第十二話:負の遺産
もう今更過ぎるから注意とかしない。←
「干ばつについて、ですか? そうですね――」
道案内をしてもらいつつ、色々な人に話を聞いて回る。今、俺たちは雑貨屋の店員から話を聞いているところであった。
今まで聞いたことによると、故・雷帝龍が水を欲している説と周辺諸国から呪いをかけられている説がちょうど半々くらいで、たまに、皇帝家が空の王を怒らせたんだ、という説も出た。もともと空の王の眷属・ドラゴンであったのに、海の王の力である雷を得たことで空の王の怒りを買った。それゆえに、空の王が雨を降らさなくなった――全く事実無根の噂である。
また、いつから雨が降らなくなったのか、という質問には、五年前か六年前くらい、あるいは前雷帝龍が死んだとき、という答えが圧倒的に多く、そしてこちらでも、稀に「この前空の王が視察に来た時」という返答があった。
空の王の……視察?
「私じゃないのだし」
当然俺でもない。詳しく話を聞いてみると、前に空の王の視察があったのは六年前。雨が降らなくなり始めた時期と大体一致する。
しかしその時来た人物――かどうかは定かではないが――は、ユージュではなかったらしい。
では、六年前の時点で、空の王は誰だったのか。
「金髪の女性やった……て、聞いたんやけど」
うろ覚えのサン。当時彼女は九歳であり、あまり記憶にないらしい。昔のことらよう覚えとらんわ、とのこと。
話を聞かせてくれてありがとう、と、言って雑貨屋を後にした。そのまま路地を、サンの案内に従って進んで行く。
「なんか人間嫌いとも聞いたねんけどなあ」
「ということはそいつは人間じゃなかったのか?」
「それはちょっと……僕にはわからへんわ」
金髪。女性。人間嫌い。
これだけで人物を特定することは不可能である。圧倒的に情報が少ない。ただ、これについては城に帰った後でバルグサンドールかヒルデサンドールに聞けば良いはずだ。
「あ、ここの包丁、めっちゃ切れんねんで。触っただけでスパァッ! と」
大通りと大通りの間の入り組んだ細い道のさらに奥の方、こじんまりとした工房のようなところでサンは足を止めた。
「刀とかも作ってるみたいやから、もし武器とかあったら見てもろたら? 整備とかしてくれるんちゃう?」
「私は武器を持っていないのだし。そもそも」
「武器……? 素手……」
ユージュと虎姫が首を傾げる。確かに二人とも、武器は持っていないよな。俺もグングニルをヤマト・タタールに置いてきてしまったので今は武器なし。
打撃系と魔法系ばっかりが集まった結果であった。切断系攻撃に弱いモンスターとかが今後もし出てきても魔法切断攻撃で事足りるし、刃物を持ちたいとも思わないが、鍛冶工房には興味があるので中に入ってみることに。
「おっちゃんどうや、繁盛してるか!」
連続して響く、槌を振り下ろす音に負けないよう叫ぶサン。
それを受けて音が止まり、代わりに濁った声が大音量で返ってくる。
「繁盛してるように見えるか!? 場所悪いわ! 全然客なんざ来えへん! サンちゃんだけやでえ、今日来たのんも!」
「今日は僕だけちゃうで。友達も連れて来たから四人や」
「ああ!? 客来とんのか!? 待ってて今行くわ!」
しばらくして現れたのは、ひょろ長い枯れ木のような老爺であった。上背は高く虎姫くらいあり、しかし身長に反してその腕や足は細く、ユージュの手首くらいしかない。レンズの小さな丸眼鏡を鼻に引っ掛け、だらしなく伸ばし放題の無精髭には白いものが混じる。
滝のように流れる汗を、肩にかけたタオルでふき取りながら彼は口を開いた。
「耳が遠くてすいませんね! 職業柄でして! 話すときは大声でお願いしますね!」
「わかりました。……あ、わかりました!」
「すいませんね、お客様にこんな大声出させてねえ!」
「大丈夫ですよ! 申し訳ないのですが、僕達、今日は冷やかしでしか無いんです!」
彼と同じ声量で喋ろうとすると結構しんどい。腹の底から轟く、太くしわがれた声はかなりの大きさなのだ。ともすれば怒鳴ってでもいるかのようだが、表情はニコニコと優しい好々爺であるので余計に面倒くさい。こちらもそれ相応の礼儀を、敬意を持って接しなければならないからだ。気難しい頑固爺であったなら気を遣うことも無く二言三言話したらそれでサヨナラだったのに。
「冷やかし!? ええよええよ、大歓迎やで! 気に入るもんがあるかも知らんし、そのうえで買ってくれるかもしれへんやろ! どうぞどうぞ、汚い工場やけど好きに見てって!」
客じゃないからと分かったからか、とたんに丁寧な口調がどこかへ行った模様。まあ、こちらの方が気楽ではあるからいいか。
正直、刃物や刀剣の類を見せてもらっても仕方がないので、どちらかというと鍛冶場を見てみたいのだが――
「あ!? ええよ! 大歓迎やで! なんなら打つか!? 弟子にしたんで!」
いや、そんな、弟子にしてもらうのはいいですけど、打つところは見せてくれませんか――そう言うと、横から見とけ! と帰ってきた。言われたとおり横から観察する。
数工程を踏んだ後、俺はある工程が気になった。
真っ赤に熱された鉄を、水につけて急激に冷やす工程だ。
「その水って、どこから手に入れているんですか!」
「ああ!? 隣の国から輸入してるやつやで! 六年前か雨降らんようなって、そんでついには湖枯れて以来、ずっとその国に頼ってんねや!」
作業の手を休めないまま、彼は答えてくれる。俺は、ただの鉄の塊であったものがみるみる包丁の形になっていくのを、感心しながら眺めていた。
「でも最近は水の値段が上がってきてなあ!」
「輸入してるからある程度は向こうの要求飲まなしゃあないんやけど、それでも年々水代があがっとんのは事実やで」
サンの補足。槌を振り下ろす時に声が消えるのはわかっているので、一定間隔で声は途切れている。
突然異常な干ばつに襲われた国。
輸出するくらい豊富な水を持っている隣国。年々上がる水代。
「隣の国ってどんな国なんだ? サン」
「うちの国の西、こっからやったら北西にあるんやけど、シコーベてゆう名前の国。国土の九割が水に覆われてて、水棲系の亜人とかが住んでるらしい。ほんで、ヤマト・タタールとはあんまり関係ないねんけど、よう似た水中国家なんやってさ。魚の王? やったかな? なんかそんな奴が治めてるって」
魚の王……鳥の王みたいなもんだろうか。迦楼羅天ガルーダは、空の王の眷属の中でも鳥を治める幹部みたいなものだから、魚の王は、まあ海の王の眷属とみて間違いないはずだ。
ガルーダが俺の言うこと聞くかというと正直聞かなさそうだが、まあその時はその時。もしかしたら魚の王は話を聞いてくれる奴かもしれないし。
つまりはまあ――こいつとも会ってみた方が良いかもしれない、というわけで。
「できた! 持ってき、あげるわ! タダやで! 渾身の出来!」
「いいんですか? ……あ、いいんですか!? ありがとうございます!」
☆☆☆
「この町を案内し尽くすには四時間じゃあ全然足りへんわ――!」
と暴れるサンを捕まえて、城に戻る。
彼女はヒルデサンドールに会いたくないらしいが、まあよろしく頼まれている俺としては連れて帰らなければ、という感じ。
「それなら明日も案内してくれよ」
闘技場――危ないから行くなとは言われたが、これでも海の王兼空の王代理、危ないことは無いだろう。アジィやサンレベルの敵と遭遇するとも思えないしな。それでもこれが慢心とならないように、ある程度は緊張感を持たなければならないな、と自戒したところで。
「それじゃあ、今日の中間報告です」
夕食の席。上座とかがあるのはなんか対等じゃないから嫌だ、と家出した「ヨル姉」が言ったらしく、机は円形をしている。サンの祖父――前・雷帝龍が死ぬまでは長方形をしていたらしいが、その面影が部屋の形に残っていた。机にあわせて部屋が細長く造られた分、丁度俺が座る席とその正面が壁とかなり近づくのだ。椅子を引いて立てないくらいには狭い。
だから無理に立たなくて良い、とのことで、俺は座ったままで今日の調査結果を報告した。
最後に、明日も調査に行きたいと申し出ると、また馬車を出してくれることを提案される。
「いや、明日は町までの道も調査したいので、馬車はお気持ちだけ」
「あ、そう? それならよろしく頼むな。サンも道案内しちゃり」
「当たり前やろ。兄上たちは忙しいねんから、僕がせな誰がするっちゅう話やわ」
本当は慣れない馬車を避けただけなのだが、そんなことは言わなくても良いだろう。暑いか尻が痛いか、だったらまだ暑さの方が我慢できる。朝に出て夕に帰ればそんなに気温も高くないと思うし。
ということが夕食の時にあり、それらを踏まえたうえで、明日すべきことの会議がサンの部屋で開かれていた。
「とりあえず闘技場だな」
俺がそう提案すると、サンが、
「アカン! 闘技場だけは絶対にアカン! あれはうちの国の負の遺産、ボケ爺が遺した最悪の設備やから!」
と、大声で拒否の意を示した。
それだけ行くなと言われれば、逆に何があるのかが気になるではないか。
「……ちなみに闘技場には何があるんだ?」
「地獄や。メイちゃんとこより何千倍もヒドい地獄が広がってんねん」
地獄……顔をしかめて彼女は唾棄するかのように言った。本当に嫌そうな顔である。というか冥美の冥途喫茶が引き合いに出されているが、本人が聞いたらどんな顔をするのやら。いや、でも、地獄コースとか言ってたしな……
「じご、く……?」
「悪い所とかそんな感じの意味かしら」
「そんな軽い言葉で言い表されへん……最悪の場所や、あっこは。小さいときにボケ爺に一回連れてかれたねんけど、胸糞悪くなる光景しか広がっとらんかった」
結局その日は、明日どこに行くかは決まらなかった。
徒歩で行くことが決まった以上、気温が上がり切らない早朝に城を発つので早い時間に解散、今日はもう寝ることに。
「そんときなんかいろいろボケ爺に言われた気もすんねんけど――そんなもん全部忘れるくらいヒドイ光景しか広がっとらんかったわ」
部屋を出る直前、サンが呟いたその言葉が、やけに耳に残っていた。
☆☆☆
早朝に城を出ると、散歩がてらゆっくり歩いても三十分ほどで町に到着した。
まだ朝を食べてから一時間くらいだというのに、開かれた朝市にはすでに黒い人だかりがあって、方言混じりの罵声や客引きの声がにぎやかに飛び交っている。
「ええ町やろ」
「まだ朝なのに……活気が、すご……い」
集落出身の虎姫が呟く。そういえば集落を出てから行ったヤマト・タタールは大きさの割に物静かな町だったからな。いや、大きすぎて逆に人口密度が下がっていたというべきか。
「僕はこの町、めっちゃ好きやねんけど――」
サンはそこで言葉を切って、すれ違う二人組に目を向けた。
「今日の対戦も痺れたなあ! チャンピオン、ドルグサンドールと挑戦者、マリオンのバトル!」
「すごいよなあ! ……デビュー以来百戦無敗、体に受けた傷は数知れず、でも最後にリングに立っているのはこの男、ドルグサンドール――!」
「それな! そのアナウンス似てるわー!」
身長の高い冒険者風のカップル。漏れ聞こえる、というかモロ聞こえる彼らの会話の中身は、これ、闘技場の……
「めっちゃ、好きやねんけど――闘技場だけは、どうしても嫌いやねん……」
昨日散策した大通りとは違う、もう一本の方の大通り。
そこを真っ直ぐ下ると、海岸から向こう岸まで板が渡してある。向こう岸にある島こそが、サンが嫌う負の遺産――闘技場なのであった。
見れば闘技場の話をしながら歩いていくカップルとすれ違う人たちも、皆一様に嫌そうな顔をして彼らを避けている。
「町の人の四割くらいは闘技場を嫌ってるねんけど、あそこはボケ爺直属の部下が管轄やから、今は皇帝家が手ェ出されへん場所になってもうとる」
完全に無法地帯や――
続ける。
「薬売春違法魔術に人身売買――そんなんやったら何ぼでも検挙できんねんけど、あいつら頭ばっかりはええから、そんなことは絶対にせえへんねん」
まあ、そんなことせんでも「本業」で十分な稼ぎ得られるんやろけどなあ。
顔に怒りの色を滲ませて、こめかみからはスパーク。それを「おっと」と手で押さえて、彼女はさらに言葉を紡いだ。
「本業――要するに、挑戦者をモンスターと戦わせて、それを法外な金取って一般に開放するわけやな。一番戦績ええもんはチャンピオンやゆうて祭り上げられてええ気分になって、ふんぞり返って何連勝かした挑戦者だけが挑戦できる。勝ったら新しいチャンピオンの誕生で、負けたら死……ホンマに、地獄やで」
しかも今のチャンピオンは歴代最低に残忍やから、挑戦者は、死ぬよりもつらい辱めを受けて、自分から死を懇願しても尚甚振られて、そんで指の一本すら動かなくなった辺りにトドメ刺すような――
「ホンマ、最悪最低の――僕の、馬鹿兄貴や」
そう言って彼女は――顔を伏せたのであった。
泣くまいと顔を歪め、彼女は歩くスピードを上げる。
俺たちは、しばらく無言で町の中を歩いた。
――次回(※まだ未定)――
「闘技場――行く?」
「集合時間、は、五時……だか、ら……余裕……」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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