第三話:二七世紀の燃料事情
大剣は俺の右脇を掠めた。顔が引き攣るのが自分でも分かった。
落下するリラとアサクラを抱き寄せる。俺は死んでもいいが、彼女たち二人には死んでもらっては困る。そうだ、俺のことを覚えておいて、死んだ後も時たま思い出してくれる人間が必要なのだ。……自己中心的な思考に、嫌気がさす。
落ちるのは後頭部からで、視界には、遥か遠くに見える青空と巨木の梢に、リラとアサクラが映る。
そのまま大気を泳ぐ疾走感に身を任せつつ、脳をフル回転させて状況の打開策を考える。
先ほどと同じように着水する、つまり主の憑依状態で飛び込むことだ。幸い今は主を憑依させっぱなしであり、MPの消費は考えなくてもいい。
なら、俺が先に落ちて、受け止めるというのはどうだろう。
どうやって?
水弾をクッション代わりにするというのはどうだろう。パーティ間でのダメージは〇なので、受け止めることはできるだろう。ただ、痛い思いはしなくとも、衝撃等は受けるのだ。度の過ぎた衝撃は痛みを伴う――いくらクッションに使うといったって、水弾にも攻撃判定がつくのである。
ただ――これ以外に方法を思いつかないのも確かだ。
まず普通なら見つからない場所にレバーがあって、それを引けばきっと道が現れるのだろうと推測させる階段の途切れ。
――これは、純然たる罠だ。
と、そこまで考えた時だった。思考の回転があまりにも高速であったためだろうか、まだ一〇メートルほどしか落下していない。
――カラン
背後で、大剣が何かに叩き付けられる音がした。
俺が首だけをそちらに向けると、懸命に下を見んとしていたリラとアサクラも振り向いた。
床が迫っていた。
激突する――その瞬間。
リラとアサクラを俺の上にくるように空中で移動させ、下敷きになる。
着地――いや、叩き付けられた。
☆☆☆
危うく「う、重……」と口に出しそうになり、耐えた。我ながらよく耐えたものだと思う。
アサクラは軽いだろう。リラだって、身長はあるが軽い部類のはずだ。
だが、高度で勢いがついたために、体重分だけでなくその運動エネルギーがプラスされて俺に叩き付けられたのだ。それは呻きも漏れるというものである。
誰にかわからない自己弁護をしていると、落下してから飛びのいたアサクラとリラがこちらを助け起こしてくれた。
「あ、あの、ごめんなさい! ……その、えーっと、……重く……なかったですか……?」
リラがこちらに聞くが、こちらは笑顔を返すだけにとどめた。
アサクラは無言で俺に抱き着いて来た。抱き着き癖があるのはほぼ確定だな、と、頭を撫でておく。暗所も高所も、彼女のトラウマにならなければいいのだが。
落ちたところは、三メートル四方の床だった。素材は樹。
見るに、ダマスナット・ヒュージの樹皮がはがれたものらしかった。城壁についている門に似ている。堀とかをまたいで設置する可動式の橋と兼用の門のイメージ。
とりあえず甘えたさんなアサクラを引きはがすと、胡坐を組んでいた足をほどき、立ち上がる。
巨木の壁だった部分――今いる床がはがれた個所――が、空洞になっている。
中を見やれば内側に通路があるようで、どうやらこの先に進め、ということらしかった。
「す、進みますよね?」
「ええまあ、進むしかないと思いますよ?」
再びの暗闇に反応してリラが嫌そうにいい、アサクラが固くなったのを感じた。
☆☆☆
ダマスナット集落に入った瞬間、ナイロック湖の主の憑依は解除されてしまった。
「わあ、ここが妖精の住んでるところ!? すごいよ! いっぱいいる!」
アサクラが、年相応にはしゃいでいる。
背伸びしたようにも見える適当な口調よりも、このような年相応のしゃべり方をしていると普通にかわいいのになあ、と思い、それを眺める。
「きゃー! 妖精がいます! クロウくん! 妖精ですよ妖精! 見てくださいあれ!」
リラが、年にそぐわない甲高い悲鳴を上げている。黄色い悲鳴というやつか? こうしていると、年上から来る美人という印象が消え去って、かわいらしく見えてくるのが不思議だ。
木の空洞の内部は階段になっていた。
ただ、階段に足をかけたところでいったん暗転し、気付けばここ――ダマスナット集落にいたため、階段を上ることはなかったことは幸いだった。だって暗いとアサクラが怖がるし危ないし。
暗闇を怖がるのは、やはり現実で――特に都市部――夜のイメージ「暗がり」がなくなったからだろうか。
宇宙開発は結局失敗に終わったものの、その過程で発見された「希望子」という未知の原子。元素記号「De」で、原子番号六番。
本来であれば原子番号六番は「C」炭素なのだが、つい百年ほど前に、炭素原子というものなどが本来は存在せず、「デザイアンニウム」の分子こそが「炭素」なのだ、ということが発見された。それを発見した人――明野希望は、俺の父方の曽祖父にあたる。
デザイアンニウムの名前は、曽祖父の名前「希望」と人類への「希望(desire)」をかけたものだと言われている。
では、人類への希望とは一体何なのか。
まずはじめに、この原子Deは、水素と同じくらい燃えやすい。
そして、燃やすと原子同士で化合して「炭素」という分子になる。
さらにDeはもとから自然界に炭素として存在しているがために、燃やして炭素が発生しても自然界の炭素の量が発生しない。カーボンニュートラルというものだ。
重ねてさらに、デザイアンニウムは生成するのが簡単である。二酸化炭素を人工光合成で分解し、その後ある方法で加工することで簡単に手に入るのである。しかし、そのある方法というのは国際連盟加盟世界百国首脳陣しか知らないことだ。いま世界には国が百しかないのだが――確実に脱線するから放り投げる。
つまり、だ。
人類は、半永久的に使える燃料を発見したのだ。
それからの変化は一瞬だった。
まず、世界中に電気が無い地域はなくなった。
続いて、二酸化炭素を分解することでかなり深刻な問題にまで進んでいた地球温暖化が改善された。それまでにも人工光合成は行われていたのだが、金銭面が危うく、大した歯止めになっていなかったのだ。
さらに、従来の火力発電、原子力発電、水力発電、その他自然力発電は廃止され、カーボンニュートラルにより炭素の総量が変わらない希望子火力発電だけが行われることになったので、化石燃料の枯渇問題、放射能の問題、ダム建設の土地問題が一気に解決した。
長々と説明を続けたが、これらの影響で電気が使い放題となり、世界中で夜でも光が消えなくなってしまったのだ。蛇足になるかもしれないが、最近では、人口太陽の開発がすすめられている。
だから、暗闇というものを知らない人間は意外と多い。俺は、母方の所有する山での野宿経験やらなんやらでもういまさらだ。
リラやアサクラは、おそらく暗闇を知らないのだろう。
人間とは、自分の思い通りにならないことに恐怖を感じる生き物であり、暗闇というものは太陽が沈む限りどうにもすることができないのだから、彼女たちが暗闇に恐怖を感じるのは仕方のないことなのであった。いやむしろ、それが当然であるともいえる。どちらかと言えば俺が異常なのだ。
「あのー、クロウくん? さ、さすがに無反応だと寂しいというか、その」
リラが俺の顔を覗き込んで呟いていたので、意識を目の前の光景に戻した。
アサクラは、もうすでに俺の肩に乗っており、準備万端だ。……いつの間に肩車の体勢に?
「まあま、気にしてはいけないことだよ」
アサクラがぞんざいに言う。頭上で。
リラには、考え事してました、とだけ返し、続けて言う。
「とりあえず、どうしますか? クエスト受注が先か、それとも町の探索が先か」
☆☆☆
俺の問いに、アサクラは探索、リラはクエストの受注が先だと答えた。しかし、アサクラの意見によりあっさり鞍替えし、結局町の探索が先になった。
アサクラの主張はこうだ。
「クエストを依頼してくる人がどこにいるかわからないのだから、アサクラは先に町の探検をするべきだと主張する。いや、けっして探検がしたいだけなんて考えてないのでごぜーますよ? ほ、本当だよ?」
頭上であたふたと動き、余計に嘘であることが強調されるのだが、本人は気づいていないようだった。というかあまり動くな、重……、落ちると危ないぞ。
「それじゃあ、こちらから行きませんか? 道具屋の看板が見えています」
リラが指差して言った。アサクラがゴー、と腕を振り上げ、俺も首肯した。
☆☆☆
ダマスナット集落は、ドーナツの形をしている。
ドーナツの真ん中、穴の部分にはダマスナット・ヒュージの先端が生えており、大体正円の形をしている集落の最端までは十五メートルほどの隙間が空いている。その隙間こそがダマスナット集落だ。
建物は、一本目の、湖から直接生えている方のダマスナット・ヒュージの上部をくりぬいているようだった。
集落は、周りの樹壁よりも沈んでいて、真上から見ないと町があることすら気づけないような作りになっている。その外壁は、二メートルほどの結構な厚さがあり、建物の作りと合わせて集落が木をくりぬいて作ったのだろうということがうかがえた。
ダマスナット・ヒュージが接地している側を上とすると、その反対側に入口がある。床、いや、地面、いや、なんだこれ、木の上部の、研磨されて歩けるようになっているところに、突然穴が開いているのだ。
そこが入口たる階段であり、周りには屋根だけがある簡単な東屋のようなものが建っている。
俺たちは、そこから時計回りに進んでいる。建物は外壁側に偏っていて、内部二本目のダマスナット・ヒュージには近づくことができないようになっている。注連縄までしめてあって、御神木みたいだ……と、思ったが、よくよく考えたら御神木そのものだったっけ。
集落には、そこかしかに手のひら大のかわいらしい妖精が羽ばたき飛び交い、ずんぐりむっくりな妖精――ドワーフだろうか――が闊歩している。
「ねぇ、ちょっと道具屋寄ってもいいかね? ね、いいよね?」
アサクラが、俺の頭をはたきながら言う。……良いご身分だな。
リラがうらやましそうに見てくるが、さすがに無理だぞ、と視線に乗せて訴える。
「うぅ、私がもう少し軽ければ……っ!」
「いやあの、リラ先輩。不穏なことを考えるのはやめてください」
とりあえず釘はしっかりと刺しておいて。
「アサクラ、それならちょっと降りろ。店に入れないぞ」
しぶしぶ、と言った調子でアサクラが肩から飛び降りた。四肢をついて着地するさまは猫のよう。
「何か探してるものでもあるのか?」
「はい、道具職人はいろいろと補助で道具がいるのでございますー。それらは、簡単なものは道具屋で売ってるそうだからね、少し見てみたいんだ」
「ああ、そういえば私見たことありますよ、ハンマーとかナイフとか。ハンマーなんて何に使うのかと思ってましたが、道具職人が使うんですね」
リラがなるほどなるほど、としきりに頷く。
☆☆☆
アサクラが、店主のNPCと話し込んでいる。恰幅の良いおばさんだ。耳が細長くとがっているところから――ドワーフか何かだろうか。
何のためらいもなく他人と話せるのはすごいな、と一人で感心していると、リラに呆れられた。
「いやあの、NPCに話しかけないで今までどうしてたんですか?」
「頑張ってました」
そうじゃないんですけど、とリラが失笑した。失笑とは本来、思わず笑いが漏れてしまったことを指す。この場合は、きっと微苦笑と言った方が正しいのだろうけれど、なんとなく、思わず笑った、というような上品な笑みだった。見蕩れてしまう。
俺だって、今までよく頑張っていた方だと思っているのだ。それこそ「頑張っていました」の他に答えが返せるはずもない。……コミュニケーション能力が低いゆえだとかは考えたくもなかった。それに、何度話しかけてもかけてもまったく同じこと答えが返ってくるなんて、俺には恐怖以外の何物でもなかった。
そんなことをしていると、アサクラが何かを抱えて持ってきた。
「どうして手で抱えてるんですか? アイテムを買ったら普通はアイテムボックスに収納されているはずなんですけど……?」
「ん? そうなのか?」
「お兄ちゃん、知らないのでございますか?」
自分で買い物をしたことがないもので……
「いいものがあったからお兄ちゃん達にあげようと思ったんだ」
嬉しそうに笑い、彼女が俺に手渡したのは、紙だった。手紙を折りたたんで封筒のような形にしたものらしい。口のところには蝋封がしてあり、妖精の紋様が刻まれている。
本物を見たことはないが、羊皮紙とかいうやつだろうか。何百年前に欧州で使われていたとかいう。
「なんだこれ?」
「ふっふーん、読んでみたらわかるのでございますよっ!」
言われるままに封筒を裏返す。文字が書いてあった。
「なぜかお店で売ったたんだよ、それ」
隣から同じように羊皮紙を除くリラの目にも、同じものが映っている。
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クエスト マスター指南の書1/3
クリア報酬:マスター指南の書2/3受注可能
クリア方法:集落の首長に会って話を聞く
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クエストだった。
「これね、クリアするとギルド作れるようになるんだってさ!」
ほめてほめて、と頭を突き出してくるアサクラの頭を撫でてやりながら、こう提案する。
「首長のところに行くついでに、町の探索も済ませちゃいましょうか」
「ええ、それがいいと思います」
「うんっ! 早く行こうよっ!」
先に断っておきますが、「デザイアンニウム」なんて実在しません。でもあるといいよね。
あと、注意書きその二。作者は文理科という文系理系どっちつかずの高校に進むような感じですので、科学的におかしいところがあっても、希望子があったらいいのにな――、でごまかすと思います。ですが、ここはこうした方がいいぞ、というのがあればよろしくお願いします。
リラやアサクラが暗闇を過剰に怖がるのはこんな時代背景があるから……、というお話だったのですが、説明長すぎますね。せっかく未来の話なんだから書きまくれ! って思ったのは内緒の方向です。
伏線? うん、何言ってるのかよくわからない。
――次回予告兼チラ見せ――
「あん? ああ、それはアタシがなくしたと思ってた手紙じゃないさね。……なに? テレシラの奴、人の手紙を勝手に売り出してたってのかい? あのバカは、っとにもう」
――――
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――




