第六話:ケイネスという男
すいません、まだ伸びます。
たぶん次回最終話。たぶん。
あと、前回の次回予告は次回に。前回に書いていた分は今回に持ってきて、前回の分は書き換えました。
もう伸びない……、と思う。うん、たぶん。
結局そのあとケイネスを黙らせて、話の続きを促す。まだ話したりないようだったが、こちらは三十分もリシアの魅力について聞かされたのだ。むしろなかなかの忍耐力だといえよう。
ケイネスが黙ることがクエストのターニングポイントだったのか、新しい羊皮紙が手元に出現した。前の手紙は、ケイネスが持っている。
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クエスト マスター指南の書2/3 クリア
クエスト マスター指南の書3/3
クリア報酬:マスター指南の書
アイテム「妖精の花冠」
クリア方法:ケイネスを、「ダマスナット集落」にいる首長リシアのもとに連れて行き、借金を完済させる
途中経過:ケイネスLv1 HP50/50 借金0/6000
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「すまないが君たち、僕を護衛してくれないか? 正式な依頼として、報酬は払うよ」
言葉はさらに続く。
「ああ、ちなみにだけど、僕は頭脳派だから、戦力は期待しないでくれ。得意技は軍隊の指揮および統率、育成、会計と書記だから」
「役に立たねー」
アサクラがつぶやいた。
NPCだから良かったものの、本物の人だったら失礼ですよ、とリラが注意する。
☆☆☆
その後、何度話しかけてもケイネスは「ああ、ちなみにだけど、僕は頭脳派だから、戦力は期待しないでくれ。得意技は軍隊の指揮および統率、育成、会計と書記だから」しか話さなくなったのを確認した。NPCなど、こんなものだろう。システムの集合体でしかないのだ、いくら簡易人工知能を積んでいるとはいえ自分で考えて喋ることなど、まだ実現不可能だ。限りなく人間に近い人工知能を作ったとして、“それ”に人権はあるのか、という議論は六世紀間ずっと続いている。
マスター指南の書3/3は、ただダマスナット集落にケイネスを連れ帰るだけでなく、道中で六千ルード稼がなければならないらしい。ルードは金の単位だ。一ルードが百円と等価だから、六〇万円の借金。
フリネジア周辺だと、モンスターを一体倒せば大体二〇~三〇ルード落とすから、一体二〇ルードとして、三〇〇体倒す計算になる。痛いのは、すでに所持しているルードを足しにできないことだ。ゼロから貯めないとならない。
「これは……、相当面倒くさいクエストですね」
「アサクラもそう思うのでございます。まあ、アサクラはメインで戦うわけじゃないんだけどね」
☆☆☆
フリネジアを出ると、湿地が広がっている。先に通った『カバク湿地』だ。そこを可及的速やかに通り過ぎ、蛇と戦った川まで辿り着いたころ、それまで俺とリラ、アサクラが何か言葉を発するたびに「ああ……、空がこんなに青い……」とやたら腹立つアンニュイな表情で言っていたケイネスが、急に動きを見せた。
「こっちだよ。ちょっと待ってね、近道があるんだ」
森を横切る川を少し入ったところだった。
本来なら入れない「壁」である左手の茂みにケイネスが分け入っていく。
「あの、近道なんかしたらすぐ着くんじゃないでしょうか?」
「何を言ってるのでございますか、お姉ちゃん? その通りだよ、近道って言ってるんだから」
「アサクラ、まだ六〇〇〇ルードのうち一三四〇ルードしか貯まってないんだぞ? 近道なんかしたらその分モンスターとの遭遇率が下がるだろうが」
「あー」
リラの疑問に、アサクラが薄い胸を張って返答する。しかし俺の論にあっけなく撃沈することになった。リラももちろんわかっていたようで、アサクラとあと――。
鼻歌とともに俺たちが来るのを待っている優男に視線を移す。
「どうしたんだい? 早く行こうよ、僕のリシアたんが待ってるんだ」
この男はいったい自分の借金をどうするつもりなのだろうか。踏み倒すのか? 自分は一文無し――自己申告――だという自覚がまるで感じられない。
あまり自分の状況を理解していないのは、アサクラとあと――、目の前の能天気だけだった。
☆☆☆
「ここはね、僕が建設の陣頭指揮を執った抜け道なんだ」
ケイネスがこれをリピートするようになったので、とりあえず先に進む。
一本道だから迷う心配は絶対にないが、抜け道なだけあってか左右の間隔が非常に狭い。体を横にして進まなければならないほどだ。俺やアサクラ、ケイネスは少々歩きづらいだけでとくに何もなかったが、リラはこの狭さでは歩きづらそうだった。なにが、や、どこが、は決して口にしないが。
しばらくそのまま木々と草達の間を、一列で横向きになって歩むとやや開けた場所に出た。
一般的なリビング程度の大きさと同じくらい――、直径およそ四メートル程度の空間で、木々の間はツタや寄生木によってふさがれており、見渡せない。唯一木々の緑以外に見えるのは、遥か高くに見える青空だけだった。
広間の中心には、俺より頭一つ分くらい高い大岩がある。ところどころ苔生してはいるが、周囲の環境に比べて明らかに浮いていた。経年劣化が追いついていない。それを見るに、どこかから運ばれてきた石であることは明白だった。
同じ言葉を繰り返していたケイネスがそれに歩み寄ると、右手のひらを大岩に押し当てる。
「わぁ……」
アサクラとリラが重ねるように感嘆の声を上げる。俺も声が出かけたが、どうも音にはならなかった。
ケイネスの手のひらを中心に、正円の青白い光がある。直径一メートルほどの魔方陣だ。描かれた紋様は妖精を象っている。
「やあ、ここには久しぶりに来たけど、まだ起動するんだね。リシアたん、ちゃんとメンテナンスも行っているようだ」
言ったケイネスの表情は嬉しそうだ。ああ、そうだ、と言ってつなげる。
「僕は頭脳労働派だと言ったけどね、こういう魔法も得意なんだ。建築系の魔法。籠城においては無敵なんだよね」
はい、という声を発すると同時、空気が割れる音を聞いた。パキッ、という南京錠を開けるような音。
同時に、大岩が圧縮され握って手に隠せるくらいの大きさまで縮む。
「おおー」
アサクラがまたも感嘆の声を漏らした。目が輝いている。
「さ、今からちょっと下るよ」
大岩の下には何ともベタなことに下り階段があった。
「こうもベタだとね、逆に見つからない気がするんだ。まあ、見つかっても僕の魔法が破られることがないのは魔法エンジニアを自称する僕としては胸を張るけどね」
☆☆☆
ケイネスはNPCだ、裏切るわけがない。
先に階段を降りてくれないか、といったケイネスに万が一にでもそんなことを考えてしまうのは、過敏だろうか。もし大岩で入口を防がれてしまったら、俺たちは出る術がない。先に進めばいいだけの話かもしれないが。
もちろんそんなことは邪推でしかなく、ケイネスは普通に階段を下り、元通り大岩で塞いでしまった。
「さ、行こうか」
右の手のひらに、今度はえんじ色の魔方陣が広がったかと思うと小さな火が灯る。
「ここから先は道なりだよ。まっすぐ行こう」
それきりケイネスは同じ言葉しか話さなくなってしまう。
「ケインの火のおかげで暗くないのでございます」
「本当ですね。せっかくクロウくんに抱き着く大義名分ができたというのに残念です」
「ねー」
…………。
☆☆☆
階段は地面を削り、木で枠組みを作ったものらしかった。まっすぐに道は続き、しばらく行き止まりには辿り着かなさそうだ。
下はむき出しの土だが、壁と天井は白い木材が補強の役割を果たしているらしい。俺は坑道をイメージしたのだが、何世紀も前にあったとかいう炭坑はこんな感じだろうか。
ケイネスの火は通路の向こう側までを照らしている。明らかに物理現象の域を突破していいるが、ここはゲームで、魔法だから何でもアリだ。
リラやアサクラと他愛もない会話を交わしながらひたすらにまっすぐ進むと、道が右に折れているのを確認した。
「なんか、空気がひんやりしてきたね」
「そうだな。それに、湿度が上がってきていないか?」
「確かに、そんな気がしますね。空気が湿っぽいです」
「そこを曲がると、もうすぐ着くよ。ここはナイロック湖の直下なんだ」
ケイネスが新たな言葉を発した。
会話をぶった切る形でも介入できるスキルは羨ましい。俺にもそれだけの積極性があれば――。いや、NPCを羨ましがってどうするのだ、と自嘲気味に首を振る。
右に曲がると、そこは、
「っ! ……きれい……!」
「はぁぁ……」
アサクラが胸の前で手を組み言葉を漏らし、リラが熱っぽい吐息を漏らした。
「ここは「地底湖ダマスナット」っていうんだ」
ナイロック湖より一回り小さいくらいの空間が広がっている。先ほどの坑道がやや傾斜していたのか天井はだいぶ高いところにあり、ところどころから水が滝のように溢れ出している。
本来暗闇であり、人の目には触れないはずの秘境には、光が満ちていた。光源はケイネスが手に持つ火だが、そこから発せられた光が至る所から生え突き出した薄紫の水晶に乱反射・透過・増幅し、地底湖全体をカバーしているのだ。
開発されつくして一周まわり、逆に不自然な人工の自然だらけの現実世界では見ることができない天然の自然だ。情報の集合体、数字の羅列でしかないとしてもこの光景は一見に値する。
「それじゃあ、行こうか」
「……どこにですか?」
リラが、俺――とおそらくアサクラ――の気持ちを代弁する。
道はここ、湖に出た時点で途切れている。今俺たちが立っているここだって、水際がすぐそこまで来ているのだ。
「ああ、ここ、階段があるんだ」
そういってケイネスが足を進めたのは、水の中だった。
そのままざぶざぶと水を割って中に入っていてしまう。
「えーっと、どうしましょう」
「アサクラたちは水に入れないよ?」
「俺は入れるけど……」
顔だけ水面から出したケイネスがこちらを振り向いた。ちなみにだが水中でも火は消えていないため、光源は保たれている。
「ああ、すっかり忘れてたな。僕はね、ほぼ人間だけど微妙にリヴァイアサンの血も入ってるんだよね。直系の従兄の従兄の従兄の従兄の……、あれ、血つながってない?」
「自己完結するんじゃ……っ!」
ついツッコミを入れて、自発的にケイネスに話しかけていることを意識すると言葉が切れる。そういえば、リラとアサクラに話しかけるときにはためらわなくなってきた気がする。
「まあ、どうでもいいや。つまり僕、ちょびっとだけリヴァイアサンなんだ。だから水中でも呼吸とかできるし。いやー、人間はエラ呼吸とかできないんだよね。ごめん、忘れてたよ」
そういって彼は左手をこちらに向ける。展開されるのは濃紺の魔方陣だ。
「これで水中でも大気中とほぼ同じ要領で活動できるよ。一時間くらい」
☆☆☆
水の中へ入る。せっかくケイネスに魔法をかけてもらったところなのだが、水中にいることで主の憑依が自動的に行われる。
水中は意外と明るかった。水面から天井までと同じくらい底までの距離があるが、視力の限界で見えなくなるまで鮮明に見渡せる。
水温はやや冷たい。だが、風邪をひくほどの温度ではないだろう。そもそもゲーム内だから風邪などひかないが。
「あのさ、兄様。底の方にサンゴとかが見えるのだけれど、ここ、湖だったはずだよね?」
「ああ、うん、多分」
サンゴは温かくて浅い海に生息する生物だ。こんな日も当たらない、水温も温かいとは言い難い地底湖によく生えているものだ……、などと思えったが、すぐにゲームだから何でもアリだと打ち消した。
階段は二十段ほど降りると途切れていた。
ケイネスが水中に身を躍らせたので、俺も続く。
「ゆっくりめで泳ぐから、ちゃんとついてきてね」
「アサクラは泳ぎは得意なのでございます」
「私もまあ、足を引っ張らない程度には泳げると思います」
二人とも泳げるようでよかった。俺は話す友達がいないから、水泳の全授業は全力でかつまじめに受けてたし、バタフライ・背泳ぎ・平泳ぎ・クロール、一応全部泳ぐことができた。
しばらくケイネスについて泳ぐと、モンスターと遭遇した。
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キラーシャーク HP57 MP0 At32 De2 Sp87
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「モンスターだね。僕は戦闘では役に立たないから、倒すか戦うかよろしく」
選択肢が一つしかない。
「えっと、迷うな……。どうする、兄上、姉上」
「あの、どっちを選んでも結局一緒かと……」
リラがやんわりとツッコミをいれる。激しく、というのは彼女の性に合わないようだ。
「でも、アサクラは水中じゃ役に立たないよ? 爆弾は水中じゃ使えないのでございます」
「私も、武器が大剣なので……」
俺に視線が集まる。
「ッ!」
スキル地震を発動する。魔法職は水中でも戦えて便利だ。
「いやー、すごいね」
ケイネスが言い、歯を見せた笑みを浮かべた。
そういえばこの人も魔法職だったような……。
とりあえず余計な思考は放り投げて、サメをゾンビ化させる。
☆☆☆
二〇分ほど泳いでいると、湖底に沈没船を発見した。
「……おお、すげー。ボロボロでございますな!」
アサクラは少年っぽいところがあるのか、こういうのに目がないことはもうすでに把握した。
俺やリラはそういうのには体温が低い。
さて置き。
まるでここから入れとでも言うかのような沈没船の横っ腹に空いた大穴からケイネスが沈没船に入っていくのに、俺たちは続いた。
中は割と広く、モンスターと遭遇しても十分に身動きできそうだ。
「っとと」
空気の幕でも張ってあるのか、水が沈没船の内部まで入ってきていない。
そのため、水中から沈没船の内部に入るときに体勢を崩しかけたアサクラを抱きとめる。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「むー」
アサクラがはにかみ、リラが唇を尖らせる。原因は明白だが、気にすることはない。どうせ俺は――。
「さあ、こっから少し歩くよ」
ケイネスが手を叩いて言った。
今度こそ――、「Load」終わればいいなぁ。
――次回予告兼チラ見せ――
「それじゃあ、ギルド名を考えましょうか。リラ先輩何かいい案はありますか? アサクラは?」
――――
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――。




