第六話:涙の理由
ふははは、前の話を投稿した次の日に、もうこの話を書き終わってやったぜ!
これは、もしかしたらこのままのペースで書き続けられたら……毎日更新も夢じゃないかも。
俺がここの領地を治める「王様」であると知ったメイビィは驚いたが、それで自分は完璧に逃げられないことを悟り、頭が痛いとでもいうかのように、額に手を当てた。
絞り出すかのようにして声を出す。
「も、もう知らないかんね! ボクはもう知らない……うく、うぅ……。おい、クロウ! お前……責任とれよ! ボクは処刑されそうになったら全力で逃げるからな! 匿えよ! 良いな!?」
「なるほど、お兄ちゃんはこうやって勧誘をするわけか」
「ちょ、違う違うって! こんな脅迫みたいな勧誘はしてな――あ、メイビィ、なんならうちのギルドに来てくれても構わないぞ」
妹に必死の弁明をしつつ、メイビィには勧誘を忘れない。あらゆるプレイヤーを見たら勧誘する、という癖が、この半年――現実世界で三か月――の間に染み付いてしまった。
生還した時にこんな癖がついたままだったらどうしよう……
「……ああ、処刑されそうになったら本当にクロウのところに行かせてもらうよ……」
☆☆☆
後日、軍靴の音との会談の日付を知らせる、と苦虫を噛み潰したような顔で言い、メイビィは引き上げていった。それまでは大人しくしていろ! 出来ないなら自宅待機だぞお前ら! とも、自棄になったかのように吠えていた。
もちろんプレイヤーカードは交換してある。日常会話はマスターしたと言っても良いだろう、と自分の成長具合に満足しつつ、一度ギルドに帰ることにする。受注したクエストが、他の物も含めすべて終わってしまったからだ。
卵の買い付け、カツアゲされたお金を取り返す、薬を作るのに使うキノコを採ってきてほしい、ユーニロ大森林に大量発生したゴブリンの掃討、大森林で落としたペンダントの回収……。すべてここまでの道中で達成可能なクエストだ。町を散策、昼食の後大森林でピクニック、それらのついでにクエストを受けよう、と、そういう予定だったのだが、昼までにすべての予定が終わってしまったのである。
「姉ちゃんとサーラ、とりあえずうちのギルドに来いよ」
「お兄ちゃんギルドマスターなんでしょ? すごい!」
「…………」
姉は、ちら、とこちらを一瞥しただけであった。
だから、
「姉ちゃん。ちょっと大事な話がある」
せっかく昼が丸々空いたのだから、姉との不和を、解消しようと思う。要は仲直りだ。
☆☆☆
城下西区の、それなりに人通りの多い露店通り。
今朝、リラやアサクラと卵を買った店がある通りだ。ちなみにその店は、先ほど目の前を通った時にはもう店を畳んでいた。驚くべきことに、需要があったらしい。大好評につき売り切れ、の看板が立っていた。
リラ達には先にギルドに帰っていてもらう。サーラはアサクラに任せておいた。妹はアサクラに任せておけば大丈夫だろう。
問題は――
「…………」
この、子供みたいな我がお姉様、である。
「……なにかな」
「姉ちゃん。俺は人と話すのが苦手だから、姉ちゃんが何で怒ってるのか、完璧に理解しているなんて、絶対に言えないんだ」
「うん」
「理由はわかるんだけど――ログインする前のこと、だろ?」
時々――というかいつも、他人が何を考えているのかなんて、分かった試しが無い。
それは、共に過ごした時間がおそらく世界中の誰よりも長い姉だって、例外では無く。
もちろん、目を合わせれば言いたいことはわかるし、何かを話したらそれが嘘かどうかも大まかには分かるような関係ではある。
だが、それだけだ。でも、それだけだ。
少なくとも俺には今、姉が――モミジが何を考えて、どうして怒っているのかが分からないのだ。
「そう、だけど」
「俺だけが悪かったとは思わないけど、俺が悪くなかったかと言えばそれは違うと思うんだ」
「…………」
俺はモミジの事が好きだ。もちろん姉として、であるが。同じようにサーラ――沙羅も好きだし、最近は、リラとアサクラも大事な人の一人だ。
そんな大切な人との不和には――耐えられない。
城下の雑踏が耳に入らないほどに、俺は姉を見つめる。
リラやアサクラ、サーラと別れてから――俺と姉は、一歩もここを動かないままで対峙していたのだ。
「姉ちゃん。姉ちゃんは俺と沙羅が下にいる「姉」じゃないか。でも、俺は姉ちゃんが相手だと「弟」で、沙羅が相手だと「兄」なんだ。だから、そのどちらの立場からも――同じことが言いたい」
「…………うん」
「その――ごめん」
沙羅を守るのは、姉として当然。
沙羅を守るのは、兄として当然。
弟を守るのは、姉として当然。
姉に我が儘を言うのは――弟の特権。
俺は姉に、もう一つ我が儘を言う。
「本当にごめん、姉ちゃん。自分の事でいっぱいいっぱいで……沙羅や姉ちゃんの事なんて考える余裕が無かった。沙羅の兄として失格だし――」
「お姉ちゃんの弟としても……失格、ね」
「ごめん」
頭を下げる。
「あのね? 黒くん。ここでこんなことを言うのはなんだと思うんだけど、聞いてね?」
「う、うん」
姉の言い回しに、若干の畏怖を覚える。なんだろう……自分がとんでもない間違いを犯したような、そんな気分。
「お姉ちゃんだって何が何だか分からなくなって、黒くんを怒鳴ったりして……ごめんなさい」
「いや、それは良いんだけど――」
「でもね!」
下げた頭を跳ね上げて、姉はこちらの目を見据える。その眼光に、少し怯んだ隙に。
「お姉ちゃんが怒ってたのは――そういうことじゃないの」
日常会話マスターの資格が剥奪の危機にある。姉が怒っていた理由が、それじゃないとすると……俺には、他の選択肢なんてまるで思いつかない。
俺はいったい何をしたんだ……? 考える。
「お姉ちゃんが怒っていたのは――」
「…………」
今度は、こちらが黙り込む順番であった。
分からないなら、大人しく拝聴していれば。
今からその説明がなされるのだから。
「お姉ちゃんが怒っていたのは――!」
なにかを言おうとして、でもやっぱりやめて。躊躇い。
それでも、意を決したように、一度口を一文字に引き結ぶと、こちらを睨みつけてきた。その眼光に射られて、首をすくめる。
「黒くんが、見知らぬ女の子といちゃいちゃしていたからで!」
その言葉への理解にたっぷり数十秒は要した後。
「…………え?」
俺がかろうじて絞り出す事が出来たのは、これだけ、たったの一文字だった。
対し姉の言葉にはどんどんアクセルが掛かっていって……
「まず大前提としてだけど――お姉ちゃんは、黒くんのことが、一人の男性として好きで! だからお姉ちゃんの黒くんが他の女と仲良くしているのを見るのが嫌で、それで!」
「お、落ち着け姉ちゃん! 実の弟にそのカミングアウトはいろいろアウトだ!」
姉、壊れる。
「い、いや、違くて!」
「良かった! 良かったよ本当に! これからの姉との付き合いを考えなければならないところだった!」
どうやら、言葉の綾というものらしい。よほどテンパっていたのだろうか。ちなみに俺は、テンパるの語源が麻雀という大昔の遊びが語源であることを思い出す程度には混乱している。
「一回落ち着いて深呼吸してみよう姉ちゃん!」
すー、はーを、大きく二回ずつ、深呼吸させる。その後で姉は息を吸って、止める。
吐き出して、顔を上げた。
「良く聞いてね、黒くん」
「お、おう」
顔は至って真面目そのもので、好き勝手に叫んでいた余波か頬は上気し、口はまっすぐに引き結び、けれど眉は何かを迷うようにハの字で、目は軽く潤んでいて。
これからなにか大事なことを言うのだ、と、不思議と分かった。
「黒くん――好き。好きです」
「お、弟として――で、ですよね? ね?」
「い、異性として」
い、一回落ち着いてみよう!
「一回落ち着いてみよう」
「落ち着いて黒くん!? どうしたらこんな道の真ん中で横になれるの!?」
うむ、なるほど。自分も十分に困惑しているようである。
周囲の雑踏が、耳に入ってくる。今更ながら、自分が告白されたという事実が、脳内で整理され始めた。リラ――敷里に告白されたときは精神安定剤があったのだ。対し今はない。血の繋がった実の姉からの、異性として好きです、という告白は――はたして異常なのだろうか。兄弟姉妹、いとことの結婚は、この二世紀の間に法律で禁止されたから、今でこそほとんどそんなケースは無くなったのだが……
それは、裏を返せば二世紀前までは兄弟姉妹との結婚も可能だったわけで。第六次世界大戦の余波で、人口が急激に減りすぎたためだと思われる。なにせ現在の人口の約五分の一――六〇億人にまで減ったのだ。むしろ、よくそこから二世紀で三百億人にまで戻したと言える。
だから……弟の事が異性として好きな姉がいたって……不思議、変ではない、のだろうか。
それでも。
俺は姉のことは愛しているが、それが異性としてなのかと問われたら……どうだろう。それは、何かが違う気がする。
当然、世界中のほとんどの弟がそうであるように――俺は、姉のことは、「姉として」しか見られない。
だから――
「姉ちゃん。ごめん。俺は、姉ちゃんのことが好きかって聞かれたらもちろん好きだと答えると思うけど……でも」
と、その時だ。
「――黒くん黒くん。これ見て?」
知らずの内に、足元の石の目を見つめながら話していたらしい。促されるままに顔を上げて――愕然とする。
俺が初めてのギルドメンバーを勧誘した時に使った――フリーノート。
自由に文字を書き込む事が出来て、そして、誰にでも見せる事が出来るそれには、姉の、震える筆致で、今書いたと思われる――
『ドッキリ大成功』
の、文字が。
「ご、ごめんね、黒くん。ちょっと怒ったふりをしてみたら、あんまりにも真剣に……泣いてるの?」
「ね、姉ちゃんの馬鹿!」
こっちは、姉との関係が修復できないくらいに崩れることを承知で、本気で悩んだっていうのに。
ローブの裾で、涙を拭う。この涙は、いったい何の涙だろう……? 姉に仕掛けられたこの「ドッキリ」が……すごく悲しくて――悔しくて。拭いても拭いても、涙が止まらない。
格好悪いとは思うが……それでも、止まらないものは止まらない、止まってくれない。
「ご、ごめんね? ごめん」
姉はそう言って俺の頭を抱くようにする。身長は俺の方が一五センチは大きいけれど……それでも姉は精一杯背伸びをして、俺の頭を抱き、優しく撫でてくれる。
何故だかまた悲しくなって来て……姉の、決して大きいとは言えない胸に顔をうずめたまま――子供みたいに泣いた。姉も――たぶん。泣いていたんじゃないかと思う。そう思って――余計に悲しくなった。もう二度と泣かせないと誓ったのに――
俺は子供みたいに泣いていたのだが――姉は俺に隠そうとでもするかのように、なるべく声を押し殺して泣いていて。実際俺に泣いていることを隠したつもりだったのかもしれないけれど、姉の体は震えていて、俺は知らない間に、姉の体に手を回して抱き着いていて。
だから……その時の姉の呟きが、「本当は血が繋がっていないなんて……言わない方が良いよね」という風に聞こえたのは……きっと、俺の耳が悪いのだろう。
「……うは……が……んて……わな……が……ね」はっきり聞き取れたのはこの部分だけなのだから……もし血が繋がっていなければという、俺の心が生み出した幻聴――ああ、そうか。
そうなのか、と、そこで合点が行く。
俺は、紅葉が姉じゃなければ――
もしも紅葉が俺の姉じゃなければ――一人の女性として愛していたのだろう。
だから。
涙が出るのだ。
☆☆☆
「泣き止んだ?」
「……うん」
姉は、俺が泣き止むまで頭を撫でてくれていた。
今は、城下西区の隅っこにある、俺のギルド所属のプレイヤーが経営している喫茶店にいる。
二人掛けの席に座って、俺は手洗いで顔を洗って、腫れぼったい目を冷やして。
「……お昼、食べよっか」
「……そうだな」
どことなく気まずい雰囲気を感じる。姉の前で泣くのは……覚えている限り、無い。そりゃあ乳幼児の頃まで遡ればあるのだろうが、そんなものはノーカウントだ。
姉の顔を見るのがどことなく気恥かしくて、良く磨きこまれたテーブルの木目ばかりを眺めていると、水の入ったコップを持って、ウエイトレスが注文を取りにやって来た。それに、もそもそと小さな声でサンドウィッチ、とだけ返す。姉も同じものを頼んだ。この店の名物らしい。
五分ほどで運ばれて来たのは、一つの皿に三つ乗ったサンドウィッチ。とりあえず一つ、詰め込むように腹に入れるが……味なんてまるでしない、分からない。
「……姉ちゃん」「……黒くん」
「あ、そっちが先に――」「黒くん、先良いよ――」
同時に互いの名前を呼んで、互いが互いに譲り合うという、今時めったに見られないようなベタを展開して。
ふふ、と姉が笑って、それにつられて俺も笑って。
なんだか段々楽しくなってきて、微笑は大笑いになり、爆笑とも呼べる域に入って、店長が注意しに来て。
なるほど、二つ目のサンドウィッチは――確かに、美味しかった。
紅葉は……しない♪ ではヒロインじゃありませんでしたが……これでめでたくヒロイン格上げ、ですかね。とりあえず軍靴の音との会合までまだ日数があるので……他のヒロインとの話も書いておくべきですかね。
ちなみにこの話はラブコメではありませんので……主人公、あるいはヒロインは……くっつかない、バッドエンドで終わる、途中でデッドエンドの可能性があります。ご了承くださいませ。
いや、まだそんな予定ありませんけどね←
軍靴の音との会合辺りからシリアスが蔓延り始めてラブコメが入っていけなくなるので……そのあたり、さじ加減が難しいですねぇ……
あと、メイビィにヒロインフラグが立ちました。これが折られるか折られないのかは……まだわかりません。シャルロッテにも同様の事が言え、さらに低確率でラッキーがヒロインに昇格するやもしれません。や、あくまで可能性の話、プロット無視して進んでくれれば――の話。
では。
――次回予告兼チラ見せ――
「そして無理矢理わたしのじゅんけつを……」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――
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