第一話:城下
いくら毒の牙があるそのメイスで叩いたところで、枝から水蛇の毒が染み出すわけがない。
アサクラはそう言う。だが、それなら、ゆーきが飲んだハイダメージポーションは、一体どうして生成されたのだろうか。
「あの、デスゲーム化によって、仕様がより現実寄りにアップデートされたのではないですか?」
結局、リラが言ったその一言が結論として落ち着く。
と、ちょうどその時だ。
PvPが終了して、退場となっていたプレイヤーが出現する。
その中から、ゆーきが歩み出て来た。すかさず口を開く。
「負けたのには変わりありませんの……我らクイーンズ・ローゼスは、クロウ様のギルドのメンバーになり――同じ旗を背負うことを誓いますわ」
そこで疑問に思うところがあったのか、首を傾げる。
「そういえば、クロウ様。ギルド名をお聞きしても――」
☆☆☆
「……ウ様。クロウ様。おはようございます」
目が覚めた。
「おはよう、セバスチャン」
俺を起こしてくれた、グレーの髪を丁寧に撫でつけた男性執事――セバスチャンは、ギルドハウスやプレイヤー所有の店なんかに雇うことができる、雇用NPCの内の、型「執事」。セバスチャンは、アサクラがつけた名前だ。
「おはようございます」
「昔の夢を見たんだ」
「おはようございます」
「三か月前……いや、こっちの流れだと半年前か」
「おはようございます」
「半年前に、俺とユーキが出会った時の夢だった」
NPCにいくら話しかけたところで、同じことしか繰り返さないのだけれど、それでも俺は、毎朝彼に話しかけることを日課にしていた。ゆーきが仲間になって、ギルドハウスを買って、セバスチャンを雇ってから毎朝話しかけ続けて。今や、NPC相手になら、すらすらつっかえることなく言葉が出るし、会話ができるまでにもなった。といっても、NPCは基本的に同じことしか話さないので、独り言を言っているのと同じような感覚で話しているのかもしれない。
ちなみにであるが、一般プレイヤーとは、まずあいさつができるようになり、今では簡単な日常会話ならできるようになっている。英会話か。
ウィンドウを操作して、寝間着である「シルクのシャツ」「シルクのズボン」を外し、「黒天の兜」「黒天の手袋」「黒天の靴」、「真夜のローブ」を装備。最後に「黒天・片翼」という名前がついている片耳のピアスをつけ、身支度は完了となる。
俺が部屋を出るのと同時に、今や四桁を超える霊魂たちが湧き上がるように俺を囲み立ち上がる。
さすがに視界を遮るまでになって邪魔なので、すべて地面の中で待機しておいてもらうことにし、ようやく一息吐く。ゾンビが増えすぎるのもやっぱり、なんか考えるべきなのかなぁ……
そんなことを考えながら軽く三十分ほど歩くと、ギルドハウス二階から行くことができる、バルコニーにたどり着く。クエストボードと酒場、アイテム交換所と入口がある、収容人数約一万人の、広い一階を見下ろせる場所。二階には、幹部とNPC、二階に上れる人間が一時的に許可したゲストのみが上れる決まり。
いま、我がギルドの人数は、二万三千人だ。その六割が日本人だが、残りの四割は外国籍を持つ人たちである。攻略が進むに連れて行動範囲が広がり、最近やっと中華帝国――もとの中国を中心に日本を除くアジア州全部――エリアとの境界線まで攻略が進んだので、中華人の中堅、トップ攻略組ギルドを片っ端から勧誘してまわったからだ。今は、E.U.――北欧、イギリス、スイスを除く、ドイツ中心のヨーロッパ諸国の軍事同盟――や大英グレートブリテン王国――イギリスを中心に、ヨーロッパのイギリス側の領地を削り取った国――エリアの境界線への攻略を進め、中国エリアの制覇と同時進行している。
メニューウインドウを開き、ギルドをタップ、マスターのページを開いた。
ギルドと一口に言っても、今、うちのギルドは、同じギルドに複数名が所属している状態ではなく、親となるギルドのマスターに忠誠を誓う――形式的でも可――ギルドが、複数所属している複合ギルドという状態である。
例えばゆーきの女王の薔薇を例にすると、クイーンズ・ローゼスギルドマスターのゆーきは俺のギルドメンバー兼クイーンズ・ローゼスマスターという扱いで、クイーンズ・ローゼス所属のキリは、俺のギルドに所属するクイーンズ・ローゼスに所属するキリと、そういった扱いになる。わかりづらいな。脳内で考えているだけでもこんがらがる。
言い換えれば派閥だ。学校でたとえるとよりわかりやすいかもしれない。クラスメイトがギルドメンバー、担任がギルドマスター。クラスメイトは一つのクラスにしか所属していないが、担任の先生はギルドマスターを務めるのと同時に、その学校の一職員として所属している。校長先生が俺だとすると、各ギルドマスターが担任の先生。生徒は各ギルドメンバー。
ちなみに、個人で俺のギルドに加入したいと申し出たものは、うちのどのギルドに加入しても良いことになっている。その場合、激しい勧誘合戦になるのだが、その仲介のための組織も、主にキリによってまとめられているので無問題だ。転校生が人気者なのは、ゲームの中でも同じということか。
ちなみにだが、俺直属のギルドメンバーは、各ギルドマスターとリラ、アサクラだけである。今後も、個人を迎え入れるつもりはない。主に勧誘で圧し負ける的な意味で。
マスターのページには、所属する各ギルドのランキングが、密かに載っている。クエスト受注数のうち成功率を割り出し、順番に並べたものだ。うちのギルドはランキングを発表しないことにしているのだが、一位はクイーンズ・ローゼスだ。俺のギルド名は、全体を指して一ギルドなので、ここには載っていない。
ゆーきは各所属マスターの定例会議での議長に就任しており、キリはギルド内風紀・治安維持隊の隊長。アサクラは参謀で、リラは軍事顧問。俺は勧誘以外のほとんどの仕事を他のメンバーに丸投げしている。だから、このギルド内でマスター、つまり俺のことを知っているのは、セバスチャンと幹部たちだけだったりするのだが、そちらの方が見知らぬプレイヤーと会話するときに都合が良い。マスターとしての俺ではなくて、クロウという一個人として話す練習ができるからだ。セバスチャンも良い練習台だが、一階酒場での会話練習も、人見知り・コミュニケーション障害克服プロジェクトに一役買っていると思う。
「クロウさん、おはようございます」
「んー、おはようマスターお兄ちゃん」
「おはよう、リラ、アサクラ。あと、なんかマスターお兄ちゃんって嫌なんだけど」
「えー? それじゃあ、兄マスター? 全世界の兄を統べる兄マスター?」
ウインドウを消して、二階にもある食堂で、パンとコーヒーに似た紫の飲み物「ミディー」の簡単な朝食を買い、リラやアサクラと同席することに。
「私は今日はすることが無いので町に出ようと思うのですが、クロウさんは?」
「あ、じゃあ、アサクラも町に出ようと思うから、一緒に行こうよ、お姉ちゃん」
「俺は……」
今日すること……会話練習。主にNPCとの。
「うん、暇だ」
「よしっ、決まりでございますねっ! これ食べたらすぐ行こう――城下へ!」
☆☆☆
城下。
俺の所属するギルドハウスは、俺の所有する町で、その巨大さゆえに「城」とあだ名されている。ゆえに、城下だ。領有する土地は東京都と千葉県をあわせてほぼ同程度の面積であり、その大体三分の一程度が町で、人口はNPCが一万人くらい、プレイヤーが三万人くらい。そのうちの二万三千人がギルドメンバーだから、残りの七千人のうち、六千人が町外れにある中堅ギルド「軍靴の音」の支部駐屯プレイヤーで、千人は旅のプレイヤーたちだ。軍靴の音は、ギルドマスターが支部にいないために、交渉ができない。だから、とりあえず本部が見つかるまで加入交渉は保留ということになっている。
「えーっと……」
「あとはなんだっけ、卵?」
せっかく町に出たということで、ついでに城下町だけでクリアできそうなクエストをいくつか受注しておいた。今は、ケーキを作るために、足りないミルクと卵を買うお使いクエスト「ハッピーバースデーと祝いたい」、卵の買い付け中。
もとの目的が城下の散策であるため、特に急ぐ用事もなく、のんびりと町を歩いていく。狭い通路にひしめき合うようにして露店が立ち並ぶ城下西区、店を冷やかしたり脇道に入りこんだりして進む。
雑多な感じの西区は、石畳の路面と木組みの家が立ち並ぶ、城下中で一番人口密度が高い区域だ。反対に、東区にはなんとも驚くべきことにナイロック湖があり、森や林なんかもあるのだが、人口は過疎。軍靴の音の支部があるのもこの辺りである。
「お、卵って、これで良いんじゃないか?」
西区には、プレイヤーが経営する店と、NPCが経営する店がある。
「卵の専門店……? これ、需要あるのでございますかね」
「……NPCの店じゃなかったら営業妨害ですよねコレ」
NPCの経営する店は、毎日品ぞろえが変わる。だから、昨日は武器屋だったのに今日は卵屋なんていうわけのわからない仕入れをしたりもするのだ。見て回る分には、毎日飽きなくて楽しい。
「まあ、いいんじゃないか? ここで買ってしまえば」
「そだね」
前に出るアサクラを手で制し、俺が前に出る。
「卵を一つ、ください」
これが、練習の成果である。
「……うん、頑張ってます……よ?」
「わーお兄ちゃんすっごーい」
リラの困り気味な返答と、アサクラの棒読みには耳を塞いで、だ。
☆☆☆
「次のクエストは……なに? カツアゲされたお金を返してほしい? え、こんなのあるの?」
「一回だけ、似たようなものをやったことがあるかもしれません」
「アサクラも見たことはあるよ、まだ兄様に出会う前にね」
クエスト「ゴロツキにお金を奪われたので取り返してほし……ひいぃすいません、お金なら払いますぅ」の概要は……
「とにかく名前が長い」
「これあれだよ、プレイヤーからの依頼。クエスト申請の書類書いたときに、たまたま受付がキリだったとか」
「あー……ありえそうですね」
「睨まれたんだろうなあ……可哀想に」
北東区には、かつてクイーンズ・ローゼスが治めていた町がある。正確には、今は俺の町だが、治めるのはゆーきに一任している町が、だ。
そこと、東区との境目に、つい先日、ゆーきの町から治安維持のために追い出されたならず者プレイヤーが二人、住み着いていて……
「つまり、このならず者を懲らしめてくれば良いと、そういうことですね?」
「あとは盗られたお金を返してもらうことーっていうか、お金が返ってきたら他はどうでも良いみたいでございますね」
「じゃあ、金返してもらってから、ついでに勧誘しよう」
「う、うん。そ、そうするのが良いんじゃないかな」
西区から北東区だと、歩くと少し時間がかかるので、町の要所要所に設置されている、ギルドに一方通行の転移装置を使い、一度城へ戻る。役職者は自分の部屋に、一般プレイヤーは、転送室という名前のついた、一階の隅にある部屋に転送される。一歩通行なのは、外に出すのを難しくするため、だとかなんとか、ポータル設置に当たり、キリとアサクラの提案により可決された。
侵略戦というイベントがあるらしい。まだ経験していないが。聖夜のくれた概要には載っていなかったし、そのような説明はメニューウインドウのヘルプにも書かれていないのだけれど。そう言うと、アサクラは、そろそろ町を所有するギルドが増えたと思うから、そのうちアップデートでもされると思うよ、絶対に。と、返した。まあ、彼女がそういうならその通りなのだろう。わざわざ反抗することもない。
☆☆☆
「というわけで北東区到着」
「いや、あの、アサクラ。城の北東区側出入り口から出ただけなんだけど」
城の南入口以外は、役職者しか出入りできない二階にある。これもまた防衛上の観点からとか何とか。もちろん、出るだけの一方通行。内側からは開くが、外側からは開かない仕組みになっている。もっとも、俺が発行するキーを持っている者だけ、ギルド内どこの出口でも外側から開けられるのだが。今は、アサクラとリラ、ゆーきとキリだけに渡してある。
「えーっと、北東区のクイーンズローゼス自治区東側門の付近に、対象プレイヤーは良く出没するようですね」
北東区は、見上げるほど高い壁が町全体を覆っていて、出入り口は東側門、北側門と、領地外に出る外門、あとは城の北東出口だけしかない。
壁側を左手にして、踏み均された土の道を歩いていく。すぐ右手には森が隣接していて、道幅は五メートルほど。森の中は薄暗くなっていて、あまり見渡すことができない。
「もうそろそろ、東側門のところに着くのでございますー」
「クロウさん!」
リラが叫ぶ。アサクラの顔から、柔和な笑みが消える。
森の茂みが揺れ、人影が現れたのは、ちょうどその時だった。
アサクラが手元に高速で爆弾を出し、リラは大剣を構える。
はたして出てきたのは――
「黒……くん?」
「姉ちゃん!?」
え? 俺の姉が、ならず者プレイヤー?
え? 別に、登場させるのすっかり忘れてたからあわてて出したわけジャナイヨ! ホントダヨ!
はい、そういうわけで新章でした。次の話でサクッとならず者討伐しちゃって、徐々に本編に入っていきますか。次話次々話くらいまでは、日常編が続くやもしれませぬ。妹ちゃんも出したいし。
次話、真・妹対戦勃発!
「お兄ちゃんを――お兄ちゃんと呼ぶなぁぁぁぁぁ!」
「お兄ちゃんはアサクラの兄なのでごぜーますよ! そっちこそ急に現れて妹を名乗るんじゃないのでございます!」
どうしよ。冗談だったけど、こんな話があっても良いかもしれない。
たしぎでした。
――次回予告兼チラ見せ――
「お兄ちゃんを――お兄ちゃんと呼ぶなぁぁぁぁぁ!」
「お兄ちゃんはアサクラの兄なのでごぜーますよ! そっちこそ急に現れて妹を名乗るんじゃないのでございます!」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
察してください。
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――




