表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
134/139

第三話:眠りの系統

ただいまジャパン。サブタイトルは結構適当です。

 海の王はそれぞれ何かしらの特技を持ち合わせている。そしてその力は後代の海の王へと引き継がれていき、代を重ねるごとに「海の王」の力は強大なものとなっていくのだ。要は使える力も増えていくということ。たとえば自分と相性の良い海の王が何代か前にいたとして、その力を借りて自己の力を更に発展進化させることも可能だし、今までまるで使えなかった力を引き出すことが可能になったりもするわけである。

 前代海の王シルフェリアプラントの得意技は、微に入り細を穿つ勢いの、神経質すぎるまでの精密な水の制御。水の中の成分をいじることで、水を肺に取り込むことで呼吸を可能にしたり、海水を淡水にしたり、また、空中に漂う水蒸気を集めて水に状態変化させたりすることができる。海の王の中での識別王名(コード)は「人魚の姫王」だ。

 このコードというのは、代が一つ次に移る、すなわち前の海の王から次の海の王に移った際に「海の王」というシステムが自動で名を付けたもののことだ。シープラが死に、俺に代が移ったことで、彼女には「人魚の姫王」の名がついたのである。

 海の王の脳内には、その役目が受け継がれたときに目次のようなものが追加される。過去の海の王たちの記憶を記した書物が、記憶のどのあたりにあるのかを示す目次だ。その見出しに、このコードは使われるのである。したがって唯一ページの存在しない現在の海の王である俺には見出し(コード)が存在しないわけだが、それはさておき。

 さて、そんな人魚の姫王の力の中には水中生活、つまりは水の中での行動の制限を限りなく無くすというものがあるが、これだとまあ活動限界が二日くらいなので、どれだけ全力で進んでもこの琵琶湖を渡り切ることはできない。だから船があるわけだが、その船を動かすための動力が何もない状態の今、できることはといえば――


「ちょっと荒っぽいけど我慢してくれ」

「とりあえず言われたとおりに乗りはしたけど、オールも帆もなしにどうやって動かすっちゅうん」

「舌噛むから口閉じとけよ――」


 虎姫を船に放り投げ、俺も飛び乗る。

 船の尻側から真新しい右腕を水面に垂らし、一拍おいてから手のひらを進行方向と反対側に向けて――


「はっ!」


 気合一閃。

 魔力の実に三割を一気に開放して、湖に流れを造った。ぐん、と勢いを得た船が一刹那の内に音速にまで加速する。舳先が水を叩くせいで、普通ならこんな無茶苦茶な勢いで加速すれば木の小舟程度一瞬でバラバラだろうが、そのあたりは水流操作で丁寧にカバーしてある。水を流すのではなく、船の周りにある水の塊自体を移動させているのだ。水同士が激しくぶつかり合い、通り過ぎた後にまるで彗星の様に尾を引く水蒸気が生まれてゆく。

 さすがに今ばかりは虎姫も俺に噛みついて来ない。先程から俺に飛びかかろうとしてはやめ、飛び掛かろうとしてはやめを繰り返しているのだ。本能に抗うことの苦しさを、同様の立場から当然俺も知っているわけでその辛さは身に染みて良くわかる。許されるのなら今すぐにでもその真白い喉を掻き切って血を浴びたいくらいだ。水を浴びるのと同じくらい、血を浴びるのは良い。特に他の王の血は格別だ。ちなみに地の王は肉を食らうのが好きである。やっぱり王の属性の問題だろうか。空の王は知らない。


「この速度で行けば一日掛からないんじゃないか?」


 俺の問いに返事はなかった。一瞬疑問に思ったものの、これだけの速度で移動しているのだ、かかる圧力も圧倒的なものであり、口を開くなど到底できるものではないのである。まあ俺は海の王の特権ってことで。深海王プロテスジオン、圧力に強くなる能力が自動的に発動しているようだ。

 さらに加速すると、虎姫も船に爪を立てて身を伏せた。

 あとは加速しすぎて船が引っくり返らないよう気を付けるだけである。


          ☆☆☆


「お腹……空いた、のに……なんか、気持ち悪、い……」


 日が落ちて数十分の内に向こう岸まで辿り着き、真っ先に船から地面に身を投げ出した虎姫が嘆くように漏らした。空の王は空にいた時、海の王は水中がにいる時、それぞれ一番落ち着いたし失われた力が回復したわけだが、やはり地の王である虎姫も、大地に触れると回復するのだろうか。うつ伏せになり、全身で大地に触れている。

 船から降りて声をかけると、サンは意識を朦朧とさせていた。誰も喋れなくなると今度は思考に没頭してしまうもので、そうすると早くユージュに追いつかなければという焦りに心が支配されて速度が上がり、余計に誰も喋れなくなり、思考に没頭し、またスピードが上がり、でかなり最後の方はスピードが上がっていたから無理もないか? いや、でも雷帝龍はその身を雷に変換して光速で飛翔するとか言ってた気がするけどなあ……

 そう言うと、


「僕はまだ自分の力取り戻したばっかやし、それまではヨル姉の力が邪魔で龍の力は使われへんかったし、まあなんや、光速で移動したどころか馬以上に早い手段で移動したことないんやで? 無茶せんとってやホンマに頼むわ……」


 という返事が戻ってきた。さすがに悪かったと思い、ごめん、と返す。


「とりあえず今日はここで休もうや。ちゅうか休んでくれらな困るわさすがに死ぬ腰が抜けたもう立てん」


 サンの言葉に呼応してか、虎姫がうつ伏せの状態のまま首だけ起こしてこちらを向いた。


「ちょうど夜だし……賛、成……」

「それじゃあテントを――」


 ごく自然にユージュと呼びかけそうになり、慌てて喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。


「――張るか」


 城で用意してもらったのでテントはある。設営用の杭やロープももちろんある。今までは完成した状態でユージュに出してもらっていたので張り方なんて当然わからないが、まあ完成形さえイメージできていればどうにかなるだろう、と、やや苦戦しながらもなんとかテントの設営を完了する。

 腰の抜けたサンと、地面とオトモダチーしている虎姫は役に立たないので、全部一人でやった。意外となんとかなるもんである。虎姫はとりあえず後回しにして、サンをテントに運び入れた。


「あー、全部やらしてしまってごめんなあ」


 腰が抜けてテントの設営を手伝えなかったことを言っているのだろうか。

 責任の一端がこちらにあるため何と返事を返したらよいかわからなかったので、いいよ別に、とつぶやくにとどめておいた。


「見張りは立てられないから各自自分で用心してくれ」


 注意事項だ。

 俺と虎姫は互いに互いの寝首を掻くことを狙う。だから俺たちが一人で見張りに立つことはできない。それならサンを見張りに立てるか俺たち二人で見張りに立てばどうなるか? サンの事なんてガン無視して殺し合いがおっ始まるに決まっている。

 だからあえて見張りは立てない。強いて言うなら隙あれば殺し合おうとする俺たちに対する見張りとしてサンが欲しい。それに、正直海の王と地の王、それから雷帝龍の末裔の三人組を脅かすような外敵がそうそういるとも思えないしな。

 事情を察してくれたのか、はたまたあきれ果てたのか、サンはこちらに頷きを返した。


          ☆☆☆


 突き出した右腕を中途で引き戻し、それにつられて微かに動いた虎姫に出来た僅かな死角を掬い上げるような蹴りを放つ。蹴り上げた左足は虎姫の右腰あたりにぶち当たって甲に骨を砕く感触が伝わり、甘い快感が脳髄を痺れさせた。

 しかしその感触を味わう暇もそこそこに体を倒し、何とかギリギリで虎姫の突進をかわす。空中に取り残された左足にすかさず虎姫の顎が近付き、膝のあたりの肉をこそげ取られた。剥き出しになった神経にざらざらとした舌が這う感触に悪寒と快楽を同時に覚える。咀嚼のために無防備になった虎姫の後頭部にフリーな右足を叩き付け、左足を引っ張った。ぶち、という腱の断裂する音、膝から下が虎姫にもぎ取られていたのだ。悲鳴が迸る。

 膝から滴る血液を水流操作の容量で循環させ、傷口の壊死を防ぐ。いくら血を摂取すればどんな怪我でも治るとはいえ、程度がある。いやどんなボロボロでもとりあえず生きている限りは復活できるわけだが、たとえば壊死しているのとしていないのとでは治すのに必要な血液の量も治る速さも治った後の動きも全然違うのだ。当然壊死していない方が治るのが早く必要血液量も少なく、また、治った後すぐに何事も無かったように運動する事ができる。壊死していればしばらくの期間ある程度の後遺症が残ってくるのだ。

 距離を取った一瞬の膠着状態のうちに虎姫は俺の左足を平らげていた。口の周りが真っ赤に染まり、獣の様に細長い金色の瞳孔がわずかに朱の光を帯びる。

 血液量的に左足を壊死させないようにするだけで限界だ。間に合わせの足を作ることもできない。両腕を払うように振ると、それに連動して爪が硬く長く変形、黒く変色した。長い間ドラキュラを憑依させ続けた後遺症というか、憑依させている時にドラキュラとして血を摂取し続けた結果、人間から吸血鬼に昇華していたというか。今俺の体の何割かは実際に吸血鬼と化している。

 虎姫が吠えた。それに牙を剥いて笑顔を返す。

 虎姫の姿が掻き消え、瞬きの内に俺の胸を両腕が貫いていた。肺の中の空気がパンクし軽い爆発音が響く。


 そして俺は、霧化を解いた。


「ぐ……ぬかっ、た……!」

「甘いな虎姫!」


 虎姫は霧と化した俺の体を貫いた。吸血鬼だからできる芸当だ。自分の体を霧に出来る。で、虎姫の両腕を胸の中に閉じ込めた、と。いつか虎の集落でユージュとも同じことをした気がするな。しかし今回はノーダメージどころか回復も兼ねている――!

 両腕を枷の様に捕まり、動きを止めた虎姫の首筋に牙を突き立てる。処女雪の様に白い肌を穢すように、噴き出た血の味は甘美。やはり地の王の血は格別だ。焼けるような感触と共に身体中の傷が元通りになる。

 天を仰ぐ虎姫の口から嬌声が漏れた。


 その、瞬間。


「寝っるぁれっ! へんっ! やろがっ!」


 二重の意味で雷が落ちたのであった。

 感電して二人抱き合ったまま動きを止める。


「もしかして寝てへんのちゃう?」

「い、いいいいいやさささっき目をささま覚ましたところです」


 被雷した影響で口が上手く動かない。


「おかしいなあ……」


 そんな状態でなんとか返した答えであったのに、サンはお気に召さなかったらしい。


「僕は誰かさんたちのせいで夜通し起きとる羽目になったんやけどなあ……」

「そ、それは……夢を、見てた……だけ、だと、思う……」

「なんかゆったか」

「なにも……」


 掌の上に雷をちらつかせながら言われ、言い返しかけた虎姫も押し黙ってしまった。

 本人の言う通り夜通し起きていたのだろう、その目の下には黒々とクマが出来ている。それは迷惑かけたなあ、と思うと同時、そういえば俺はいつから虎姫と殺し合っていたんだろうと思い、サンをテントの中に押し込んだ直後だ、ということを思い出した。つまり夜通しだ。まるでついさっきの事のように思うのだが……


「ちょっと自分らええか、自分らは別に寝らんでも大丈夫かもしれんけどな、僕は最低でも五時間くらいは寝たいねん。五時間やで五時間。そんだけの間静かにしといてくれへんか」

「ま、前向きに検討させていただきま――」


 言いかけて、顔のすぐ横を光が通り過ぎていった。産毛がちりちりと逆立つ。雷が通り過ぎたのだ、とわかり、遅れて恐怖が襲った。


「約束せえやボケ」

「……はい」


 一言だけ返事を返すのが精いっぱいである。

 結局言うだけ言うとサンはテントに戻り、寝息を立てはじめた。

 俺は再び自身を霧に変え、虎姫の両腕を外した後彼女と見詰め合う。

 興が冷めた、というか。横合いから水を差されたせいで、海の王として完全に覚醒した瞬間から忘れる事の無かった虎姫への殺意が初めて薄らいでいる。お互いどちらともなく目を合わせると、テントに潜り込んだ。

 なぜか虎姫は襲ってこない、という気がする。


 初めて俺は、少なくとも空の王ではなくなった瞬間から今までの期間において初めて俺は、誰かに襲われるという心配も無く眠りについたのであった。

 しかしそれは勘違いであった。

 夜通し戦い続けるということがほとんど日常茶飯事となっていた俺と虎姫が、一体いつぶりだかわからない安眠に溺れることはまあ必至であり、その俺たちに邪魔されたせいで睡眠が足りないサンがちょっとやそっとのことで起きないのはまあ当然であって。


 重ねて何者かがこの辺りに眠りの魔法をかけやがっていたせいで、俺たち三人は実に無防備に寝姿を晒すことになった。


 魔法に気付いた時にはもう九割くらい意識を手放してしまっていたので、俺たちに為す術は無かった。俺たちに敵う外敵は確かにいないかもしれないが、敵わなくても外敵は存在するのだということを、俺たちは、失念していたのだ。

 不幸なことに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ