第一話:お嬢様登場
文芸部に入りました。
陸上部に入りました。
積みゲーが四つあります。
積読が二冊あります。
ともゾンがここにあります。
「クロウ様と仰ったかしら? 私のギルドに入りなさい。もちろん、拒否権はありませんの。あるいは、どうしても私にギルドに入れと仰るなら、私にマスターの座を譲るんですの……ってちょっと待つんですのよ――!」
触れれば溶けそうなほど細いふわふわブロンドの髪がボリュームを持たせ、小柄な体を実際の身長よりも大きく見せる。肌は白磁の白さを持ち、眼は翡翠よりも美しい。俺の禍々しい赤とはまるで対称の、澄んだ美しい緑、日本絵具の若葉色だ。小さいながらもふっくらとした唇は可憐で、視線は自然とそこに吸い寄せられた。
紡がれる言葉は、今まで聞いたどんな音よりも耳ざわりのいい天上のソプラノ。羽がこすれた柔らかさを髣髴とさせる、普通に音楽を聴くならむしろこの声だけ聞いていた方が有益だとさえ思える声だ。この声で命令されたならば、どんなことでも疑うことなく従ってしまいそうな魔性の魅力を秘めている。
身長はリラとアサクラのちょうど平均値くらいだろうか。一五五センチメートルくらいだろう。
ダマスナット集落を出て、とりあえず俺たちはレイオリア宿場町まで引き返した。
そこにまだ残って引きこもっているプレイヤーをギルドの構成員にスカウトすべく――
一番目に出会ったのが目の前のお姫様然としたプレイヤーだった。何のロールプレイなのか、変なお嬢様言葉だ。トレジャーオンラインの自動通訳ではここまで突飛な通訳は為されないから、これは本人がそういう風に話しているのだろう。それなら、肌の色が白なのも合わせて白人系であり、日本に滞在しているのではないかと推測できる。
俺はこういう高圧的な手合いは苦手――いや、人間自体が苦手なので、早々に背を向けて立ち去ろうとすると、「ゆーき」と名乗った少女は追いすがってきた。
「貴方!? この私がどこの誰だか知らないからそのような不敬な態度をとれるんですのよ! いいですの! 私は大英グレートブリテン王国第一お――」
「失礼しますっ!!」
レイオリア宿場町の朝靄を割る大音声が鼓膜を突き刺した。
横から槍を差し込んできたのは、金髪の髪をベリーショートにした長身の女性だった。身長は俺よりも高い。大体目線が同じだから、一七五センチメートルといったところだろうか。
年のころは俺たちと同じくらいだろうが、冷えた目線が俺のことを切り付け、実際より年上に見せる。
彼女はゆーきを後ろから抱き、やわらかい動作で桜色の唇を手でキツく塞いでしまう。
そのまま自然な動きで唇を耳に寄せ、何事か囁く。
「…………」
「……わかりましたの」
「…………」
「……ええ」
ベリーショートの方の言葉は少しも聞き取ることができない。
その隙に逃げようかとも思ったが、ベリーショートの、蛇のような切れ長の瞳に睨まれて、身体の自由を奪われる。もちろん気のせいだが、不思議なことに動いてはいけないような気分に襲われるのだった。
話は終わったのか、その女は最後に一言、今度は俺たちにも聞こえるような声で言った。
「もし今度迂闊な発言をなさったら――」
こうですよ、と言って、女はゆーきの小さな耳を食んだ。
「わっひょう!」
というユーキの間の抜けた悲鳴が立ち込める靄を揺らした。
☆☆☆
「初めまして皆様。私、キリと申します。よろしくお願いはしませんので、私の任務の邪魔はしないでください。邪魔したらキルします。いいですね?」
薄靄に包まれて一〇メートル先を見通すのがやっとの広間がある。
レイオリア宿場町の町を十字に貫く辻の部分、噴水広場の片隅にあるだけの、向かい合った長椅子が設置されただけの空間だ。
俺、リラ、アサクラが噴水側の、ゆーきとキリは建物を背にした、それぞれ竹で編まれた唐風の長椅子に腰を下ろしていた。
「では、私たちはこれで去りますのであとは勝手にやってください。いずれ会うことはきっとありませんが、お気をつけて」
キリが、まったく心にもないことを隠そうともしないで言った。
ゆーきは、キリが太もものかなりきわどいところに置いた手を振り払いもしないで、借りてきた猫のようにおとなしく縮こまっている。キリのことが苦手なのだろうか。
それでは、と言い本当にキリは立ち上がってしまった。
「ちょっ! と待て……」
ゆーきと遭遇してから初めて声を発したのと重度の人見知りにより、声がつんのめったように裏返り、尻すぼみに消える。
しかしキリはこちらに一瞥を向けた。
唇を舐め、少し湿し、言う。
「……俺のギルドに入りませんか?」
☆☆☆
「まずあなたのギルドに入ったところで」
体だけこちらに向けてキリが前置く。
「私たちに何かメリットでもあるのですか?」
「あ、あるよ! ……あるよね、お兄ちゃん?」
「もちろんだ」
これを――
袖がかなり余る左腕のローブをたくし上げる。これは今朝のうちにアサクラやリラと買い揃えたものの一つだ。名を漆黒のローブと言い、MP小上昇の効果を持っている。
「伝説級宝No30。喚起、ナイロック湖の主」
「な……!」
「レジェンダリィ・トレジャーをもう持っている方がいらしたんですの!?」
左腕を一度天頂に突き出すと、そこを中心にして一瞬水が俺を包む。
主憑依状態、別名半魚人。
無駄なポーズはアサクラが考えた。曰く「なにかこう、見栄えのするポーズやら決め台詞やらを考えていた方がいいかもしれないね。とりあえずポーズは決まったのでございます。今度やってね! ね?」
ギルドのメンバーを勧誘するうえで必要とのことなので従っているのだが、はたして本当にこれは必要だろうか。
「これで、俺のギルドに入るメリットはあるんじゃないのか?」
☆☆☆
「あなたは」キリが平坦な声で言う。「私たちが貴方に襲い掛かるということを考慮しないのですか」
視界の端でリラが大剣を抜き、アサクラが爆弾を手に抱える。それを手で制し、尋ねた。
「町の中はダメージが無効ではなかったか?」
「デス・ゲーム化してから、ダメージ無効圏内は町の中から宿屋の自室、あるいはプレイヤーホームにまで撤退しています。町の中は無法地帯ですよ? 御存知ないのですか」
「……リラ先輩。アサクラ」
「……もしかして知らなかったんですか……?」
「お兄ちゃんさー、結構何にも知らないよね」
突風が霧をかき乱す。
「ん、ん」ゆーきが咳払いをしつつ、続ける。「私、これでも強いんですのよ。すでに中級職まで解放してありますの」
「……うあー、あからさまに雑魚っぽい」
「お嬢様を雑魚呼ばわりなどっ……!」
キリがものすごい形相で言い、それに呼応するように両手から炎が噴きあがった。魔法職だろう。
「決闘ですのよっ!」
☆☆☆
トレジャーオンラインには、決闘モードというものが存在する。対人戦、PvPの勝負をする時に主に用いられるモードだ。
このモードの利点は二つ。
一つ。邪魔が入らない。
これは、普通のフィールドでのプレイヤーとのバトルでは、モンスターが突入してきたり、他のプレイヤーが野次馬に来たり、介入してくることが無い、と言う意味でのメリットである。
今までは町で行うことはできなかったが、設定は変更されたらしい。
二つ。負けてもアイテムを失わない。
この決闘モードでは、負けてもデスペナルティはナシ。そのかわり、対戦時にアイテムを賭けることが義務付けられて、勝ったほうは敗者から賭けたアイテムを受け取ることが出来る。
これが、はっきり言って一番大きい対戦モードにおけるメリットだった。そう、「だった」。それはデス・ゲームになったことで改変され、負けてもアイテムを失い、そしてHPが0になればもちろん死ぬ。
実質、二つ目のメリットはなくなったわけだ。だから言い直す。このモードのメリットだった。
さらにデス・ゲームになったことでの変更点として、決闘を仕掛けるのに相手の許可が要らなくなった。つまり、運営は本気でプレイヤーに宝の奪い合いをさせる心づもりである、ということだ。
プレイヤーには、かろうじて宿泊可能施設――ギルドハウスやプレイヤーホームなど――がセーフティーエリアとして与えられているが、それもいつまでもつかわからない。
☆☆☆
「行きますのっ!」
宣言と同時、レイオリア宿場町に錆びた鐘の音が響いた。デュエル開始の合図だ。
「わざわざ開始の宣言をしてくれるとは、ご丁寧なことだね」
アサクラの言葉の棘が先制攻撃としてヒット、激昂したキリが腕に炎を纏い、アサクラに殴りかかる。
それを水弾で弾き飛ばしておいてから、アサクラ、リラに指示を出す。
「アサクラ! 援護頼む! リラ先輩は俺と一緒に前に出てください!」
バトルが開始する。俺、リラ、アサクラ対、ゆーきとキリの三対二、パーティバトルだ。ただいまよりレイオリア宿場町は宿泊可能建造物の内部を除いて、全域がバトルフィールドと化す。
町がバトルフィールドと化したことで、プレイヤーが建物を破壊するのは一時的に不可能となる。普段は宿泊可能施設以外の建物の破壊は可能であるため、戦い方も変わってくる。つまり、地形が変わることなど一切考慮せずに範囲技を放つことができるということだ。
反対に障害物が多くなり、見通しが悪くなるのはデメリットだ。
だから――
「……ッ!」
省略版主のスキル地震を発動。衝撃に敵二人がスタンし、その隙に水弾を放つ。
「先輩っ!」
「はいっ!」
水弾の後を追うようにしてリラが走り行き、背から降ろした大剣をキリに振り下ろす――
「ふふっ、甘いんですのよ」
「まず……っ! 下がって! お姉ちゃん!」
アサクラが爆弾を投擲しつつ叫ぶ。リラは大剣を振ろうと溜めた勢いをそのまま石畳に叩き付けた。ごいん、と鈍い音がこだまし、反動でリラの体が宙を飛ぶ。街中では地面への攻撃で武器の耐久度が減ることはないため、大剣が消耗しないのと、決闘モードに変更されたことにより、地形が破壊されないことが可能にする荒業だ。決闘モード以外では使えない回避方法となる。
「水が吸収されてるよっ!」
アサクラの言葉通り、俺の放った水弾が、渦を巻くようにゆーきの手のひらを中心に収束している。
「私の職業は『水蛇の巫女』! 主だった能力は水を操る事! それが固体であっても気体であっても水なら何でも操れますのよ!? 巫女の中級職ですの!」
「ゆーき様。そう気軽に手の内を明かすのはやめてください。それでも……の娘ですか? ――それとも、そんなに体に教えてほしいのですか?」
体に教える?
「い、いいいいいいえ! 違いますの! 違いますのよっ!」
ゆーきは、魔法の詠唱を開始した。内容は聞き取れない、高速詠唱だ。呪文を暗記でもしているのだろうか。
収束した水がより合わさっていき、二つの渦巻きを形作った。
「私――中級職、ですのよ?」
☆☆☆
渦巻きは見上げるほど大きく、その直径は俺が両手を広げても届かないくらいだった。それが、まだ成長し続けている。
「湯気かっ!」
「ふふん、今頃気づいたんですの? そう! ここレイオリア宿場町では常に湯気――すなわち気体の『水』が充満していますの! しかも、どれだけ使っても――むぐ」
「お嬢様。夜はベッドが楽しみです」
「んんー!? んむむー!?」
「……ッ!」
キリに羽交い絞めにされているゆーきに、地震を叩きこむ。MPポーションの大量消費はスカウトの経費だ――と。忘れるところだった。
「この勝負、お前らが負けたら俺のギルドに入ってくれ――ください」
「私が負けることはありませんのよー! だってここには地下水ろ――んむ!?」
「うわー。うわー。うわー」
埒があかないと思ったのか、ついにはキリがゆーきの口を唇で防いだ。最初は暴れていたゆーきが、みるみるうちに大人しくなっていく。それを見て、アサクラは無表情で「うわー」とうわごとのように繰り返し、リラは顔を真っ赤に染め上げている。
「アサクラ! 爆風で湯気を吹き飛ばせないか!?
先輩はキリを押さえていてください!」
俺は地震の衝撃波でゆーきの水柱を消し飛ばしつつ、メイスを構える。
水柱に注意しながら距離を詰め、下からすくいあげるようにメイスを振った。
「何をしていますのー?」
それを余裕綽々の表情で受け流したゆーきの真下にスライディングで入り――
「第一の精第一の龍、水を司り振動を糧とする! 水魚龍ナイロック! その名を現せ力を顕現せよ! 《爆天の式》!」
主のスキル「地震」を詠唱完全版で唱える。
フルで詠唱すると「ナイロック湖の主」と「地震」の名前がそれぞれ変更されるのが面白い。
「しま――っ!」
MPのほぼすべてをバーストさせての大技が、ゆーきをさらって吹き飛ばす。俺もMPポーションの瓶の口を咥えながら水弾を放ち、後を追った。
「アサクラ! 先輩! キリの足止めは任せます!」
町の上を大きく飛び越えて、そして――
着地する。
一日千文字一週間で一話をノルマにして書きたいと思うんですけど、これからは。
さてどうなるのやら……。
――次回予告兼チラ見せ――
「いやぁぁ――!? なんです、のっ! これ! こっち! こっち来ないでください、ですの! いやっ! いやぁぁぁ――……」
―――(ただし予告は変わる恐れがあります)―
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――。




