第四話:火口
雄んなの子(亜種
「僕の体に興味あるん?」
サンは言った。
今彼、あ、違う、彼女が身に着けている物は、分厚い革の変形指ぬきグローブと額に押し上げられたゴツいゴーグルだけである。ちなみに身体を隠す気はないと見えて、その薄い体を日光に晒していた。
「折角服出してもろても、道具の整理したら汗かきそうやしなあ。こっちの方が都合ええわ」
「お前の! 都合が! 良くっても! ……俺の! 都合が! よろしくない!」
額の汗を拭いながらサン。薄い胸がいやに強調されるその仕草を俺は決して見ていなかった。
背後の分厚い壁を意識せずにはいられない。
サンが女だった――ということ含め、今の状況を知ったら彼女たちは何を言うのでしょう。何をするのでしょう。怖い。
「僕は気にせえへんし、別に男やと思ってくれたらええで。男同士やったら裸見えてもあんまり気にならへんやろ」
「実際に男同士ならな!?」
「別に僕かて露出狂ちゃうし、あんまりじろじろ見られたら嫌やけど、別に視界に入るくらいやったらええねん」
良くないですけど!?
彼女はこちらの狼狽なんてまるで気にせずに、所持品の整理を再開してしまった。
「とりあえずいるもんもいらんもんも、もらったら全部バッとポケットに詰め込んでまうんよなー。やからこうやってたまに整理せなあかんねん」
俺は気持ちの整理で忙しいのでちょっと。
胸とかガン見してたよね。したよね俺。薄桃色とか感想述べてたよね。脳内で。意図せぬセクハラへの後悔が俺を苛む。セクハラというかこれ、ただの性犯罪なんじゃあ。
「まあわかっとっても溜まるのが荷物でなあー。なまじうちは力の強い龍の国出身やし、魔法で道具を持ち運ぶっちゅー発想が無いねんな。全部手持ち。アホやろ?」
太陽が容赦なく照り付け、肌を焦がす。
先程まで水中にいたせいでしばらくは感じなかったからか、身体を乾かして乾いた服に着替えたら急に熱波が襲ってきたように感じられた。ただ座っているだけで汗が出てくる。衣装のせいも多分にあるが、それだけではないはずだ。
シャツの下の肌を汗が伝う。
「ん? クロウ?」
「汗――冷や汗がなぁぁあ――!」
「うぉ、びっくりしたなあもう。急にデカい声出さんといてや。ビビるやろ。おしっこちびるかと思たわ」
それもいろいろと不味い気がする。全部見えるんだけど。同性とか関係なく嫌だろ。
余談だが、五世紀ほど前までは公共の男子便所なんかは個室ではなかったらしい。驚愕である。
「無理だからな!? 無理だからな!? 男だと思え――? 無理だからな!? 思えるわけないだろ!?」
だって違うし!
男じゃないしな!
「意識するぞ!? めちゃくちゃ意識するぞ!? これからの関係がぎくしゃくするぞ!?」
「いや、まあ、そこまで言うなら着るけどなあ? 丁度荷物の整理も終わったとこやし」
そう言って着替えを手に取った彼女から、今度こそ目を背けた――ら。
丁度、ユージュと虎姫を囲っていた壁が消えていくところだった。
☆☆☆
金と黒の縞がそれこそ虎のような髪を肩の辺りまで伸ばし、例外的に襟足を緩く編んだ細い三つ編みだけが長く腰の辺りで揺れる。
「どう……かな。御主人様」
恥ずかしげに微笑んでみせる彼女が身に纏うのはまるで西洋人形のような派手なドレスであった。ふんだんにあしらわれたフリルにリボン。
高い身長に合うようにか、色も黒く落ち着いたもので、フリルやリボンの数に反して可愛らしさは控えめ。代わりに大きく開いた胸元が色気を醸し出していた。その色気のおかげで全体として完成しているともいえる。
反対にユージュの着るそれは可愛らしさを前面に押し出したモノであった。ゴスロリドレス、か。彼女の黒髪が白いドレスによく映えていた。
胸元のフリルがボリュームを添えている。
白黒の中で、退屈そうに曲げられた唇だけが赫い。
二人とも、運動することは考えてあるのかスカート丈はかなり切り詰められていた。
「似合ってる――と、思う。ユージュも」
「なあなあクロウ、僕は?」
彼女たち二人の意識はどうも俺に向いていたらしく、サンの裸を見られないで済んだのが幸いだった。
振り向くと目に入ったのは兵隊。式典用の飾りが施されながらも、実戦で使うことも想定してか肘など関節の部分が分厚くなっている。結局荷物は全部俺のアイテムボックスに入れてあげることにしたので相当に身軽となったはずだ。
本当に男みたいである。どこからどう見ても美少年がそこにいた。
受け取った自分の服の訳が分からなかったのだが、これで合点がいった。
燕尾服に山高帽、ステッキ。俺が主人でサンがその護衛、ユージュと虎姫は両手の花。
「いや、これ――」
「あ、やっぱり衣装変えるのだし……暑い」
俺の言葉の続きを、ユージュが代弁してくれた。
さすがに暑い。
「フェアリーテあ、いや、やっぱり着替えるのも面倒かしら――」
そう言って彼女が出したのは、まさに冷房機能であった。――秋。
日光が射す量は変わらないが、急激に気温が下がり、この暑苦しい燕尾服で丁度良いくらいの温度にまでなった。
涼しいくらい――実に丁度良い気候である。というかユージュが便利すぎる。一家に一台くらいいても良いんじゃなかろうか。猫型ロボット代わりに。
「えー無視ー? 似合ってへんかなあ」
「あー似合ってる似合ってるー」
「こっち見すらせえへんやと!?」
☆☆☆
で、お前の国はどにあるんだ――?
その問いに、彼女は、「わかれへん」と答えた。テメエふざけろよ……!
「いや、だってわからへんもんはわからへんやん!? 現在地さえわかったらもしかしたらどうにかなるかもしれへんけど……」
「それなら、丁度そこに道が続いているのかしら。これを辿っていけばきっとどこかに着くはずなのだし」
光を受けて緑青に輝く海、真白い砂浜。
浜にはたくさんの松の木が生えていて、しばらく砂の道が続いた後、唐突に山が現れる。
浜から唯一続いている道は、どうやらその山に消えるようだった。十数分で向こうまで行けそうな低い山である。
「ん……歩き、辛」
豪奢なドレスに似合わない、膝上まであるようなごついコンバットブーツを履いた虎姫が呟いた。そりゃあそんな靴では歩き辛いだろうよ。ここの砂はどうやら特別にキメ細かいらしく、俺みたいな普通の靴でも足がとられて歩き辛いのだから。
反対にユージュは砂浜には足を着けませんとばかりに一人だけ飛んでいて、サンは無駄に元気よく歩いていた。
見ているだけで暑苦しい一行である。今日着替える時は絶対に涼しい服に変えてもらうことを心に固く誓い、俺は山道に臨んだ。
「木陰はやっぱり違うね」
「いくら周囲の気温が下がっていても、やっぱり日光が当たるか当たらないかじゃ全然違うもんな」
「……その、通り。わたしの種族は……新陳代謝が良すぎるから……汗が、止まら……ない」
虎姫の額の汗が顎で跳ね、弾けた。そういえば体温も俺たちより高いんだったか。額の汗を拭ってやると、目を細めてされるがままになっていた。ごろごろと喉が鳴る――いやそれは猫だろ。
山を登り切るのはすぐだった。
十数分どころかほんの数分で登り切ってしまう。
「右と……左やなあ」
「看板があるのかしら」
おい、お前――そう言ってユージュはサンを指した。
「見覚えのある地名はこの中に無いのかしら?」
「右手が軍靴の音領? ……あかんこれなんて読むんやろ。ぐんかのおと?」
「……左は、ドルアドロウドラム……一体何なのか……国なのか、山なのかすらわからない……」
ごめんどっちも知らんわあ、とサンは言う。
「ただ、まあこっちやろな。左」
「なんか理由でもあるのか?」
「ああ――えっと、まあアレやな。カンや。ええから付いてきぃ」
そう言って彼女は歩き始めてしまったので、俺たちは慌ててその後を追った。
……本当男前だよな。
☆☆☆
ドルアドロウドラム――
先程の分かれ道から緩やかな山道を小一時間ほど進んだところに、それはあった。
古ぼけて苔が生えた看板に、龍の墓場、と書いてあるそこには、辺り一帯霧が立ち込めている。
看板辺りから急に山肌が剥き出しになり、地面は、すり鉢状に急な弧を描いて落ち込んでいた。穴――底の見えない大穴は、確かに龍の墓場と呼ぶにふさわしい不気味な空気を垂れ流している。
手を付けば何とか降りられないことも無い、といった傾斜はしばらく続き、霧に飲み込まれていた。対岸が見えないことから察するに穴というよりは斜面が続いていた、という風な表現の方がより正しいかもしれない。
「下りる……か?」
「ここを? さすがにこの得体の知れなさは気味が悪いのだし……」
「……御主人様、乗って……」
振り向くと久しぶりに見る全身虎モードの虎姫。右前脚を持ち上げて、極太のスパイクのような爪を見せた。なるほどそれを打ち込んだら確かに滑落することはなさそうだ。
「ユージュは……飛べる、から、勝手に下りて……」
そう言って彼女がサンを見ると、彼女はもう数メートルほど進み始めている。
「どうせ下りるやろー? はよ来な置いてくでー!」
自由人、とも違うか。
一切悩まずにスパッと男らしい決断――やっぱり、男前、なのかなあ? 言いすぎて男前が何なのか逆にわからなくなってきた。
とにかく、俺は虎姫の背中に乗せてもらい、斜面を下っていく。ユージュは文句を垂れながらだが、結局飛んで俺たちに並んだ。サンも俺たちに並んで、山肌から露出する岩から岩へとひょいひょい身軽に飛び移る。
斜面を下って数メートル。ついに俺たちは、真白い霧に飛び込んだ。
「おい、サン、ちょっと待て」
このままだとはぐれる……そう思った俺は、一度みんなに足を止める様に言った。
まだ全員、顔が見える。
「これだけ霧が深いとはぐれてしまう可能性もあるからな」
ユージュに言って、長めのロープを出してもらった。俺はその片端を自分の左手に結ぶ。
「ユージュ、サン。それぞれどこか、動きの邪魔にならないところに結んでおいてくれ」
誰かが滑落した時にそいつを持ち上げられるような縄ではない。あくまではぐれないようにするためのものなので、強度はごく普通だ。そもそも、この中にうっかり足を滑らせる可能性のある奴がいないのだから。ユージュは飛んでるし、俺の乗る虎姫は爪をスパイクにしている。
「悪路走行は、ちっちゃい時からずっと好きやってん。やから得意やで。そん時ついでにサバイバル術も習ったし、まあ、ナイフ一つあれば大体どこでも生きてれるなあ」
「今時の皇族ってそんなことまですんのか?」
「うん、まあ、あれやね、剣術習ったりするのと同じ感覚やね。僕は勉強も戦闘も全然あかんかったからせめて生き残れるようにってことで。まあ最初はそんなんやったけど、段々楽しなってきてなあ」
極めてるねん。そう言って彼女は、自分の背丈の倍ほどもある巨岩を一拍で登り切ってしまった。その上から言う。
「やからまあ、僕もめったなことでは滑り落ちへんと思う」
背面から飛び降り、空中で一回転を入れてから着地。
「僕にも紐ちょうだい」
☆☆☆
「ついに底……か」
道中、何度かモンスターに遭遇するも俺とユージュの遠距離魔法で撃破しながら着々と進み、ものの一時間ほどで底まで辿り着いた。
溶岩系のモンスターが多かったから薄々わかってはいたが、やはり底は火口になっている。灼熱する溶岩が躍っていた。
「ちなみに僕、溶岩の中でも三時間くらいやったら死なへんねんけど見たい?」
「いらんわ」
これだけ溶岩に近づいているのに、ユージュの冷房のおかげでまったく暑くない。
人型に戻った虎姫が髪を撫でつけつつ、言う。
「ここ……何か、嫌な空気……」
確かに、何か感じるものがある。虎姫の勘に限らなくとも、ここはどこか暗いのだ。溶岩があるのだから眩しいとは言わないまでも、最低でも薄明るくはあるべきなのだが……どうもその限りではない。
溶岩は燃え盛っているのに、光がぼんやりとしか漏れていないのだ。フィルターを通して見ているかのようである。
「龍の墓やろ……? 僕の国となんか関係あるかもしれへんけど……」
「何か思い出したか?」
「いや、なんとなく聞いたことある様な……みたいな感じやなあ、まだ」
サンが胡坐を掻いて腰を下ろし、考え始めた。
龍の墓……
文字通りに取るのならば、死んだ龍を弔う場所なのだろう。この溶岩の所がそうに違いない、そんな気がする。そう思わせるものがあった。
「とりあえず考えていても仕方ないのだし、先に進む道を探すべきかしら。もしこれ以上進む事が出来なければ引き返す必要が出てくるのだし」
そう、俺たちの目的はサンの国への到達なのである。
単なる通り道に過ぎないここで立ち止まっていても仕方がないのだ。
「まあ、そやなあ。そのうち思い出したらまた言うわ。……もうこの辺まで出かかってんねんけどな……」
サンはそう言って、胃の辺りを示してみせる。
「いや、ほとんど出かかってねえじゃねえか」
あっはっはー、と彼女は笑ったのであった。
――次回――
「あ、ここから先に続いているみたいかしら」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。




