第十一話:オカルト
いざ席に着いてみると、内装がやけにおどろおどろしいこと以外は普通の店内であった。おどろおどろしい点で普通じゃねえよ。
「当店のご利用は初めてですよねっ、お客様っ!」
狐耳の店員が言う。溌剌とした口調で、笑顔の似合う可愛らしい少女に見えるのだが……
「あの、さっき、もし俺たちが普通に席に着いてたら……どうなってました?」
「え? 普通に生気吸ってましたよっ! ……残り寿命が一年くらいになるまで……」
「怖ッ! あとに付け足される部分が毎度怖ッ!」
虎姫がずっと微笑んだまま動かないんだけど大丈夫かな……
ユージュは落ち着いた風を装ってはいるものの、人魂が近くを通るたびにびくびくしているので恐らく内心穏やかではない。そういえば俺も人魂出せるんだけど……ユージュの前で出したことってなかったっけな。
「でも、お客様たちは正解いたしましたのでっ! 生気を吸い取るサービスはありませんよっ!」
「サービス!? どのあたりが!? 誰に対して!?」
「私たち妖魔に対してのサービスですっ!」
客への配慮は!?
……というか、正解ってなんだよ。
「あ、当店は興味本位での来店はお断りですので、やたらと思わせぶりな態度を取ってみても居座ろうとするお客様には『地獄プラン』が適用されるんですっ!」
だから帰ろうとした俺たちは正解だった、と?
それにしても、客を選んでいて経営は大丈夫なのだろうか? あまりよろしくは見えないのだが。
「ああ、別にお金はどうでも良いんですよっ! 私たちは色々な建前をつけて、ただ生気を吸いたいだけですからっ! ……だからお前の生気吸えねえのが残念でしょうがねえよ……」
後半部分はあえて無視して、問うた。
「そんなんでこの店、撤去されたりしないんですか……? 警察……じゃないか、えっと、この国だと自警団? とかに」
「あ、大丈夫ですよっ! 帝国公認のお仕事なのでっ!」
「公認なのかよっ! 客を殺めるような店が!?」
「ええ、ちょっと要職っぽい人が来たら当店は普通のメイド喫茶・ヨミですので――いらっしゃいませ! 御主人様! ――と!」
「ちょっと悪い店だここ!」
何をいまさら、と、九尾の店員が笑う。
「ちなみに――このことを漏らしたら、当然お客様たちも死にますので、くれぐれもよろしくお願いしますねっ!」
なるほど通りで出入り口を防ぐわけだ……
表情が引き攣ったのが自分でもわかったが、今自分がどんな表情をしているのかはわからなかった。
☆☆☆
「えっ!? マンドラゴラの揚げ焼きですかっ!? ……正気ですかッ!? 死にますよッ!?」
「死ぬのかよッ!」
それでも店に入ったのだからと、怖いものみたさで頼んでみたマンドラゴラの揚げ焼き――どうやら、本当のゲテモノだったらしい。
「こちら普通のメニューになりますので、この中からお選び下さいませっ! ……この中の料理なら死なないから……」
この中のものじゃない料理……確かに、壁なんかに貼られている紙に書かれたものは、このメニューの中に見当たらない。
壁に張られている料理はやけに禍々しいものやおどろおどろしいものが多いが、メニューの中の料理はどう見ても普通なものばかりだ。まあ頭に「呪われた」とか「死者の血を使った」とかついてるけど、これはあれだろ、普通のメイド喫茶でいう「メイドが愛を込めて作った」とかと同じ感じのアレだろ。同じ感じであってください。
「虎姫、ユージュ、どうする?」
机の横で漆塗りのお盆を持ったまま、ニコニコと待機中の冥美を横目にメニューを広げた。虎姫も幾分か落ち着いたようで、まだ表情は硬いが受け答えはできるようになっている。あれはもはや慣れというか開き直りなんじゃないかな。
対してユージュは、なんとかいつも通り振る舞ってはいるが汗がすごいし眼の焦点も合っていない。
両者とも、いささか怖がり過ぎでは――
「こ、こ、怖がっ、こわ、怖がってなんかいないのだし!?」
俺はさすがにもう慣れたんだけどなあ。
人魂はよく見れば可愛らしい顔がついているし、冥美は狐耳の女の子だし。やけにぼろぼろの壁から覗く目玉だって天井から滴る赤い液体だって、壁に張られている意味深なバツ印付きの名前のリストだって、全部別に怖がるようなことないじゃないかー。人は、これを開き直りという。
逆に開き直って見てみると、店内、なかなか凝った造りをしているのだ。
「正直……食欲、どこかに……いった……」
「同じくかしら」
「じゃあ俺がなんか食べるわ、折角だし」
ただ、時間が時間であるし、メイン系の物は無理。というわけでデザートのページを開き、目についたものを頼んでみる。その名も「死者の体温並みによく冷えた白いアイス ~処女の生き血を添えて~」。一緒に載っている写真を見るにただのバニラアイス苺ソース添えであるので、まあ大丈夫だろうと判断したのだ。他のはビジュアル的に酷いが、このアイスは見た目は酷くない。見た目より名前で怖がらせるタイプか? これは。
「脳漿アイスですねっ! かしこまりましたっ!」
「ちょっと待ってそんなの頼んでないけどッ!?」
白いアイスというのは、どうやらバニラアイスの事じゃなかったらしい。
虎姫やユージュとぎくしゃくしたまま本当に何気ない会話――今までありがとう、とか――をしていると、すぐに冥美が帰ってきた。
漆塗りのお椀に乗ってきたそれは、やはりどう見てもただのバニラアイス(苺ソース添え)である。
「お待たせいたしました、バニ……えー、あー、バニーちゃんの生き血を添えた死人の脳漿ですっ!」
「今明らかにバニラアイスと言いかけたしフォローしようとして名前変わってるじゃねえか!」
「じょ、冗談ですっ! お待たせしました、脳漿アイスですっ! ……ん、痛……」
透明な器に盛られた白いアイス(多分バニラ)を机の上に置いたあと、冥美は左腕を押さえた。見ると割烹着の袖から包帯が覗いている。割烹着はそんなに袖が長いものではない。だから、先程彼女の腕に包帯があったことなんて見ていないのだが……
反対側の手を使えば良いのに、わざわざ怪我をしたっぽい方の腕で人数分のお冷やを置いてくれる。その度に顔をしかめるものだから、つい聞いてしまった。
「あの、その包帯……」
「あ、私、処女なのでっ!」
「生き血ッ! 生き血だッ!」
よく見れば包帯に血が滲んでいる。
見れば見るほど苺ソースなんだが……え、これ、本当に生き血?
震える手でスプーンを握ったその瞬間、来客があった。はーい、と、冥美がパタパタ駆けていく。
苺ソース(暗示)の余りかかっていない部分のアイスをほんの少しだけスプーンですくい、数秒ほど見つめた後――思い切って口に含む。
「お、あ、クロウやん! こんな店よう見つけたなあ」
「あ、サンちゃんお友達? 合い席にしよっか?」
「お願いできる? 頼むわ」
涙目でスプーンを咥えたままの俺が見たのは、冥美に連れて来られるサンの姿であった。
☆☆☆
サンが爆笑している。
「やっぱりメイちゃんのジョークキツいんやって! クロウとか、完璧に信じてるやん!」
俺は憮然としていた。というかなんか恥ずかしかった。
サンはもう、地面を転がる勢いで爆笑している。
「というわけで再び改めてっ! この冥途喫茶の店長、冥美ちゃんですっ! 九尾狐で趣味は怖い話っ!」
それは普通のバニラアイスの苺ソース添えだよっ! サンの友人であることがわかったからか、それともそれが彼女の常なのか、フランクな口調で彼女は言う。サンと一緒に床を転がりながら。
あ……ちょっと腹立ってきた……!
「ちなみにこの人魂っぽいのは狐火だよっ! 可愛いでしょ、顔がついてるんだよっ!」
ところで、俺は死霊術師である。
机に手を着くと、おもむろに席を立った。
「俺……実は、こういう奴でさあ……」
サンと冥美は笑ったまま。
だから俺の言葉には気づいていない。
俺が振り上げた手に連動して、ゆらあ……と、大量の霊魂が床から這い出した。
ぴた、っと動きを止める床の二人。ユージュと虎姫は机に顔を突っ伏して見ない態勢に移行していた。彼女たちには今からやることを伝えておけば良かったか。
「おいでよ俺の下僕たち……」
十数の霊魂が地面に沈み、代わりに這い出すゾンビたち。それぞれどこかが欠損している、選りすぐりの気持ち悪い見た目の奴らだ。
そいつらが蠢いて、地面で動きを止めた二人ににじり寄っていく――
口に出すのは不気味なテイストの言葉。無駄にシャドウスネイクを右目に憑依させ、邪眼を演出する。左目を手で隠し、出来るだけ髪の間から冥美を睨みつけた。
隠した左目からは血色の涙。液体を操作するのは海の王の領分だが、こういう風に使えばホラーにもできる。用途は無いと思っていたが、水の色を自由に変えられるのだ。
「たかが九尾狐が……俺に敵うとでも思ったか……?」
やっべなんか楽しくなってきた。
「俺を騙そうとした罪……どうして清算してもらおうか……」
左の両翼を広げると、黒い羽根が舞う。
左側だけの、片翼。夜のように黒い堕天使の羽と、闇の様に暗い悪魔の羽。
俺の渾身の演技に、サンは立ったまま気絶して、冥美は顔面蒼白であった。
「……い、命だけは――」
「ならぬ」
「……な、なんでも! なんでもしますからあっ!」
「ならぬものはならぬ」
ぼう、っと、軽く握った左手のひらの中に火の玉を明滅させる。死霊術師として使える一番初歩魔法だが、こうやってこんな風な場面で使えば、こんなことだって――
「これがなんだかわかるか」
「…………い」
全力で横に振られる首。
青白くなった顔を滝のように汗が伝う。
「自分の胸を見てみろ」
「……い、や……!」
あらかじめ人魂をコントロールして、丁度冥美の胸元辺りに漂わせてあった。その点滅は俺の手のひらの中の火の玉の明滅と周期を同じくする。
「これは――お前の霊魂だ」
つまり、今これを俺が吹き消してしまえば、お前はもう死んでしまうのだ――
邪眼の右目だけで見つめながら、言う。
「判決は、死だ。お前には、死んでもらう」
「――や……嫌! 嫌ッ!」
ゆっくりと左手を顔の前に近づけて来て、見せびらかす様に息を吹きかけると――火の玉は掻き消えてしまった。
「イヤア――――!」
狭い店内を振るわせる絹を裂くような絶叫と共に、彼女の胸元の人魂が小さく爆ぜ消えた。
「あ……あ……」
膝を付き、倒れ伏す冥美。
額から床にダイビングするのを慌てて抱き留め、耳元で囁く。
「ドッキリ大成功」
……ん?
あれ? 予想であるなら、ここで彼女が驚くか安堵するか怒るかであったのに――無反応?
「あれ?」
冥美が呼吸をしていなかった。
「待って待って! 本当に死んでぎゃあああ――!?」
突如として目を開いた冥美に、首筋に噛みつかれた!
「私、オカルトとか大好きなのでっ! 本物の人魂とかゾンビが見られて感激っ!」
……どうやら渾身の演技は、無駄であったらしい。
「あ、ちなみに、九尾に噛まれたものは三日以内に身体中腫れあがって死ぬよっ!」
「嘘だろ!?」
「嘘ですっ!」
……どうやら、俺より彼女の方が、何枚も上手であったようだった。
☆☆☆
「干ばつの原因?」
うーむ、と考え込む冥美。
やがて組んだ腕を解き、ポンと手を叩くと顔を上げた。
「そう言えば、先代の雷帝龍の呪いのせいだっていう噂を聞いたことがあるよっ!」
そこでちら、とサンのことを見る。ええで別に気ィ遣わんで、という返事を確認してから、彼女は続きを語り始めた。
「えっと、実は先代の雷帝龍は火に炙られて暗殺されたっていう噂が広まってるんだけど、その話には尾ひれがついていて、どうにも信じがたいことに、焼け死んだ皇帝が水を欲するあまり国中の水を集めてるんじゃいか、とか」
「僕の知っとる限りではお爺様の死因は老衰やねんけどな。百二十年の大往生や」
「まああくまで噂だからっ! 根拠や証拠が無くても、面白ければ広まっていくんだよ、噂は」
彼女の話を聞き、やはりサンのお爺さんについての調査もしなければならないなと思った。
こうやって流れている噂をかき集められるだけかき集めて、それらすべてを調査すればいつか干ばつの原因に辿り着くかもしれないからだ。
「ありがとう、また来るな」
「またオカルト話しようねっ!」
いつの間にか再び出現していた入り口をくぐり、砂浜へ。
「サン、これから暇か? もし暇なら、俺たちの道案内をしてくれないか」
冥途喫茶で「墓の下で熟成させた赤いクリームのケーキ」を食べ終えたサンに聞いた。ちなみに、メニューの名前は相変わらずあれだが、中身はストロベーリーチーズケーキである。
「ん? ええよ、穴場とかいっぱい知っとるから案内したるわ!」
薄い胸を叩いて、サンは答えたのであった。
――次回(※まだ未定)――
「干ばつについて、ですか?」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。




