けて着地。そのまま一目散にダッシュ。
「リラ! ミウ! 任せた!」
「任された!」
「クロウさん、絶対に無事に合流してくださいね!」
二人は、何が何だかまだよくわかっていないといった様子のキリバに一言二言何かを話しかけると、すぐに走り出した。
さて、と、気持ちを切り替える。
背後を振り返り、モンスターに目を凝らすと、ステータスが浮かび上がってきた。
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怪物+1200 HP10000+12000 MP300000+12000 At840000+12000 De430000+12000 Sp1200000+12000
スキル 雄叫び《近~中距離の敵に衝撃波で大ダメージを与える》
豪爪《触れたものすべてを切り裂く必殺の爪》
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参考までに、俺が今まで戦った中で一番攻撃力が高かったのは、炎龍ブリューナクで、八三万。防御力が高かったのは、幻影龍で四六万。敏捷力は、渓谷の守護竜で百万だ。
それらはすべて、伝説級宝を守っていたボスモンスターたちであり、そして、それが故に倒す事が出来るように設定されているため、突出するステータスを持っているかわりに他のステータスはあまり高くなかったと記憶している。
対して、この“怪物”は、もはやベースモンスターが何なのかわからないほどに魔改造された、倒されることを前提としていないモンスターだ。
つまり――このモンスターを倒すのは、ほぼ不可能。
勝率は限りなく〇パーセントに近く、戦況は一対一の絶望的。
こんなモンスターがもしいたら、最低でも五〇パーティ以上での同盟戦必至だ。
こちらに怪物が突進してきたのを、タイミングを見計らって大きくジャンプ。落下ダメージ即死高度まで飛んだが、無視。怪物はどうやら、逃げたキリバよりも、突然の乱入者である俺を敵と認めたらしい。
この辺りの思考ルーチンは、やはりデータの積み重ねとプログラムだけでは贅沢を言えないのだろうか。せめて人工知能が開発されていれば、本来の目的であろうキリバを逃すこともなかっただろうに。そのおかげで助かっているわけだが。
「宝石弾!」
踵、地面から砂を吸収するための穴から、次々と尖った宝石が生成されては撃ち出されていく。その度ごとにグリーブが軽くなっていき、攻撃手段と防御力が減る代わりに、身軽になったがゆえに敏捷力が上がっていく。
打ち出された弾は、怪物の体毛にすら弾かれ、ダメージを与える事が出来なかった。なんという防御力だ。わかってはいたのだが。
憑依モンスターを変えるか? 実はナイロック湖の主以外にも、炎龍ブリューナク、渓谷の守護竜、そして今使っている幻影龍、それぞれの魂を所持しているのだ。ゆーきが場所を見つけてくれていたおかげで、他のギルドに獲得される前に手に入れられたのだ。女王の薔薇メンバーの皆さんには頭が上がらない。
爪先から生える金剛石の刃を一度引っ込め、今度は踵から生やす。
地面を蹴って跳躍した勢いのまま、緩やかに天井の岩盤に近づいていた状態で下方に宝石弾を撃ったことにより、天井に足が届く高度まで到達。素早く体を半回転させて、幻影龍の脚力をもってして、天井を蹴り破る勢いで叩く。
天井に飛んでいた俺を見失ったらしく、目線と同じ高さをしきりに見渡していた怪物の脳天に、金剛石のブレードを生やした状態で踵落としをぶち込んだ。衝撃で刃が折れ、危うい体勢で砂面に着地した。
頭部に攻撃を打ち込んだことで、怪物が一瞬の硬直。
その隙を逃さず、攻撃を繰り出そうとして、怪物のHPバーが目に入った。蹴りが二発、クリーンヒットしたはずなのに――ほんの数ドット程度しか減少していない。よく見ないとまるで効いていないようにしか見えない。
その時だった。
キリバが最初に現れた方とは反対側の壁が割れて、人影が姿を現したのだ。人影は、カミーユだった。
「キリとゆーきはどうした!」
戦闘の最中であるにもかかわらず、思わず叫んで問うてしまう。
「奥で私のおもちゃたちと遊んでいる。私単体はあまり強くないから、最強の怪物を使おうかと取りに戻ったら――また、貴様か、クロウ。今日は良く会うな」
静かな調子であるのに、割と距離の開いたここまで、朗々と響くハスキーボイス。
キリとゆーきは、まだ無事であるらしい。もっとも、あのキリがついている限り、ゆーきが死ぬことはないとは思うのだが。あの二人も、もうすでに上級職である。
「そんなことより、だ。クロウ。良いのか?」
酷薄、獰猛な野獣のような笑みを満面に浮かべながら、カミーユが言った。
俺はその言葉に、今更のように危機感を覚え、そして今が戦闘の最中であったことを思い出し、そして。突き込まれた右腕に反応が遅れた。
幻影龍のスキル「幻影」「現実化」を駆使してなんとか金剛石のシールドを展開はしたのだが、それを突き破って、ごくわずかしか勢いの減衰しない爪が、俺の体側をクリーンヒットする。
衝撃。視界がまわり、HPバーがごっそり八割も削られる。
一度に残りHPの半分以上のダメージを食らうと、百パーセントの確率で、一瞬の間、無防備をさらすスタン状態になる。
だが幸いにも、一撃でかなりの距離を弾き飛ばされたので、怪物との距離はあった。
「キリバは……貴様が逃がしたのか? 今はまあ良い。とりあえずは、貴様を殺す。怪物! クロウを殺せ!」
明滅する視界、未だ言うことを聞かない不自由な体。
そんな俺に、怪物が巨体を揺すりながら、恐るべき速度で疾走してくる。
あと数秒で、俺の硬直も解ける。
だが、その数秒で、怪物の攻撃は俺の体を貫くだろう。
そこまで思考が至って――そして。
「――嫌だ! 俺は、死にたくない!」
愕然とした。
俺は――死ぬことが怖かった。
怪物は疾駆する。
もはや放心状態でろくな思考もできない俺の耳は、何の音も拾わない。目は、怪物だけを映す。鼻はなんの匂いも嗅ぎ取らず、口は錆びたように乾いた。
そんな中で、俺の耳は。
「墜天の一撃ッ!」
という技名の発声を拾い。
俺の目は、怪物を真上から貫き、頭と尻尾以外すべてを貫いた光の柱を見た。
今度HPバーを八割削られたのは、怪物の方だった。
光が集束していき、怪物はスタン状態で砂面に倒れ伏し。
「おい、死んでいないだろうな、クロウ」
白色の、極太の柱が貫いた中心に、これまた美しい白銀の馬上槍――三角錐の槍、つまりはランスを地面に突き刺し、それを抜こうと四苦八苦している人影が、立ち上がり言った。槍を抜くのは一旦諦めたらしい。良いのかそれで。
「――ありがとうございます、聖夜先輩!」
「別に助けに来たわけではないぞ。お前に用があったから、勝手に殺されては困ると、そういうだけで」
その間に俺の硬直が解けた。
こちらまで歩いて来ていた聖夜が、俺に手を差し出しながら言った。
「お前には話があるが――」
「分かってますよ、怪物を倒してから――ですよね?」
「その通りだ」
遠慮なく手を取って、立ち上がる。
この先輩がいれば――不可能はないんじゃないかと、俺は盲目的にそう感じた。
口に出すと調子に乗るから絶対に言わないが、そう感じさせるほどに、この人は――俺の尊敬する唯一の、友人なのだ。
聖夜さんツンデレ。マジ可愛(蹴
ちなみに、聖夜さんにフラグは建ちませんので悪しからず。
次はクリスマスの一八時なのかね。今はまだ10/25なのだけれど。
というわけで待て次回!
次話はとりあえず怪物との決着と、あとは聖夜との話しとエトセトラ。シリアスが続きます。
――次回予告兼チラ見せ――
「お前には、今から死んでもらう」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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