第八話:力の有無 + 重要なお知らせ
遅くなりました。あと、再びあとがきにて重要なお知らせがあります。
たとえばビル。十階建てのビルから、ド真ん中の柱を解体し、七階八階九階をぶち抜いて素敵な吹き抜けにしたとしよう。どうなる? まあ、倒壊するだろう。よしんば倒壊しなかったとしても、最上階が崩れて六階と合体するのは必然である。
同じことは人間にも言えるはずだ。いきなり胸の中心を吹き飛ばされれば、当然鎖骨と細い筋肉だけで頭の重さを支え切れるはずがない。だから、当然、
「御主人様……!」
落ちた。首が、元心臓のあった場所にハマる。不思議なことに痛みも無ければ意識が飛ぶようなことも無い。頭から腕と足が生えた奇怪な人間の完成である。
不意のことに対応できず、重力に従うがままにこの姿勢に甘んじてしまったわけなのだが、これまたどういう理屈か、なんの違和感もなく動く両腕を持って頭を支え、本来あるべき位置まで持ち上げる。そうして吸血鬼の血に関する能力と海の王の液体を操作するスキルを併用して、腕で支えなくても頭が持ち上がるようにした。要は血液で、無くなった部分の体を編んだのだ。ついでに本当は吸血できればこの程度の怪我、一瞬とは言えないまでも数十秒で完治するのだが……さすがにこの雷の嵐の中、虎姫の首筋に舌を這わす隙などあろうはずもなし。
そうこうしている間も、もちろん雷は俺を襲ってくる。一応頭を固定する間だけでも持てば、と水の壁を作っておいたのだが、あまりの熱量に造りだした傍から蒸発していき、もうそろそろ盾としての役割を終える時が来そうであった。応急処置ともいえないような力尽くの対処に不安もあるが、まあ何とかなるだろう。顎に親指を立てた手を当て、捻って首を鳴らす。頭はズレそうにない。大丈夫だ。多分。……多分。
正面、右方向。今や完全に龍と化したサンから見て左手側に体を投げ出す様に足を運び、できるだけ身を屈めて雷をやり過ごす。どうしても避けられない時はあえて水で受け、地面に流した。いや、ちょっと待てよ、と、ここで一度思考を挟む。水で雷を受け止めて、その水の束を地面に突き刺しておけば、俺に雷は来ないんじゃないのか?
やってみる価値はある。つまりは水と人体、どちらがより電気を通すのか、だ。実験の時間である。
丁度良く左肩の辺りに飛んで来た雷を、地面から垂直に屹立させた水の柱で受け止めて――
「よしっ」
己の思い付きが正しかったことを知る。
さすがに近すぎたら水の柱もろとも被雷するだろうが、ぶつかるコース上にいるとわかった瞬間、その時のコース上、一番遠くに水の柱を置くようにすれば問題は無い。
雷の無効化はなんとか目途が立った。
あとは、
「サンを……叩き起こす、だけ……!」
虎姫が吠えた。
☆☆☆
眠気を覚ます手っ取り早い方法と言えば何が挙げられるだろう。目薬を注すだとか、ガムを噛むだとか、あとは体操してみたり、カフェインやカプサイシンを摂取してみたり、か。とりあえずパッと思いつくのはそんなもんだ。
だが、当然雷の龍と化して暴れているサンに目薬を注したりガムを噛ませたりだとか、カフェインや辛い物を食べさせるのは無理だろう。あと体操よりも激しい運動をしてるし、そもそもサンの場合、眠たいのを我慢しているのではなくて寝惚けているのだ、眠気を覚ますという観点ではなく、「夢から起こす」という側面からアプローチしなければならないだろう。
朝、目が覚めた時に、一体どの行動が一番目を覚ますかと言われれば、当然それは、
「海の王の出番だな」
すなわち、
「顔洗えば目も覚めるだろ」
現状整理。
午前七時、やや開けたエリア。三つの影は俺と虎姫、それから寝惚けで絶賛暴走中のお姫様のものであり、そのお姫様の放電のせいで影は五つにも六つにも重なって見えた。
雷の龍と相対するのは地の王と海の王であり、海の王は心肺停止の超重態である。停止というか無いというか。右腕に直接刺さっている深紅の錠前が朝日と雷の光条を反射して不気味な光を放っていた。地の王には特に外傷は無く、しかしこころなしか焦りの表情が浮かんでいるようであった。御主人様とはサンを挟んで反対側まで追いやられている。
いくら雷が効かないとはいえ、超高密度に圧縮された雷は、まるで質量を伴っているかのような衝撃を着弾の度に体に刻むのだ。迂闊に突破するのは誰がどう見ても愚策であった。
つまりだ。俺と虎姫は分断され、お互い血液と肉の補給が出来ない状態。サンはまだまだ寝惚けている最中であり、当分覚醒(もちろん目を覚ます方)しそうにはない。顔面に水でもぶっかければ目を覚ますかとも思ったが、良く考えればあの極厚の雷の鎧を押し通して水をぶっかけるのはどう考えても無理である。貫通力を上げるために錐のように細くして回転させてみたら蒸発の時間が早くなるだけだし、もしそれが上手くいってサンの顔に当たったとしても顔面が爆発する結果になって終わりなだけだ。寝惚けているので目を覚ますために顔に水をかけてみたら永眠しました……理屈が行方不明だ。
サンに水をかけるためには、あの雷の龍鎧を剥がす必要性があるということなのだ。
「虎姫!」
「なに!」
「サンの鎧、剥がせないか!? 顔付近だけでもいい!」
「……やって、みる!」
頭を低くして雷をかわしながら、叫ぶ。
雷の擦過音に掻き消されてかなり声が通りにくいのだが、虎姫にちゃんと伝わったようで一安心。あの分厚い鎧さえなくなってしまえば、あとは水を掛けるだけの簡単なお仕事なのだ。
虎姫が四肢を虎に変え、両手を地面に着いた。瞳が盾に細長く変形し、身動きに合わせて光が尾を引く。大きな耳がピンと立ち、極太の尻尾が地面を打った。獣七割人型三割といったところか。口の中に納まりきらないほど伸びた牙が獰猛にその姿を現していた。
が、から始まり、お、と長く続く咆哮が空間を囲むまばらな木々を揺らし、雷が落ちて痛んでいたものは完全にその体を横たえさせる。両手足のついているところから地面が乾燥してゆき、白けたさらさらの砂が虎姫の体に纏われていった。海の王が水でできた衣を纏うように、地の王は砂のヴェールを纏うのである。
強大な「力」の顕現に、サンの意識――いや、本能が、そちらの方に顔を向けさせる。こちらに飛んでくる雷が無くなり、俺は動かし続けていた足を止めた。適材適所、雷の鎧を剥がすのは虎姫の役割で、俺の役割はその後露出したサンの顔に水をかけることである。
任せたぞ虎姫、と内心でエール。まさかそれが届いたとは思えないが、虎姫は今一度小さく吠えると、己の二倍ほどもある巨大な雷の怪物に飛び込んだ。
サンはその太い前足で持って虎姫を叩き落とそうとするも、しかし虎姫に触れるとその場所から虎姫の体表を伝って雷がどんどん地面へと逃げていってしまう。防衛本能だろうか、慌てて出した左前足を引き戻し、跳び退って距離を取ろうとしたサンに追従する形で虎姫が首元に喰らいついた。
十分な距離を取っていたはずなのに、サンが後ろに飛んだことで間近にやってきた怪獣大決戦に首を竦ませつつ、魔力を練っていつでも水を放出できるようにスタンバイ。本当はすぐにでもぶつけられるように水球にでもして保持しておくべきなのだろうが、そんなことをすれば即座に感電死して終了である。
「――――ァア!」
虎姫に喉元に喰らいつかれている雷の龍が天を仰いで絶叫。死の間際の断末魔か否かは判断しかねるが、少なくともその体を構成する雷は虎姫の体を伝ってどんどん地面へと逃げていっている。
それでもさすがは雷帝龍の一族か、いくら地面に流そうとも全然雷の鎧が消える気配は無い。地面に流れたら流れた分だけ、また新たな雷が生まれて補完されるのだ。
消耗戦過ぎる。
一応、自然にサンが目覚めるまで待つという方法もあるにはあるのだが、それにしてもいつ目を覚ますかわからない以上、いい加減俺の体も大丈夫じゃない気がしてきたし、この方法は得策ではない。やっぱり無理にでも叩き起こすしかないのだ。
海の王の記憶倉庫に接続して記憶を漁るも、使えそうなものは無い。そもそもサンの四肢が地面についている時点でも既に雷は地面に逃げ出していないわけで、それなら虎姫がアース線よろしく地面に爪を立てているのもあんまり意味が無いのでは?
絶体絶命すぎる。
三六計逃げるに如かず、と言うが、これ、逃げれるか?
「無理だよなあ!」
思い出したかのようにこちら目掛けて飛んで来た雷を、地面から生やした水柱で受け止める。もういっそサンを巨大な水の球に閉じ込めれば良いんじゃねえの、と、思って、
「虎姫、サンから離れろ! 伏せ!」
実行した。
次の瞬間、大量の水が莫大な熱量に触れたことで、蒸発。それによって発生した大量の水蒸気はその体積を一瞬のうちに莫大にさせ、
「水蒸気爆発だ!」
なんとか虎姫と俺の目の前、サンとの遮蔽となる様に極厚水障壁を立ち上げたものの、到底防ぎきれる量ではなく、気休め程度に威力が減衰した爆発に巻き込まれ、身体が持ち上がる。爆風に攫われ、肌や髪、服を焦がされ溶かされしながら地面を転がった。周囲の木々は軒並み倒壊してしまっている。
まあ、なんとか。
なんとか、なった。
☆☆☆
元あった広間の、実に五倍ほどにまで面積を広げた土地の中心地。爆心地の様に、というか実際爆心地として地形が抉れたクレーターの真ん中に、サンが胡坐を掻いて座りこんでいた。服はボロボロであり、ほとんどその意味を為していない。腰と肩がかろうじて隠れている程度であり、あれだけの爆発に巻き込まれてなお無傷のその肌が惜しげもなく晒されていた。
近くで土中に砂のシェルターを造って避難していたらしい無傷の虎姫がいたので、その血を頂戴して全身の疲労や欠損を完全に治してしまってから、まだ少しボーっとしているサンに近づいていく。
「おい、サン。寝惚けすぎだろ。これだけ騒がしくしてるんだから、いい加減起きろよ」
「え、あ、うん、おはよう……」
「とりあえず顔洗うか?」
言って左手をサンに向けようとして、くいっ、と後ろに引っ張られる感覚。見やれば虎姫が俺の左の二の腕辺りに牙を突き立てている。無痛覚無感覚すぎて気付かなかった。……これはかなり厄介ではないだろうか、と、訝しみながら虎姫を見るともなしに見ていると、
「血……無くなった、から……」
あどけない童女がミートソースでも口にした時の様に、口の周りにべたべたと血を付けたままの虎姫が言った。まあ血もある意味ではミートソースではあるよなあ、と変な関心を覚え、今はそんなことを考えている場合ではないと思い直す。
左手は虎姫に食われているから、仕方がないので右手のひらをサンに向け、水を出して見せた。顔を洗えるように弱めの水流である。
そして、洗顔して一息ついたあと、開口一番、サンはこう言った。
「もしかして僕、寝惚けて――」
「いや、ちょっと朝の日課で暴れすぎただけだよ。――『俺』と、『虎姫』が、な。覚えてるか?」
背後で虎姫が息を飲む気配がするが、俺の体で隠れてサンに見えない死角のところで左手を開いて見せ、制止とする。先程のサンの暴走はいささか異常である。
「いや、よく覚えてへんわあ……僕、寝起きの悪さには自信あるねん。特に睡眠時間短かったしな」
本人が憶えていないのなら、言及するべきではないだろう。きっと、今のサンではあそこまで強大な力を制御できない。しかも、サンの中にあった力はすべて俺が取り除いてしまったのだ、と、本人は思っているのだ。もしも辺り一帯を、いとも容易く更地にしてしまうような能力を自分が持っていると知ったら、きっと彼女は不安に思う。不安とはすなわち、精神の不安定だ。
そのような精神状態では――いつ、雷帝龍の力が暴走するともわからない。
強大な力は――強大過ぎる力は、きっと、所持者の身を滅ぼすだろう。例えば俺がそうだ。毎回腕が無くなったり足が無くなったりなんかはまだマシな方で、酷い時では腕と足、頭以外が無くなったりだとか、首しか残らなかったりだとか、それで死なないのはやっぱり自分が吸血鬼という異常な回復能力の持ち主なわけで。
虎姫は食えばすぐに体力が回復するし、ある程度の怪我なら一瞬で治癒するという。最悪砂で補えば欠損もどうにでもできるらしい。まあ地の王だからな。
だが、いくら雷帝龍の一族と言えど――また、過去に外部の強大な力を移植されたことで、力の器自体は無理矢理拡張されて尋常じゃなく巨大になっているものの、身体構造自体は人間とほとんど変わらないような体でサンがある以上。
自分の力で、自分の身を滅ぼしてしまう可能性があるのなら。
そうならないように注意しながら、力をコントロールできる方法を見つけられれば良いだろうと、そう思う。
「朝から運動するんは結構なことやと思うんやけどさあ、テントとか、着替えとか、無事なん? まるで姿が無いんやけど。あと自然破壊もあんまり感心せえへんで?」
胡坐のままこちらを見上げ、咎めるようなことを口にしたサンに――少し、イラっとしたのは言うまでもない。
まずはここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
で、さっそく本題なのですが、このたび、ともゾンの更新を来年の受験が終わるまでの間やめることといたしました。もしかしたらふとなんとなく思い立って書くことがあるかもしれませんが、その可能性は非常に低いことをご了承ください。あと、多分イン率も相当低くなると思いますので、もしなにかあればtwitter(@tomoki04221997)が多分一番早いとこ連絡取れると思うので、そちらに。LINE知ってる人はそっちでも可ですけど……
中学校三年生時の高校受験の時(※ノー勉)とは違い、大学受験は割と本格的に頑張るつもりです。そうしないと国公立なんて無理です。そうしても難しいというのに←
だから、一年ほど更新が停止することを、どうか納得していただきたいのです。
物語の超中途半端なところで区切ってしまうのは申し訳なく思います。でも、当初予定していた作業スペースからどうしても遅れてしまい(※200文字とかの部員がいる中、60000文字超えの原稿を文芸部に提出する迷惑な部員、たしぎ)、このたび、このようなところで区切る運びとなってしまいました。
どうかブックマークは外さないで、そのまま来年の「春」を待っていて下さると幸いです。
それではまた一年後、お会いできますことを。
2018/4/25
更新未定。




