第四話:二七世紀の食卓事情
注意 食事中の方は読むのをご遠慮くださいませ。食べ終わってからもう一度読みにいらっしゃってください。
ちなみに、リラとアサクラとの甘々展開は次と次の章くらいまで続く予定。その先の章は……ね。
集落を適当に目的も無く歩いていると、宿屋と書かれた看板がたくさん目についた。建物一つ当たりが狭いからだろう。部屋数が足りないのだ。
道具屋は、ここには一つしかなく、武器屋と防具屋も兼ねているようだった。
他には、一般家屋が十ほどあって、その中でも一番北側――ダマスナット・ヒュージが接地している部分の真上――の家が一番大きい。屋敷と言って差し支えない豪邸だ。
地図を見るにそこが首長の家らしいので、俺たちは今そこにいるのだが。
「あん? ああ、それはアタシがなくしたと思ってた手紙じゃないさね。……なに? テレシラの奴、人の手紙を勝手に売り出してたってのかい? あのバカは、っとにもう」
ダマスナット集落の首長は、妙齢の女丈夫だった。耳が尖っていて、美貌を持つことからエルフだろうか。ところどころに黄緑の混じる緑の髪を無造作に後ろに流している。
テレシラ、というのは道具屋の恰幅のいいおばさん、その人のことらしかった。
クエストの書いてある手紙を首長に見せたところ、先の反応が返ってきた。エルフには品のあるお嬢様然とした感じのイメージを抱いていたがために、肩透かしを食らった感じだ。
「アンタ達は、わざわざ手紙を届けに来てくれたのさね?」
視界に表示される「はい/いいえ」。クエストの分岐だ。リラやアサクラに目配せするでもなく、「はい」を選択する。
「ガッハッハッハッ! そうかいそうかい、ありがとよ!」
お嬢様然とした上品なイメージ……が……
だが、と続け、破顔の表情から一転、顔を曇らせる。
「それ、ちょっとアンタ等で届けてくれねぇかい? ちょっと用事があるんさね」
腕を組み、唇をへの字に曲げる。
「もちろん、報酬も払うさね。現物支給で悪いんだけどね、ほれ」
「なにさね、これ?」
「アサクラ、感染ってる、口調が感染ってる」
相変わらず何も考えないでしゃべるアサクラにツッコミを入れておいてから、彼女が受け取ったモノを横から覗く。
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マスター指南の書
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「それを持ってたら、ギルドを作れるんさね。アタシも昔は「妖精の燐光」のマスターをやってたんさ。この集落は、そのギルドの名残さね」
視線を窓の外に向けた。
それに連られて俺も視線を動かし、ついでにと部屋の内装を確認。初対面の人の部屋というものに入ったことがなかったので、その緊張も一入だった。
部屋は、あまり広くなかった。入室した時には、そのほうが落ち着くんさね、と説明されたが、確かにその通りだと思う。長方形の部屋は、横幅わずか二メートル、縦に五メートルくらいで、天井はかなり高い。三メートルはあるだろう。
入口から見て一番奥に床から天井までの大きな窓があり、外にはバルコニーがあるようだ。
窓の前には首長が座る椅子があり、その目の前に床とつながっている木の机、高い天井まで山と積まれた書類が乗っている。
入口から入った俺から見て右手側には、壁をすべて埋める本棚に、可動式の梯子。棚には集落の沿革史から、妙なものではなぜかお菓子の作り方入門などが並んでいる。首長の趣味――とかいう設定だろうか。俺はゲームを楽しむためにここにいるのではない。ゲームのクリアに必要のないこと以外は、どうでもいい。
そして一番の特徴は、それらがすべて床や壁とつながっていることだった。それを見て、本当にこの集落は木をくりぬいて作ったのだなあ、と思う。
「今じゃあ、妖精の世界じゃギルドは流行らんさね。だからこうして妖精のための幻想郷を作って隠居してるんだけどねぇ、どうもここだと下界と連絡が取りづらいんさね」
こちらに体を向けた。椅子だけは、根元の部分で回転するようだった。
「その手紙、フリネジアにケインってぇ野郎がいるんだけど、そいつに渡してほしいんさね。いけ好かない野郎だが、信用はできる。どうだい? 簡単なお使いだろう?」
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クエスト マスター指南の書1/3 クリア
クエスト マスター指南の書2/3
クリア報酬:マスター指南の書3/3受注可能
クリア方法:「フリネジア」にいるケインに、首長から預かった手紙を渡す。
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羊皮紙に書かれた内容が変化した。
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ナイロック湖の、最初俺達が通ってきた方とは違う方の森に入る。
視界の端に表示されたマップ名は『リッケルの森』。ここは、鬱蒼と木が生い茂る、密林のようなエリアだ。脛くらいまである下草が歩くたびに絡みつき、鬱陶しいことこの上ない。木にはもれなく寄生木が巻き付いていて、垂れ下がったものがカーテンのように道を作る壁となっていた。
ここでは、こちらを毒状態にしてくるパラサイトニードルというモンスターに、再登場のキラービー、こいつには中々出会わないらしいが、サータイガー(雌のライオンみたいな獣)の三種類のモンスターが出現する。フィールド移動の際に表示された内容だ。
しばらく歩いていると、パラサイトニードルに遭遇した。
「うぇぇ、気持ち悪……」
「すいません、気分が悪くなったので私はログアウトします。ってあー、ログアウトできないんだったー……」
アサクラが口元を抑えて呻き。リラが生気の無い虚ろな瞳で呟いた。
それほど――パラサイトニードルの見た目はグロテスクだった。丸々太った青白い芋虫の体中に、たくさんのキノコが生えているモンスター。大きさはドラム缶くらい。小学校高学年の頃くらいに山が遊び場だった俺には虫やらなんやらに対する免疫はあるのだが、それでも気持ち悪いものは気持ち悪かった。ゲームじゃなかったらきっと胃の中のものをぶちまけていただろう。生理的嫌悪を抱かせるその容姿は、もはや運営がトチ狂っているか、悪意があるのだとしか考えられない。というか、モンスター設計の奴、良くこんなのでイケると思ったな。責任者も良くゴーサイン出したな。……死ねばいいのに。
ここは俺がどうにかするしかないのだろう。そのことがわかっていても、俺もあれを物理攻撃で倒すのは嫌だ。
近寄るのも嫌だ。
「喚起! ナイロック湖の主!」
左腕の水色の環紋を右手で抑え、呼ぶ。
冷たいが温かく感じる不思議な光に包まれ、一瞬ののちに左手指のあいだには水かきが生える。左足には鱗とブーツの中間のようなものが装着された。両頬の後ろ、顎関節からは、左側だけが大きく、耳と眉のあたりまでつながっている深緑色のビラビラ――エラが伸びた。
アシンメトリーな顕現。左体側には水のベールがまとわりつき、辺りに霧が立ち込める。
「ほぇー、さっきのはそれか」
「なんです、それ?」
先ほどなんだかんだで説明のタイミングを逸してしまった結果、「憑依」の説明をしていなかったことを思い出した。だが、今は悠長に説明していられないのでまたあとで、と身振りで返す。
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パラサイトニードル HP32 MP12 At12 De2 Sp2
スキル 毒針《相手にダメージを与えると同時に90%の確率で毒状態にする》
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リードからもらったままだったMPポーションを飲んでMPを回復させる。それから、水弾を放って当てた。……実はリードからもらったものはすべて処分しようと思っていたのだが、もったいないのでとっておいて正解だった。
MPの消費を抑えるため、最少まで抑えた水弾が芋虫を弾き飛ばし、ポリゴン片になって四散した。とりあえずゾンビ加工を施してから、リラとアサクラの様子を確認する。
先ほどは俺の憑依に驚いてか正気に戻っていたが、すっかりトリップしていた。
「ごめんね、お兄ちゃん。いまアサクラ、ちょっと何も考えられない。えへへ」
「…………」
アサクラは、それはもう爽快な笑顔を浮かべていて、リラは何もしゃべらない。共通して、その瞳には何も映っていなかった。
「えーっと、アサクラ? リラ先輩?」
呼びかけてみるものの、アサクラもリラも応答がなかった。
それほどまでにショッキングな映像だっただろうか。……まあ、ショッキングではあったな、と考えを改めなおして、リラを背負う。人をおんぶするのなんて、いったい何年ぶりか。
アサクラは、軽い。だから、首の後ろと膝の後ろに手をまわして持ち上げた。
このままだと森を抜けることができなさそうだからだ。つまり、強行突破しかないだろう。
一応意識はあるようで、リラがしっかりと俺に手をまわしてくれているのが幸いだった。ずり落ちる心配はない。
☆☆☆
リッケルの森を、文字通りおんぶにだっこ状態――意味合いは違うが――進むうちに、パラサイトニードル、キラービー、サータイガーの順に多くのモンスターに遭遇した。
サータイガーは二体しか見ていないが、水弾五発でやっと倒せる強敵だった。パラサイトニードル五体分だ。
キラービーにはちょうど十回遭遇した。一度四体の群れで出てきたときには焦ったが、全域に広がるスキル地震を放って撃沈させた。
一番多く出てきたのはパラサイトニードルだった。湧出数が異常で、この数十分のうちに何十体倒しただろうか。二十体を超えるころぐらいで数えるのが面倒になってしまったので、今倒したのが何体目なのかももうわからない。
「おい、アサクラ、大丈夫か?」
時折声をかける。
「リラ先輩?」
しかし、二人はうわごとを繰り返すだけだ。よほど虫が苦手なのだろうか。
虫など、それこそ食卓に並ぶくらいたくさんいるのに。俺は結構好きだ。見た目は気持ち悪いが、それさえクリアしてしまえば普通に食べられる。お気に入りは蜂の子だ。
近年、大体二百年ほど前から虫をタンパク質の接種源とする活動が本格化した。近頃では、食卓に並ぶ家庭も多いのだとか。
ただ、それでも虫嫌いの家庭というのはあり、虫とは一生縁のない生活を送る人間も少なくない。
リラやアサクラも、そのうちの一人なのだろうか。そういえば、うちも姉と妹は虫を食べない。
「えへへ、アサクラは、もうらめなのれごらいますぅー」
「……うぅ、私もお姫様抱っこが良かったのです……」
これは果たしてうわごとなのだろうか。
気になったが、虫が食卓に並ぶ時代だ、虫に対する無用なトラウマを植え付けるのもかわいそうだと文字通りおんぶにだっこ――ただし意味は違う――で森を進む。
☆☆☆
ゾンビにしたモンスターの数がそろそろ百を突破しようかという頃、密林を割るように流れる川を発見した。
橋は無い様なので、しばらく川沿いに歩く事にする。
泳げる俺はともかく、泳ぐことができないリラとアサクラがいるためだ。
しかし、右に曲がっていくら歩いても橋はないようだった。数十メートル歩いたところで道が途切れている。引き返して反対側にも行ってみたが、どうやら左側はすぐに行き止まりのようだ。
となれば――
「泳ぐしかないのか?」
川幅は、二十メートルほどだ。だが、水は茶色く濁っており、お世辞にも綺麗とは言い難い。いやむしろ汚い。
俺はともかくとして、こんなところにリラやアサクラを放り込むなんてできない。鬼畜か。
「ちょっと降りてくれ、アサクラ。あとリラ先輩、降ろしますよ」
アサクラを降ろすべくしゃがむ。
しかしアサクラはおろかリラさえも腕を放す気配がないので、ジョーカーを切った。
「二人とも、本当は正気なことに気付いてるんですけど、この川の中放り込みますよ」
まずアサクラが体操選手もかくやというスピードで着地。リラも名残惜しそうに体を放した。
暖かな体温が急激に失われ、寂しい気分に襲われるがここはこらえる場面だ。
「さあ、どうやって渡るのかね、お兄ちゃん?」
「あの、私泳げないんですけど……、そのぅ、スキルがあってもなくても……」
「それじゃあ、俺が川を割ります。その間に渡ってください」
川を割る。
スキル地震の衝撃波で川を二つに割り、スキル水弾で水が元に戻ろうとするのを押しとどめる。地面、壁、空、建物以外のほぼすべての物体が破壊可能な「トレジャー・オンライン」なのだ、これくらいできるだろう。
それに、MPポーションはまだ二つ残っている。これは森の宝箱から出てきたものだ。森の間中運んでやったのだ、MPポーションくらい独り占めしても罰は当たらないだろう。
「それじゃあ、行きますよ!」
地震を発動。川を真っ二つに割るイメージ。
水が無理矢理割れる轟音、真っ二つに割れる川。水は衝撃で撒き散らされ、気化して辺りに漂っていた。
続いて水弾を放とうとして――
「お兄ちゃん! なんかいるよ!」
アサクラが切羽詰った様子で叫んだのを聞きながら、水弾をその「なんか」に方向修正し、ぶつける。
途端だった。
「な、蛇ですか!?」
リラが驚きの声を上げた。
川の濁った水の中から鎌首を持ち上げたのは、薄茶色い鱗に汚い水を滴らせ、大きく割れた口から真っ赤な舌をのぞかせる大蛇だった。
そいつが上げた文字で表現できない高音な鳴き声に、頭が痛む。
俺の視界に、遅れてモンスターの詳細が表示された。
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水蛇 HP1100 MP300 At123 De21 Sp5
スキル 毒針《相手にダメージを与えると同時に90%の確率で毒状態にする》
水弾《水の塊を飛ばし、ダメージを与える》
湿り気《炎属性の攻撃被ダメージ半減》
爬虫類《水中でスキル+泳ぐ&水属性攻撃被ダメージ倍増》
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ナイロック湖の主と同じくらいのパラメータを持つモンスターだ。
「アサクラは戦いは苦手なので、援護を任せてほしいのです」
「それじゃあ、私が前衛を務めます! クロウくんは遊撃を!」
二人の声を聴き、俺は腰に下げていたメイスを取り外すと、強く握りしめた。
僕は虫がキライです。
カブトムシとか蝶とかは全然大丈夫だけど。山を所有してるのは黒羽君と同じなんだけどなあ……?
せっかく近未来のお話なのだから、やっぱり時代背景も書きたいな、ということで一つ。なお、黒羽君達が食べている虫は食用ですので悪しからず。ええ、決して伏線なんかじゃありません。たとえ「希望子」が伏線でも(!?)、これだけは伏線ではありません。
これにて。
――次回予告兼チラ見せ――
「俺は死にませんよ――とりあえず今は」
――――
では次回。
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