第十話:オーバーキル
危うくバッドエンドになりかけました、今回。危ねえ。
蹴り開けたドアを丁寧に閉めてから、俺たちの目的を告げる。
「マスターを、とりあえず殴りに来た」
ドアを入った先、酒場兼ホールみたいになっている狭いそこには、ざっと見ただけで数百人のプレイヤーがいるようだった。時間的に、ちょうど酒盛りでもしていたのだろうか。
そんなところに見知らぬガキが現れて、更には頭のおかしいギルドマスターを殴りに来た、と。どう出る?
「こりゃあいいや」
メイビィが着ていたような軍服の色違いを身に纏う、長身の女性が立ち上がり、俺のところまで歩いて来た。髪はおかっぱに切り揃えられている。
「……お前、マスター殴るってのは本気か?」
声を潜めて、耳に顔を寄せて聞いてくる。俺からすると見上げるような身長なので、腰を屈めて。少し釈然としない。
「ああ、本気だ」
それに対して、宣言してやった。この際、キリバさえ無事に連れ戻せたら、マスターはどうでも良かったり。殴るのは個人的に気に入らないから、そのついで、ってことで。
「おい、聞けよお前ら!」
長身の女は背後を振り返り、メンバーたちに向かって叫んだ。
「こいつら、本気でマスター殴りに来たんだってよ!」
うぉおお――――という、声が、酒場全体を揺るがした。
「救世主だ! マスターを倒してくれるのか!?」「これでマスターから逃れられるかもしれない!」「やった! ありがとう神様!」「礼なら神様じゃなくてあいつに言えよ、白髪のあの坊主」
マスターの支持率の低さ、ここに極まれり――か、と思いきや。
「落ち着けお前ら!」
長身の男性プレイヤーが声を張り上げた。
「まだこいつらがマスターを倒せると決まったわけじゃないんだぞ!」
確かに……と、いう呟きを皮切りにそうだ……こいつらはマスターを倒せるのか……? という疑問が波及していく。
長身の女は、再度こちらに問うた。
「お前らは本当に強いのか?」
「強い――と、思う」
俺とリラは前衛のアタッカー。
ミウ、キリがそれぞれアイテムと魔法でサポート。
ゆーきが回復。
およそスタンダードともいえる、それが故に隙のない布陣。このパーティであれば、どんな敵であれ大抵屠る事が出来る。
「なあ、お前ら。もしあんたらがマスターを倒せなかったら、アタシらはお前らを止められなかった罰で、全員が処刑されんだ。だからだな、これも――悪く思うなよ」
歓待のムードなど、今までどこにも無かった。口では喜びを表してはいたが――表情は怯えてばかりで、声も暗かった。
だから、こうなることは何となく予想していたので――長身の女の、俺のこめかみを狙った後ろ回し蹴りを、余裕を持って回避する事が出来た。
「ここにいるアタシらを全員倒せたら――マスターでもなんでも殴りに行け。その時はアタシらも、襲撃者に負けたってぇ言い訳ができるし、そもそもマスターが倒されたらその隙に逃げるし」
拳を上げて構える長身の女に対し、こちらはメイスを握る手の、右手だけを緩めて、一度滑らせてからもう一度握りなおす。
「逃げるのなら、うちのギルドに来い。お前ら全員、歓迎してやる」
「それはありがたい」
ステップ。
流れるような動作で俺の右側に回りこんで来て、右のストレート、その勢いを殺さないように、円運動、左の後ろ回し蹴り。それらを危なげなくかわしながら、戦術を組み立てていく。
「マスターは今出かけてるけど、一時間のうちに帰ってくるだろう、さ!」
「つまりお前らを一時間以内に片付ければ良いんだ、ろ!」
顔面狙いのストレートパンチを、振り上げたメイスで大降りに、上から下へ叩き付ける。顔をガードすることによって空く脇腹に飛んで来るであろう左のフックごと弾く為だ。
「アタシはブルー! 中級職・格闘家!」
一瞬の膠着状態の時、長身の女は名乗りを上げた。俺のことを認めてくれた――そういうことだろうか。
ならば、と、俺も同じようにして名乗りを上げる。
「俺はクロウだ! 初級職・死霊使い!」
長身の女――ブルーは、こちらに突き出そうと捻った右拳を、中途半端なところで止めた。
「は? おい、お前ぇ、今なんて」
「俺はクロウだ! 初級職・死霊使い! ……と、言いましたけど」
一言一句違えずに繰り返す。強い詰問口調に、思わず丁寧語になってしまった。この辺り、いくら日常会話マスターである俺としても、昔のトラウマに負けるみたいだ。日常会話から一歩踏み込んだところ――詰問される場面のレッスンはまだ行っていない。
そんな益体もない事を考えている合間に、長身の女――ブルーは片眉を上げると、拳を下ろしてしまった。
「……やめだやめだ、やめやめ。初級職なんかに、上級職すっ飛ばして最上級職にまで転職したマスターが倒せるわけがないだろ」
ほら帰れ帰れ、と、追い払うような仕草。もはやこっちを見ようともしない。テーブルの上に置いたままだった、飲みかけのジョッキを手にして一息に煽った。
確かに、今に及んで中級職なんかでいる奴は、序盤で宿屋に引きこもった奴らか、俺くらいなものだ。
俺だって好きで中級職のままでいるわけではない。
――無いのだ。中級職から上級職へ転職するためのクエストが。
「ちょっと待てよ」
公儀の場に置いての敬語は、相手にナメられるからやめろ、というミウの指示に習って、タメ口でブルーを止めた。別に敬語でもナメられやしないとは思うのだが。確かに、素の口調で話す事が出来る分、言いたいことが言いやすかったり、言葉が出てきやすかったりはするのだけれど。
「俺はその気になれば、ここにいる全員を瞬殺できるぞ」
「ほーう、それは大見得を切ったモンだ。すごいすごい……アタシらも暇じゃあねぇんだ、帰んな」
純然たる事実にして明快たる真実。
俺はここにいる全員を瞬殺できる。死霊使いは初級職であり続けているのに、覚えられる魔法等が強力だ。加えて、伝説級宝。緋色の鍵もある。……なんだか自分が全能にでもなったような気がしてきた。純粋に範囲殲滅攻撃力で言えば、このゲームのすべてを知っているわけではないが、それでもそのトップクラスレベルの実力を持っていると言えるはずだ。
こっちだって、日々進歩し続けているのである。
「それじゃあ、俺と勝負してくれ、ブルー。こっちは俺一人。そっちは何人出てきても構わない。PvPだ」
ここで引き下がったら、軍靴の音のメンバーを敵に回したままでマスターと対峙しなければならない。それだけは避けておきたかった。限りなく可能性は低いが、仇討ちをされる可能性、それと、まだ見ぬマスターが未来の俺のギルドメンバーに手を上げる可能性を考慮してのことだ。コケにされてムキになっているわけではない。断じてない。断じて……ない。ない!
ブルーの言うように、こいつらは、俺に負けたら堂々と言い訳できるわけだから、向こうは勝負を受けてくれさえすればそれで良い。俺の勝ちは揺るがないのだから。
俺の言葉に対し、ブルーは立ち上がり、拳のバンテージを巻きなおしながら言った。
「ナメんな。テメェなんざ一人で十分だ」
☆☆☆
PvPルール。
相手に一発当てた方の勝ち。
場の広さは、五〇メートル四方とする。
「よっし、そっちからかかってきな」
余裕綽々、といった態度。実際、ブルーはかなり強い。今までだって、幾多の強敵を下してきたのだろう。だが、こと今回に関しては、その余裕は命取りだ。
半身でステップを踏むブルーに、緋色の鍵・モード杖を、一刹那の間だけ展開して、横薙ぎに振るう。試し斬り……この場合杖だが、「斬り」であっているのだろうか。
先程譲り受けたばかりで性能には不明な点が多いが、ミウが作ったものだ。外れは無いだろう。なんせ日緋色金でできた武器なのだ。普通武器等を新しく手に入れたら、ギルドで試してみるものだが、今日はそんなことをしている時間が無かった。ミウと遊び過ぎたことが最大の原因である。
ともあれ、これでワンヒットだ。
「はい、俺の勝ち――」
深紅の光刃が杖の軌道をなぞり、三日月型のビームソードとなってブルーにヒット。最低限のMPしか込めていないのだが――ブルーに防御させる隙も与えない速度で飛んだそれは、うちより小さいとはいえ、それでも百数メートルはある酒場の向こうの端の壁までブルーを弾き飛ばした。HPが残り一割を下回り、あと数ドットのところで危うく止まる。
明らかに過剰な攻撃力を目の当たりにして、言葉を失った。
それでも唯一絞り出すことが出来たのは、たったの一音で。
「――え?」
――嘘、だろ?
場を、静謐が満たした。
呆然として、鍵を手に握りしめたまま、この鍵の作成者の方を振り向く。
「ミ――アサクラ」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……――」
ミウの顔からは血の気が失せて、目の焦点も合わず、うわ言の様に「ごめんなさい」を繰り返している。
キリとゆーきは何が起きたかわからない、といった表情を浮かべており、リラは引き攣った笑みを浮かべようとして失敗している。
「アサクラ!」
尋常ならざる様子のミウに、俺と同じような、精神的な儚さ・脆さを感じて、慌てる。
両肩を掴んで、揺すぶった。
「落ち着け!」
悪いのは、お前じゃない。謝るべきは、お前じゃないだろう。
お前はなにも悪くない。安心しろ。だから、落ち着け。お前も壊れないでくれ。壊れた奴は俺だけで充分だ。
「悪いのは――」
――俺だ。謝るべくも、俺なのだ。
☆☆☆
自分の作った武器が殺人未遂を犯したというのなら――確かに、刀匠が責任を感じるのも致し方あるまい。
――本当にそうか?
違う。
「そうだろ? アサクラ」
ミウが思い切り取り乱してくれたおかげで、逆に俺は落ち着いていられる。
刀匠は切れる刀を作るのが仕事だ。
使用者は、その刀を使って、何かを斬る。それが人の命を刈り取る行為であったとしても、悪いのは刀か? それともその刀を作った、そもそもの元凶、刀匠か?
違う。
「だから――な? 落ち着け、アサクラ。悪いのは俺――俺だけだから」
ミウの強張った体を抱き、背中を叩く。
ミウは確かに、メイカーだ。武器や防具、道具を作るのが仕事の職業。それが、殺人の道具にされたことなんて、初めての事だろう。少なくとも俺が知る限りでは、初めてのはずだ。ミウの魔法具は、暴発すらしない。
怖かった。
そうだ、ミウは怖かったのだ。そうに違いない。
自分が――自分の作った武器で、人が殺されてしまうことが。
「なんだ」
呟く。
「悪いのは、全面的に俺じゃないか」
勝利のコールを告げるシステムボイスを、はじめて嬉しいと感じなかった。それはそれは空虚な、悲しい響きを持って、俺の脳内に流れたのである。
☆☆☆
PvPが終わったので、HPが全回復する。
ブルーが、数ドットと言えどもわずかにHPを残していたので、生存、存命。もしPvPであっても、HPバーが完全に削りきられてしまうと、復活はできない。このゲームはデスゲームだ。それはそのまま、死を意味する。
PvPを始める直前の立ち位置まで自動的に転移するも、その表情は陰りを帯びて――
「うぇ、気持ち悪……」
ただ単なる体調不良のようだった。
「おい、お前――えっと、クロウ」
吐き気でもするのか、口元を押さえながら言うブルー。反対の手は胃の辺りをさすっている。
「PvPはバトルなんだから、相手にどんだけダメージを与えたところで気にするこたぁねぇよ」
「……だが、これはただの殺人未す――」
「うるせぇ! お前のことをナメてたアタシが悪いってんだから、勝ったお前と、あとそこのちみっこいの! お前もメソメソするんじゃねえ! お前らは、堂々と胸張ってりゃ良いんだよ!」
「…………」
つまり、気にするな、と。そう言いたいらしい。こちらの目をまっすぐに見つめて真摯に言うブルーから、目を逸らす事が出来ない。
緋色の鍵のことは、そんなに思いつめることもないんじゃないか、と、そういうことにして自分を騙すことにする。これは封印しておくことにした。アイテムボックスの肥やしとなってもらうのだ。万が一にでも使わないように、鍵としての機能以外を凍結させた方が良いかもしれない。高位の封印魔法を使えば、恐らくそのようなこともできるだろう。サーラに頼めば良い。
「そんじゃま、お前らも落ち着いただろ? ……てか落ち着け。落ち着いたと言え」
「お、落ち着きました」
アサクラが直立不動の体勢を取って、しかつめらしく言った。
その表情に、先ほどまでの陰りが無いことを確認して、胸を撫で下ろす。
「クロウ、お前も言え」
「え……っと、落ち着きました」
よし、と頷いた後、ブルーは息を吸うと、大音声で宣言した。聞き耳を立てるように静寂が場を満たすこの酒場の、すべてに届くように。
「コイツ――めちゃくちゃ強ぇぞ!」
直後上がった、鼓膜が裂けそうな歓声の中で、アサクラと目が合った。するとこちらに向かって微笑みかけて来たので――こちらも笑い返しておいた。
ミウに関しては、もう大丈夫だろう。気に病むことはない。フォローもするつもりだ。
だから、俺は――この時芽生えた感情のことは、忘れることにした。
殺人を禁忌だとする気持ちが、どうしてだか、俺の中にあった。
――女王の薔薇戦では自爆心中を目論むほど、そんなものは無かったはずなのに。
つまるところ――俺は。
ミウやリラ、ゆーきやキリ――ここにいるプレイヤーたちも含めて。
何かが失われることが、怖くなっていたのである。
だが、何かが失われた結果として――俺から何かが失われることの方が、もっと怖かった。
IF、バッドエンドルート。
「はい、俺の勝ち」
深紅の光刃が杖の軌道をなぞり、三日月型のビームソードとなってブルーの上半身と下半身を真っ二つに――
「え?」
ブルーの体を真っ二つにした。
HPが0になる。
デッドエンド。
==========
こんばんは。
ブルーが良い感じのキャラですな。キレデレ? キレデレ? ヒロインへの格上げを(殴
というわけで次回より、軍靴の音マスターがついに登場です。たぶん。
では、たしぎでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「私がマスター。貴様が襲撃者、だな?」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――
評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事




