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友達はいないけどゾンビなら大勢いる  作者: たしぎ はく
第三部:The_dragon_of_the_thunder_cried_
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第十八話:お茶を淹れたのは

なんでしょうかね、夏バテ? 熱中症? とにかく、最近はやれ雨が降れば風邪ひくわやれ試合があれば熱中症にかかればで、更新が不定期になってましたので……八月からは、四の倍数のつく日の十八時に定期投稿頑張ります。





 ドアを開けると、どうやら城の階段裏、物置に繋がったようだった。


「やはり懐かしいですね、お城」


 雑多に見えるがその実、大雑把ながらもきちんと整理されている物置のドアを開け、アジィが呟く。


「六年振りですものね。マスター・クロエがなかなか召喚してくれないものですから」

「いや、誰もお前がここの城の出身だなんて知らねえから!」

「ふふふ、まあそんなことより、早くお兄様に会いに行きましょう。今はいるのでしょう? 確か、ヒル兄様とバルグサンドールが」


 廊下を、まるでスキップでもしそうなテンションで歩くアジィ。彼女の肩上で黒い日傘が揺れる。……今更だが、片時も日傘を離さない彼女の肌があれだけ健康的に小麦色なのはなぜなのだろう。


「あ! これ、私が三歳の時に転んで付けた傷ですよ! 咄嗟に爪を出してしまって、この壁全部消滅しちゃったんです」


 弾むような声の彼女が指差すのは、城の長い廊下の壁。石作りのそれには、アジィが示す部分に線が走っていた。丁度その部分だけ、壁を後から付け足したような……


「えっ」


 思わず声に出た。

 転んで……壁に、爪を立てただけで……これ?

 微妙に壁の色が異なるので、注意して見てみればよくわかるのだが……どう見てもこの新しい壁の部分、少なくとも廊下の突き当たりまでは続いているぞ……?

 突き当りまではまだかなり距離がある。


「まあ、まだ三歳の時でしたしね……私も、未熟だったのです」


 そういう彼女の笑み。いつもと変わらない優しいそれに思えるが……廊下の薄暗がりのせいか、それとも昔を思い出してか、悲しみが滲んだように見えた。

 彼女にはもう、雷帝龍の力は無い。


 それからしばらくは、無言で廊下を進んでいった。

 廊下を歩く微かな足音だけが城の石壁にやけに響く。


「……サンには会いません」


 ヒルデサンドールの書斎までもうすぐ、といったところで、その静寂は破られた。彼女が、おもむろに口を開いたのだ。


「折角なのに会わないのか?」

「私が迂闊にサンに会えば……暗示が、解けてしまう可能性が――」


 ――時折、運命というものについて考えさせられる時がある。

 どうして、席替えで隣になりたいと思った人とは隣になれないのだろう。どうして、別にどうでも良い懸賞にばかり当たってしまうのだろう。どうして、細心の注意を払っていたはずなのにケアレスミスをしてしまうのだろう。

 どうして――


「クロウ、お前、どこ行っとったん、じゃ――え? ヨル……姉?」


 運命、などという一言で片付けるには少し納得がいかない現象が、多々ある。

 だが、それでも、運命という言葉でしか説明できない現象も、往々にして良くあるのだ。


「サン……」


 その日、俺の知る限り初めて、アジィアステの日傘が彼女の肩から落ちた。


          ☆☆☆


 ユージュが、さっぱり現状が分かりません、という表情を浮かべている。

 場所は書斎であった。

 執務机の奥にヒルデサンドールが座り、その奥でバルグサンドールが壁にもたれかかっている。

 サンはその隣で用意してもらった椅子に座り、不安そうに視線を彷徨わせていた。その隣にはユージュ。


「サンには、席を外してもらえませんか」


 アジィアステが声を作った。

 俺はその隣に、居心地悪く佇んでいる。虎姫も同様だ。


「……サン」

「なっ、なんでや!? 久しぶりに帰ってきた思たらロクに話も聞かせへんで席外せやなんて――」

「サン」


 ヒルデサンドールが再び発した言葉に、サンは口を閉じた。露骨に舌打ちを残し、部屋を後にする。


「ユージュ、サンの相手をしてやってくれないか」

「……説明は、後でちゃんとしてもらうのかしら」


 昨日も二人でいたらしいし、彼女にサンを任せておけば安心だろう。何が起こったのかなんて、それこそかいつまんで説明すればすぐだ。


「その恰好の事も含めて、ちゃんと、説明してもらうのかしら」

「……待ってやっぱり待って! 着替えの時間下さい! 無理があったんだ! 改めて指摘されたことでこの場で女装でいる自分が恥ずかしい!」


 俺の提案は却下されました。


 ユージュがサンを追いかけて部屋を出る。 

 自分の前に虎姫を立たせ、俺はできるだけ身を小さくする。


「……それじゃあ、話を聞かせてもらおか」

「待って! 女装に至るまでの経緯を説明させてください! さっきから気を遣ってくれてたのがやっぱりいたたまれないです!」

「御主人様……話が、進まない……」


 元はと言えばお前のせいだろうがあ! と、叫び、何事かとメイドが顔を出したがそれでも俺に弁明の時間は与えられなかった。ちなみに虎姫もまだ「トラキ選手」の格好そのままである。いや、お前はまだ良いよ、普通に似合ってるもの。でも、女装(おれ)はダメだと思うの。


「でも……着替え、ない……から」

「……か、貸そか? すぐに用意させるけど」

「良い……まずは、話が先……だか、ら」


 ヒルデサンドールが服を用意しようとしてくれたが、虎姫がその提案を一蹴。かくなる上は、さっさとこの場を切り抜けて服を着替えるしか……!


「それじゃあまずは、ここに至るまでの経緯を説明します――」


 不本意だが女装についての詳しい説明は省略し、闘技場での一件を事細かに報告する。

 時折アジィアステの補足に助けてもらい、大体すべての説明が終わった後、ヒルデサンドールは思案気な顔をした。

 そこに畳み掛ける様に言う――


「お爺さんの……前雷帝龍の死の真相を、話してくれませんか」


          ☆☆☆


 アジィアステの話した内容とヒルデサンドールの話した内容は大体が一致した。

 だから、俺が特に注意深く聞いたのは、アジィアステが前雷帝龍を殺し、ヤマト・タタールに帰ってからの話である。


「その、死んだ前雷帝龍は……」

「一族に代々伝わる墓場に埋めたよ?」


 それって、もしかして。

 俺の脳裏に浮かぶのは、ある場所。この城に辿り着く前に通った、龍の墓場――


「そのお墓って、どういうところにあるんですか?」

「ん? いや、なんというか……そやな、綺麗なところ。うちの城の裏手にあるんやけど、初代雷帝龍から前雷帝龍まで全部の遺骨が納まっとるワケやから、その影響か年中花が枯れへん不思議な場所や」

「……花畑の中に立ってるんですか?」

「ああ、まあそうやな、大理石のええやつ」


 俺の記憶の中の龍の墓場とは大きくかけ離れているその様子に、もしかしたら違う場所なのではと思い、場所を尋ねてみた。


「城の裏側にある。今日は無理やけど、明日はちょうど七回忌やし……墓参りついでに案内しよか」

「城の裏側って、もしかして道が続いてます? その、墓場まで」

「続いてるよ。というか、(イルアール)から城を通って墓場に続く道しかないで? この辺」


 それって……やっぱり、俺たちの通った龍の墓場……だよな?


「ちなみに、その場所に名前とかってついてますか? 龍の墓場――みたいな」

「まんまその通りやで。まあ、それじゃああんまりにも味気なさすぎるっちゅーんで、美しヶ(アジィアステの)丘ゆう名前も一応ついてるにはついてるんやけど。サンとか多分、こっちの呼び方しか知らんちゃうかな」


 なるほど、と、相槌を打つ。

 結局、その日はそれ以上有意義な情報は得られなかった。

 明日は実地調査である。


「とりあえず、部屋に戻ります」


 告げて、虎姫を連れて部屋を後にした。アジィアステも後をついてくる。


「もう解いて良いんじゃないか?」

「了解です」

「……やけに物音が聞こえないと思ったら――結界を張っていやがったのかしら」


 ヒルデサンドールがアジィに命じ、ユージュが部屋を出た時くらいに執務室に遮音結界を張らせていたのである。万が一にでもサンに話が聞かれたらまずいと考えたらしい。

 警戒しすぎだなんて思わなかったし、結果それが正解となった。

 部屋を出てすぐそこに、ユージュとサンが待機していたのだから。


「お姉ちゃん。……ヨル姉」

「……なんですか?」

「その肌、なんやそれ」


 相変わらず微塵も崩れない、完璧な笑顔。完璧すぎるがゆえに、逆に痛々しさが滲む。


「肌、ですか?」

「六年前――僕が最後に見たヨル姉の肌は、そんな黒なかった。真っ白やったやん! 自慢にしてたやん!」


 この距離で、叩き付ける様に叫ぶサン。

 それに対するアジィアステの反応は、


「それで? だからなんだというのですか?」


 という、まるでサンを突っぱねでもするかのようなものであった。


「家出してる間に……何があったんか、僕には話してくれへんの?」


 僕には……ってことは、サンは、先程の会話をアジィが家出している間の話だと思っているのか。下手に勘ぐられるよりは、マズイところは省いて聞くに良いものをでっち上げてでも話した方が良いんじゃないか? と、アジィに視線を送る。


「そうですね……では、少し話をしましょうか。……お茶でも、飲みながら」


          ☆☆☆


 拝み倒してユージュに服を出してもらい、着替える時間をおいて俺たちは城の外に出て来ていた。


「やっぱり水が無いわけねここ」

「当たり前かしら。丸一日虎姫にかまけていたのだし。ほんの数時間のつもりがどうして丸一日にまで延びたのかしら」


 アジィがお茶会の場所に選んだのは、こともあろうに枯れた貯水湖の草原であった。当然水は無い。時折吹く風に短い草が揺れた。


「そう……すごい、激しい……戦い、だったから……」

「夜のかしら!?」

「違うわ言葉通りの意味だ!」


 一体どこから出したのか、五人くらいは悠々席に着ける大きなテーブルをセッティングするアジィアステ。まあどこから出したのか、というかユージュに出させていたのだけれども。いつかヤマト・タタールでお茶会をした時の様に、ビーチパラソルみたく大きな日傘も付いている。

 ポットからティーコゼーを取り、あらかじめ温めておいたカップに注いでいくアジィの表情は、珍しく真剣そのもの。まあ、元は城に住むような皇帝一族出身だし、こういうお茶会的なものにはうるさいのかもしれない。いや、それにしても姫が自分で紅茶淹れるか? 知らんけど。


「私は、ヤマト・タタールでテロをやっていました」


 サンが紅茶噴いた。俺も噴きそうになった。


 丁度俺たちが紅茶に口を付けた瞬間を見計らっての発言だった。

 暑いからとアイスティーにしたのも作為的なものに思えてならない。もしこれが淹れたままの熱い紅茶であったのならば、吹き出せるほど口に含みやしなかったものを。

 ごほごほと涙目になりながらむせるサンを、アジィは笑顔で見つめている。……うわあ、楽しそう。


「い、い、いきなり爆弾やなあ……」


 口元を手の甲で拭いながら、サンは何とかそれだけ言った。


「最初に凄いことを言っておけば、後は何を言っても驚かないかなあ、と思いまして」

「いや、それはそうやろうけど……ほら、順序! いくらなんでもいきなりすぎるわ! せめて軽い前置きみたいなもんをやな……」

「大きくなりましたね、サン」

「それ! そういうのを先にやって! でも今はテロの話が気になりすぎて前置きに気ィ割かれへん!」


 驚くほど渋みの少ない紅茶を味わいながら、俺は、まるで他人事のように二人のやり取りを見ていた。いや、実際には他人事ではあるのだけれど、というかそういえば、二人が話をするのに俺たちが同席している理由がわからないのだけれど、とにかく紅茶美味しい。

 以前ヤマト・タタールでユージュが淹れてくれたものも相当美味しかったが、アジィの用意したものは茶葉が違うのか、まるで異なる風味である。


「凍霊龍の弟子になり、私はその力を手に入れました」


 そして――と、闘技場で話したようなことを、たまにぼかしながらアジィは語った。


「そして私はマスター・クロエに出会い、殺されて下僕になりました」


 サンが紅茶噴いた。先程見た光景とまるで同じであった。

 布巾で濡れたテーブルクロスを叩きながら、サンは動揺を隠せないでいる。


「こ、ころ、え? は!? ヨル姉が? し、死んでるてこと? え?」

「落ち着いてください、サン。私は死にましたけど、こうして現界しています。マスター・クロエのゾンビとして」

「く、クロウ、どういうこと?」


 サンがこちらに助け船を求めて来たので、紅茶のカップを置いて俺は口を開いた。


「そういえば、言ってなかったっけ? 言ったような気もするけど、俺、ほら、死霊術師だから」


 言外に、殺した魂を下僕にして操れる――と、告げ。

 サンは生唾を飲みこんだ。


「アジィアステ――えっと、お前の姉、ヨルグサンダーは、俺の大切な人を殺したんだ。だから、殺した」


 サンが紅茶略。なんでお前は毎回紅茶口に含んでるんだよリアクション芸人か。


「ちょっと――整理、させて? ヨル姉を……クロウが、殺した。これは事実なんやな?」


 正面、まっすぐに突き刺さる双の視線。言葉にされて改めて問われると、返答に詰まる。


 俺は、大事な人を殺されました。だから、俺はその犯人を殺しました。

 では、その犯人の家族が、俺を殺したいと思うのは――自然なこと、だろうか?


「クロウ……ヨル姉が悪いことしたんはわかってる。でも……今ここにおるんかって、『生きとる』ヨル姉ちゃうんやろ。ホンマに……殺す必要、は――」

「あの場面で、殺さなければ」


 サンの言葉を掻き消す様に、俺は言葉を発していた。あるいは自分に言い聞かせるように、あるいはサンを諭すように。もしかしたら、彼女の言葉の続きを無意識に恐れたのかもしれない。


「俺は、アジィアステに殺されていた」

「正当防衛、か。ホンマに……なんで……ヨル姉! なんでや! 一体何をしたんや!」

「そんなの――そんなもん。凍霊龍の後を継いだ小娘が気に食わなかった――それだけじゃボケ」

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