第二話:妹と片手で数えられる友人
第二話です。
これからも週一ペースが続けばいいなと思います。
俺が『Treasure Online』にログインしようと、準備をしていた時だ。
今年十一歳になる妹が、部屋に突撃してきた。
「お兄ちゃん、何してんの? ゲーム?」
そうだ、と生返事。作業の手は止めない。初期設定とかいろいろありすぎてわからーん! と買ってからずっと放置してたら完全に忘れてて、正直今結構焦っている。
わが妹の名前は明野沙羅。
今年十六になる俺とは五つの年の差があるため、喧嘩はまったくしない。
というか沙羅に対して怒ることができない。自分でも甘いということは分かっているがどうも強く言えないんだよなぁ。
このゲームを買う為に三日前から店に並んでいたので、顔を見るのは三日ぶりだ。だからどうした、という話なのだが。
「何のゲーム? 新しいゲーム? 面白い?」
一度に聞くな、とは思いつつ、律義にも全部の質問に答えてやる。
なんだかんだ言っても妹は可愛いのだ。こういうところが甘いんだよなぁ。
「沙羅もやりたい!」
そういわれてもな。
「沙羅も……やってみたいな、おにぃちゃん?」
ぐはぁっ! それは卑怯だ! こてん、と首を横にかしげ上目遣いにこちらを見るのは卑怯だ! 誰から教わった! 姉ちゃんか! 姉ちゃんからか!
「沙羅もやりたい~! ……あ、そうだ!」
一体何を思いついたのか、沙羅は足音軽く部屋を出て行った。
詮索は後でいい。今はゲーム、ゲーム、と。
初期設定これ、どうやってやるんだ?
☆☆☆
木々は適度な間隔を持って林立し、枝葉の隙間から木漏れ日が差し込んでいる。下草は踏み固められていて、獣道のような細い道が続いているようだ。
ここは、『ビギナーズ・フォレスト』。ようはチュートリアル用の超初級エリア。
始まりの間の出口から出て次のフロア、北に位置するこの『ビギナーズ・フォレスト』は、たいして危険なモンスターもおらず、新米のトレジャーハンターが必ず通る道、らしい。フロア移動時に視界の端に出ていた欄から得た情報だ。
迷わないようにだいたい一本道になっているあたりはまさに『初心者の森』といえよう。
とりあえず自分のパラメータを確認。
えーっと、メニューを開くには確か職業紋様をタッチしてメニューと宣言すればいいんだったか?
「メニュー、オープン」
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クロウ ♂ 16 死霊使い
HP:16/16 (体力。これが0になると力尽きます)
MP:25+3/28 (魔力。これが足りなければ魔法は使えません)
At:1 (攻撃力)
De:6 (防御力)
Sp:4 (敏捷力)
装備スキル メイスLV1 ワンドLV1 魔道書LV1
職業スキル 操魂LV1 使役LV1 闇魔法LV1
特殊スキル 無し
補助スキル 無し
称号 無し
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ちなみに、これはプレイヤーカードと呼ばれるアイテムであり、そこに詳細なプレイヤー情報が載っているほか、これを交換する事により、交換した人とは、ゲーム内でのメールや電話が可能(ただしログイン中に限る)になる。
他の用途として、ゲーム内で親しくなったプレイヤーとフレンド登録をする時に、これを交換する、身分証明に使うなどがあげられる。
つまり、自分以外のプレイヤーカードを持っていればそれはフレンドである事を表す。
だから現状での俺の目標はフレンドを増やすことだ。友達……できるのか。
脱線した話を戻そう。
さすが死霊使い、いきなりMPが高い……のだろう、ほかのパラメータと比べて。魔法職、というんだっけか。それと、この数字の横の+は多分、装備されて+されたのを表している。
「む。お兄ちゃん、どうして無視するの?」
いや、無視したわけでは。ちょっとこう、沙羅はゲーム機持ってないし、「Treasure Online」も持ってないし、振り向いてもし別人だったら恥ずかしいし。
「よく俺だって分かったな」
ゲーム内で用いる架空の名前――アバターネームを知っているはずはないのに。
それに容姿だって若干とは言え変わっている。沙羅も俺と同じように声で――いや、俺はおじいさんのところから一言も喋っていないはずだ。
「自分が説明しよう」
沙羅とは違う、落ち着いたテノールの、少年と青年の中間あたりの声。
「誰ですか?」
「おいおい、自分の三本の指に入る友人のことを忘れてしまったのか、黒羽」
「一本しかありません……中津先輩ですね?」
「その通りだ」
そう、彼こそがこの『Treasure Online』の開発会社の御曹司、中津成也その人である。俺や沙羅とはちょうど幼馴染の関係に当たる。
というか、他のVRMMOもだいたいこの中津先輩ん家が開発しているので、生粋のゲーマーである中津先輩は、開発段階からやり倒しているはず。なのに、わざわざ製品版をプレイする意味はあるのだろうか。飽きていないのか?
「いや、最初はこのゲームもやる気はなかったんだが――沙羅ちゃんがやるって言うからさぁ」
ゾクリ。背筋に包丁が這うような間隔。そうだった、最近忘れつつあったけど、この人ロリコンだった。
「ゲーム内では聖夜と呼んでくれ。今回のアバターネームだ。」
「中、……聖夜。で、何故沙羅がここにいるんですか?」
「お兄ちゃん、沙羅じゃないよ、サーラだよ!」
「へぇ、そんなアバターネームなのか。……あ、聖夜、どうぞ、続けてください」
「あぁ、つい二時間ほど前のことだ、沙羅ちゃんから電話がかかってきてね、お兄ちゃんが遊んでくれないの、って。それなら、お兄ちゃんが遊んであげようって事でゲーム機とカセット持って車飛ばして来たんだ」
執事かメイドが運転する高級リムジンとかでよく普通の住宅街に入ってくるなぁ。
もちろん内心思っていることは言葉に出さない。
「成也お兄ちゃんがゲーム機くれたの。なんかね~、ひばいひんってののピンク色なんだよ!」
「いいんですか? そんなの貰って」
「おや、お前が遠慮するなんて珍しいじゃないか。いつもその人畜無害そうな愛想笑いで結構強かなくせに」
「そんなことありませんよ」
そんなふうに思われていたとは心外だ。こちとら友達がいないことにコンプレックスを抱えて、一生懸命鏡に向かって愛想笑いの練習をしたり、例えばノート運びとかしてる人がいたら進んで手伝ってあげているというのに。それなのにどうしてみんな耳まで赤くして笑いをこらえたり、無言で怒ったりするのだろう。何か変なことをしただろうか?
とまあ、そんな俺の思い出したくない現実は置いておいて。
「質問です。なんで沙羅、あ、いや、サーラがこんな格好してるんですか? 聖夜の趣味ですか? いや、そうですよねわかりますぶち殺すぞテメェ」
「その猫耳は、ジョブ、猫人の初期装備だよ。うん、自分の趣味で……あ、いや、こんなジョブがあるなんてさすがだな、父上母上」
「ここで死ぬか現実世界で死ぬかどっちがいい?」
「現実世界での復活は不可能だ、殺人は愚かしいことだよ」
「すいません、怒りのバロメータが吹っ切れました」
渾身の右拳を突きこんだ。
その拳をひらりと交わして体勢を立て直した聖夜に問う。避けたか。
「ちなみに、職業はなににしたんですか?」
「うん、ついでだからこれを交換しようじゃあないか」
プレイヤーカードを交換し、フレンド登録完了。ついでにサーラともやっておく。
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聖夜 ♂ 17 ロリコン
HP:18/18
MP:13/13
At:12
De:12
Sp:8
装備スキル 剣LV1 弓LV1 棍棒LV1
職業スキル 幼女LV1 応援LV1 魅了LV1
特殊スキル 無し
補助スキル 無し
称号 無し
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「ロリ……コン……?」
「ああ、サーラちゃんとパーティを組むなら、この職業が最適だからな」
そう言い放った顔を、再度右ストレートで殴る。週に四回くらいのペースで体育館裏に呼び出され、もちろん怖いから全部無視して、そのうちの一回二回は無理矢理連れて行かれて。なんか殴られたり蹴られたり。もちろんやられっぱなしというのも面白くないので、やり返す。最初はただやられるだけだったのが、段々当たるようになって、すぐに倒せるようになって。今なら、十人くらいになら囲まれても平気。
突きこんだ右拳はかわされてしまっている。しかしかわした先に迫るのは俺の右足。右拳を出すと同時に右足で地面を蹴りつけ、その勢いで回し蹴りを放っていたのだ。
果たして俺の蹴りは聖夜の首にヒットし、始めたばかりのショボいHPでは、急所判定のクリティカルが出ただけで一撃死。
「沙――サーラ。お兄ちゃん、もうラスボスを倒した気がするんだ……」
「行こうかお兄ちゃん」
ゲーム機をくれた知り合いを無視して先に進むとか。我が妹は強かに成長したようです。
と、視界を聖夜がいた方から進行方向に向けて、気づく。
「ん?」
視界に明滅するアイコンが出現。何かと思い、タッチして開く。
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操魂系能力 喚魂 発動可
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とりあえず発動してみることにし、魔法を使うために必要な詠唱を開始。
「我、現世と冥界をつなぐ者、死者の導き手。彼の者の魂をここに繋ぎ、我が忠実なる下僕として蘇らせたまえ」
聖夜の体が倒れた場所に黒い光が集まっていき、地面から手が出て頭が出て体が出て……。記念すべきゾンビ一号が完成した……ということで良いのだろうか。一号が聖夜であるのは、誠に遺憾である。
「おいおい、クロウ、それは酷いぞ。……ってうわぁぁぁ! 自分がもう一人いる!」
復活早いな。そのまま帰ってこなければ良かったのに。
「帰ってくるに決まってるだろ! まだ三十歩くらいしかこのゲーム内で歩いてないぞ!」
「あれ? 本音が口から出てましたか?」
「もはや隠そうとすらしないだと! 確信犯だ! ……ってそんなことはどうでもいいんだ。これは何だ?」
これ、と言うのは聖夜ゾンビのことだ。指差してるから確実に。
「あぁ、さっき聖夜先輩をPKした後、能力を発動させたら、こんな楽しげな事に。でも、ここに聖夜が帰ってきたってことは、ここにいる聖夜ゾンビと聖夜は別物って事ですね?」
「なるほど、さすが死霊使い、ってことか。しかし、自分と同じ格好なのが二人もいるのは少し抵抗があるな」
「大丈夫です、こっちの聖夜は――ホラ」
聖夜ゾンビを近くに寄せ、首を押す。すると、首が何の抵抗もなく横に倒れた。
「ぎゃぁぁぁ――!」
「きゃぁぁぁ――!?」
聖夜、サーラが悲鳴を上げる。
よし、今度ボスキャラとかに単騎突撃させて遊ぼう、とか俺が二人を無視して考えていると、聖夜が――精神的に――復活したのか、俺に聞く。
「これは……どういうことだ?」
これ、というのは確実に聖夜ゾンビのことだ。
「えっと、どうやら死霊使いがゾンビを作成したときは、そのゾンビが倒されたとき、つまりHPが0になった直接の攻撃のダメージだけ受けた状態で顕現するらしくて」
というか開発会社御曹司の聖夜が何故知らないのだろう。
「き、気持ち悪いな」
「ですねー」
でもまあ、受けたダメージ全部が有効となった状態で顕現したら確実にR―18指定されるだろうな。
「だが、最後に首を切り落としてモンスターを倒したとしたら首がないゾンビが顕現するのではないか?」
「そ、それはいやですね……」
戦いたくなくなりそうだ。
☆☆☆
ちなみに、サーラのプレイヤーカードだが、
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サーラ ♀ 11 猫人
HP:12/12
MP:18/18
At:5
De:6
Sp:12
装備スキル 猫耳LV1 メイスLV1 ナイフLV1
職業スキル 幻惑LV1 魅了LV1 回復LV1
特殊スキル 無し
補助スキル 無し
称号 無し
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こんな感じ。猫耳のレベル上がったらどうなるのかとても気になるので、とりあえず猫耳はずっとつけておいてもらおう。
だが、これだけは言っておく。俺は、断じてシスコンではない、と思う。
俺達三人はとりあえずパーティを組むことにした。
聖夜ゾンビは、人魂みたいな形――霊魂状態で俺の近くに浮いている。夜にプレイする時は怖いだろうなー、とか適当に思いつつ、林道を歩く。友達を作るためにゲームをプレイしているため、もとより攻略は眼中にないのだ。
しばらく歩くと、早速モンスターに遭遇した。
視界に表示されるステータスによると、
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ラット HP3 MP0 At2 De2
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雑魚敵の一体ってとこだろう。
とりあえず殴りにかかる。
「恐らくお前のAtと、ラットのDeが同じ値だ! HPバーが減っていないから……攻撃が効いていない! ここは自分に任せろ!」
「じゃあ任せますね! ……よし、あのお兄さんを置いて先に行こうね、サーラ」
「うん! 行こっ! お兄ちゃん!」
速攻で聖夜が敵を倒してきた。
「本当に置いてくわけないでしょう、馬鹿ですねぇ」
「いや、目が本気だったぞ! あれは、殺し屋の目だ! 何度も見たことがあるからわかる!」
「人生経験豊富で素敵ですね!」
「そんなことより、ラットはゾンビ化しなくていいのか?」
さっきからやってるんだけど発動しないんだよ、全く。
「ふむ。なにか発動条件があるのかもしれないな。おいおい探していこうか」
☆☆☆
道を進む。
右を向けば木、左を向いても木と、だんだん進んでるか進んでないか分からなくなりそうだと思ったが、そうでもなかった。なんと、一本一本木の模様や成長具合、葉のつき方などが違うのだ。さすが自称今世紀最高のVRMMO。口に出して言うと聖夜が調子に乗るので、もちろん思うだけにとどめた。
と、さっきまで聞こえていたサーラの声が聞こえなくなった事に気付いた。
どうせ隠れてんだろ、と曲がり角で曲がり、そこで背中からゴブリンに襲われそうになっている妹を発見した。
妹は気付いていない。
「伏せろ、サーラっ!」
右ストレートで殴ってかかり、ゴブリンを撃破。
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ゴブリン HP4 MP0 At6 De1
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倒してから能力を使えるかを確認。
どうやら発動できそうだ。
とりあえず発動。長ったらしい呪文を唱え、ゴブリンゾンビが完成する。
肝心なときに出しゃばって来ない聖夜が、追いついてきて言う。
「お前のそのゾンビ作成スキル、もしかしたら自分で倒した敵しかゾンビにならないんじゃないか?」
その後も敵に出会っては実験を繰り返し、この聖夜の言葉が正しいことが証明された。
で、その間にできた俺のゾンビ軍団だが、ゴブリン×4、ラット×3、聖夜×1の、合計八体の大所帯になった。
今は霊魂モード――わかりやすく言うと人魂みたいな状態で、俺の周りを浮かんでいる。
ちなみに、サーラはさっきから人魂をつついたり、捕まえたりして遊んでいる。
人魂はまんま火なんだが、どうやら触っても熱くないらしい。
色は緑が7、白が1。これには規則性があるみたいだ。モンスターは緑、プレイヤーは白、だな。もしかしたら、モンスターの人魂は森にいたから緑なのかもしれないが、今はまだ分からない。というか、モンスターは「人」魂……で良いのだろうか。
人魂を全色そろえるのも、またこのゲームの醍醐味だな、普通のネクロマンサープレイヤーだったら。だが俺のプレイ理由はそうじゃない。友達を作るためだ。
友達を作るべく、俺は、やっと見え始めた次の町の城壁に向かって歩を進める。