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第十一話:砂漠の闘士

十一話です。たぶんこの章は次で終わり――?

「私がマスター。貴様が襲撃者、そうだな?」


 ブルーを下して数分で、ギルドマスターが帰って来たらしい。

 専用のポータルで直接飛んだとかで、取り次ぎに少し時間がかかったものの、晴れてご対面となったわけである。


「そうだ」


 女。

 ブルーよりも背が低い、むしろ中肉中背の平均体型。黒髪を頭の後ろで一つに括っている。ポニーテールだ。

 服は、やはり軍服。濃い青をしており、ところどころにあしらわれた金の装飾はそれとない気品を醸し出している。


「それで? 何が要求だ。言ってみろ」


 あくまで傲岸不遜。

 徹頭徹尾上から目線。


 腕は常に組んでおり、勝気な瞳とは違う、切れ長のつり目。アジアンビューティー、という評価がしっくりくる。エキゾチックな魅力だ。


「キリバの身柄の受け渡しと、軍靴の音(コンバット・クエイク)に俺のギルドに所属してもらうことへの会議だ」


 足元は低いヒールのコンバット・ブーツ。奥から歩いてくるときにやたらと硬質な音を響かせていた。なるほど、軍靴の音である。


「話は聞いてやろう」


 背後には付き人が一人。クマがはっきりと彫り込まれた、短身の男。俺もあまり大きい方ではないが、その俺よりも低い。こいつが、メイビィの言っていたハンネスだろうか。


「その前に自己紹介だ」


 あくまで会談で、交渉であり会議だ。

 会話の主導権は狙い続ける。あわよくば取り続けたい。


「俺はクロウ。空に咲く黒色の羽(ナイト・ブルーム)のマスターだ」


 後ろにいるのは、リラとアサクラ、ナイト・ブルーム所属女王の薔薇(クイーンズ・ローゼス)、ゆーきとキリ、と、続いて紹介する。

 それを鼻で笑うと、女も自己を紹介した。


「私はカミーユだ。後ろのがハンネス」


 もう知っていると思うが、ここのマスターだ、そう言って、顔を獰猛に歪めた。それが笑顔であることに気付いたのは数瞬の後で、自分が女――カミーユの気迫に飲み込まれかけていたと知り、気を引き締める。

 主導権は大事だ、と、再度言い聞かせるように小声で呟いた。日常会話マスターじゃないか。ギルドの併呑なんて、日常会話だろう、落ち着けクロウ。

 目の前の女からは、メイビィが言っていた程の狂人である気配は感じられなかった。ちょっと頭の固い軍人、といったところだろうか。


「……それじゃあ、本題に入るぞ、カミーユ」

「言ってみろ」


 再度、顔には冷徹な微笑が張り付いた。

 氷のような。彫像の如き。

 そんな形容詞が似合う、冷たい、無機物特有の美しさをカミーユは発している。


「俺は、キリバの身柄を無事に受け渡してほしい」

「それは、ギルドの総意ではなく、貴様個人の意見だな?」

「そうだ。……それと、ギルド“軍靴の音”メンバー全員、俺のギルドに加入してほしい。複合ギルド、連盟だから、今とはあまり変わらない状態で活動できることを保証する」


 ほう……、と、目を細めた。

 一瞬の思考時間、すぐに口を開いて。


「まずキリバの方だが、こっちはもう、すでに死刑が決まっている。三〇分後だ」


 間に合った……と安心するよりも先に、あと三〇分というリミットに危機感を覚える。


「従って、キリバの身柄をそちらに渡すわけにはいかない」

「そうか。つまり、俺のギルドメンバーにはなってくれるということだな」

「抜かせ。私がいつそんなことを発言した。当然、ノーに決まっている。以上を以て交渉は決裂だ」


 取りつく島も無い。

 さっとポニーテールをなびかせ振り向き、出て来た時と同じ場所から消えるカミーユに対して、なぜだか俺は静止の言葉をかける事が出来なかった。結局、主導権は向こうが握りっぱなしだったらしい。


          ☆☆☆


「おい、ブルー」

「あんだよ、もう用はねぇぞ。交渉は決裂したんだろ……」


 沈鬱な表情で俯くブルー。酒場全体も、葬式のようなムードに包まれている。


「キリバの死刑は、見せしめ(・・・・)なんだよな?」

「あ? そうだが」


 それなら――


「お前らは、その処刑現場を見る事が出来る、あるいは強制的に立ち会わなければならないんじゃないか?」

「そうだよ……って、オメェ、乗り込むのか!」


 その通りである。


「俺は処刑場を襲撃する。キリバは――絶対に助ける」


 シャルロッテ――兄を慕う、一人の妹。俺は彼女の兄ではないけれど、サーラという妹がいる兄だ。兄である点で同じなのだから――(キリバ)が守ろうとしたシャルロッテを、(おれ)が守る、ただそれだけの話である。

 シャルロッテを守る、それはつまり、彼女が自由に笑う権利に自由に泣く権利に自由に怒る権利を守る、そういう意味だ。だったらなおさら――彼女から、キリバが奪われてはならない。

 今回ばかりは、ギルドの併呑がついでで。

 最優先の目標は、とにかくキリバを無事シャルロッテのもとまで連れ帰ること。

 なにより、シャルロッテとは約束をしたのだ。友人を作る簡単な方法に――約束を守る、というものがあるのである。つまり、それだけだ。


 プレイヤーに危害を下せる場所であるということは、絶対安全のセーフティーエリアはプレイヤーホームかギルドの中にしか存在しないため、消去法で場所はここ以外のどこかということになる。更に、この処刑が見せしめであることを鑑みるに、大勢のプレイヤーを収容できる、それなりに大きな場所が必要となり、ここ――軍靴の音・“空に咲く黒色の翼”領支部の人数は約六千人。全体での人数は――


「ブルー。軍靴の音の組員総人数は何人だ」

「多分七万人くらいだったはずだぜ」


 七万人。

 俺のところの約三倍だ。

 それなりの人数をよく集めたもので、大したカリスマではあるが、入ってみると実態は恐怖政治が蔓延る地獄の一丁目というわけだ。一体どうやってそれだけの人数が集まるまでになったのか、甚だ不思議である。


「お前らんとこと同じだよ。PvP挑まれて、そんで負けたんだ」


 そういってカンラカンラと、自棄に笑う。


「アタシらは、ギルド、元“巨人の拳ジャイアント・ナックル”だ。お前らがマスターぶん殴って、アタシらのギルドを取り返してくれるってんなら……そん時は、“絶対服従を誓うよ”――って、アタシらのマスターが言ってた。……マスター・メイビィの名に懸けて、ってさ」


 ブルーは、肝心のマスター(メイビィ)は今は不在だけどな、と、最後に付け足した。


          ☆☆☆


 話が逸れたが、七万人が収容できる施設あるいは場所だ。

 俺の領地は、東部はナイロック湖とユーニロ大森林があるため広場はなく、西部城下はむしろ密集した混雑街で、南区は田畑が広がり、今の季節だとちょうど冬の野菜が栽培されているはず。ナイト・ブルーム領はあまり寒くならない地域にあるが、それでも四季がある。

 北区は二分割されているが、等割されているわけではなく、北東区“女王の薔薇”領がその八割を占める。残りの二割が北西区で、ここには宿屋やプレイヤーホーム、道具屋などを集中させた。領地には、北西区あるいは北東区の入口からしか入ることができない。

 街は北西区と同じ高さの壁で囲ってある。


 つまり、俺の領地外で処刑は行われるということだ。


 カミーユは、三〇分後に処刑だと言い、その後ギルドの奥に消えた。そこには転移装置(ポータル)がある。


「おいブルー、処刑はどこで行われる」


 下手の考え休むに似たり。大昔の日本で使っていたらしい故事成語だ。

 問題集を解いているとき、考えてもわからないのなら俺はすぐに答えを見るタイプである。ここまで絞ったのだから、大体の見当はついていると言えばついているが――


「ああ、『デュッケイル砂漠』だ。場所はわかるか?」


 想像通り。

 『レイオリア宿場町』の北部、『スマボ洞窟』を抜け、『霧隠れの里』への道中にあるその砂漠は、端から端まで歩くのに徒歩で二日ほどかかる地域だ。アフリカ砂漠大陸みたいな広大な砂だけのエリアで、ときおりカメみたいなモンスターと、サボテンに擬態した森の賢人(トレント)というモンスターの亜種が出現する。

 俺は以前、霧隠れの里まで死霊使いのみが受けることができるというクエストの噂を聞きつけて向かったのだ。

 もしかして中級職の転職クエストかと心躍らせていたものの、全然そんなことは無くて、手に入れたのは、霊魂状態のゾンビを自由自在に地面の中に隠したり出したりするだけの能力だった。便利だけども。


「このギルドの奥にポータルがあるんだよな」

「ああ、使ってくれ。アタシらもこれからそこに強制召集されてんだ」


          ☆☆☆


 一瞬の暗転。

 森の中にあったがゆえにじめじめとしていた軍靴の音・酒場とは真反対、容赦なく吹く風が地形を変え続け、照り刺す太陽が秒に何百分の一ドットずつHPを削っていく『デュッケイル砂漠』。専用のアイテムを使わなければ、ただ立っているだけで死に至る恐ろしい場所でもある。

 俺たちナイト・ブルームに続いて次々に転移してくる軍靴の音メンバーたちには自力で対処してもらうとして。


「ゆーき」

「はいですの」


 名前を呼ぶだけの簡単な意思疎通。

 ここに以前来たときも、今いるメンバー、リラ、アサクラ、ゆーき、キリを合わせた五人であったように思う。ゆえに、ゆーきも心得たもので、すぐに水の遮光幕を作ってくれた。

 本当は日傘というアイテムがあるのだが、これを持っていると片手が塞がる上に、身動きが取り辛くなるという、メリットよりもデメリットの方が勝る代物なのである。

 

 ブルーの道案内に従って、砂漠を進行する。

 以前来た時の目的地だった『秘密のオアシス』を遠くに視認。


「おい、目的地ってまさか」

「ん? 知ってるのか? 軍靴の音が抑えてて、アタシら以外は立ち寄れないようになってるはずなんだけどさ」


 まっすぐ――オアシスに向かってまっすぐ歩いていく。


「ここのオアシスには、地下があるのさ」


 そういって、ブルーは大きく一歩を踏み、砂漠を割った(・・・・・・)

 俺はそれに対して――


「ゆーき! 落下体勢を取れ! キリはゆーきを頼む!」


 リラとアサクラを素早く抱き寄せて、割れた砂漠の穴に、重力に逆らわずに――飲まれる。

 一瞬の飛翔。

 真っ先に落下していくキリが、地面に魔法を放って勢いを相殺、無音、直立の状態で着地。かなりの力技だ。

 そのまま体を開き、二番目、ゆーきを受け止めた。若干手つきがいやらしいのは愛嬌だろうか。キリがゆーきのことを愛しているらしいこと、それも恋愛対象として愛していることに気付いていないのはゆーきだけだ。漫画やラノベの主人公じゃあるまいし、鈍すぎるんじゃなかろうか。

 さておき、無事着地したゆーきは、俺たちに向かって水でできた蜘蛛の巣のような膜を展開してくれた。本来はモンスター捕縛用のそれを、落下の勢いを消すために使用。

 落下ダメージが十分適用される高さから落ちたのである。もしや死人は――とあたりを見回してみると、どうやら軍靴の音構成員も皆無事らしい。


「……オメェら、ずいぶん落下に慣れてるじゃねえか」

「俺はあのダマスナット・ヒュージから落ちた男だぞ」


 事実である。ちなみにリラとアサクラも落下している。


「オメェ、よく生きてんのな」

「それに――」

「おい、黙れ! そんで隠れろ!」


 落ちたのは百メートル四方の小部屋ともいえる場所で、そこにつながる唯一の通路から、足音が響いていた。誰かが――恐らくマスターが来る。お早い再会で。

 言われたまんま、軍靴の音のメンバーに隠れるように身を潜める。


「おい、ブルー。さっきの阿呆どもは追い返したのか」

「はっ」


 敬礼してブルー。


「追い返したのであります」

「そうか、では、こっちへ来い。他のメンバーはもう集合しているぞ」


 ここまでは計画通りだ。

 あとは、処刑場にキリバが引っ立てられた時に乱入して、マスターを打倒するだけである。ギルド併呑宣言は、そのあとでゆっくりとすれば良い。


 旧・巨人の拳メンバーに混じって、カミーユの後をついて移動。さすがに足並みまで揃えているとなれば、なるほどなるほど、軍隊とは言い得て妙ではないか。

 通路は短かった。

 すぐに開けた場所へ出る。

 ユーニロ大森林にあった「穿つ骨牙の祭壇」と同じくらいの広さ。前に来たときは何もない、伽藍堂のような場所であったが、今は壁がくり抜かれて、この空間をぐるっと取り囲むように配置されている。そこから見下ろすと、地面との高さは十メートルほど。

 さながら処刑場――いや、円形闘技場遺跡(コロッセウム)のようだ。闘士(グラディエイター)と猛獣を戦わせて、それを見て楽しんだという、今となっては何が楽しいのかまるで分らない、頭のおかしな娯楽。遥か古代の時代にやっていたものを二二世紀に復活させたらしいが、一世紀もしないうちに廃れてしまい、もはや教科書にすら載らないようなマイナーな題材だ。


「目を逸らしたら死刑。姿は見えないが(・・・・・・・)、カミーユの部下達がそこら中で見張ってるんだ。軍靴の音のアタシんトコと違う派閥では、処刑を見るのが嫌で自殺した奴が結構いるらしいぜ」


 ブルーが、俺の耳に口を寄せて囁いた。


「……始まったみたいだな」


 キリバが、連行された時と同じ格好で、処刑場(コロッセウム)に入場した。

 すると、反対側に魔方陣が描かれて、そこからモンスターが迫り上がってくる。


 大きい。

 肩までで八メートルはある。


「この間アタシらにできることは、モンスターの攻撃がこっちに飛んでこないことを祈ることだけさ」


 四肢は頑丈そうな鱗に覆われ、付け根から体全体にかけて、びっしりとした黒い剛毛が覆っていることが見て取れる。狼の顔に、鋭い(くちばし)。頭からはヤギのモノのようなねじくれた角が突き出している。

 尻尾は太く、しなやかに地面を打った。その様はまるで鞭のよう。木くらいなら簡単にへし折りそうだ。

 猫背の背中を窮屈そうに屈め、目を細めてキリバのことを睨みつける。すごい眼光だ。そして、吠えた。伽藍堂を(つんざ)き轟く大音声。驚くことに、HPバーが一割も減少してしまった。吠え声だけでダメージ判定なんて……最上位の古龍並みのスペックだ。


 耳を押さえて顔をしかめながら、ブルー。


「もしも罪人(グラディエイター)があのバケモノを倒したら、そん時は野郎の勝訴、無罪放免だってよ」

「ちなみに、上告や控訴は」

「あるわけねえだろそんなもん。負けたら即死だ」


 さらにもう一つ気になったことがあったので、聞いてみる。


「重ねてちなみに――」

「ああ、今まであのバケモノに勝ったやつは一人もいねぇな」 


 ……独裁政治、ここに極まれり。

ちゅーわけで第十一話でした。


次話からは、3日に一回更新でありんす。ちゃお☆


では、たしぎでした。10/25なう



――次回予告兼チラ見せ――

墜天の一撃ストライク・オブ・ネイムレス・ゴッドッ!」

―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―



 では次回。


 誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――


 評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事

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