最終話:雷の龍が泣いた
この話書くのにものすごい時間かかりました。結果として一周すっ飛ばすことになってしまい申し訳ありません。
どうもこの時期は去年もそうだったんですけど、更新頻度がぐちゃぐちゃになってしまうようなので、しばらくは毎週日曜日の18時に投稿していくつもりです。
下僕であるアジィアステが、死霊術師である俺を無視して振る舞えたのは、ひとえに彼女の力が強すぎたからである。死霊術師は本来、ゾンビの力に制限をかけることも可能であり、なおかつかけている方が普通なのだろうが、俺は少し気楽に考えすぎていたのかもしれない。全くその制限というものをかけていなかった。
完全に魂の抜けたような顔で地に倒れるアジィアステを抱き起こし、互いの額をくっつけた。アジィアステの中に流れている俺の魔力、すなわちゾンビの動力源を徐々に引き出していく。
「……い、あ……あぁああ……あ、あああ……あ」
半開きになったアジィアステの口から、言葉にすらなっていない音が漏れた。
元の半分ほどの魔力を返してもらう。死霊術師である俺単体では九十五パーセントカット、つまりは何の意志も持たないただの木偶人形としてのゾンビ、あるいは百パーセントフル出力のどちらかにしかできなかったわけだが、ミューフルの力を借りればこの通りである。この分だと恐らく、減らすことの逆、つまりはゾンビの力を生前より増させることも可能だろう。
「虎姫とユージュはサンの介抱をしてくれ。……虎姫、これが片付いたらすぐにでも殺してやるから、今は大人しく言うことを聞いてくれないか」
サンは間一髪のところを虎姫が攫ってくれていた。しかし決して無事とは言い切れない。命を辛うじて拾えたとか、そんなレベルである。今は完全に意識を失って体もボロボロであり、更に悪い事にはユージュのヒールがほとんど効かないようなのだ。だからこそ、常より厳重な看護が必要なのである。虎姫は知らないが、ユージュはそういうのは得意だ。
「結局、なにがなんなのか全然分からないまま終わってしまったのかしら! 虎姫と殺し合うよりも前に! 私にちゃんと説明するのだし! 約束かしら!」
ユージュは叫ぶようにそう言うと、すぐにサンの手当てを始めるべく、包帯を虚空から掴み出した。
俺の首に背後からまさに牙を突き立てんとしていた虎姫も、どうやらおとなしく従ってくれたみたいである。彼女への殺意が薄れているわけではないが、それでも今しなければならないことをすっぽかすほどではないのである。……と、自分に言い聞かせ続けないと今にでもすべてを放り投げ、虎姫を襲いそうになってしまう。彼女の血は甘美だ。きっと一息に殺して吸い尽くすよりも、四肢を切り落としてワインセラーにでも飾るのが正しいに違いない。
そうこうしているうちに、俺はアジィアステの魔力を抜き終わっていた。額を離して一息つくと、そのタイミングを見計らってかドルグサンドールが口を開く。
「ウチの馬鹿姉が迷惑をかけたな」
「いいってば。お前の馬鹿姉であると同時に、俺にとってはゾンビ――あ」
「構わん」
実の姉をゾンビ扱いされて良い気がするわけもないだろう。俺がそう思っていると、ドルグサンドールは、そんなことより、と言った。
「俺と結婚してくれ」
「あ?」
え?
俺は硬直した。
☆☆☆
他人の恋愛や性癖なんかに口を出すべきではないとは思う。
たとえば女性であるのに女が好き、男性であるのに男が好き――そんな恋愛の形だってあるのだ。人間が何人もいる様に、その恋愛の形だって十人十色、百人いれば百通りの恋の形があるわけで。
だからこそ、別にドルグサンドールが男色家であるのだとしても、俺にとやかく言う権利は無いわけで。
「その対象が俺じゃなかったらなあ!」
「何を言っているんだ」
サンの応急処置を終えつつあるユージュと虎姫。
糸の切れた人形のようであったが、静かに寝息を立てはじめたアジィアステ。
その隣でドルグサンドールに押し倒されている俺。
両肩を抑えられ、近づく顔に全力で顔を背ける。
「どうして避けるんだ。俺は初めてお前を見た時からその強さに惹かれていた。そしてそれは先の戦いで恋に変わったのだ。クロエ、お前が欲しい」
「拒否! 無理! ダメ!」
「連れないことを言うな。財力はある。欲しいものならなんだって買ってやるぞ」
「そんな! 話を! していない!」
両肩の骨が軋む。万力に挟まれているみたいだ。これでは体を無理矢理抜くこともできない。もしやれば、俺の両肩は脱臼してしまうだろう。ゾンビを憑依して身体強化するような魔力すら残っていない。
ドルグサンドールに馬乗りにされた胴体だって実はものすごく痛いのだ。ともすれば気を失いそうな疲労の中、気力だけで意識を繋いでいる状態と言っても過言ではない。いや、貞操とか奪われそうなんでね!
「ここに駆けつけたのも、お前のピンチを感じ取ってだったのかもしれん……!」
「絶対気のせいだからそれ!」
「俺とお前の子供が産まれれば、最強の雷帝龍が生まれるとは思わないか」
「思わねえ! し、生まれねえよ!」
そもそも――
「男同士なんだから!」
先程は俺が硬直したが、今度は向こうが硬直するターンであった。
半開きの口から、は? と、呼気とも言葉ともつかぬものが漏れる。
「男……同士?」
生気の抜けた空ろな瞳でこちらを見つめるドルグサンドールに、がくがくと首を振る。当然首肯の方向で。
「俺、男。お前、男。男同士。オーケー?」
「お、オーケー……」
全部虎姫が悪い。腹が立ってきた。本気でワインセラーで飾ってやろうか。
思い返せば、俺は闘技場でずっと女装していたのである。まあほとんどの人が俺を見て男だと気付いただろうが、ドルグサンドールはそのほとんど以外の人だったのだろう。
「……いや、誰も気づいていた様子は無かったぞ」
……ドルグサンドールはそのほとんど以外の人だったのだろう。
「と、とにかく、早とちりして迷惑をかけた。すまない」
「あー、一刻も早く忘れたいからもう謝らないでください……」
俺だって悪いのだ。悪いか? わからんけど、たぶん悪い。体型が隠れるようなローブを着て……いや、ドルグサンドールが来た時点でもうほとんど破けて無くなっていたような。いいや気のせいに違いない。気のせいでしかありえない。アイテムボックスから予備のローブを取りだし、羽織る。無人島に遭難してしばらくサバイバルした後のような体裁だったからだ。具体的に言うと服がボロボロでですね、色々とコンニチワしかけているというかですね。
「と、とにかく、忘れてくれ」
「確実に黒歴史じゃないですか……」
そこで俺の気力は途切れたのであった。
☆☆☆
「知らない天井だ……」
とりあえず呟いてみはしたものの、場所なら見当がつく。雷帝龍の居城に決まっている。
アジィアステ――ヨルグサンダーの、雷帝龍としての強大過ぎる力をすべて封じた「雷帝龍の涙」は破壊した。アジィアステは今は大人しくしている。
まだわからないが、ミスリードのために迦楼羅天が設置した雨避けの結界も壊れたはずだから、そのうち雨も降るだろう。ミスリードというか、まあアジィが召喚していた前雷帝龍の亡霊こそが雨避けの結界の核そのものであり、それを倒してしまえば雨は元通り降るわけだから、雨が降らない、という点においてはミスリードではなかったのか。まあアジィの復讐からしたらやはりミスリードなんだろうが。
右隣を見ると、包帯でぐるぐる巻きにされたサンが寝ていた。俺も似たような状態だろう。
少しでも体を動かすと、その箇所に鈍い痛みが走る。体を起こすのを諦め、俺は再び視線を天井にやった。
「ちゅぷ……ちゅ……ちゅぱ……」
サンの規則正しい寝息だけが聞こえるはずである。本来であればだ。
何かを吸っているような水音……首を動かす事ができないのと全身の感覚がマヒしているのとでわからないが、音は確かに俺の腰の方から響く。全身が硬直した。いや、比喩じゃなくて。隠語とかでも無く。
鳥肌が立ち、見えないモノに対する恐怖が背筋を這いあがった。
「ぷは……起きるまでは……起きるまでは、食べない……」
呼吸のためか、水音は途切れ、代わりにぶつぶつと何やらつぶやきが聞こえる。食べない……? 俺、目が覚めたら食べられる……? 性的にとかそんな比喩じゃなくて、これ、確実に「eat」の方の食べるだよな……
ということは――
「……虎姫か」
「起きたいただきます」
いってぇぇぇぇえ――――! 絶叫。城中に響き渡ったと思う。
身体が鈍く痛むとかなんとか、そんなことを言っていられる場合じゃない。鈍いどころか刃物が突き立てられたような鋭い痛みが左腕を駆けあがってきたのだ。
布団をはねのけると、俺の左手を咥えた虎姫と目があった。に、と吊り上る口端から血が垂れる。それを手皿で受け止めて、虎姫は舌を出した。
「こんなに……いっぱい……出た、の。出し過ぎ……もう、飲めない……」
左手の小指と薬指が無くなっている。二本一気に持っていかれたらしい。傷口から溢れる血をさも愛おしそうに舌で舐めとる虎姫に、言葉で言うほどもう飲めない様子はなさそうだった。傷口をざらざらの舌が往復し、背筋を不快感とも快感ともつかぬ不思議な感覚が駆け抜けていく。喘ぐような声が漏れた。
尚も俺の左手に齧り付いている虎姫の額を右腕で押し返そうとするが、自分の腕ではないみたいだ、まるで力が入らない。
「待て、虎姫、待って、今は動けない、から……!」
傷口を舐めあげられる感覚に、どこか甘美な快感を感じ始めてすらいた。全身を走るその感覚に脳髄が痺れを得る。涙があふれた。
そうしているうちに、自分の中の海の王が、遅ればせながら地の王を殺そうと首をもたげ始める……
中指、人差し指を同時にいかれ、最後に残った親指も虎姫の口の中に消えた。繊維の切れるぶちぶちという音が骨を通過する。
その痛みを無理矢理無視して、尖った爪を揃え、虎姫の無防備な首筋に突き立てたところで――声が生まれた。
第三者の、声だった。
「……はっ! 寝てへんよ! 寝てへん……あれ?」
サンの声である。
寝惚けたその声に、虎姫と俺、両者してその動きが止まってしまう。なんだか互いを食おうとしていたことがばからしい気がするような、そんなのんきな声だった。もちろん気がするだけで、虎姫が一瞬動きを止めている隙にその首筋に喰らいついて血を啜ったわけだが。口の中から腕を引き抜き、再生を待つ。
「よう、サン。目が覚めたか」
包帯の隙間からぼーっと天井を見つめるサンに、俺は声をかけた。
意外に素早い動きで彼女はこちらを向く。
「な、なんしてんの!?」
「え? あー」
サンに言われてはじめて、自分たちの状況を客観的に分析。先程血をもらった時に虎姫の体をこちらに抱き寄せたので、仰向けに寝転がっている俺の上に虎姫が乗っかっている状態である。
「愛の確かめ合い……して、た……」
「はあ!? 人が寝てる横で、な、なにしてんねん!」
まあ、仰る通りですとも。
☆☆☆
案の定目を覚ました彼女は、事の顛末を一切覚えていないようであった。
しかし、もう、黙っているわけにはいかない。ドルグサンドールと、力を抑えられたアジィアステが、ベッドで体を起こした状態のサンに、かわるがわる互いを捕捉し合いながらすべてを説明した。
ちなみにアジィアステは、再び召喚した時点で拘束具に猿轡、足枷には錘という状態であったが、喋れないので猿轡は外しておいた。船底お化け・ミューフル――別名、血の雨王である。一般には拷問器具を収集するのが趣味であったと信じられているわけだが、彼と記憶を共有している俺は知っている――この世から拷問をなくすために拷問器具を片っ端から徴収していたのだということを。そのコレクションがこういう形で現れたのはなぜだかわからないけれど。
ユージュへの説明も省けて丁度良かった。
「ごめんな……ヨル姉。ホンマに」
「もう、ええねん」
目を覚ました段階で既に包帯の下の傷は完全に治癒していて、今は普通の格好をしているサンが消え入りそうな声で言った。しばらくは表情の死んでいたアジィアステ――いや、ヨルグサンダーも、弱々しくだが微笑みを見せる。
「に、兄ちゃんも……そんなん、知らんかったし……その、ありがとう」
呼び慣れない様子で、サン。
別に構わない、と、常と変わらない無愛想な声でドルグサンドールが応じる。
ほんまに……ほんまに、ありがとう……と、彼女は、一筋、涙を溢した。力強くあらなければならない雷帝龍にとって、泣くということは一族とっての禁忌と言っても過言ではないが――そのことを咎める者はこの場にはいなかった。
そして。
彼女の流した涙の粒は、途中で結晶して、再び龍の涙……それも、龍の涙の中でも最上位である「雷帝龍の涙」と化したのであった。
俺はそれを拾い、ズボンのポケットにしまう。そのことに気付いたものは誰もいないようだった。
こんなものは、無くても良いのだ。
「クロウも……ほんまに、ありがとう」
やはりサンには、涙よりも笑顔が似合う。
背後の窓からは、抜けるように真っ青な空に進出し始めた、真っ白な入道雲が覗いていた。
==次章予告(※あくまで予告です)==
「クロウを殺すのは無理なのだし。なら、新しい空の王を殺せばいい――違うかしら?」
「はじめまして、俺」
「御主人様……おいしい……」
「いや、ちょっとその愛の形はいくら僕でも引くわあ……」
「……俺と、同じ……?」
「久しぶりだな、クロウ――といっても、そのバージョンのお前と会うのは初めてか」
「現実世界に『僕』っていう一人称で『なになにだね』とか『なになにだろう』とか、そんな話し方をする少女が存在するわけがないだ・ろ・う?」
「まあ究極に噛み砕いて、究極にわかりやすく言えば――ドッキリ大成功、ってわけだな」
==予告は変わる可能性があり、今回は前編の章、後編の章にわかれる可能性が高いです==
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、レビュー、お待ちしております。




