第十五話:八尾
虎姫は蜜の女皇という種族である。
この種族には、力を発揮するために他の生物の「精気」を吸う必要があった。虎姫は俺に対するスキンシップ、例えば手を繋いだりとかで少しずつ吸収していたわけだが、昨晩俺が牢屋に入れられ面会謝絶となったためにその分の精気が切れてしまっていたようである。
ちなみに、あくまで人型の状態で怪力を発現する場合にのみ精気は必要なのであって、以前までの様に、自分の事を虎人だと思い、またそのように振る舞っていた時は精気をあまり必要としなかった――ゆえに、力さえ使わなければ精気が足りなくなることも無いとは思うのだが、どうやら、日常的に俺から精気を吸っていたから軽い欠乏症、あるいは禁断症状とも呼べるものが出ているらしかった。
『一体どういうことだ!? トラキ選手、戦奴隷から力を吸い取ったとでもいうのか!? ジャック選手と同じ――いや、それ以上の速度で動いている!』
いや、そりゃまあ、戦況は大きく覆るわなあ、と、どこか他人事のように虎姫による虐殺を眺める。一方的なジェノサイドゲームであった。虎姫が姿を消す。キリックの鎧が大きくへこみ、壁にめり込む。打撃を防御しようとしたセイラの大剣が折れ、しかしその衝撃はまるで死なず、やはり後ろに大きくノックバック。キリックと重なる様に倒れ、戦闘不能。
さすがにジャックは、一撃目を命からがら避けたものの、二撃目三撃目を反応できずに喰らい、倒れた。
『…………ハッ!? しょ、勝者! トラキ選手! 思わず実況を忘れて見入ってしまいました! 一瞬! 一瞬で勝負がつきましたよ!?』
刹那の静寂、そして大歓声。虎姫は恥ずかしそうに身を縮こまらせただけで、それには応えない。俺のほうに歩いてやって来て、一言、
「勝った……次、は……クロエ、の……番」
そう言ったのであった。
☆☆☆
『まだトラキ選手の圧倒的強さに興奮が醒めないのですが、続きまして戦奴隷部門です! 今回挑戦してくれるのは先程挑戦者部門で勝ち残ったトラキ選手の性奴隷――え? 性奴隷、に、なってますけど、え? 戦奴隷の間違いですよね?』
実況の自問。おそらくこの後に自答が返ると思うので、俺は虎姫に苦言を呈することにした。
「なんで性奴隷ですかこの御主人様め」
「だって……普段、わたしは……性奴隷、だか、ら……」
「そんな扱いした覚えはありませんけど!?」
「願望……そんな風に、扱って……欲し、い……」
その願望のせいで俺が今性奴隷ってことになってますけどそのことについては!?
話しているうちに段々ヒートアップしてきて、ほとんど叫ぶようなトーンで会話する。一方的に。
「クロエ……は、普段はわたしの御主人様……なんだか、ら……もっと、乱暴に……扱う、べき」
というか乱暴して、というようなことを真顔で言うもんだからもう筋金入りだよなというかなんというか。
『トラキ選手? 作戦でも伝えているのでしょうか? ただ、危ないので少し下がっていただきたいのですが』
実況に言われ、虎姫は「じゃあ……さっさと、倒して……ね」と言い残して、俺から離れた。
『トラキ選手の性奴隷、クロエの鎖が外されました。あ、普段は首輪も外すのですが、あの首輪はトラキ選手が元から付けさせていたものですのでそのままとなります』
係員だろうか、俺の鎖の端を杭から外し、地面に垂らした。
身体を起こし、手首や足首を軽く振って体の調子を確認する。少し、いやかなり恥ずかしい以外に不具合は無い――羞恥心が何物にも勝っている現状。
とりあえずメガレンズは憑依させたままにしておいて、他の憑依は敵が出て来た時に臨機応変に。さすがに空の王、海の王の力を使うのはマズいだろう。身分がばれる。
『クロエは片羽のようですが――事故でもあったのでしょうか? 堕天使と悪魔の羽が混在しているということは、かなりの上級悪魔族であると思われますが。ただ、実力はありそうですね。期待が高まります』
実況に指摘された片羽だが、実はこれ、右肩甲骨辺りにゾンビを憑依させたら生えているように見せかけることはできる。まあ、別にそこまでサービスすることは無かろう。
さっさと敵を倒してサンの兄ちゃんに会うに限る。
『それでは他方、そんなクロエの相手を紹介します。八十四戦負けなし、最強の処刑人! グレートテイルだぁ――!』
闘技場に薄紫色に発光する魔方陣が現れ、中から八つ股の尻尾を持つ蛇のようなモンスターが現れた。デカい。頭は幸いにして一つしかないが、見上げるくらい高くにある。
『その強靭な尻尾は、地面を蹴って空を跳ぶ事が出来るほど力が強い! 一撃貰えば必殺の尻尾に加え、その顎に生える牙も凶悪! 今まで何人もの戦奴隷を食い殺してきました!』
なるほど確かに強そうだ。見た目は。ただ、のろまなように見えるんだよな、図体デカいし。ヒットアンドアウェーでじわじわダメージを与えていけば案外楽に倒せそうではある。
ただ牙や尻尾を見るに攻撃力ばっかりはありそうなので、一撃でも貰うことは避けたかった。
『それでは戦奴隷部門――勝負開始です!』
実況の宣言と同時、地面から幾つか役に立ちそうなモンスターの霊魂を浮き上がらせる。現状俺のスキルレベルでは、身体への憑依は一度に二体が限界なのだ。その一枠をいまだ解除できないドラキュラ、しかも全身憑依に埋められてしまっている以上、残った一枠を他のゾンビで換装するしかないわけなのである。
『開始早々動いたクロエの周りに、浮かぶのは人魂だ! 可愛い見た目と反してホラーな女の子なのか――!? 戦慄が走ります!』
女の子じゃねえよ。内心で毒付きながら、メガレンズとウォールタートルを換装。右腕に憑依させると、巨大な亀の甲羅が出現した。ウォールタートルはやたらと防御力の高いだけの巨大カメだ。ヤマト・タタールから浮上する際に何匹か狩らせていただいたのである。
動きも鈍重、向こうの攻撃はそうであるがゆえに当たらない。それなのに防御力は異常に高く、戦えば長期戦は避けられないカメだ。
俺はその亀を、その硬さを利用し、盾としてというよりも鈍器として使用する。
甲羅だけの召喚で中身がスカスカだからか、やけに軽い甲羅を振りかぶり、地面を蹴って飛ぶ。狙うは顔面――
『あれは――なんだ!? 何もない所からクロエちゃんの体を隠すくらい大きな亀の甲羅? でしょうか? が、いきなり出現しました! 魔法でしょうか?』
魔法にしても、あんなに振りかぶって、明らかに肉弾戦をしようとしているわけですけど、などとのたまう実況席のお望み通り、俺はグレートテイルの顔面に、亀甲をぶち込んだ。大きく傾ぐ蛇の巨体。
『凄まじい威力だ! あのグレートテイルがふらついているぞ!?』
着地、バックステップで距離を取ると、直後に俺が足を置いたところにグレートテイルの尻尾の一本が突き刺さっていた。濛々と立ちこめる土煙に噎せながら、亀甲の憑依を解く。
次に使えそうなのはこいつ――いつぞやの巨虎を足に憑依。全身憑依のドラキュラに俺の容量はほとんど占められているので、両足ではなく右足だけ、それも膝下だけの限定的な憑依だ。筋肉が膨れ上がり、虎姫の髪と同じ色の毛が生える。
左足は自前のままなので、右足を真っ直ぐに伸ばすと数センチ体が浮いてしまう。だからと左足を地面について、右足を後ろに振る。振り子のように後ろから前へ弧を描く右足、その重量に引っ張られるように前へ飛び、一歩。右足で地面を蹴り付け、巨大蛇の頭上に跳躍した。
『今度はなんだ!? 虎の足か!? 凄まじい脚力です! 一瞬姿を消した後、グレートテイルの頭上に現れた! そのまま――踵落としだ! グレートテイルが地面に倒れた姿を今まで見たことがあったでしょうか!?』
右足での踏みつけ。
グレートテイルの頭が地面に突き刺さる様に飛び、倒れた。俺はそのまま重力に引かれて下へ。右足から着地、スカートがはためく。そういえばかなり無造作に戦っていたけれど、これ、スカートとか気を付けた方が良かったのだろうか……?
『しかしグレートテイルは――まだ、死んでいない! 戦奴隷部門は、どちらかの命が尽きるまで勝敗がつくことは無いのです!』
グレートテイルを完全に倒してしまうまで、この戦闘は終わらない。
眼前、地面に倒れ伏すグレートテイルの体が裂けはじめた。尻尾が八本、それぞれが独立してうねり、身体を分裂させていったのだ。
『一、二、三……八体! グレートテイル、八体に分裂しました! クロエちゃん――これはピンチか!? ……いえ、彼女なら、グレートテイルを地に伏せた彼女なら、きっと倒してくれるでしょう! 更に期待が高まります!』
前方百二十度くらいを囲むように八尾の蛇が鎌首をもたげている。
先程一体と戦った時の感じであるなら、八体に増えようが六十四体に増えようがあまり差は無いように思えた。グレートテイルは、確かに並みの実力で相手をするには強いかもしれないが――所詮空の王ドラキュラを憑依させた海の王には敵わない、そういうことである。
右足の虎の憑依を解除し、俺は「奴」を召喚した。
アジィアステ――召喚に憑代を必要とする、手持ち最強の下僕。
相変わらず蜂蜜のような金髪は美しく、小麦色の肌は滑らかで、その身を包む黒いドレスは妖艶、頭の右側に付けられた骸骨のお面は恐怖の権化――
『おっと!? これはどういうことだ!? クロエちゃんが魔法を使った痕跡はありますが――人型のナニカを喚び出したのか!? 一体どれほどの上級魔法――クロエ、お前は本当に何者だぁ!? ……いや、なんで戦奴隷なんかに身を落としているんだ!?』
それは虎姫の策略によってだよ。
「アジィ、力を貸してくれ」
「あらあ? ずいぶん懐かしいですね」
アジィは日傘を揺らし、周囲を見渡して言った。
懐かしい――確かに、霊魂状態にあるときはずっと眠っている状態みたいな感じだとドラキュラも言っていたしな。ヤマト・タタールでテロリスト集団を解散させてからずっと喚び出していなかったわけだから、懐かしいのも無理はないかもしれない。
でも、なかなか喚び出す機会が無かったしなあ……
「そうですね、それなら、何もなくともたまに喚び出してください」
「まあ、それくらいなら」
今更人間を襲ったりとかはしないだろうし、しようとしても手綱は握っているし、それくらいなら別に構わないだろう。でも、今はそんなことより――
この蛇、全部倒してくれ――俺が言うより先に、アジィが言葉を作った。
「ところでマスター・クロエ。女装の趣味があったのですか? 可愛らしいですね」
「ほ、ほっとけ! 趣味じゃねえよ! いいからこの蛇共、全部倒してしまってくれ!」
「了解です、ク・ロ・エ、ちゃん」
これ……もしかして、ずっと言われるのかな……
もしそうならもうこいつは喚ばねえ、絶対にだ。
「それではいきますよ――霊衝」
一撃。
圧倒的攻撃力を持ってして、八体すべてのグレートテイルはその命を散らしたのであった。
『つ、強すぎる――! ……今トラキ選手から寄せられた情報によりますと、クロエちゃんは死霊術師だそうです! つまり、その傍らに寄り添う美女も恐らくはゾンビということ! というか日光を浴びても平気なの――え、あ、ドルグサンドール様!?』
『貸せ。おい、お前――クロエ。ちょっと来い。話がある。隣にいる奴もそのまま連れてこい。……おい、お前、俺の部屋まで案内して来い』
実況からマイクを奪い、話したのは細身の男。すぐ後ろに控えていたメガネの女性に命令し、俺たちを部屋に連れてくるように指示――
ほんのイージーゲームとはいえ、まだ勝利の実感も湧かぬうちに、なんと目標の方からお呼びがかかったわけだ。内心でガッツポーズを決める。最悪一回二回勝ったところでチャンピオンとはお目通しも適わないと思っていたのでなんともラッキーだ。
『今まで戦奴隷が勝ったことは無かったからか――クロエにチャンピオンからお呼びがかかりました! クロエ――いえ、クロエさん、正面にある扉から中にお入りください』
とりあえずアジィ以外の霊魂はすべて地面に潜らせる。
チャンピオンことサンの兄、ドルグサンドールの指示に従ったわけではないが、アジィを残したのは一応警戒としてだ。
「クロエ様、こちらへどうぞ」
眼鏡の女性、ドルグサンドールの秘書だと名乗る彼女の後をついて、闘技場の狭い通路を歩いていく。一度実況席まで行き、アジィの正当性を説明していた虎姫も合流、アジィと三人でチャンピオンの部屋に向かった。
ノックを四回。
飴色に磨かれた重そうな扉の奥から、声が届く。
「入れ――」
聞く者を威圧するような、太く低い声だ。
俺は一度深呼吸して気を引き締めると、ドアノブに手を掛ける。
「失礼します――」
※アジィアステの名前をアジィエステと間違っていたのを修正しました。
――次回(※まだ未定)――
「俺がドルグサンドール……この闘技場のチャンピオンだ」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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