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第二話:飛び去る

 何かを忘れていて、しかもそれがなんだか大事なことだったような気がして、思い出そうとすればするほど結局思い出せず、なにかつっかえたような気がするときには、別のことを考えて気を紛らわせるか、それとも思い出すまで考えるかのどちらかを取るべきだと思うのだが、ドラキュラは前者をとった。俺もそう、ユージュもそう。

 こういうのはくしゃみと同じだ、出そうとして出るものではない。

 出るときは出る、出ないときは出ない。

 もし思い出せなければ大したことがなかったってことで、それなら無理に思い出すのも時間の無駄だし、もし忘れていることがとても大事なことならば、然るべきタイミングで然るべき思い出し方をするはずなのだ。

 その時点での俺はそう思っていた。

 しかしその「タイミング」とやらが、こんなにすぐに訪れるとは誰も思うまい。

 

 こんなにすぐ、つまりはドラキュラが現界して数分後。裏路地からもう一本の方の大通りに出た瞬間であった。

 裏路地から大通り、日陰から日向へ……

 一番先頭を、大手を振って歩いていたドラキュラの体が、燃え上がったのである。


「ドラクウラッ!」


 噛んだ。しかしそのことについて何か言う者はこの場にはいない。道行く人々は不思議そうに俺たちを見つめたのちに、炎に包まれるドラキュラを見て何事かと足を止める。

 当のドラキュラは地面の上を転がりのたうちまわり、なんとか火を消そうと試みているようだが消えてくれない。


「ユージュ! 水だ!」

「フェアリーテイル! ウォーター!」


 今までにないほど高速の詠唱、完成した呪文はドラキュラの上に水の塊を生み出した。そして水は重力に従ってドラキュラに直撃し、火を消し止める。

 俺は火が消えるか消えないかのうちにドラキュラの脇を掴み、日陰に、すなわち先程の裏路地に引き摺り込んだ。

 びしょ濡れのドラキュラを地面に横たえさせる。肌はグズグズに焼け爛れ、髪は抜け落ち、唇や目蓋なんかは溶けて鋭い牙と眼球が直接外気に触れている。

 俺はドラキュラの服の残滓をごくわずかに濡らす水に触れると、それを操作して自身の左手人差し指を切り落とした。

 長い間ドラキュラを憑依させていて、ついには憑依なしでもドラキュラみたいな体質になってしまった今だから俺はよくわかる。ダメージを受けたときはヒール魔法よりも血を飲ましてくれ、そうすれば傷なんて一発で治るから、だ。

 血が滴る傷口をドラキュラの口に押し当てる。最初はただ流れるに任せてドラキュラの体内に俺の血が行くだけであったが、次第に喉が上下し、舌が動き、噛り付くような勢いで血を貪った。みるみるうちにドラキュラの火傷跡が修復されていく。

 俺もほとんど吸血鬼みたいなものだ。血を吸えば驚異的な身体能力と治癒能力を得られるのだから。あまりに長い期間ドラキュラを憑依させた、いわば「後遺症」のようなものだが、それでも吸血鬼であることのデメリット……例えば日中外を歩けないとか、招かれなければ家に入れないとか、影がないとか、そういうものはすべて克服してある。ためしていないが聖別された銀も今なら触れるだろう。なぜか? 俺が、海の王だからだ。代理では無い、海の王、それそのものなのである。

 ハッとした。そういうことか、と。

 脳裏に、前雷帝龍と戦っているときに敵が発した言葉が蘇る。


『新しい空の王が生まれたみたいやなあ、遠くで』


 つまりはまあ、そういうことだ。

 ドラキュラはもう、空の王ではないのだ。


「そういえば、ボク、空の王じゃ……なくなってる、みたい……なん、だぜ」


 切れ切れ、掠れた声でドラキュラがつぶやいた。


「長い間……眠ってたんだ。気付かない、のも、仕方ない……よね」


          ☆☆☆


 どうして忘れていたのかしら、と、ユージュが言った。


「クロウ。少し、用事ができたから出かけるのだし」

「却下だ」

「どうして! ……かしら」


 どうして?

 そんなの分かり切ったことではないか。

 今はデート中だから、もちろんそれもある。いや、どちらかというとそれが一番優先度高いような気もするけど、今はそうじゃなくて。


「お前じゃ新しい空の王は殺せねえよ」

「そんなもの、()ってみなければわからないのかしら」


 言って踵を返し、今にも空に飛び立とうとしたユージュの右腕を掴んだ。先程彼女の手を握れなかった左手だ。皮肉か。


「離せ、だし」


 地の王は一番原始的、血縁の者に力が受け継がれていく。

 海の王は少し進化して、とにかく海の王を殺しさえすれば力は継がれる。

 そして空の王、空の王は一番進化した形であり、「空の王」という座に世界中で一番強い空の眷属であることを認めさせればそれで良い……例えば大岩に全力をぶつけて、実際に数値化されているわけではないが現空の王を超える攻撃力を示しても良いし、一番手っ取り早く直接戦って倒してしまっても良い。つまりは現在の空の王よりも己の方が優れている、という功績さえ残せればそれで良い、そういうことなのだ。

 苛立たしげに俺の手を振り払い、再び地面を蹴るユージュにしまった、という顔をしてももう遅い。


「俺より強いんだぞ!」叫んだ。「死ぬぞ!」

「たまたま相性が良いかもしれない、生まれたばかりでまだ力が弱いかもしれない、クロウが虎姫と殺しあうように、(そらのおう)もがれた(うばわれた)小鳥は、再び翼を欲するものかしら!」


 もう彼女は振り返らなかった。

 振りほどかれた左手が物言いたげにしていて、俺はそれを拳の形にすると路地の脆い壁に叩きつけていた。


「ドラキュラ。……ドラキュラ? おい、ドラキュラ! どこへ行った!」


 先程まで裏路地で座っていたドラキュラもまた、俺の前から姿を消していた。

 霊魂の中にも存在しないので、別に力尽きて消えたわけでもない。

 それが意味することすなわち、ドラキュラも、ユージュについていったのだ、と。先程彼が座っていた辺りから、ユージュの真下、すなわち彼女の影に向かって、わずかに魔力が通った痕跡がある。

 ユージュが飛び去った東の空を睨みつけると、俺は城への道を引き返し始めた。


          ☆☆☆


「虎姫! 荷物をまとめろ、今すぐにだ!」


 城に帰り着くなり襲いかかってきた虎姫を受け止めて地面におろし、両腕に噛みつかれないように気をつけながら叫んだ。


「荷物なんて……ない、けど……?」

「出発するぞ」


 まだいまいち納得していない様子の虎姫をしたがえ、バルサンとヒルデサンドールのいる執務室に向かった。


「えらい急やな、もっとゆっくりしてってもええんやで?」

「すいません、どうしても急がなければならなくなりまして」


 まあ用事あるんならしゃあないわな、と、バルサンが鼻を掻いた。ドルグサンドールにもよろしく言っておいてください、と告げた。


「ほんまにありがとうな、これでもう水に困ることもあれへん。サンのことも」

「いえ、こちらこそよくしていただいてありがとうございました」


 では、と一礼して部屋を出ようとしたところをヒルデサンドールに呼び止められた。なんでしょうか、と焦りが声にでないように気をつけながら返事をする。


「サンが荷物まとめてたから、ちょっと待ったってよ」


 は?

 疑問とも呼気ともつかぬ声が間抜けに漏れる。今、なんとおっしゃられましたかお兄様。


「いやほら、サンが一緒に行くってゆうたんやろ? そう聞いたけど」

「は、初耳ですけど?」

「え?」


 え?

 そんな話、一度たりとてした覚えはないのだが……


「ん」


 虎姫の方を見ると、彼女も首を振っていた。やはり聞き覚えはないと。


「サンも来るんですか?」

「なんや不満か」

「あ、いや、違います、えっと、違いますよ、えー、あの、ほら、危険ですよ!?」

「雷帝龍の涙は破壊してくれたんやろ? それなら大丈夫や、自分の身を守る程度ならサンも龍の力使えるようになってるはずやから。今まで使えんかったんも外部から移植された馬鹿でかい力が邪魔しとっただけやし、やからもう大丈夫や。雷帝龍はたとえ末席でもかなりやるで」


 俺が空の王を憑依させているせいで本来の海の王の力を使えなかったのと似たようなもんか? いや、そうではなく。

 末席とはいえサンも立派な雷帝龍王家の娘である。つまり姫だ。それがこんな、何処の馬の骨ともつかぬ不審人物(俺)の旅についてこようというのである。俺が王様なら断固拒否するもんだが。

 そういう風なことを早口でまくし立てたところ、


「何処の馬の骨とも、って別にそんなことないやん。海の王やろ。あと、地の王。そこに雷の龍王の一族が追加されても、別に問題ないと思うけど。というか世界中で最強のパーティが完成するんちゃん。冗談でもそんな敵と戦いたないわ」


 ということを言い、ヒルデサンドールは笑い声を上げた。いや笑い事じゃないんですけど。


「じゃ別にええやん。責任とってくれるんならなにしてもええよ。というか子供できたんなら実力的にも血筋的にも次の王はその子やろうし、いやむしろ積極的に……」

「その指はなんだ!」


 突き出されたグー、しかし親指の位置がおかしい。それが意図するところに気付かないふりをして、俺は仰け反った。いや、別に自分から仰け反ったわけではない、仰け反らされたのだ。

 虎姫が俺の左手を千切れんばかりに抱き寄せている。


「ご主人様はわたしの食べも……えっと、食料、えっと、その、そう、えっと、ご主人様はわたしが食べる、から……」


 血生臭いほうでな! と思ったが口には出さない。お互い様なので後ろめたいことがないわけではないし、という言い訳。

 というか向こうがそれで勘違いしてくれるのなら別にそれでも構わない。俺は(食料的な意味で)虎姫に食べられる。これが実態。俺が(性的な意味で)虎姫に食べられる。これが理想的な勘違いだ、この場での、向こうの。


「海の王が親父なら、別に側室でもええんとちゃうかな。正室でも側室でも、その子供が海の王の子供であることには違いあらへんやん」


 かんぺきなりろんぶそうだ……! とどこか適当に慄いていると、執務室の部屋が開いた。ぶち開けられたとか、そんな勢いである。


「こらヒル兄! 何を適当なことゆっとんのじゃボケ! クロウ、さっきのは全部年寄りの寝言やから気にしたらあかんで!」


 え、じゃあ一緒に来るっていうのも……言いかけて、彼女の後ろに荷物がまとめられていることに気が付く。旅をしやすいように、魔法がかけられたカバンである。通称四次元ポケット……じゃない、マジックバッグ。なるほど、旅についてくるっていうのは年寄りの寝言じゃないのか……

 誰が年寄りじゃボケ、とヒルデサンドールのツッコミが入った。

 それを無視してサンがこちらを向く。曰く、連れてけ。

 この場で拒否しても多分どうにかしてついてくるんだろうなあ、と割と諦観混じらせながら虎姫を見たところ、


「別に……構わない、けど……? 私たちのセッ……殺し愛(いとなみ)を止めてくれる人は……必、要……」


 不承不承、と言った感じの肯定が帰ってきたのでますます逃げ場がなくなってしまった。

 そもそも一秒でも早くここを出発してユージュと、あと恐らくそれに着いて行ったであろうドラキュラに追いつかなければならないので、この場での押問答は言ってはなんだが時間の無駄、ロスタイムである。

 俺が黙り込んでしまったのを是ととってか、ヒルデサンドールが破顔一笑、こちらに再び例の形の拳を突き出して見せた。それを見てサンは僅かに頬を染めたが、今度は何も言わなかった。


          ☆☆☆


 城から東行すると何があるのかというと、まず琵琶湖(仮称)がある。現実の琵琶湖となんら遜色ないような大きさであり、対岸どころか恐らく湖の四分の一程度しか此岸からは見えていないだろう。もしかしたらもっとかもしれない。特に何か遮蔽物があるわけでもないし霧や陽炎が発生しているわけでもないというのに、対岸まで見渡せないのだ。どれだけ馬鹿でかいというのか。

 それなら迂回するとすれば? サン曰く城からどちらに進んでも、ここから対岸までと同じかそれ以上の距離を歩くことになる上、道行き的にここから一番近い対角線上の対岸まで戻ってこなければならないため、迂回すると直線距離の実に三倍弱くらいは行かなければならないのだという。

 それならどうやって向こう側に行くんだ、と、サンに尋ねたところ、彼女は得意げにマジックバッグに腕を突っ込んだ。


「これや!」


 言って取り出されたのは白い木材でできたボートである。五人くらいなら楽に乗れそうな木舟であり、詰めれば六人くらいは入りそうだ。見たところ作りもしっかりしていて頑丈そうである。サンはそれを湖に浮かべると、振り返って言った。


「これなら向こうまで一週間くらいで着くで! 空を飛ぶのを除いて最短ルートや!」


 一週間か……恐らくユージュはもう、向こう岸まで渡ってしまっているだろう。ただ、二週間三週間かけて向こう岸まで歩くことを考えたらマシか……?

 空路を絶たれるのがこんなに不便だとは思わなかった。


「……ところでオールは?」

「あ」


 ……前途多難である。

この小説が投稿されているとき(日曜日の午後六時)、僕は海外にいます。修学旅行です。今日から3泊4日です。英語でのコミュニケーションで現地の高校生とマンツーマンとか不安しかないんだぜ。

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