第九話:軍靴の音
今回ちょい長め。千文字いつもより多くて、6300文字くらいです。
というわけで毎日一話ペース。(10/20)
この話からは、5日に一話更新にペースアップします(≧∇≦)
ミウと戯れるようにして遊んで、気付いたら六時。
「よし、晩飯食べに行くか」
「行きますかー」
開け放った窓から差し込む光は、そろそろ橙色だ。夕焼け。向こう、ミウの顔も、赤く色づいている。
「また面倒臭い通路を下るのか……」
「面倒くさいとは何事かー!」
笑いながら、ごめんと手を合わせておく。だが、それでも怒りはおさまらなかったらしく、うりゃー、と、気の抜けた掛け声とともに、俺を突き飛ばしてきた。
軽い勢いだったのに、不意打ちであったためたたらを踏んで下がる。
すると、瞬きの後、次に目を開けるとそこは、一階のギルドの隅にある、洋式トイレの個室だった。
一瞬の後に、アサクラも現れる。
何が起きたかわからない俺に、アサクラが説明してくれた。
「アサクラの部屋から出るのが面倒なので、転移装置作っちゃいました」
「作っちゃいましたって……」
そんなに簡単なものでもないだろうし……。そもそも、一台設置するのに何十万ルードもするような高価なものを、そう安易に作り出せるものなのか?
「しかも面倒なのかよ」
まあまあ、と、たしなめられる。どこか納得がいかない気分だ。
「それじゃあ、出ようか」
と、ミウが個室のドアを開けようとして、そこで。
俺は慌てて彼女の手を握って、その凶行――かもしれない――を止める。
「なあ、アサクラ」
「ミウ、です」
「……ミウ」
はい、なんでございましょう? と小首をかしげる彼女の鼻先に、指を突きつける。
「一応、念のために聞くが」
「はいな」
「ここ、どこのトイレだ?」
そうだ。
ここがミウの部屋から繋がるポータルである以上、今俺とミウがいるこの場は、必然的に女子トイレなのではなかろうか――?
男が女子トイレにいることのまずさを、ミウが考慮していると思うか?
「え、女子トイレでございますよ?」
「デンジャラスっ!」
思わず叫んでから、ハッとした。大きな、例えば公共のトイレに個室が一つしかないなんてことはなく、もちろんうちのギルドだってその例に漏れず、女子トイレの中には他のプレイヤーがいる可能性だって無きにけりなのである。
散々叫んだ後だから、今更ではあるが、一応フォローも入れておく。
「じゃあ、切るぞー。トイレから出たら、また呼び出してくれ」
俺の声は通話だった、と。
トイレの中で通話する女子がいるのかどうかは知らないので、恐らく苦しい言い訳だとは思うのだが、それでも無いよりはマシ。
少々不審に思うことはあっても、俺がその場で現行犯逮捕されない限りは大丈夫だろう。
「え? どういう意――」
す、っと、口を手で塞ぐ。
フリーノートを起動して、「ここ女子トイレ、俺男、バレたら死ぬ」とだけ書き込む。
聡いミウはすぐに理解してくれたようで、フリーノートを起動すると、何やら文字を書き込み始めた。そもそも、本当に聡いのならもっと別のところに転移させるなりなんなりするもんだけど、とは、言わぬが花だろう。
神妙な面持ちで何やら書き込んでいくミウ。一体どれだけ書き込んでいるのか、光のペンを持つ手の速度は衰えず、揚々と紙面を踊る。ちなみにだが、フリーノートには、光でできたペンのようなもので文字を書く仕様だ。
ミウの手が止まる。そしてフリーノートをこちらに向けて、
『わかった』
「あれだけ書いてたのにたったの四文字!? イリュージョンか!」
思わず怒鳴ってしまう。すると、彼女は再度何やら書き始めた。今度はすぐにフリーノートが上がる。
『お兄ちゃん、男。ここ、女子トイレ。見つかったら社会的に死ぬとアサクラは妹としての立場から忠告するのと同時に、フリーノートでの筆談を勧める。イエスならアサクラの右の胸を、ノーなら左の胸を三回、タップしてください』
「あんな一瞬で書き過ぎだろ……じゃない、妹じゃねえ……じゃない、えっと、胸は触らねえよ!」
駄目だ、突っ込みどころが多すぎる……
俺がピンチだというのに、どうして急にこの娘はボケはじめたのだろうか。あと、俺は今更筆談を始めたところでごまかせない気がする。
「ああ、うん、いい加減切るからなー」
もう声は出さないぞ、という意思を込めてミウを見ると、何を思ったか胸を寄せて強調してきたので、無視してフリーノートに書き込み。
『揉まないぞ』
『揉むなんて誰も言ってないよ、タップしろって言ったんだよ』
く……!
『それはさておき』
『胸以外のところが良いってこと?』
『違うし』
「それはさておき」と書いたページをめくり、赤でアンダーラインを引いてからもう一度ミウに提示する。誰が違う部分が良いなどと言ったか。というかなぜこいつはこんなにも俺に胸を触らせようとしてくるのか。
『ここから無事に脱出したいんだが、まず手始めにこのトイレに他に誰かがいないかを確認してきてくれないか』
『ふふふお兄ちゃん』
ふふふ、という笑い声まで一々文字にして、律儀な奴である。
『つまり今、お兄ちゃんの生殺与奪権はアサクラが握っているわけだけど』
『助けてくださいミウ様』
やむを得ず、ミウに助けを請うことに。こいつ、俺のことが好きだったんじゃなかったのか? 好きだからこそいじめたくなる先天的サディスムか?
『愚民』
『女王』
後日誰かが俺たちのフリーノートを見ることがあったら、何が起こっていたのか、まるで理解できないだろう。俺はそいつに満足のいく説明をする事が出来るとも思えない。
『跪いて胸を舐めなさい』
『え、そこは足じゃなく!?』
普通そういうのって、足を舐めなさいとかじゃないのか?
『なんだ、お兄ちゃんは脚フェチか。それなら足にキスしなさい』
『違うし!』
その時だった。
『誰か来た! 隠れてお兄ちゃん!』
『ど、どこに!?』
自分も律儀らしい。わざわざ狼狽える様子を文字にする。
足音が近づいて来る。
『ヤバいぞどうすんだ!』
『静かにしていれば平気だよ!』
足音は隣の個室に入った。
ごそごそと衣擦れの――ってこれは違う意味のヤバさ!
間一髪のタイミングで――耳を塞ぐことに成功した。なんで間一髪だったとわかるのか、と誰かに聞かれることがもしもあったとしたら、それに対して俺は、ギリギリアウトだったんだよ、と答えたことだろう。
☆☆☆
「えらい目にあった……」
「……ごめん」
あの後、トイレからの脱出には無事に成功した。
アサクラも、少し調子に乗りすぎた、と反省しているので、俺からは特に何も言うことはない。
というわけで気持ちを切り替えて、夕飯を食べに行くことに。
「お兄ちゃん、どこに行くのー?」
「そうだな、特に考えていなかったんだが」
城下に繰り出せば、適当な店に出会える、か?
ギルドの酒場でだって普通に食事ができるし。
ただ、レストランやなんかになると、ゆーきの所――女王の薔薇領まで行かなければならない。大した手間じゃないのだが、少し歩かねばならないのだ。
とりあえず歩きながら考えよう、と、酒場の奥にあるトイレの前から歩き出す。
木でできたテーブルと椅子の間を縫うようにしながら、ギルドの入り口の方へ。
酒場は盛況のようで、ギルドメンバーが数百名、酒を飲んだり夕食を食べたりしている。ちなみに酒と言ってもアルコールが入っているわけではなく、ほんの少し、ごくごく軽く酩酊する程度なので、アルコール中毒の心配もなければ年齢制限も無かったり。俺はあんまり好きじゃないので、初めて手に入れた時に舐めたくらいだが。
「そういえばサーラちゃんとモミジお姉ちゃんが新しいお店をここに作るんだってね――、て、あれ?」
「ん? どうかした……って、え?」
入口から見たとして、正面の壁側には酒場のカウンターが。
右側には各階直通階段や、クエストを張り付けてあるクエストボードと受注受付所。
左手手前には二階居住区へ繋ぐ階段があって、そしてその奥には空きのスペースが――あった、のであるが。それも今日のつい朝まで、あったのであるが。
それが、無くなっていた。
店一軒くらい入りそうなスペースがあったそこには、本当に店が一つできていて。
ミウと二人で、目をこすり、見間違いではないことを確認する。
「店が出来てる――よな」
「しかも、喫茶店みたい、だよね?」
大きめのファミレスくらいのスペースがまるまる全部、ガラスと板を用いて区切られている。なにせ収容人数一万人からなる酒場の一隅だ。それなりの大きさにはなろう。
「あれってもしかして」
「だよね、モミジお姉ちゃんのお店だよね」
夕飯が決まった。
酒場を突っ切って、戸を押し開けて中に入る。
「すいません、営業は明日からになりま……って、お兄ちゃんとアーサーだ!」
そこには、猫耳を生やしてウエイトレスのコスチュームに身を包んだ、猫耳メイドなるキワモノ職業の我が妹がいて。
「お姉ちゃーん、お兄ちゃんたちが来た!」
恐らく厨房だろう、奥に向かって呼びかけるサーラ。
すると、姉がエプロンで手を拭きながら出て来た。
「いらっしゃいませー。今暇?」
それに対し、暇だけど、と答える。
「それなら今、お腹空いてる?」
「かなり」
アサクラと暴れていたもので。
「それは良かった! それなら、明日からのメニューを試食して、感想を聞かせてほしいんだ!」
つまり――タダ飯が食える!
「ミ――アサクラ、どうする?」
「もちろん大賛成でございます」
ということで、御馳走になることに。姉は料理が得意なので、楽しみである。
「ちょっと待っててね、出来たのから順番にサーラに持って行かせるから」
そう言うとモミジとサーラは厨房に引っ込み、サーラは水の入ったグラスを持って帰ってきた。
冷めるから出て来た順番に食べて――と、そういうことだったので、半人前くらいの料理をミウと二人で分けながら平らげていって、ついにはデザートも全種類制覇し終えたところで、モミジが厨房から出て来た。
俺とミウが手を合わせて、ごちそうさまでした、とてもおいしかったです、と言うと、モミジは、ありがとう、と微笑んだ。
かと思うと急に目つきが鋭くなり――
「で、どうだった? 何のどこがどう美味しくてどんな風にすればもっと良い感じになるかとかそういう意見とか!」
「お、落ち着いて姉ちゃん! 一気に捲し立てられても全部には答えられないから!」
「そ、そうか、そうだよね」
じゃあ、これ、と、姉は料理名が羅列された表をこちらに見せた。
「最初に出したのから順番に質問していくから、どんなに細かい意見でも良いから教えてね」
「了解でございますー」
それじゃあ――と、最初に出された前菜のサラダから始まり、デザート、カボチャの和風パフェまでアンケートは進んでいき、そして、姉はやっとアンケートを机に置いた。満足した様子でしきりに頷いている。
「ゲームが始まる前よりも料理が上手くなってる? 姉ちゃん」
「……ん? ああ、あのね、秘密のスパイスがあるの」
「珍しいアイテムとかでございますか?」
ううん、と姉は頭を振って。
「違うよ。もっと簡単な、でもとっても大事なお宝」
「いったい何なんだ?」
そういうと姉は、俺に向かってウインクをすると――
「――大好きな人への愛情」
と、言ってみせたのだった。
☆☆☆
「なんでこんなに早く店舗が……?」
「ん、サーラちゃん万能説って、黒くん信じる?」
ああ、確かに、サーラのスキルがあったら、半日急ピッチで作業すれば一店舗くらいならどうとでもなるかもしれない。
それから雑談に耽る事数十分――キリがやって来た。
「マスター。探しました」
キリのこの、まるで汚物でも見るかのような冷たい視線は一体何百年経ったら温かくなるのだろう。永久凍土かもしれない。
「マスターに客人です」
相変わらず汚物と接するような態度。彼女の性的恋愛対象は、どうやら女性だけらしい。ゆーきを最上位として行動する。俺に従っているのも、ゆーきに命令されてしぶしぶ、みたいな感じだ。
「客人?」
キリの後ろから現れたのは、果たして。
「……あの、皆様は、兄上のお知り合い――なのですよね?」
シャルロッテ。水色の髪の毛の、キリバの妹。影が薄い。
俺たちとキリバは知り合い――と言えるほどの関係でもないのだが。
その旨を伝える。
「えっと、それでも、兄上と最後に会われたのが皆様で……」
「なんだ? 行方が分からないのか?」
「知ってるんですか?」
知ってるも何も――
軍靴の音に帰ったんじゃ無いのか?
「知ってるぞ? キリバなら――」
くいくい、と、ミウに袖を引っ張られた。なんだ? フリーノート?
『キリバのことはシャルロッテには言わない方が良いと思うよ』
なんで――って、あ、そうか!
脳裏に、日中のメイビィとの会話が蘇った。
『そんで、たまたま通りがかった身内――つまりキリバを捕まえてな、全部こいつのせいにしやがったのよ。なーんでボクの管轄の支部でやるかなぁ、とか思うわけだけど、治安維持隊もキリバを現行犯逮捕で、こっちとしてもおとがめなしってわけには行かないんよね。なんせそのオッサン、えっと、ハンネスっつー名前なんだけど、四人いる幹部の一人でさぁ、単なる支部長であるボクなんかよりも偉いわけで。ハンネスのオッサンがクロって言ったら、どんなシロでも大抵クロんなる』
『あいつは……このゲームが、デスゲームであることを……理解していないんだ。本物の軍隊、それも第四次世界大戦の時の日本軍みたいに、「軍隊の兵士」は「機械」でしかないんだ! 不器用、役立たず、一つのミス、失敗、反駁するような台詞……一つでも気に入らないことがあれば、あいつは、みせしめとか言ってそいつを殺す――』
つまり、おとがめなしでは行かないキリバは、一つのミスでプレイヤーを殺すマスターがいるギルドに連行されたということで。
「シャルロッテ。キリバの居所に心当たりはある」
どうして昼間にそのことについて思い当たらなかった!?
もうキリバは処刑されているかもしれないんだぞ!?
もしキリバが処刑されていたら、そうしたら、シャルロッテは悲しむだろう。そんなのは間違っている。冤罪で、暴君に、見せしめに死刑にされる。そんなことは間違っている!
「ほ、本当ですか!? どこですか? 探しに――」
「それは、悪いが、今はまだ教えられそうにない。でも――約束する。絶対にキリバを連れて帰ってくるから」
だからそれまで。
「うちのギルドで待っていてくれ」
食後の運動には丁度良いだろう。
「キリ、リラとゆーきを呼んできてくれ。城下で落ち合うぞ。姉ちゃんとサーラは、シャルロッテに料理でも食べさせてやってくれ」
「どこ行くの? 黒くん。――気を付けてね」
「うん、分かってる」
シャルロッテに席を譲り、もう一度、絶対に連れ帰ってくる、と言って。
「アサクラ。ちょっと用事が出来たんだが」
「奇遇だね、アサクラもちょっと用事があるんだ」
軍靴の音に。
殴り込みだ!
――とりあえずギルマスは殴ってから、ギルドごと併呑する。
☆☆☆
領地の外れ。
『ユーニロ大森林』の、城から見て一番遠くに、ギルド「軍靴の音」の支部はひっそりと建っている。コンバットブーツの旗が風になびき、入口には二人の鎧装備の兵士が、見張りとしてか立っている。周囲は森の木々が囲み、薄暗い。
俺は、正面から歩いて行った。
「止まれ! 何者だ!」
見張り兵が剣を掲げ、声を張り上げる。
俺たちは五人だ。
見張りは二人。
メイスで殴って、アサクラの爆弾で吹き飛ばして、ギルドのドアを蹴飛ばして開けて。
「俺たちは、自由に咲く、希望の翼――」
叫ぶ。
玄関から入った先は大きなホールになっていて、そのあたりは、規模は格段に違えど、うちの酒場と似ている。
そこに、響けと。ここにいる全プレイヤーに宣言するように。
「ギルド“空に咲く黒色の羽”だ!」
はい、今回でコメディは打ち切りです。ですよね? たぶんそうなります。今回だって真面目に書くつもりでしたし。それが女子トイレ潜☆入になるんですから、人生って難しい(ーー;)
というわけで次回より、軍靴の音がついに登場です。たぶんマスターも。
では、たしぎでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「マスターを、とりあえず殴りに来た」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――
評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事




