第五話:雷帝龍
雄んなの子(人外
※すいません前回予告した部分どっかいきました。
火口に沿ってしばらく進んだ辺りで、日が暮れ始めた。右手側にはずっと壁があるだけ――木々の間をカーテンの様に縫う寄生木が、森への侵入を阻んでいる。
「そういえば、この大陸に上陸してからはずっとこうだよな。森ですら道みたいになってる」
虎の集落やなんかがあった大陸では、木々の間をどこからでも森に入っていくことが出来たし……わざわざ林道を通らなくても林を突っ切れば近道になったのだ。まるで本物のRPGゲームみたいな道――というのも、本物のゲームの中にいるはずなのにおかしな表現である。
手で切ろうにもグングニルを使おうにも裂くことはできなさそうなので、この森には入る事が出来ないのだ――俺たちはそう結論付けた。
火口と木々の壁までにはわずかに三メートルの幅しかない。それだけあれば歩くのには十分だが、家を建てるのには不十分――
「だから今日は寝袋かしら……」
「鍵が掛けられる『建物』じゃないから見張りも必要なんじゃないか?」
「それなら……わたしと、御主人様……ユージュと、サン、の、ペアで……」
「異議を唱えるのだし!」
モンスターに寝込みを襲われたら大変だからな。見張りは必要なはずだ。ユージュの出してくれる簡易と呼ぶには申し訳ないほどの立派な家に頼りきりだったから、久しぶりの野宿は堪えそうである。
見張りのペア割りについての議論はヒートアップしているようだった。
「それじゃあもう私と虎姫、クロウとサンでわけようかしら!? どうせクロウと一緒になれないなら、お前を見張っている方がまだ良いのだし!」
「異議……ある、けど……お前と御主人様がペアになるくらいならまだ……そっちの方が、マシ……」
「あっ」
見張り番が俺とサンのペアになったことで思い出した。
サンが女であることを、彼女たちはまだ知らないのだということを。たぶん……言わない方が良いんだろうなあ、保身のためにも。一緒に着替えてるわけですからね。
「なにかしら?」
「いや、気のせいだった。……なんでもない」
どうやらうまくごまかせたみたいだ――
「御主人様……嘘吐いた、ニオイ……」
え!?
そんなことまでわかるの!?
……と、仮に答えたとしよう。というか実際喉まで出かかった。だが、これはブラフ、カマを駆けられたに過ぎない。
なぜなら、彼女がカマを駆けようと思う、すなわち、俺が隠し事をしていることがなんとなくわかった、ということは、反対に、俺も虎姫がなにか嘘を付いたりすればなんとなくわかるというくらいには長い付き合いだからだ。眷獣・血縁で繋がっているのも大きいかもしれない。
「嘘? ついてねーよ」
「……次の町でずっと全裸で行動する……」
「お、脅しには屈しないぞ!」
☆☆☆
完全に日が暮れる。
じゃんけんの結果俺とサンが先に眠ることになり、ユージュと虎姫は、少し離れたところに起こした焚火の周りに移動した。時折薪が爆ぜる音。
「……なあ、あの二人のことどう思ってんのん?」
なにこの合宿的ノリ。寝ろよ早く。
寝返り、サンに背中を向けた。先程まで着ていた衣類はすべてユージュに回収され、今は代わりに薄い生地のシャツとズボン。柔らかい素材の寝袋が気持ち良い。火口の近くであるはずなのに、日が落ちた途端冷え始めたので丁度良かった。ユージュの冷房はすでに切ってある。
「クロウ? 無視せんとってやー」
「早く寝ないとすぐに交代になるぞ」
それだけを発し、俺は完全に寝る態勢に移行しようとして、しかしその言葉に返事が返ってこなかったことを不思議に思い、サンの方を見たらすでにいびきを掻き始めていた。
……いや、寝つき良すぎだろ。
逆にこちらが眠れなくなってしまう。目を瞑って横になっていればいつか寝られるだろうと思っていたのだが、それから数十分ほど経っても俺はまだ目を覚ましていた。
視界が閉ざされると、聴覚なんかは鋭敏になったりするものである。微かなサンの寝息が俺の中の余計な記憶を掘り起こしてしまった。昼間見た光景が脳内にフラッシュバックする。
……眠れない。
とりあえず横になってはいたものの――結局一睡もせぬまま、
「……御主人様……起きて……」
という、虎姫の声を聞くハメになった。
「わたしは今から寝る……」
「後は俺たちに任せて、ゆっくり休め……な……」
「何をされても起きない……」
「ソウダネ、襲い来る外敵が虎姫のところまでいかないように気を付けるね」
そうじゃ……ない、のに……と、残念そうな顔で言いのこし、虎姫は寝袋の中に潜り込んだ。ユージュはもう既にお眠りになられている。
俺はまだぼうっと目を擦っているサンを連れて、焚火のそばに腰を下ろした。
「お爺様……ここは……?」
「誰だお爺様って」
寝惚けてるらしい。
とろんと瞼が半分ほど下りたままだ。
頭もふらふらと揺れ動き、焚火の方に倒れ込まないか不安。
「おい、サン、起きろって」
「……お爺様? お爺様、それは一体なんですの……?」
何かに怯えたように後ずさる彼女の背後には――火口。
あわてて駆け寄り、肩を抱いて彼女の進行を止める。
「嫌っ! やめてッ! 嫌……嫌ぁぁぁあ――!」
口調すら違う――尋常ではない様子のサン。暴れるのでやむを得ず押し倒して馬乗りになり、右肩と左腕で彼女の体を地面につけた。凄い力だ。全力で体重をかけているというのに弾き飛ばされそうになる。
耳元で叫び、呼びかけた。
「サン! おい、サン! 起きろ!」
嫌、とか、やめて、という悲鳴が、怪物のような叫び声に変わっていった。あるいは断末魔の声――
「ぎ、や――――」
辺りが閃光に包まれ、俺は弾き飛ばされた。
地面を十数メートルほど転がり、
「あっぶねえ……」
火口のすぐそばでなんとか体を起こす。
光は、雷であった。
幾重にも折れ曲がる真白い光が、地面や、咄嗟に飛び起きたユージュの防御魔法膜に突き刺さり、煙を上げる。
雷は収束して――そこにいたのは。
龍を無理矢理人型に押し縮めたような、可憐で残酷な異形の姿であった。
☆☆☆
俺は一度眠ってしまえば朝まで目覚めないタイプの人間である。
だから、一昨日目が覚めたときのことはよく覚えていた。なんとなく喉が渇いたなと思いながら食堂まで下り、コップに水を入れて部屋に戻った後は再び眠りについたのだが――その時、俺は聞いたのだ。
確かに、この音を。
――――雷が空気中を走る、鋭い擦過音を。
その時の俺もどうやら寝惚けていたようなので、特に何も思わず眠りにつき、翌日には夢だったのかくらいにしか覚えていなかったのだが……
その音は、どうやらこの音だったらしい。
まるで空気中に電気が溶けているかのよう。身動きするたびに、何もない空中との摩擦で静電気が走る。
全身の体毛が逆向くのがわかった。髪の毛が暴れる。一歩を踏み出すたびにばちばちと複数回静電気、それでも懸命にサンへと近づいていった。
蜂蜜を流したようだった黄金の髪は、すべて逆立ち、一本一本が意識を持っているかのように踊っていた。限界を超えて大きく見開かれた眼の両端からは血が流れ落ち、その瞳孔は黄金色に変色している。
鼻は前に突き出し口は耳まで裂け、鱗に覆われまさしくドラゴンの如き様相を呈す。大きく開かれた口からは声なき咆哮がとめどなく溢れていた。
背中には雷でできた飛膜が生え、同じく雷が集束してできた棘々しく太い尻尾が鞭のように地面を叩き、その度に地表を溶かしてマグマに変えてゆく。
「――何が起こったのかしら!?」
ユージュが叫び問うが、正直答えていられる余裕などない。正確には、電気にやられてまともに口が動かない、か。
その太腿まで、まるでロングブーツの様に黒い鱗が這い、先端は巨大な鉤爪へと変貌していた。元の足の三倍くらいはありそうな、巨大かつ強靭な凶器だ。手も同様、巨大な鉤爪に変形しており、その鱗は二の腕辺りまでを覆っている。
ボロボロに破れた衣服だけを身にまとい、「それ」は、ここに君臨していた。
――――ドルグサンダー・イルアールス・フォン・アインツファイン。
雷帝龍、アインツファインの末裔である。
☆☆☆
背中が弾け、体内から水柱が飛び出した。無くなってしまった右側の二翼の代わり、水の翼だ。
――――戦闘モード。
俺はこの状態のことをそう呼んでいた。これは、敵意を向けられた瞬間に自動で発動する。ということはつまり、今俺は、サンから敵意を向けられていることを意味していた。
左手から水を生み出し、槍の形に纏める。疑似神槍・海神之杭――疑似的に水を変質させることで、本物のグングニルの三割程度の威力を得られる。特殊効果は本家と同じ。コイツを造り出せることが分かったので――俺は、オリジナルの方のグングニルを、ヤマト・タタールに置いてきた。せめてもの海の王の代わりにと思ったのである。
眼前、サンが掻き消える。
移動したのだ、と分かった時には、俺の右側で水蒸気爆発が起きていた。爆風を直接受け、またも吹き飛ばされる。咄嗟に纏った水のヴェールのおかげで直撃を免れていなかったら――今頃俺は蒸発していたに違いない。
それほどまでに、高熱の一撃。
「ぎ、あ、あ――――!」
吠える。
四肢に纏う雷が激しく明滅し、雷そのものである翼と尻尾が二倍ほどに拡大された。
殺すつもりで戦らなければ、殺られる――グングニルを左手で構えると、投擲。威力がかなり抑えられた代わりに、連射が出来るようになったこれを何本も造り出し連続で投げ込んでいく。
しかし、そんなものは、何の意味もなさなかった。
水でできた槍は、着弾すると同時に雷に阻まれ蒸発して消滅してしまう。そして俺は、自分の浅慮を後悔することになった。
「しまった避けろッ!」
サンを挟んで反対側にいる虎姫とユージュに叫ぶ。
純粋な水は不導体だ。電気を通さない。海の王の出す水もそうだ。
しかし、水蒸気となって空気中の微細な塵やなんかと混ざり合ったものは――
「がッ!」
――よく、電気を通すのだ。
激しい雷に撃たれ、地面を転がりながらも身体中が痙攣しうまく受け身が取れない。
それでもなんとか身体が転がるのは止められたが、そこから起き上がることはできそうになかった。視界に「状態異常:強麻痺」と表示される。ダメージを受けた時の硬直時間が長くなり、移動速度が下がるという状態異常だ。強麻痺は通常の麻痺の三倍スタンしてしまう。
その時間――実に十秒。
動けなくなった俺の視界は地面だけに限定されているものの、サンが近づいてきているのが音でわかった。移動の度に起こる静電気の音がだんだん近くなっていく。
あと、八秒。
十秒が無限に感じられる。
「……ァ!」
左脇腹を蹴られ、咄嗟に二翼でカバーしたもののほとんど衝撃を消せず、声も出せないままにまたごろごろと地面を転がるハメになった。今日だけで何回転がったと思ってやがる。目が回り吐き気が襲った。
声すら出ない。
息を吐く間もなくサンの強襲、縦百八十度に足を開いた踵落としが俺の腹に突き刺さった。水のバリアなんて何の意味もない。触れる先から蒸発していくからだ。血液すら蒸発してしまい、眷獣が出現しない。声が出ないから詠唱もできない、詠唱が出来ないからゾンビも出せない。ユージュと虎姫は自分たちを守るので手一杯のようで――つまり、かなりの危機的状況。
衝撃にくの字に折れた体。頭と踵を地面に打ち付ける。眼前に星が飛び、視界が狭まった。
足踏み。
何回も何回も、執拗に振り下ろされる鉤爪の連続。
肉が焼け爆ぜ、焦げた匂いが辺りに充満した。どうにか自身を大量の水で覆って生命活動を維持してはいるが、そろそろ死にそうである。水中にいればHPが自動回復していく海の王のスキルが追いつかないどころか、そのための水をすら灼熱の踏み付けは奪っていった。
HPバーが踏みつけの度に一割ほど削れ、水中回復でその一割よりちょっとだけ少なく回復する。そして踏みつけでまた一割……の無限ループに苛まれ続ける悪夢の饗宴はまだ始まったばかり。
ついには踏みつけを止め、俺に馬乗りになったサンが、今度は拳を振り下ろし始めた。足のそれよりもはるかに威力が増し、一撃でHPバーの二割を持っていかれる。あと一撃で死ぬ――直撃。まだ死んでいない。HPバーがあとほんの一ミリだけ残っている。
「ぐ、が、あ、あ、あ――――」
とどめとばかりに振り上げられる拳。俺はそれを、ただ見つめるほかなかった。どれだけ水の膜を張ったところで紙の壁だろう。ユージュと虎姫の叫びがやけにゆっくり聞こえるが、サンの唸り声と掻き消しあって何と言っているかは聞き取れない。
彼女の背後で、空が白み始めていた。
拳が振り下ろされる――
――次回――
「あ、ここから先に続いているみたいかしら」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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