第二話:アキレス腱
サブタイトルの意味はまたいずれ、わかる時が来るかもしれません。
というかこいつら、同じところでグデグデしすぎじゃね? と思う今日この頃。なんで同じところにいるだけなのに何話も書かなきゃなんだよっ! もっとサクサク進めよっ!
だって、クロウくんがすぐ死のうとするんだもん――
ということ――!?――で、第二話です。
2013,3,11 滋賀県さま(http://mypage.syosetu.com/293954/)よりレビューをいただきました!
いや、滋賀県(近畿地方)じゃなくて、滋賀県(ユーザーネーム)さんからですので、悪しからず。
「助けてっ、黒羽くん――っ!」
リラは、俺のことをクロウではなく黒羽と呼んだ。とっさのことで必死だったのだろう。
それに対して俺は――
「やっぱり俺は卑怯者なんだよなぁ……」
リラのことを、空中で捕まえていた。
今回は、前回の二の轍は踏まない。水中に水弾を放ち、無理矢理に軌道を修正して階段に復帰する。
着地と同時に足をもつれさせ、後頭部から倒れた俺に、リラが覆いかぶさってきた。
やはり俺は卑怯者だった。
友達候補はストックしておかなければ気が済まない。そうだ、きっとそうだ、と自分の中で理由を付けた。いったいどうしてリラに手を伸ばしたのかがわからなかった。
それでも――
恐怖で涙を流すリラを下からのアングルで見ると、助けてよかったのかもしれないと思える日が来るかもしれない、と思えた。
☆☆☆
「すいませんでした。錯乱していました」
日本人なら、誠意を見せるときは土下座をするべきなんじゃないかと思う。
白髪赤目の俺がはたして日本人というカテゴリに収まるのかどうかはこの際置いておいて、やるべきことは土下座だ。
パーティメンバーだからダメージはないが、階段から落ちそうになったリラは、俺のせいで死にかけたのだ。アサクラだって、ダメージが無いから関係が無い、ってわけにもいくまい。痛い思いをさせてしまっているのだ。ゲームだから無痛覚だけど。
たとえ俺が二人の心を見殺しにしようしていたとしても、一度殺そうと思った相手でも、それでも謝らねばならなかった。なぜそう思ったのかはわからない。
「そ、そんな、顔を上げてください!」
漫画だと汗のエフェクトが書き足されそうな調子でリラが言う。
「んー、ちょっと痛かったけど、こっちだって爆弾投げちゃったし……。ごめんなさい、お兄ちゃん」
アサクラがぺこりとお辞儀する。
これじゃあ、俺が悪くないみたいじゃないか。
「悪いのは、すべて俺です。だから、責任をとって死のうと思います――でも、その前にこれ、受け取ってください」
ナイロック湖の主の水色の刻印は、右手をかざしてスライドすると、まるでブレスレットのようにするりと抜ける。
それを掲げたのだが――
「ふ、ふざけないでください! 死んで解決することなんて、世の、世の中、にはっ! ない、ないんです、よっ!」
あふれ出した思いが止まらなくなったか――涙を流し、嗚咽を漏らしながらも、それでもリラは言った。俺に叫んだ。そして、そのまま俺の隣に膝をついたかと思うと、俺を抱きしめてくれる。
「ほらっ! 私、温かいですよっ! ねっ?」
その涙は拭かれることなく、俺の体に雨となって降り注いだ。胸のあたりで抱きしめられた頭は温かく、やわらかいものが側頭部にあたっているものの、俺が思ったことは邪なことではなかった。そうだ、純粋に、他人のことを温かいと思った。初めての感覚に戸惑いながらも、されるがままに身をゆだねる。
死ぬならこのまま死にたい――ああ、このまま死んでしまえたらそれが「幸せ」というものなのだろう――
「いいですかっ? わた、私はっ!」
ぐしぐしと乱暴に涙を拭い、一度大きく息を吸って吐いてから、リラがこちらの顔を両手ではさみ、無理矢理に目を合わせてきた。
つい目をそらすが、それでもリラは何とかして追従し、何としてでも目を合わせる心づもりのようだった。
ちなみにだがアサクラは、俺と向かい合うようにして正座している。それでもリラから目を背けていると、正座から微動だにしないアサクラが目に入ったのだ。
「いいですか、クロウ――黒羽くん。私は、私は、あなたのことが好きなんです」
アサクラの目が見開かれた。俺も同じような顔をしているのだろう、と思っていると、リラが視界に入ってきた。無理やりにでも目を合わせたいらしい。
「だから、私はあなたに簡単に死ぬなんて言ってほしくありません」
それに――、と、リラは言い、
「黒羽君には、二回も命を助けていただきました。今度は、私が黒羽君のことを守りますから」
言って後。
俺の視界が、リラの美しい顔に埋め尽くされた。
一瞬何が起こったのか全く理解できなかったが、脳の理解が追いつく。リラに、唇を奪われていた。
☆☆☆
「あ、アサクラだって! お兄ちゃんのこと好きだしっ!」
ややこしいことになった。
アサクラが俺に抱き着いてきて、リラを引きはがす。
まったくもって、ややこしいことになった。
「アサクラも、別に気にしてないからっ! それと、爆弾はごめんなさいっ!」
俺の胸に手をまわして、顔を擦り付けてくる。泣いているのだろうか。あと、アサクラの口調はこれが素のようだ。
リラは、頬を膨らませてこちらに視線を送ってくるが、特に見なかったことにした。
俺が死ぬと言っただけでこんなにも悲しむ人が二人もいるのなら――
まだ、死ぬのは先送りにしてもいいかもしれない。少なくとも、この二人を生きたままログアウトさせるまでは。
☆☆☆
「なあ、アサクラ。ロープか何か作れないか? もしくは持ってないか?」
あれから一時間かけて、ようやく落ち着いたらしいアサクラとリラを前において、言った。
アサクラが爆弾を放ったのは、俺がモンスターにしか見えなかったことが原因らしい。……つまり、俺が全面的に悪かったわけで――と、ループしそうになったところをアサクラとリラに止められて今に至る。
アサクラの職は「道具職人」だ。職人系の下級ジョブにして、様々な可能性を秘めた職。武器職人や防具職人などにも派生するらしい。アサクラ談。
道具職人は、そのまんま回復薬から簡単な服、装備などを作ることができる職だ。
ロープくらいなら作れるだろう、と聞いたのだが。はたしてアサクラは、こう答えた。
「んー、持ってないよ。材料あれば作れるみたいだけど」
メニュー画面を指で操作しながらだから、おそらく製作できるものの表でも見ているのだろう。
「そうか、それは困ったな……。リラ先輩はどうですか?」
俺たちは三人いる。
二人がだめでも、最年長の三人目ならあるいは、と思ったのだが、それが正解だった。
「すいませんが、持ってないです。でも、レイオリア宿場町に売ってたような……」
三人寄れば文殊の知恵、とは、よく言ったものだ。
だが、せっかくの知恵なのだが、
「この階段、もう一度下りなきゃです」
「あは、無理っ! もっかい上がるの無理っ!」
リラがやつれ気味の顔でいい、アサクラは、それはもう素敵な笑顔で言った。
俺も二回階段を上ったのだが、結構な重労働だ。体育の授業しか運動をしていない俺には、大変な作業だ。……体育の授業だと、話す友達がいないから適当に手を抜くこともできず、授業だけでも一週間の運動量をまかなえているのは、今は関係ない。
「お兄ちゃんかお姉ちゃん、どっちか「ツタ」っていうアイテム持ってないかね?」
ツタ、というアイテムは、木に絡まっているアイテムだ。ビギナーズ・フォレストでも落ちていたが、用途不明だったから――あれ、俺、ツタをどうしたっけ。
「ちょっと待って、持ってるかもしれない」
「私も持ってます。ちょっと待ってくださいね」
そういえば、アイテムボックスに突っ込んだまんますっかり放置だったような気がする。
俺の隣で、リラが同じようにアイテムボックスに手を入れている。
☆☆☆
「あいあい、完成でございますよー」
ちょちょい、っとアサクラが、俺たちの束ねたツタを指でつついた。すると、ツタは光を放ち、その光が収まるころには一本のロープに――
「あれ? これ……ロープか?」
「んー? えやあ、どうだろ。ロープ……じゃないよね」
光が収束したのちに完成したのは、ツタを三つ編みしたような簡単なロープだった。これだけの情報なら、完全にロープだ。強度面で果てしなく疑問が残るのだが、立派にロープといえるだろう。
だが――、
「短すぎます、よね?」
リラがつぶやいたとおり、長さはアサクラの腕と同じくらいしかなかった。これではまるで紐じゃないか、と溜息する。
「うーん? 短いねぇ、確かに。さて、いったいどうしたものでございますかねぇ?」
アサクラが、ツタの紐を矯めつ眇めつしつつ言う。握ったり、結んでみたり。そのままつまんで引っ張った彼女は、あり? と疑問の声を上げた。
「これ、伸びるよ? 超伸びる。ほら、びよよぉん」
びよよぉん、と言いながら、道具職人の少女は紐の両端を引っ張り、引き伸ばして見せた。大した力を入れもせずに伸ばすことができたようで、まだまだ伸ばせそうだな、と呟いている。
俺は、その紐の端を受け取った。そして、アサクラにもう片方の紐の端を持たせたままで階段を下りる。
数段降りたところで振り向くと、紐はまだまだ伸びているようだった。長さにして七、八メートルくらいだろうか。……これだけ伸びれば十分だ。
☆☆☆
「だ、大丈夫ですかぁ?」
非常に焦り気味の声で、リラが俺に声をかけた。それもそうだ、俺には前科がある。――それも、死のうとした、という一番最悪の前科がだ。
慎重に巨木の幹壁に足をかけ、一歩一歩、紐から手を滑らせないようにして巨木の壁を、ロープを使って下りて行く。死ぬつもりだった先ほどは毛ほども恐怖を感じなかったが、いざ死を先延ばしにした今となっては恐怖で足がすくみ、ともすれば手を滑らせそうになる。
ゴムのように伸びる紐を右手に巻き直し、左手にも巻いた。
俺が持っているほうの紐の端とは反対の端は、リラの大剣が階段の床――上から三段目――に縫いとめている。床に刺した大剣の柄に紐を巻きつけたのだ。それにしても、腕力だけで硬質な木の床に大剣を突き刺すのは、戦士の為せる技だろうか。それとも、リラの個人の腕力だろうか。
もしもリラの個人的技能だったら嫌だなあ、と現実逃避をしながら、壁を蹴る。俺なんか人間のクズに好意を抱いていることが残念なほど見目麗しい彼女だが、腕力ゴリラだったら嫌だなぁ、割と死活問題。
「おー、よく伸びとるなー。さすがアサクラでございます。どうかねー、ロープの使い心地は!」
うなはははは、と謎の笑い声が聞こえる。アサクラだ。
彼女も自分などに好意を抱いているといったが、こちらは家族への親愛、もしくは友への友愛のようなものなのだろう。一過性のもので、放っておけば消えるだろう。……イエス・ロリータ、ノー・タッチ。
階段を上りきった一番端、行き止まりになっているところを一段目として、上から三段目の階段の裏――下から見えるところに、木の枝でできた突起物のようなものがある。巧妙に他とは区別がつかないように偽装されているが、あれはレバーだ。先ほど飛び降り自殺した時に見えた。
壁を蹴る。あと三メートルほどだ。
あれは、確実に次へつながる道だろう。
俺が下りるといったときは、二人共から反対された。また死のうとするんじゃないか――しかし、その心配は杞憂だ、と説き伏せ、結局俺が降下作戦実行と相成った。
着壁。壁を蹴る。あと一メートル半。
アサクラのロープは、思ったより高性能だった。恐怖と興奮がないまぜになったことによる手の汗が潤滑液代わりになって、手が滑るかもしれないとずっと戦々恐々だったのが杞憂でほっとした。まったく滑らない。
それに、とてもよく伸びて、しかも柔らかいツタが素材であるために縛ってある手が痛くない。締め付けられた手が痛むのを防ぐように、ロープが伸縮するのだ。
着壁。ここからは、まっすぐ真上に上るだけだ。
木登りは得意な方だと思う。幼少のころに、母方の祖父の所有する山を駆けずり回って遊んだからだ。あの時は、枝打ちされた何のとっかかりもない杉の木を登ったのだ。対しダマスナット・ヒュージの表面は波打つようにデコボコで、足場などゴロゴロある。
「着いたぞー!」
「りょーかーい、ロープはまだ大丈夫でございますかー?」
ロープの伸びは、アサクラのスキルレベルとイコールメートルになるようだった。今のところは、最高で九メートルしか伸びない。強度は申し分なく、一人分くらいだったら耐久値も減少しないとのことだった。耐久値が〇になったらそのアイテムは壊れて使い物にならなくなるとのことで、一瞬怖い想像をしたが、首を振ってそれを打ち消す。
「それじゃあ、レバー? 引いてみてください」
階段の横幅は三メートルほどであり、上から三段目の段にはロープの端がつながれている。その横からはアサクラとリラの首だけがのぞいていた。
下りる段階で結構下がってしまったため最初は遠く感じていたのだが、レバーのところまで辿り着いてしまえばすぐそこの距離だ。わずかに三メートル。近くに彼女たちがいるだけで恐怖が薄れるのは、いったいどういう心理だろうか。
レバーは、床から真下に突き出した二本の木の枝の間に、突っ張り棒のような一本を張り渡した形になっている。
どうやら、それを真下に引け、ということらしかった。
「引きますよ!」
レバーを持つ手にぐっ、と、力を込め、引っ張る。
すると、そのレバーは、まったく音を立てずにこちらに伸びた。突き出す長さが三十センチメートルほどから二メートルほどにまで伸びたのだ。
それを、そのまま言葉をなくして見ていると、レバーは抜けおち、湖に落下していった。
「え?」
「あっと、あの? どういうこと、ですか?」
口から疑問の声が漏れ、リラは無駄にあたふたしている。
アサクラはしゃべらない。
「なんかこう、嫌な予感がするのでございますっ! 根拠はないのだけれどねっ!」
かと思うと、急に表情を切迫したものに切り替えて、叫んだ。
その瞬間だった。
ガラガラ、と音を立てて三段目の階段が崩れ始めた。
そう、俺の命綱、ツタの縄が縫いとめられており、リラとアサクラが腹這いになっている三段目の階段が、崩れたのだ。
「うわ! ちょっと待って! 無理! 大剣危なっ!」
さあさあ、落下引きが多いじゃないかって? ええまあ、なぜかちょうど5000文字のあたりでこいつら落下しやがるんですよね。なんで?
でも、キリはいいのでそのままなのです。
――次回予告兼チラ見せ――
「わあ、ここが妖精の住んでるところ!? すごいよ! いっぱいいる!」
――――
では次回。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております――――




