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友達はいないけどゾンビなら大勢いる  作者: たしぎ はく
第三部:The_dragon_of_the_thunder_cried_
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第十四話:不調

 トラキ。

 虎姫がこの闘技場・挑戦者部門に登録するにあたり用意した偽名である。まあ虎姫を無理矢理音読みしただけなんだけれど。ちなみに、本人がトラさんと呼ぶことを強要するので、闘技場スタッフも彼女のことをそう呼んでいた。

 性別も男と偽っている。本人は面白がっているだけかもしれないが、俺は良い迷惑だ本当に。だって彼女がそう登録したせいで、俺は女装で男であることを隠しながら、女として戦うことになっているのだから!


 そしてそんな第一戦。

 日によって戦奴隷部門は行われないこともあるため、正午きっかりに挑戦者部門が行われ、その後に、もしあれば戦奴隷部門が行われる運びとなっていた。そのため、現在は虎姫の初試合である。

 俺はその様子を、闘技場の隅で鎖に繋がれて観戦していた。一応スカートであることに気を遣ってゆるめの胡坐である。体育座りとの中間みたいな。


『――と、いうわけで! 本日挑戦者部門に登録してくれたのは五人!』


 実況の宣言に会場が盛り上がる。


『まずはこの男! デビュー以来勝ち知らず! しかし死なない不死身の男――イブ! 今日こそは勝って俺たちに夢を見せてくれ――!』


 普通こういうのって負け知らずみたいな感じで紹介されるものじゃないのだろうか、という俺のツッコミは当然誰の耳にも届かない。

 ローブのフードを目深に被った魔導士風の人型が杖を振り上げた。


『続いて本日二回目、一番チャンピオンの近くまで行った男――キリック! 一年前、初出場でいきなりチャンピオン戦まで行った「奴」が奇跡の復活を遂げて帰ってきた! 今回こそは上り詰めてくれるのか――!?』


 頑丈そうな鎧を着こんだ男。

 機動性に欠けると見た。虎姫の敵ではないし、そもそも、鎧如きでは虎姫の怪力をどうこうできるはずもない。こいつは無いな。


『見よこの美貌! 戦うのをやめて俺の嫁に来てくれ――! え、あ、実況席に物を投げるのはやめてください! ……失礼しました、戦女神、セイラァァァァア・マルチネェェェスッ!』


 ビキニアーマーのようなものに身を包んだ、やたらとスタイルの良い女性がその体に釣り合わない巨大な大剣を掲げた。男どもの野太い歓声が上がる。こいつも虎姫の敵ではない、と。あの大剣を振り回しながらでは、虎姫の動きにはついて来れまい。

 だから、可能性があるのなら次の男だ。


『今大会で初出場にして大会史上最速! 競技前計測で過去最高速度を出した男! ジャァァァック・ドムロン!』


 挑戦者部門では競技前に身体能力の計測が行われるらしい。明らかな雑魚が参加して来たら興が醒めるからだろう。

 その速度計測において虎姫の上をいった男、ジャック。もしもこの面子の中で虎姫が苦戦するなら、こいつだけだと予測する。身体にピタッと張り付く薄い服のみを纏い、逆立てた髪は緑に染め上げられていた。


『最後――同じく初出場! 競技前計測で全種目において基準値ギリギリ、やっとの思いで登録できた若旦那! トラさんこと――トラキ!』


 灰色のスーツ、虎柄のオールバック、色眼鏡。

 やけに脱力した様子で座り込んでいる虎姫。されどその美貌に女性陣の黄色い悲鳴が闘技場を揺るがした。

 ……競技前計測、基準値ギリギリ?

 手を抜いていたのだろうか? いや、それにしてはぐったりしすぎだし……


『というかトラキ選手大丈夫ですかね? ちょっと体調が悪い様に見えますが……』


 本当に体調不良なのか? 少し心配である。何とか立ち上がったが、明らかに様子がおかしい。今にも転倒しそうなぐらいにフラフラである。

 実況の心配を煽るような演説に、再び飛ぶ女性陣の「頑張って」コール。


『チッ』


 おい実況この野郎、マイクの電源オンになってますけど。


『イケメンは死ね。イケメンに媚びるブスどもはもっと死ね』


 マイクの電源オンになってますけど!?

 再び実況席に投げ込まれる、スコールのようなゴミの嵐。ちょうど実況席は俺から反対側にあるので、まるで他人事のように見ていられる。ここはセイラの待機場所と違ってその流れ弾が飛んで来ないから安全だ。というか実況席の方向に飛ぶ物の半分くらいはセイラの方に向かって飛んでいるような。男どもの視線を釘付けにする女への羨望、嫉妬……女って怖い。

 ちなみに、そのセイラよりスタイルが良い虎姫は、男装するにあたりサラシで胸を平らに見せかけている。少し大きめのスーツのおかげであの巨乳が完全に収まり切っているのだ。今やどこからどう見ても虚弱な美男子である。オプションで貴族の子息という肩書きまで付いて来そうな輝きのオーラをすら纏っていた。というか設定上は「そう」なのだったか。


『実況席に! 物を! 投げ込まないでください! 俺が悪かった! 俺が悪かったから! 皆可愛いよごめんな!?』


 手のひらを返してそう言う実況者に、さらに増えるブーイング。


『どうしろって言うんだよ! ……失礼、取り乱しました。それではルール説明――は、不要だ! 戦え! そして勝て! フィールドに立つ者は自分以外が全員敵だァ――ッ!』


 え、ちょっと待って、その言い方だったら俺も危険範囲内なんだけど。思い切りフィールド内なんだけどここ。もしかして攻撃がこっちにまで来る――!?

 そんな俺の危惧を無視して、競技の準備は着々と進んでいき、そして。


『それでは野郎共! 準備は良いか!』


 地響きのような歓声に、揺れる闘技場。


『イルアール闘技場挑戦者部門――競技、開始!』


          ☆☆☆


 最初に動いたのは、セイラであった。右隣にいたイブを大剣の腹で殴打し、弾き飛ばす。衝撃をまともに喰らったイブが吹き飛び、フィールドの壁にめり込んだ。

 そのまま起き上がらない彼に、実況がテンカウント。


『テン! 十秒! やはり今日も勝てなかった! イブ、ここで敗退です! 競技前計測では毎回良い記録を治めているのに、大会になると緊張してしまうのか――!?』


 会場のそこここで、実況の言葉に笑いが起こる。

 イブが担架でフィールド外へ運び出される間も、セイラは進軍を続けていた。まっすぐにキリックの元に向かい、恐ろしい速度で放つ大剣の斬撃が重鎧に迫る。


『おっと!? キリック選手の鎧は去年とは違うものだ! 防御力が格上げされている! なんと――今まで断てぬ物などなかったセイラ選手の大剣を阻んでしまったァァア!』


 再び沸く会場。

 キリックは緩慢な動きで、鎧にめり込んだ大剣を籠手に包まれた手で掴む。そして握力だけで剣ごとセイラを持ち上げた。凄い勢いで得物を離す暇すらなかったか、それとも持ち上げるまでのスローな動作に惑わされたか、セイラの見るからに軽そうな体は大剣ごと空を舞う。

 落ちてくるところに全力の一撃を打ち込まんと構える重鎧に、しかし亀裂が走ったのはその時であった。


『おや? ジャック選手が見当たりませんね。一体どこへ姿を消したというのでしょうか!』


 実況の声。

 彼はジャックを見失ってしまったようだが、俺は完全にその眼に捕らえていた。憑依――メガレンズ。やたらと巨大な目を持つお化けトンボである。こいつを目に憑依させることで、ある程度の視覚強化を得られるのだ。ちなみに見た目的には、瞳が拡大し、白目がほぼ無くなるという気持ち悪い変化。

 閑話休題。それでも、二倍になるかならないかといった強化ではあるものの、あるのとないのとでは大違いである。なお高速で移動するジャックのことを見ていられるのだから。

 とは言ってもしかし、瞬きすら許されないような凄まじい速度でジャックは戦場を舞っていた。


 鎧に包まれたキリックに背後から近寄っていき、手前で一瞬だけ減速。何をしたのかまではさすがにこの距離では見えなかったが、ジャックが手を触れた瞬間、鎧に大きな亀裂が走ったのである。

 ヒットアンドアウェー。キリックに一撃を入れた後、ジャックは再び速度に乗り、その姿を消した。


『開幕と同時に動いた四者に比べ、トラキ選手には動きが見られない! 大丈夫でしょうか!? 明らかに体調が悪そうに見えます!』


 実況の声を聞き、しかしジャックから目を切るわけにもいかないので虎姫の方を見ることができない。先程から妙に体調が悪そうだが、一体どうしたというのだろうか。


『ついには座り込んでしまった! ……あの、これ、もうリタイアした方が良いんじゃないでしょうか?』


 そこまで!?

 と、ついジャックから目を離し、虎姫の方を見てしまう。

 ちょうど、その瞬間であった。


「後ろだ逃げろ! 虎姫――!」


 という俺の叫びは、途端に上がった女性陣の悲鳴によって掻き消されてしまう。

 一瞬目を切ったジャックが虎姫の真後ろに現れたのは、俺が彼女に目を向けて一瞬ほど後のことであった。

 刹那の減速。

 無造作に伸ばされた左手が虎姫の背中を押し、彼女の体を弾き飛ばした。弾丸のような速度で飛んだ彼女は十数メートルを転がり、キリックのグリーブに当たって止まる。

 そして再び消えたジャックは、今度はセイラを弾き――

 気付けば、ほんのわずかのうちに。


『お――っとぉ!? これはどういうことでしょうか!? 姿が見えないのでわかりづらいのですが――恐らくジャック選手の攻撃により、他の三選手が闘技場の中心に集められてしまったァ!』


 闘技場は、ほぼ正円の形をしている。

 イルアールの町へと続く橋が架かるのが実況席の方であり、今俺が鎖に繋がれているのはその反対側。その距離はだいたい二百メートル程か。円の直径が二百メートルの正円を、ぐるりと囲むように観客席が並ぶ。それだけ広いフィールドにおいて、今、ジャック以外の三人、キリックとセイラ、虎姫は、わずか一メートル四方ほどの狭い空間に集められていた。

 ジャックがまた現れ、キリックに一撃を入れる。直後反対側からセイラの大剣を突き込み、甲冑と大剣が擦れて火花が散った。まさにその瞬間にも足元に転がったままの虎姫を蹴り飛ばしている。転がる虎姫に、元からバランスが悪い所に足を取られもつれ込むように転倒するセイラとキリック。下敷きになった虎姫がかすかに動く。


『な、何が起こっているのかが速過ぎて見えない! しかし着実に、ジャック選手が他の選手に攻撃を加えていっているのはわかります! 三人を一か所に集めたのはまとめて始末するためだったのか――!?』


 キリックとセイラが転がり身を起こそうとしたところに的確にヒットするジャックの攻撃。そのせいで誰も立ち上がる事が出来ない。

 下敷きになったままの虎姫がなんとか上の二人をどけ、立ち上がろうとしたところに一撃――


「頑張れ虎姫! そんな奴に負けるな!」


 もちろんどれだけ叫んだところでこの距離、それにこの歓声だ、俺の声が届くはずもない。だが、俺の目には、虎姫がかすかに笑ったように見えた。

 気だるげに持ち上げられた左手が、ジャックの拳を受け止める。あわてて離脱しようとしたジャックが拳を引こうとするが、虎姫の握力の前にビクともしない。


『のあ――ッ!? 失礼、変な声が、じゃなくて! 今まで姿を見せなかったジャック選手を、トラキ選手が捕まえた! これは変な声も出るでしょう!』


 捕まえたジャックに、至近距離で咆哮。

 かなり遠くにいる俺の肌にさえびりびりと衝撃が伝わった。実況席のマイクがハウリングする。一瞬静まり返る観客席。

 そして――虎姫は、再び体を横に倒した。口が動く。多分だが、「やっぱ……無理」と言っているように見えた。


『え!? あっ、今素で反応してしまいました! 一見優勢であったトラキ選手、再び体を横たえた!? ジャック選手の拳も離してしまっています!』


 虎姫は本当にどうしてしまったんだ。

 今もやけにしんどそうに胸を上下させている。


『再びジャック選手の猛攻が――いや、始まらない! 先程の一瞬で体勢を整えたセイラ選手とキリック選手の一撃がジャック選手を弾き飛ばした!』

 

 そのままセイラとキリックは、足元に転がる虎姫を邪魔とばかりに蹴り転がした。少し離れたところで孤立する虎姫。対峙するジャック、セイラ、キリック。


『立ち上がったジャック選手――再び姿を消した! それを迎え撃つのはキリック選手とセイラ選手だ! バラバラに戦ったのでは歯が立たない、共闘しよう――常連二人が手を組んだのか!?』


 虎姫は、今や完全に蚊帳の外であった。攻撃によるダメージで倒れたわけでもないし、そもそも皆が皆、闘技場中央で行われる戦いに目が釘付けだしで、動きのない虎姫を見ているような輩がほとんど存在しないのである。


『背中合わせになるキリック選手とセイラ選手を前に、攻めあぐねたかジャック選手が再び姿を見せた!』


 闘技場のほぼ中央で、戦闘は推移していく。

 中央。つまり、虎姫と俺との距離は約八十メートル。それだけの距離を詰めるのに、いくらふらふらな虎姫であっても数分を要するわけが無かった。


『おっとトラキ選手が先頭から距離を取って、鎖に繋がれた戦奴隷の方に近づいていくぞ? あの戦奴隷はトラキ選手の所有品と言うことですが――一体何をしようというのか!?』


 完全に拮抗状態となり、動きが止まってしまった三者の戦いから目を離した実況が、ついに虎姫の行動に目を付けた。

 蹴り飛ばされた後、虎姫は、俺の方に向かって歩を進めていたのである。


「御主人様――精気、を……わけ、て……」

「い、今の御主人様はお前じゃなかったのかよ」

「あ……そう、か。じゃあ……精気を寄越せ、クロエ……かな?」


 話を聞くに、体調が悪かったのは――俺と一晩離れていたために、蜜の女皇(クイーン・サキュバス)としてのエネルギーたる「精気」が足りなかったからのようだ。

 枯渇状態への恐怖に少し青くなっていたと思う――俺に、拒否権など無かった。


 なにせ、今現在、俺の主人は虎姫なのだから。


『あーっとお!? トラキ選手、戦奴隷の唇を奪った!? 一体何のために!?』


 それはまあ――趣味と実益を兼ねて、じゃないでしょうか。

 口を離した虎姫との間に、唾液の橋が架かる。


「ありがとう……クロエ。これで……しばらくは、大丈夫……」

「……勝てよ」

「敬語」

「あ、はい。すみません……」

――次回(※まだ未定)――

『一体どういうことだ!? トラキ選手、戦奴隷から力を吸い取ったとでもいうのか!? ジャック選手と同じ――いや、それ以上の速度で動いている!』

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

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