第八話:空に咲く黒色の羽
まーいーにーち、一っ話っ! まーめちしーきールンルンラー。
というわけで、まだ毎日一話書くという状態を維持しております。今日は10/19。
次回からは五日に一話投稿だ!
「とってもとっても大事な話――笑わずに聞いて……ください」
いつもと違ってしおらしい態度でそう言うアサクラに、こちらも神妙な面持ちで頷く。
するとアサクラは、ポケットから何かを取り出した。
「でも、その前に――これを、受け取ってください」
開いた手に乗るのは鍵だ。
そのまま見ていると催促するかのように目の前に突き出されたので、とりあえず受け取る。その時にアサクラの手が俺に触れて、その小ささを今更ながらに思い出した。
「これは?」
「ここの部屋の、二つしかない鍵、だよ」
「えっ?」
アサクラの手のひらと丁度同じサイズ。柄の部分は木でできていて、鍵穴に差し込む部分は赤の――金属? 目を凝らしてよく見てみると、赤いオーラのようなものがうっすらと立ち上っている。
「それは、アサクラが作った鍵で、そして、鍵である以上、絶対に壊れないのでございます」
プレイヤーハウスやダンジョンの扉を開ける鍵なんかは、失われてしまうと困るために、破壊不能オブジェクトになっている。反対に、武器や防具なんかは使い続けると摩耗していき、手入れをしないとすぐに破損してしまう。
「それと」アサクラは続けた。「その鍵は、日緋色金で作った特注の魔法道具だから、武器としても使えるよ」
ステータスを見てみて、と言われ、鍵をタップする。人差し指で二回。
緋色の鍵
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古代存在した伝説の金属、「日緋色金」から作られた鍵。魔力を通すと杖、剣、槍の形に変形する。武器としての攻撃力はないが、武器として装備することができる。
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いつの日か日緋色金を採取しに行ったのは――このためか。ちなみに、ヒクイドリが大量に出てくるダンジョンの事である。遭遇率はかなり低いものの、一撃で残りHPの九割を削る攻撃を繰り出してくるモンスターがいて、更にその上位互換モンスターがダンジョンの最奥に待ち構えるボスで、俺、アサクラ、リラ、ゆーき、キリのパーティだったからこそ勝てたようなもので、一パーティだけなんかで挑んだら、誰かが死んでいたのだと思う。
ともあれ、そのボスモンスターのレアドロップが「日緋色金」で、運良くアサクラにドロップした、と。
試しに杖と念じてみて、と、アサクラに言われるままに念じる。杖。
すると、右手に握ったままだった鍵から発せられていた、明滅する赤のオーラが縦に伸びて、確かに杖と呼べる形状になった。
だが、
「透けてる……ぞ?」
「実体は無いけど、そのオーラみたいなのだけで物が斬れるから、気を付けてね」
無造作にそういうアサクラに、何かを言おうとして、その瞬間、杖が元の鍵に戻った。
「あれ?」
「MP切れだよ、お兄ちゃん」
今、俺のMPは、レベルを上げたり装備を変えたりで五桁を超えている。全体攻撃魔法を二〇連発は出来るような数字だ。大体の中ボスは、全体攻撃魔法を五〇発も打ち込めばお供のモンスター、再度湧いたお供モンスター含めて一層できるのだから、これはちょっとどころじゃなく、かなり燃費が悪いと言える。実践ではまず使えないだろう。
これだけのMP量を求められるなら、むしろ魔法職にしか扱えず、だが、そもそも魔法職はこんな武器を扱えず――アサクラは酷く二律背反の武器を作ったものだ。
「でも、本来これは、アサクラの部屋の鍵だから――」
「ああ、うん。失くさないよ」
そういうとアサクラは微笑んだ。触れれば溶けてしまいそうな――儚いものだった。
☆☆☆
「さて、それじゃあ本題に入ろうかなー、って思う」
「ああ、そうだったな」
アサクラは瞑目して、大きく一つ息を吸った。
そして目を開けると、何かを決心したかのような表情で――
「好きです、お兄ちゃん」
そう、言ったのだった。
それに対して、俺は何にも反応を返せないでいた。これは、女から男への、愛の告白と、そういう意味なのだろう。鋤? 農業でもするのだろうか、なんてつまらないことを言うつもりはないし、隙? 暗殺か!? とか、そんなことを言うつもりも――どうやら俺は混乱しているらしい。
「でもね」
アサクラは続けた。
「アサクラは――私は一一歳で、お兄ちゃんは一六歳だから、相手にしてくれないこともわかってる」
心が前傾するのを感じるが、それでも。
「だからね、お兄ちゃん」
アサクラのことは好きか? ――好きだ。胸を張って言える。嫌いなわけがない。だが、それが男女間の恋愛感情なのか? そう聞かれると、閉口せざるを得なくなる。
問題は何か? 年齢か? ――否、そうじゃないだろう。心の中で誰かが囁く。俺はそれを聞こえなかったことにして、封をする。
「私は、お兄ちゃんが好き。そのことを――伝えておきたかった」
振り返ると、アサクラは背後の窓を開け放った。俺やアサクラの身長の、実に三倍はある大きな窓。西向きに位置する窓からは、城下――領地の西部全体を見下ろす事が出来る。
「空、綺麗でしょ?」
青空――雲一つない、快晴の空。それはゲームの中の、もちろん本物ではないこともわかっているが、それでも。それがゆえに。
「ああ、綺麗だ」
「……お兄ちゃんの名前」
「うん?」
窓のところまで歩いて行って。
「お兄ちゃんの名前――アサクラ、実はずっと前から知ってたんだよ?」
アサクラの横顔を盗み見る。
泣いていた。けれど――それを拭いもせずに、気丈に空を見つめていて。
「明野黒羽――だよね。黒い羽」
サーラ――沙羅から聞いたのだろう。ゲーム内ではリアルのことについて触れるのはNGだ、と俺に教えてくれたのはアサクラだ。だが、今はそんなこと気にならなかった。
現実で仲の良い沙羅が、兄のことを話しているのを聞いて覚えたらしい。
「沙羅ちゃんの家に遊びに行ったときに、実は何回かお兄ちゃんを見たことがあるんだよ」
「ごめん……全然、覚えてない」
「い、いいのいいの。チラッと見た程度だったし、お兄ちゃんとは話したことすらないし。せいぜい、お邪魔します、はーい、くらいの会話しか……」
そういえば、沙羅が連れてきた友人の中に、アサクラを見たことがあるかも……
ダメだ、思い出せない。やっぱり見たことが無いのかもしれない。
「だからね? レイオリアで、沙羅ちゃんがあんなに嬉しそうに話す「黒羽お兄ちゃん」が現れた時には、驚いたのだよ」
目には――蒼が映りこんでいた。空の青。
もちろん、アサクラの瞳である。
「本当はね、お兄ちゃん。このゲームがデスゲームになって、怖かった」
「……じゃあ、もしかして」
「その通り、アサクラは、実は怖くて部屋に引きこもっていたのでございますよ、と」
そうやって嘯いてみせたアサクラの目は、されど空を見ていて。
「でも、「黒羽お兄ちゃん」が来てくれて、嬉しくて。だから、ついて行こうと思って」
「確か部屋に引きこもるのにはもう――」
「――飽きた。あれは嘘だよ。一人でいるより、知り合いの誰かといる方がきっと心強かったんだ」
俺もつられて空を見るようにして。
柔らかな日光が目を刺して、爽風が頬を撫でる。
「黒羽。黒い羽。私にとって、差し延べられた手は――希望だった。希望の羽、希望の黒い羽」
神聖の象徴であり、今世紀初めに絶滅が確認された、地球で一番賢い鳥類であるカラス。それと良く似た鳥が横切って行った。黒い猫が目の前を横切るのは不幸、黒い鳥が目の前を横切るのは幸運の知らせ、とは二三世紀に流行った呪いだったか。
散った黒い羽根が一枚。それをアサクラは拾い上げると、太陽にかざした。
「空に咲く黒色の羽。鳥の羽根ってさ、落ちてくるとき、咲いた花が散るみたいでしょ?」
「まあ、言われてみれば」
そう言えないこともない、かな?
色とりどりの羽根は、空に咲く花束。
「ああ、そういう意味か」
「そうだよ、そういう意味」
だからね、お兄ちゃん、と、アサクラは呟いて。
「大好き」
か細く、されど一本芯の通った力強い声で、そう言った。
こちらの目を覗き込んで、精一杯の真摯を湛えた目で、最高に愛らしい笑顔で、そう言った。
俺はそれには答えないで――アサクラの涙を、そうっと拭ったのだった。
☆☆☆
「分かっちゃいたけど――振られちゃったかぁ……」
ごめん、と、謝りそうになったが、思い直してやめた。
謝るのは卑怯だ。
「でもね、お兄ちゃん。あと六年もしたら、アサクラはなるからっ! 凄い体に!」
吹いた。
「何言ってんの!?」
「えっと、ばいんばいんのおっぱいになるからっ!」
「いや別に言ってることの意味が分からなかったわけじゃねえよ!」
「大丈夫安心して! この先ずっと、私はお兄ちゃんのことが好きだから!」
そこでなんとなく気恥ずかしくなって。
見詰め合っていた目を、どちらからともなく逸らした。
「改めまして、お兄ちゃん」
「……何?」
アサクラは、答えぬままに開け放した窓から外に歩み出る。
展望台の部屋をぐるっと一周するように、ベランダが設置されているのだ。もちろん、城の目の前数十メートルくらいからなら見上げても見えない。
端っこの手すりと窓の、ちょうど中間くらいまで歩いて行って、くるりとこちらを振り向いた。
「初めまして、黒羽お兄ちゃん。私は、アサクラ――朝倉美雨です。朝昼夜の朝に倉、美しい雨で、朝倉美雨です。将来、凄い体になる予定があります。そして――好きな人がいます。よろしくお願いしますっ!」
笑んだ。微笑みの形。可愛い、と口に出して言うことは今まで幾度あったかもしれない。でも、心からそう思ったのは――産まれてから今までを振り返って、果たしてあっただろうか。本当の意味で「可愛い」を使ったことが――今まであっただろうか。
口で言うだけでない、心が感じるアサクラの魅力に――
「僕は――明野黒羽。明星の野原の黒い羽で、明野黒羽。僕のことを好きだと言ってくれる女の子がいて――すごく、今が幸せです。初めまして」
楽しそうに、嬉しそうに、アサクラは笑う。
「お近づきの印に、私のことは美雨と呼んでください」
「それなら、僕の事も黒羽とお呼びください」
そうして、二人で笑いあった。
楽しい時間だった。
「あのね、お兄ちゃん」
「なんだ?」
アサクラは悪戯を思いついたみたいな笑顔で片目を瞑り――
「二人でいるときは、これからもミウ、って呼んでくれる?」
「喜んで」
そう言うと、アサクラは――ミウは、また涙を流したのだった。それはさながら大地を潤す恵みの雨で――その光景は、美しい雨、美雨の名を冠するにふさわしい光景だった。
「今日だけ、今だけだから――胸を、貸してほしいんだ」
「ちゃんと返してくれるなら」
などと、冗談を言ってみる。
それにも、ミウは軽く笑ってくれ、そして俺の胸に飛び込んでくる。おずおず、と言った力加減でローブを掴み、そして。
「お兄ちゃん」
頭を撫でる。サラサラの髪が指にかかることはなく、なんとなく心地良い。
「借りた胸は、アサクラが今のお兄ちゃんと同じ年――一六歳になるまで、返すのを待って下さい」
「えーっと、なんで?」
「一七歳にばいんばいんになる予定だったのですが、それを少し早めて、頑張って一六歳までにはなります。だから――その時に返す、ね?」
とんでもないフラグを立ててしまったようだ! か、大人の世界の貸し借りには利子利息というものがあってだなあ……の、どちらを言うかで迷ったが、結局何も言わないでおいた。
風がミウの持ったままだった黒い羽根を攫い、行きがけの駄賃に俺たちの髪を揺らす。
ミウは頬を俺の鳩尾の辺りに押し付けるみたいにして、肩甲骨の辺りを、その華奢な手で軽く、掴むというよりは摘まんでいて。
舞い上がった黒い羽根が遥か彼方に飛ばされ、それを、無意識に目で追った。
空は青い。
空に咲く黒色の羽――その意味、その言葉に込められた意味が、今、やっとわかった。
「ねえ、お兄ちゃん。ちょっとこっち見てくれない?」
空を見上げていた俺に、下から声がかかった。ミウの声。
ん? と、下を向き――ミウと目が合って、そして。
眼前に、ミウの顔。視界いっぱいに、ミウの顔。ミウしか見えない。
一瞬。
さ、っと顔が離れる。俺の体に回していた手も解いて、一歩、二歩、三歩下がった。
「これくらいは……許してくれますよね……?」
でも、と、続けて。
「一六歳になったら――もっと凄いのをする予定だから……お兄ちゃんっ!」
「はいっ!」
反射的に返事をして。
「それまで、待っていなさいっ! いいね?」
「ああ――うん」
それに対して。
俺は、楽しみにしてるよ、とだけ、返しておいた。
この時この一瞬に限り――世界は、確かにミウを中心に回っており、まるで祝福するかのように、空は青く。
そんな世界の中心に、花が咲いていた。笑顔を花と表現することは陳腐かもしれないが――それでも、花としか表現できない、ほころんだ、可憐な笑顔。
アサクラは俺の妹ではないけれど、お兄ちゃんと呼ばれるのも案外悪い気がしないな、と、無意識に唇に手を当てながら思った。
「お兄ちゃん、部屋には――たまにで良いから、遊びに来てねっ!」
飛びつくようにして抱き着いて来たミウの勢いに負け、床に押し倒される。
「精一杯おもてなしするから! 具体的にはアサクラがめっちゃ喜びます」
その言葉に対しても、俺はやっぱり、
「ああ――楽しみにしてるよ」
とだけ、返したのだった。
アサクラが可愛いんだけどどうすれば良いと思う?(真顔
では、たしぎでした←
――次回予告兼チラ見せ――
「俺たちのギルド名は――」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
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