第四話:ゾンビなら大勢いる
ふ は は は は
なんか……完結しなかった。ごめんなさい。
中途半端にゆーきとクロウの決着をつけたくなかったので、もう一話書くことにしました。
次で最終話です今度こそ。今度こそ! ←
は、と、息の漏れるその顔に、浮かぶ色は困惑。
まさかじゃんけんを知らないのだろうか。
今や外国どこに行っても、何かを決める際にはじゃんけんを用いるものだと聞いたことがあるのだが。地方によってはじゃんけんじゃなくて、それによく似た何かであったり、ローカライズされたものだったりするらしいが。
余談だが、「グー」「チョキ」「パー」で勝敗を決めるじゃんけんを「日本式」、「石」「紙」「鋏」で勝敗を決めるじゃんけんを「米式」というのだが、出す手の呼び名以外に特に違うところがないために、まとめて「日米式」とされるそれらは、世界の六割で使われているとされる。国際同盟に加入している国はすべてが「日米式」だ。
他四割は、日米式以外のじゃんけんを使うらしい。
ちょっと変わった話では、じゃんけん世界大会なるものも存在するらしい。それくらい物事の決定には重要な役割を果たすのだが、ゆーきがもし「他四割の人」だったときのための、一応の問いがそれだ。
「日本式のルールはわかるか?」
日本式、を強調する。
それに対し、
「し、知ってますわよ! さすがに馬鹿にしすぎですわ! 私は、完璧にじゃんけんを理解していますの!」
憤慨したように叩き付けられた言葉。続いて、
「日本式だって、もちろん一から十まで理解していますの!」
魚が餌をつつく。
「それなら、一応し、しようと思ってたルール説明は……しなくて、いいよな」
声が裏返るのはどうにかならないだろうか。やっとゆーきとも普通にしゃべれるようになったと思ったのに。
「ええ、必要ありませんの!」
魚が、針に食いついた。
「そ、それじゃあもう説明はなしでいいな? 日本式じゃんけんのルールは全部熟知していると思っていいんだな?」
「くどいですわ! いきますわよ! 一勝した方の勝ち! いいですわね!?」
一本釣り。
「いくぞ」
じゃん、けん。
「グー!」
ゆーきの手だ。これでもかと突き出された握りこぶしに対し、俺の手は、
「ピストル。俺の勝ちだ」
☆☆☆
音を聞いた。
意味を持つ、言語としての音だ。
それは、うわー、最悪、というアサクラの声と、無音の圧力を持つリラの溜息。
極めつけは、俺の首元に突き付けられた短刀が、ローブの装飾と奏でる擦過音の、言外の怒りの声。曰く、『ふざけてい――』
「死にたいですか」
「本望です」
ふざけているのですか、程度かと思っていたが、まさかの死にたいかどうかを問われる羽目になろうとは。思わず、即答してしまった。死にたいです。今、ではないとは思うのだけれど。
「なあ、兄ちゃんよ。さすがにそれはどうかと思うのだけれど」と、アサクラが嘆息交じりに言うのを聞く。本当に一一歳なのかどうかが疑わしくなるような、達観した笑みを浮かべている。年令詐称ではないことを祈るばかりである。
リラに至っては、頭痛がするとでもいうかのように、額を押さえ首を横に振っている。
おかしい。しっかり日本式ルールの確認はとったはずであり、ゆーきもしっかりと日本式のルールを熟知していると言ったはずなのだけれど――などと、主張できる空気ではない。もちろん、一部のローカルルールでは、実際にピストルが認められていることも。
「癇に障る……忌まわしい色のその瞳を抉り取ってやりましょうか。希望子と同じ、血のような赤のその瞳……まさか、自前のモノではないのでしょう」
いつかはこのゲーム内で死ぬつもりではあるけれど。
そのいつかは、今ではない。と思う。
だから、両手を上げる。
あと、この目は自前である。父さんからはアルビノと説明されている。体内の色素を作る機能が破壊されて、髪や肌が白くなったり、眼が赤くなったりするんだとか。
いまや三百億人に一人とも言われるアルビノであるが、総人口七百億人の現代、地球に二人、多くて三人しかいない計算になる。色素異常は、染色体、ひいてはデオキシリボ核酸を徹底的に管理できるようになった今、出生する前に妊婦が薬を服用、あるいは点滴するだけで完治するのだ。ゆえに今、「アルビノ」を獲得する人間は非常にレアケースとして、どこへ行っても新種の動物扱いだ。めったにアルビノは産まれない。
「……嫌なこと思い出したんで帰ってもいいですか……」
許されるわけがなかった。
☆☆☆
「さて」キリが言った。「これ以上は時間の無駄です。この口先だけの木偶は、さっさと鎮圧してしまいましょうお嬢様」
一回仕切り直し。
俺のじゃんけんでの作戦勝ちは、無効となった。ピストルはすべての手に勝つことができる、なんて記憶は、はたしていったい、どこから湧いたものなのか。幼稚園の頃だろうか? 思い出せない。
とにかくじゃんけんはいっさいなかったことになった。本来は俺たちが譲るべきだとキリが主張したのだが、ゆーきがとりなした結果、無効となった。寛大な処置に感謝、である。
「もう面倒ですから、先ほどの状態から、乱戦再開で良いですわね? ええ、拒否権はありませんの」
この硬貨が落ちた音と同時に――
☆☆☆
一つ、澄んだ音は号砲。
戦闘の再開を始める合図だ。どちらかのギルドがなくなることに対する、シンプルな鎮魂歌でもある。どちらかのギルドは今宵消える――最後に立っているのは俺のギルドメンバーだけで良い。
「リラ。アサクラ」
「は、はい?」
「なんでございますかー?」
ちょっと、目を瞑っててくれ。
告げた。
☆☆☆
敵は、三十人程度。
「リラ、アサクラ、もう眼を開けても良いぞ」
そして、残る敵は、
「………………ぇ」
「…………ぁ……」
ゆーきと、キリ。ちょうど二名。三対二。逆転だ。クイーンズローゼスの他の構成員はみな退場を余儀なくされている。死屍累々、とはまさにそのとおりである。
「兄ちゃん兄ちゃん。アサクラは理解できません」
「クロウ……さん? あの、いったい、どういう……」
それの問いに対し、ちょっと本気出した、という適当な返事を返す。
本当の答えは、非常にシンプルなものだ。そう思いながら、まずはとMPポーションをがぶ飲みする。
ゾンビの、全体同時一斉展開。その数は、優に敵人数を超える。そして、最大の脅威はその外見――流血表現にある。求心力の面で、使用することは避けようと思っていたのだが。
はたして、また使うことになってしまった。
ただし、今回は勝てばゆーきたちクイーンズ・ローゼスが「手に入る」ルール。勝てば、無問題だ。
「あと二人だな、クイーンズ・ローゼス」
☆☆☆
背後のゆーきを背中に隠し、キリは表情をひきつらせながらも、得物を構え、いつでも魔法を撃てるような状況にある。対するゆーきは、キリの背中に完全に隠れてしまっていた。
「それじゃあ、これからこっちは三人、そっちは二人だな。降参、する……気は……な、ないんです……よね」
ああ、尻すぼみになったうえに、ドモってしまった……更に敬語である。はやく、もっと多くの人間と話すことができるようになりたかった。今は、自分の墓場が見つかればどこでも良い。
「ゆーき、キリ。容赦はしないぞ。アサクラ、リラ。クイーンズ・ローゼスをぶっ潰して、俺たちのギルドの配下に置く」
「了解です!」
ゆーきが、真っ先にと大剣を振りかざしてキリに斬りつけた。アサクラの投げるアイテムが、追ってリラをサポートする。俺の相手はゆーきだ。
「……ぇ……ぅ」
「…………いや……あの、変なもの見せたのは悪かったと思ってます……」
でも本来、こういう職業スタイルなんですよ、と心の中で付け足して。
だから、泣かないでほしいなー、と、おずおずと言ってみる。
「ゆぅしまっ……せんっ! のっ!」
水柱が三本、眼前ではじけた。
☆☆☆
こちらの残りHP十割。向こうも同じ。
味方側は三人で、相手は二人。
こちらは初級職三人で、向こうは中級職が二人だ。
戦力的に見れば、ほぼ同点だろう。だが、こちらが有利という見方もできる。俺の職だ。それにしても、死霊使いのスキルが現代人の感覚からして凶悪かつ強力過ぎることには、微かな違和を覚える。運営は、なぜこのような職を娯楽内に設置したのか。そもそも、そういう表現は法律で禁――
「考え事とは、余裕ですのねっ!」
顔面に水の槍が突き込まれたのを、反応できずに喰らう。衝撃で吹き飛び、背中から路面に叩き付けられた。受け身を取ろうとするも失敗する。
そうだ、戦っている最中に余計なことに意識を割くのは確かに下策であった。
「そ……その通りだなっ!」
胃の内容物、今なら全部がMPポーションなんじゃないだろうか。たぶん俺を食べたらMPが回復するに違いない。それくらい、MPポーションをがぶ飲みし続けている。中毒とかないだろうな。あと、まずくなくてよかった。さらさらした喉越しで、うっすらと甘みを感じさせる。初めてVR技術が実装されたゲームでは、MPポーションは苦かったらしいが……
っと、これこそいらぬ長考である。
「これなら攻撃されても仕方が無いなっ!」
「延長」系統魔法、職業スキル「闇魔法」と「使役」、「操魂」の合一能力――要は合わせ技――、「付きまとう影」を、能力を単一で使用するときの、単純計算で三倍の詠唱を最大限の早口で唱え、発動する。
突き出した腕を這うようにして、霊魂状態で待機しているゾンビたちが、半実体化状態で、腕の延長線上に向かって突進する魔法。
イメージとしては、突き出した腕を機関砲にして、ゾンビが弾丸として次々撃ち出される、単純な物理魔法であるが。
「……ぃひ……」
現代人に対しては、「恐怖」のバッドステータスを与える代物である。「恐怖」の効果は、行動阻害及び遅延、それと疲労促進。人によっては、視野狭窄。運営は何を考えている?
その時、低いトーンの音が鳴り、ゆーきのHPバー上に、実際に「恐怖」のアイコンが表示された。注視すること一秒、眼前にウィンドウが展開して、「恐怖」の説明が現れる。
曰く、
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・恐怖
バッドステータスの一つ。全ステータスが二〇分の一低下し、ランダムで行動がキャンセルされる。上位互換ステータスが「恐慌」であり、一部アイテムで回復するものの、このステータスを受けた者の精神が恐怖状態にある場合、すぐに再発する。そのため、まずは恐怖を取り除くことが必要である。
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精神状態のチェックシステムは、VRゲームには必ず搭載されているらしい。プレイヤーの精神状態を管理して、より安全かつ快適にゲームをプレイするためだ。
そして、精神状態が、「恐怖」のような精神的な害を及ぼす状態にあるときには、システムが働いて強制的にログアウトさせられる――設定で変更可能――仕組みになっている。
それが、このゲームがデスゲームになったことにより、バッドステータスとして昇華したのだ。
スニーキング・シャドウにより、ゆーきのHPバーが音を立てて削れていく。こちらのHPバーは、先ほどの水柱の直撃で三割ほど削られたから、やっと同値程度だ。イーブンからなら、まだ巻き返せる。
MPポーションを開ける。
再度詠唱。スニーキング・シャドウの発動――
その時。
ふぅ、と。
ゆーきが、大きく息を吐いた。
☆☆☆
「スプラッタ、猟奇、ホラー、スリル。殺人、ゾンビ、お化け幽霊妖怪、物の怪妖。怖い、グロテスク、気持ち悪い。そのようなものに出くわしたとき、一般の女性は非常に怖がるフリをするらしいですの」
は? と半疑問の声が、知らず漏れる。
ですが、とゆーきの声は続く。滔々と、歌うように。
「私の八代遡った先祖に、そういうものが大好きだった人がいますの。
城……ん、ん、私が暮らしている屋敷には、そういう「違法」映画やアニメなんかが記録された媒体が、大量に保管されていますのよ?」
つまり――
「私、実は、ゾンビとか、大好物ですの」
俺が撃ち出したゾンビを、本当に慈しむような表情で撫でるようにして手を這わせ、背後に受け流す。
「キリには、淑女らしくないからという理由で、怖がる訓練をさせられましたの。良い思い出ですわ」
機関銃のような速度で撃ち出すゾンビの束が、直下から生えた水柱に食われた。俺のHPは残り七割。ゆーきは六割。
MPポーションを開ける、咥える、飲み干す。この工程を一瞬で行い、咥えた空き瓶は口を開けるだけで捨てられる。
さて。
どうしたものだろう。
「さあ! もっとゾンビを出すといいですの! 全部私に見せてくださいなっ!」
うふふふ、という、心からの笑顔に、恐怖を感じた瞬間だった。
戦闘は、最終局面を迎えようとしていた。
そういえば、ゆーきの「私」は「わたくし」ってイメージです。なんか、「私」って本来「わたし」って読まないらしいんですけど、どうなのやら。
でも、ゆーきはわたくしって言ってそうだよなあ、と。
――次回予告兼チラ見せ――
「そろそろ私、本気を出しますの」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――




