第十三話:戦奴隷
体調不良で寝込んでました。
すっかり夜も暑くなったことですし、熱中症や脱水症状には気を付け、こまめに水分を補給するようにしましょう(自戒
「あれっ」
しばらく無言で町を歩いていたので、久しぶりに上げた声は間の抜けたものとなってしまった。
それ以上に間抜けなのは――
「いやいやそんなまさか、まさかこの年でそんなことあるわけねえってまさかなまさか」
道行く人々が、突然足を止め、ぶつぶつ呟き始めた俺のことを怪訝な表情で見つめていくのに気付いて、ふと我に返った。思考が口から漏れていたらしい。
また声を出さないように気を付けながら、俺は周囲を注意深く見渡した。
……いない。
どうやら、サンたちとはぐれたようであった。
小柄なユージュが人ごみの中で見つからないのはまあ仕方がないとして、背の高い虎姫さえ見える範囲にいないのである。
完全に一人であった。
幸い現在地が大通りであることはわかっているので、道に迷ったわけではないことが救いか。この年で迷子とか恥ずかしすぎる。
とりあえず落ち着いて、目立つ虎姫あたりでも探そうか――と思った矢先に、背後から声がかけられた。
「御主人様!」
聞き慣れた声に、少し安堵しながら振り向く。
虎姫の声だ。
「急に……いなく、なるから……」
「いや、悪い、色々な店があるからついみ、見入ってしまってですね」
嘘じゃない。
物珍しい店がたくさんあるので、見ていて飽きないのである。
最初の内はサンに気を遣って何も喋らなかったのだが、無言に任せて店を眺めていた結果、そっちの方がだんだん楽しくなっていってしまったのだ。
「ユージュと……サン、は……あっち……」
そう言って歩き出そうとした虎姫の服の裾を、後ろから掴んで引きとめた。
驚いたような無表情で振り返った彼女に、悪戯気な笑みを浮かべて言う。
「闘技場――行く?」
それに対し、虎姫は、少し考えた後で薄い笑みを浮かべたのであった。
「もし御主人様を見つけても、二人が見つからなかったら、十時、に……町の入り口集合……だか、ら……余裕……」
現在時刻は九時少し前くらい。
あと一時間――少し短くないか?
「もし……定時に、私が戻らなければ……その時は、二人で先に調査をしておいて……って、言った……」
なるほど集合時間をバックレようというわけですな虎姫どの。
「そう……ユージュ、とは、じゃんけんで……勝った、から……わたしの……ターン」
「ん? 何の勝敗?」
「ふふ……御主人様との……でーと、の、権利……」
そう言って虎姫は、満面の笑みを浮かべてみせた。
……普段無表情だからこそ、こうしてたまに浮かぶ笑みを目の当たりにすると――なんというかこう、アレだ。落ち着かなくなるよな。
☆☆☆
集合をバックレようというわけだから、サンにバレるわけにはいかない。ユージュはもともと俺と虎姫がバックレるであろうことは知っているので、最悪彼女にバレるのは問題ない。
ゆえの――変装であった、はず、なのだが。
「なんだ、これ」
「敬語」
「え、あ、はい」
俺。女装。
虎姫。男装。
いやいやいやいや。
もう一度自分が置かれている状況について再確認して整理してみようと思う。
俺は今、適当に入った店で虎姫が選んだ派手派手しい真っ赤なドレスを着ている。いや、着せられている。自分から進んで着たわけではない。気付いたら着ていた。そうだ気付いたら着せられていたのだ。ええ、虎姫氏にですな。
足元は黒のパンプスで、少し歩き辛い。これも気付いたら履かされていましたねと後に泣きながら語ろうと思います。だって試着室に押し込められた後、出て来たら靴がこれになっていたんだもの。履くしかないじゃない。
自前である真白い髪は虎姫に結われ、なんというかこう、パッと見は「女子」みたいな感じに仕上がっている。髪飾りは真っ赤な薔薇、口紅は深紅。なんだか踊り子みたいな衣装の俺。
「もうお婿に行かない……」
「行けない……だったら、わたしがもらう、って、言った、のに……惜しい……」
「更に墓穴を掘るわけねえだろバーカバーカ! ぐえ」
現状、再確認。
いつぞやの虎姫の様に、今、俺の首には巨大な枷。そこから伸びる太い鎖の先は虎姫の手の中であり、垂れた部分が地面を擦っている。
その鎖を握る虎姫は灰色のスーツみたいな服装に、色眼鏡、金色と黒の混じった髪はオールバックと、完全にキマっていた。ちょっとヤバい職業の御曹司みたい。
更に俺と虎姫の間には、ただ見た目を変えただけだと態度でバレるから、と、いつもとは違う「設定」が設けられていた。それが「御主人様と性奴隷」なのである。虎姫曰く普段と逆だとか。普段虎姫って性奴隷だったの!? とか言っている間に気付けば首枷はハマっていてですね、ええ。
「なんだか……懐かしい、ね……」
「そうでゴザイマスね御主人様」
俺には敬語が課せられ、虎姫は少し寡黙なイケメン貴族に。
ファンタジーライクなこの世界でスーツは少し浮くのではと思ったが、貴族とかには礼服として着る者も多いらしい。最先端のファッションとして店員に勧められたものを、まるで吟味する素振りも無く「じゃあ……それ、で……」と一発で決めてしまったのだ。
「なあ、虎姫――」
「御主人、様」
「……ご、御主人様……」
「ぐ……あまりの可愛さに……軽く、イった……」
いや、あの……
虎姫は良いかもしれない。女顔の美男子だと思えば普通にいそうな顔である。ただ、俺はダメだと思うのだ。だって、たまに女顔だと言われることはあれどそれでもたまにだし、自分で鏡見ても一発で男だとわか――
「おい兄ちゃん、イイ女連れてるやんか。いくらや?」
「いくら……?」
「そいつや、そいつ」
え、俺?
女? え?
「ワシに売ってくれへんか? こんだけでどや」
提示されたのは指が三本。
え? 俺買われてる? 女と思われてる?
虎姫が一見悪そうだから、奴隷商か売春斡旋人なんかに間違われているってことか?
「エライベッピンさんやん。この辺の出身ちゃうんやろ?」
「この子、は……わたし、の、奴隷……だから、売れ、ない……」
「あ? なんやなんや、お前も買って来たとこやったんかい! 羨ましいわあ、飽きたら売ってな!」
そう言って彼は、バシバシ虎姫の肩を叩き、ひとしきり笑ったあと去っていってしまう。
なんというか……こう、初めて身の危険を感じました、というか。
「なあ、虎姫……俺って、そんなに女に見え――ぐえっ」
「け、い、ご……」
「ご、御主人様。俺ってそんなにお、女っぽいでしょうか」
あとで覚えてろよ……って思ったけれど、仕返しをすればそれはそれでコイツの思うつぼな気がする。もしかしてそれを狙っているのだとしたら、後でこの設定が無くなったときは虎姫にうんと優しくしてやろうと思った。
非常に恥である。
耳まで赤くなったのを自覚、ぱたぱたと手で仰ぐもまるで緩和されず。
「うん……ク、ロウ? クロウ……う、えっと、クロエ、かわ、い……」
俺の事を何と呼ぶかで迷い、服装を見てクロウがクロエに変わった。名前まで女っぽいではないか。いや、今はそうじゃなくて、明らかに言うべきことがある。
「女っぽいかどうかは!?」
そこが一番気になるんですけど!?
完全に女に見えるのならまだいくらかマシだが、男にしか見えないのなら「女装で歩いている」、つまりは女装癖だと思われてしまう。
そうなるともうこの町を歩けない……
「あ……クロウ、じゃない、クロエ、ほら……闘技場、近くに来た……よ」
なるほど完全にはぐらかすわけですね。良かろうならば――ぐえっ。
気を付けて、と言って差し出してくれた手に、首の鎖で引き寄せられて捕まり、橋の段差を超えさせられる。慣れない靴のせいで段差が越え辛いのだ。普段気にかけないようなちょっとした段差にも躓いてしまう。というか慣れるつもりがねえよパンプスにな! ぐえっ。
一人暴れていたら虎姫に鎖を引っ張られたので、大人しく後に続いた。しばらくしてから順応し始めている自分に気付き焦る。女装に目覚めたらどうしよう……あとMにも。
「また、段差……気を、付けて……ね」
「ありがとうございます御主人様ぁ……」
泣いた。
さめざめと泣いた。
鎖に引きずられながら。
☆☆☆
そして俺は今、牢屋の中にいました。
どうせ鎖には引きずられて道には迷わないんだからと、顔を伏せて涙を飲んでいたら気付けば牢屋でした。
「頑張って……ね……」
「え!? 何をですか御主人様っ!?」
牢屋の向こう側から虎姫。
何を――本当はわかっている。
取りあえず中に入ってみようと闘技場に近づいたら、受付のところで「戦奴隷」を連れて来たオーナーだと間違えられたのである。虎姫が。
最初は違う、と主張した虎姫であったが、それならどうして「決闘」が終わった今みたいな時間に闘技場の中に入ろうとしたのか、という問いに窮してしまい、結局俺を身売りした、と。いや、当初の予定とは大幅に違ったけれど潜入には成功できたよ? できたけどね?
「なんで戦奴隷側だコンチキショウ……ッ!」
この鎖のせいでしょうよ……ッ!
忌々しげに己の首から伸びる鎖を睨みつけるも、もちろんそんなことで鎖が千切れようはずもなく。というかこれは、地の王たる虎姫が砂浜の砂を凝固させて精製したものなので、虎姫以上に土属性魔法に精通している者でないと破壊が出来ないのである。地の王以上に土属性魔法に精通している奴なんざいねえよ……
虎姫は何が嬉しくてこんなものを自分の首にぶら下げていたのやら、と首を垂れると、当の虎姫からも先程の俺の言に対する返答があった。
「あ……クロエ、安心して……わたし、も、チャレンジャーの方……だけど、挑戦者、だから……」
言って虎姫は、反対側の牢屋の格子を手でこじ開け、中に入った後再び閉じてみせた。
戦奴隷と挑戦者だったら扱いが違うだろ……!
先程説明されたことなのだが、闘技場には「戦奴隷部門」と「挑戦者部門」があるらしい。戦奴隷部門がよく一般に出回っているイメージの部門だ。サンに説明してもらったものがそれにあたる。
そして、挑戦者部門というのが闘技場に足を運んだことのない一般人にはあまりイメージの無い方……前日の開催後から当日正午までに集まった挑戦者たちが、己以外全員敵のバトルロワイヤルを繰り広げる、というもの。動物相手に一方的に殺される戦奴隷部門と違い、挑戦者部門は勝敗が分からない分……「賭け」の胴元としての儲けが大きいらしい。
さらに挑戦者部門で何回か勝ち残るか、チャンピオンに直接指名されるかするとチャンピオンと戦う事が出来るため、各地からの強者を自称する挑戦者が絶えないようだ。一応戦奴隷部門でも、もし勝ち残れればチャンピオンとの挑戦権を得られるらしいが、しかしそもそも、戦奴隷は過去、勝ち残るどころか生き残った者すらいないという。
「ふ、ふ、ふふふふっふざっ」
けるな――! と、叫んで、駆けつけた見張りに怒られる。
「あ、困りますよ、トラさん。勝手にそんなところに入ってもらっちゃあ。挑戦者の方はちゃんと待合室が用意されているんですから、そちらで待機なさってください」
そう言って虎姫を追い立て、俺の方には一瞥もくれず立ち去っていく見張り。
余りの扱いの差になんだか笑えてきた。あと腹が立ってきた。
こうなったら……こうなったら……
「絶対にチャンピオンぶっ殺――あ、すいません」
うるさくすると見張りに怒られるのである。
☆☆☆
気付けば眠りに落ちていて、見張りに叩き起こされた時点でもう午前六時くらいになっていた。
正直ユージュたちと合流しないまま行方をくらましているので少し落ち着かないのだが、まああれだ、俺は牢に繋がれているわけだし、不可抗力であると主張したい。
せめて連絡手段があればなあ……
まあ、ユージュの事だから、上手い事誤魔化してくれているとは思うのだが。
「食え」
「ありがとうございますぅ……」
格子の隙間から放り込まれた硬いパンを拾い、何とか口にする。不味い、が、昨日の昼から何も食べていなかったことを急に思い出した腹が、すべて飲みこんでしまった。
「見た所何も持っていないようだな。うちはボディーチェックみたいな面倒なことはしない、暗器を隠しているのなら存分に戦闘に生かしてくれればそれで良い。まあ、その、頑張れよ。どうせ死ぬだろうけどな」
「ありがとうございますぅ……」
どうせ何言っても怒られることから、大体ありがとうございますって言っておけばうまく事が進むことを学習した俺は心の中で泣いていた。心なしか左の羽も萎れている気がする。
「正午になったら挑戦者部門が始まる。戦奴隷部門はその後だ。しっかり準備しておけよ。精々見どころのある死に様を晒して笑い者になってこい――いいな?」
「はいぃ、ありがとうございますぅ……」
死ねこの見張り! バーカバーカ!
言葉に出さず、内心ではそんなことばかりを考えているうちに――気付けば、正午すぐ前になっていたのであった。
――次回(※まだ未定)――
『見よこの美貌! 戦うのをやめて俺の嫁に来てくれ――! え、あ、実況席に物を投げるのはやめてください! ……失礼しました、戦女神、セイラァァァァア・マルチネェェェスッ!』
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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