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第三話:しこり


 当作品においてのコメディは、その九割が物語に必要なものであり、決してたしぎがその場の思い付きで書いているわけではないことをご了承ください。え、マジでマジで。

 前にもここ、前書きで書いたような気がするんですけど――日常編・コメディなんかは、あくまで物語を引き立てるための……?


 さてさて。とりあえずはしばらくコメディ風味でお送りいたします。

「広っ」「広ーい」


 アサクラと妹が嬉しそうに叫んだ。

 階段を下りると、そこは迷宮(ダンジョン)ではなく、大部屋だった。階段を下りた先、妹のランタンはどんなに広くとも部屋全体を照らす効果を持つものだったが、それでも反対側の壁は霞んでよく見えない。左右の壁も同じくらいある。

 見渡すかぎり、モンスターがいるわけでも無いらしい。


「神殿系のダンジョンかもしれませんね。下が土で、壁が蔦ですから、秘境神殿あるいは邪教神殿かと」

「モンスターが湧かないから、前者だと思う……んだけど」

「邪教神殿にイベントが設置されていた場合、そのイベントまでモンスターが湧かないのでございますよね」


 ゲーム内時間で半年――現実で三ヶ月――の調査で、色々とわかったこと、わからなかったことがある。その一つに、ダンジョンは、ほぼ「聖」「魔」の二属性に分かれていることだ。例えば「神殿」や「塔」「城」などのベースがあって、それらの頭に属性を表す語がつく。

 「聖」ダンジョンには百パーセント大なれ小なれ出来事(イベント)があり、「魔」ダンジョンには結構な低確率で事件(イベント)が起こる。

 魔ダンジョンに至っては、イベントがある方がむしろ運が良く、無いときなんかはただのモンスター大量湧出エリア(ハウス)だったりする。それも、結構な確率で湧いた(ポップした)モンスターを全殲滅するまで脱出不可――二時間に二人ずつなら入場は可能――であり、うちのギルドでは、低レベル層と、フルパーティ――六人――以外のダンジョンへの出入りを禁止している。推奨しているのは、六パーティでのレイド攻略だ。このゲームでは、個人、パーティの次の単位として、六パーティ(レイド)がある。ダンジョンによっては、レイドでないと入れない場所があったり、特定の部屋に入るにはレイドが最大人数であったりする場所もある。ゲームによってはレイドを定義するパーティ数はまちまちらしいが、少なくともこのゲームでは六パーティだ。

 そういった――当たり前ともいえる――工夫の御蔭で、現在二〇万人の死者のうち、俺の近くで死んだプレイヤーはいない。ただの一人も、俺の目が届く限りは死なせないのだ。

 そういえば今俺達は五人だが――


「クロウさんがいれば、大丈夫ですよね」

「ねー」


 やけに俺を信頼しているらしいリラとアサクラが笑顔を向け、姉はふいっ、と顔を背けてしまう。姉と再会してからの不和――簡単に取り払ってしまえるものではないらしい。表面的には落ち着いたかな、と、胸を撫で下ろしていたのだが。基本的に、姉には勝てない。ちなみにだが妹にも勝てた試しがない。そんな妹であるが、彼女との間には現在溝はない。姉が変なことを吹き込むような人間でないことはわかっているが、そのあたりは、普段からの、妹と過ごした時間分の積み重ねがあるのだ。姉もすぐに機嫌を直してくれるはず――


「それにしても、なんにもないよー」


 妹の声は、伽藍堂の様に何もない、大部屋の空気を伝播して響いた。

 それにしても、よく声が響く。ならず者がいれば、一発で居場所が……いや、「現在いる部屋の隅々まで照らす」ことができるなどという便利なランタンをお持ちの妹がいるのだ。部屋に入った時点で、もし誰かがいれば見つからない道理はない。

 それでなんのアクションもないということは、そもそもここには誰もいない、どこかに隠れている、いるけど気付いていないの三択なのだろう。最後は確実にないだろうとは思うのだが。

 目を眇めて隅から隅まで見渡してみるも、なるほど、確かに何もない。


「これは、やっぱりイベントなんですかね」

「つまり、モンスターハウス(さいあく)は避けられた……ってわけだよね」


 言ったモミジと目が合ったのだが、すぐに逸らされてしまう。出会い頭はどうも、何に対してだかわからない出所不詳の怒りに支配されていたのが、今になって急に燻るような、下火(いかり)に変わってしまったらしい。謝れば良いのだろうか。謝ればそれで済むのか?


「……ごめん」

「何がかな、黒くん」


 遺恨は深い。


          ☆☆☆


 とりあえず、入った瞬間にモンスターが大量に出現しなかったから、モンスターハウスではなさそうだ、ということで、散策してみることに。だが、まだここが「聖」なのか「魔」なのかがわかっていない以上、警戒は怠ることができない。それ以外の属性である可能性も否めないが――それは極々稀な可能性だ。

 もしかしたら、ゆーきも連れて来た方が良かったのかもしれない。エリクシルめっちゃ便利。


「それにしても広いな……」


 かれこれ一〇分は歩き続けている。現実世界において歩かないなんてことはないが、それでも俺は、なにがしかの部活をやっているような人間よりは運動量が少ないのである。美術部の写生は、近隣で済ませることが多いのだ。校舎の屋上でもそれなりの絵は描ける。

 おまけに、足元は底が体重と地面との間のあらゆる力を吸収してくれる特殊ゴムではない。もちろんこれはVRゲームだから靴擦れなどするはずもないのだが、そこは気分的な問題だ。疲れはある。そもそも森の中を行脚してきたわけだし。


「休憩とかしなくても良いですか? 先輩、あと、姉ちゃん」


 一応聞く。もちろん、呑気に先頭を進む我が妹とアサクラの返事は期待していない。彼女たちは、休憩などしなくとも動き続けられるだろう。聞いたのは、リラと――姉に対して。


「大丈夫ですよ? あ、クロウさん、疲れましたか?」

「疲れたんなら休憩してなよ」


 リラの優しい物言いと、姉のつっけんどんな返し。リラはなんとなくこちらを心配してくれているのだということは理解できるのだが、どこか体力面で負けた気がして釈然としない。姉の態度には少し思うところがあるのだが、ここで俺が何か言ったところでさらに関係がこじれるだけだ。姉が怒ったときは、(なだ)(すか)して褒めそやす。わかりやすく言えば、機嫌を取り続ければ良いのだ。もうすぐ成人だというのに、子供っぽいお方である。


「じゃあ、進みましょうか」

「そうですね、リラ」


 姉は、スタスタと先に歩いて行ってしまった。どうやら相当にご立腹らしかった。


          ☆☆☆


「端っこまで来たけど」

「端っこでございますね」


 何にもなかった。部屋が広大すぎるのだ。入口から左に向かって、ここまで大体二〇分ほど歩くと壁に突き当たった。端から端までは四〇分。


「真ん中とか行ってみる?」

「あの、そんな漠然とした……」

「真ん中かー。行こっか、アサクラちゃん!」

「こらサーラ、トラップとかあるかもしれないのに危ないよー」


 と、駆け出したサーラとアサクラを追う形で踏み出した我が姉は。

 ガコッ、と。

 何かを踏んだ。


「…………」

「気のせいに違いないとお姉ちゃんは主張します」

「……トラップ……です、よね」


          ☆☆☆


 結論から言うと、何も起こらなかった。


「び、びびビビらせやがっててて」

「姉ちゃん、なんか今更声が震えてるんだけど」

「知らない気のせいじゃない?」

「…………姉ちゃん超美人」


 足を踏まれる。なるほど、姉も成長しているようだ。以前までなら「美人」の一言で大抵の事なら許してくれたのだが、そう簡単にもいかないらしい。


「リラ、何かわかりますか?」


 リラ先輩、という呼び名は廃止され、リラに変更された。敬語もやめるように脅され――じゃない、説得されたのだが、それでも一応は年上ということで、そこは譲れなかった。本当は呼び捨て要求されたのだが、それも断固拒否希望で、よって折衷案でリラさんに――と提案したのですが、おもむろに大剣の素振りを始めたので僕が折れることになりました。


 微かに唸り声をあげながら、リラ。(つか)ねた腕は胸を強調し、それを姉は凝視した。姉は比較的スレンダーであり、それを実は気にしていることを俺は知っている。さすがに「姉ちゃん巨乳だね」なんて頭の悪い褒め言葉で機嫌が取れるとは思わないのだけれど、検討はしておくべきか。するだけ無駄か?


「なにか、スイッチを踏むだけじゃなくて、他にも条件があるのかもしれません。他にも複数スイッチがあるか、何か特定の条件を満たしてからスイッチを踏まなければならないのか。もしかしたら、他の四隅にも同じスイッチがあるかもしれませんね。探してみましょうか」


 姉ももうちょっと精神年齢が落ち着いてくれればなあ、と思わずにいられないリラの意見。非常に参考になる。


「――――おー兄ぃーちゃーんっ!」


 遠くから聞こえる妹の声。いつの間にやら、アサクラと二人であんなに遠くまで行ってしまったらしい。こちらから見て、左端の隅だ。


「なんかねー、スイッチがあるのでございますよーっ!」


 遠くに届かせるための、間延びしたように聞こえるアサクラの声に、俺とリラは顔を見合わせた。姉は、俺とは目を合わせてくれなかった。


「押してみてくれー! もちろん慎重にだぞー!」


 こんなに大声を出したのはいつ以来だろうか。ああ、分娩室で泣き声をあげて以来か。なるほど、産まれた時以来ですね。


「押したよー!」


 しかし何も起こらない。

 その場で待機しているように言い、姉にもその場待機を命ずる。


「リラ。俺が対角線の隅まで行きますので、最後の隅、お願いします」


          ☆☆☆


 天井と床に反響するからか、はたまたゲームだからか、この神殿内で発する声は誠に良く響く。現実世界では届かないような距離であるが――さすがに多少聞き取りづらくはあるものの――聞き取れないほどではない。


「準備は良いかー!」


 三方からそれぞれ返るオッケーの声。なるほど、対角線であるから、俺が一番時間がかかったらしい。


「何が起こるかわかりませんから、各自警戒は怠らないでくださいねー!」


 正面左方より届くリラの声に、了解です、と答えてから。


「せーのー! せっ!」


 合図と同時に、右足をかけていた、そこだけ他よりわずかに浮いているスイッチを、踏み込んだ。

 その瞬間だった。

 床から壁が迫り上がる。瞬きの内にそれは天井の高さまで成長すると、動きを止めた。壁だ。正面右方と左方に穴が開いて、通路が伸びているのが見えた。本当の意味での迷路(ダンジョン)だ――そう思うと同時に、辺りを照らしていたライトが消える。妹と分断されてしまったことで、ランタンの光が届かなくなってしまったのだ。

 真っ暗闇。

 ただの一つだって光源が無い。

 とりあえず待機状態だった霊魂を起こし、周囲に展開させる。霊魂自体は火の玉だから、薄ぼんやりと辺りが照らされる。


 その中の一体、ヒクイドリというモンスターを、メイスに憑依。打突する部分が燃え上がり、簡易松明の完成となる。柄には極彩色の羽根飾りがついた。

 このゲームにおいて、暗い所を明るくする魔法あるいは道具の効果は、「自分が今いる部屋」が全範囲だ。たとえ部屋がどんなに大きくても小さくても、照らされるのは部屋全体とその入口付近だけ。それなら、廊下なんかの通路、つまりは部屋じゃないところに出たらどうなるのかというと、通路にいる時だけ、普通の松明やなんかとまるで同じ効力しかなくなるのだ。

 と。


『もしもし、クロウさん』


 プレイヤーカードを交換したプレイヤーとの特権――通話。自動的に顔横に表示されたウインドウに、リラの顔が映っている。

 更に、その下にもう一枚展開される、


『お兄ちゃーん』

『兄上、ご無事ですか』


 サーラとアサクラからの通話。一緒にいるからか、二人で妹の画面を占拠している。


「無事です、リラ。……サーラ、姉ちゃんとはつながるか?」


 俺と姉は、そういえばプレイヤーカードを交換していなかった。通話できない。その点、妹なら確実に持っている。


『んー、はい、繋がったよ。無事みたい』


 俺の顔の左に新たにウインドウが開き、アサクラの顔が大写しになる。サーラの枠には、姉が表示されたウインドウが映っていた。


『兄上。合流するのは難しいかと』


 アサクラの話し方のレパートリーには底が見えない。


『とりあえず、そうですね、ダンジョンの脱出を最優先にしましょう』

「分断された今の状況は危険だ」

『通信はこのまま繋げとくよー』

「無理はするな。死ぬなよ!」


 広大すぎるダンジョンに少人数で分断されたのだ。聞いたことが無い、過去最悪の事件(イベント)――どうやら、この神殿は「魔」属性、邪教神殿であったらしい。

 未踏のダンジョンなんて、普通は一パーティなんかでは入らないものなのだ。それを一人(ソロ)攻略する事になろうとは。

 俺はゾンビを全力展開したら、ボス系のモンスターに運悪く遭遇(エンカウント)しない限り、死にはしないだろう。だが、他はそうも行くまい。とりあえずリラ、アサクラ、サーラ、モミジをこのダンジョンから無事に脱出させるまでは、死ぬわけにはいかない。


『モンスターとエンカウントしました!』

『こっちもだよっ!』

『幽霊系モンスターでございますね、サーラちゃん、援護するよっ』

『こっちはまだなんにも出会わないみたい』

「俺もまだだ。モンスターとは遭遇していない。残りHPには気を付けるんだ!」


 死と隣り合わせの世界の、広大なる迷宮の中で一人。今更ながら、冷たい汗が背中を伝った。



 

 というわけでダンジョンでござい。予定ではさくっとならず者登場させるつもりでしたがおかしいな。次回こそはならず者出る……と良いなぁ……


 次もダンジョンだ!


――次回予告兼チラ見せ――

『すごいよアーサーの爆弾!』

「アーサー?」

―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―



 では次回。


 誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――


 評価、感想、レビューなどして下さったら、いつもの八倍泣いて喜びます←ここ大事

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