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最終話:死に戻り

 すっかり元の調子に戻ったらしいアサクラが俺と敷里の間の緊張した空気を取り払った。


「なんだね、お二人さん。見つめ合っちゃって。熱いねひゅーひゅー」


 とりあえず頭の上に手のひらに載せて黙らせる。どうでもいい……ことはないが、どうしてアサクラはまだ俺にしがみついているんだ? そのせいで聖夜と同列扱いされてしまっているのだが。


「ば、ま、え、ちょ、そんなんじゃ、そんなのじゃありませぇんっ!」


 そんなのじゃない、と否定するということは、そういえば、俺に告白したのは嘘だったということだろうか?

 ということは、あの告白は別に俺のことが好きだったわけでもなく、俺に手伝いをさせようという打算だったというのだろうか。

 もしそうだったら。もしそうだったとしても。――俺はどうしたいのだろう。

 よくわからなかった。


「あの……黒羽君を……すき……なのは本当です……けど……!」


 途切れ途切れに敷里は言った。

 もちろん聞き逃すけもなく、よく聞こえなかったわけでもなかったが、気付けばこう返答していた。


「え? なんです?」


 俺は、卑怯者なのだ。それに、死ぬつもりでいる。早いうちに、敷里の俺への好意を消さねばならない。


          ☆☆☆


 時折強い風が吹き、気を抜くと危うく螺旋階段から足を滑らせそうになる。


「敷里先輩――」

「えっと、プレイヤーネームはリラですので、そう呼んでください」

「じゃあ俺のことはクロウと呼んでください。これ、プレイヤ-カードです」


 螺旋階段をのぼりながら、その話のついでにと、俺たちはプレイヤーカードを交換していた。敷里――リラは、俺の腰に、まるで赤ん坊にとってのおしゃぶりであるかのようにしがみついているアサクラともプレイヤーカードの交換をしている。どうやらアサクラは俺から離れる気はないようで、デスゲームに一人で放り出されて心細かったのだろう、と、仕方なくされるがままになっていた。ただ、さっきの体勢だと螺旋階段を上るのに危険だったので、今は服の裾を握る程度にとどめてもらっている。

 ちなみに、こんなことをしている状態なので向こうは全く信じていないだろうが、リラは俺がロリコンではない、ということを認識したようだった。ただし頭には「一応」がつく。


「あの、敷――リラ先輩。今、独り身ですか?」


 もちろん、ギルドやパーティに入っていますか、という意味だ。

 ヘッドハンティングは、誰かプレイヤーに出会ったらなるべくやろうと思っている。

 一人ですよ? と首をかしげるリラに、言う。


「俺、ギルド作ろうと思うんですけど、メンバーになってください」


          ☆☆☆


 言ったこちらに対し、はたしてリラはこう返した。


「こちらからお願いします!」


 即答だった。

 ただまあ、一人でいるのは心寂しいのだろうな、と思い、ひとまずパーティメンバー参加のメッセージを送る。リラが承諾したのを確認してから、


「それで、俺たちは今からギルド創設のためのクエストを受けに行くんですけど、リラ先輩も来ますよね?」

「はい、もちろん行きます。よろしくお願いします、クロウさん、アサクラさん」

「うぃー、よろしくお願いしますー」


 アサクラがぞんざいに頭を下げる。

 そういえば、リラはどうして「ダマスナット集落」に? と聞いてみた。


「えっと、道順に進むと見つけたので、寄ってみようかなと思いまして。ただ、暗闇がそのぅ、少し苦手なので、クロウさんがいて助かりました」


 そんな話をしながら歩を進めると、巨木の周りを反時計回りにちょうど五周したところで、階段は途切れていた。

 あと十数段でそこまでたどり着くのだが、どうやらその先はもう階段ではないようだった。ただ――。


「階段の先がつながってませんよ?」

「んー、行き止まりかい?」


 まずリラが気付き、アサクラがそれに便乗した。

 あと数段上った先では階段が途切れており、三メートル四方の床を残してそこから先へは進めないようになっていたのだ。

 あっという間に数段を登り、そこにたどり着いた。

 左手には巨木の幹……というか樹皮の壁があり、右手側から乗り出すと、ナイロック湖の穏やかな湖面を眼下に見下ろせた。

 後ろには階段があり、前には――


「本当に何にもありませんね……?」

「んむぅー」


 リラが階段から先の虚空をつま先でつつくようにして確認しながらいい、アサクラが唸った。

 と、その時だ。


 突風が吹いた。


「ひぁぁぁぁ!?」


 つま先を虚空に放り出していたリラの体が虚空に浮き、階段においていた左足のつま先が離れた。


「っ! 危ない!」


 こちらに助けを求めるように伸ばした手をあわててつかみ、リラの落下を止める。だが、魔法職である俺ごときの腕力では、職業(さっきプレイヤーカードで確認)が戦士であるリラの体重は支えきれなかった。ずるずる、ずるずると、風が俺をもてあそぶかのように落下へといざなう。


「お兄ちゃん! ……お姉ちゃん!」


 アサクラが俺の腰にしがみついて踏ん張るものの、彼女の軽い体重では大した錘にならず、動きは止まらない。

 リラの両腕をしかと握りしめた状態で、膝をつく。


「ひぁ……!」


 その体勢からさらに足を引き、胸を階段につけて体を固定させた。結果としてリラの高度が下がるのは仕方のないことだろうとして、リラが小さく上げた悲鳴はこの際気にしない。

 そのまま、腕が抜けそうなのも無視してリラを一本釣りの要領で持ち上げ、――俺の体と上下を入れ替えた。俺の体が落ちるのは気にせずに、落ちる姿勢で体の傾きを仰向けに。腹筋にはいささか自身がないが、一本背負いの要領でリラを上に放り投げる!

 それと同時に、ついに踵が地面から外れ、アサクラの手も離れた。


「クロウさん!?」

「お兄ちゃん――!?」


 落下する。


          ☆☆☆


 リラを放り投げる姿勢であったため、必然的に頭頂部から落下していた。

 見上げるとアサクラとリラがこちらに手を伸ばしていて、必死に何かを叫んでいるようだった。

 普通ならこちらも手を伸ばしていそうなものだが、つ、と視線を横に向けると両の手は大気圧にたたかれて自然に流れていた。つまり、手を出していない。助かる気なんて一切なかったわけだ。

 は、は、と乾いた笑い声のみがBGMだ。


 このゲーム、「Treasure Online」には、落下ダメージというものが存在する。

 ある程度高度がある高所から地面に落下し着地した際に、ダメージを受けるのだ。そのある程度の高度とは、十四メートルプラス自分の身長で決まる。

 ダマスナット・ヒュージは、巨大(ヒュージ)の名をほしいがままにする大木だ。なにせ、梢に「小さな」といえど町があるのだ。その大きさは推して知るべし。

 やや急こう配の階段を、幹の周りを添うように五周もした。だから、階段の一番上の高度は、ちょうど水面から百メートルを超える、といったところだ。高さ的にいうと、「ダマスナット集落」があるところが大体百五十メートルくらいだろう。


 ――思考だけが焼き付くように白熱して、時間の流れが止まって見えた。


 大気に叩き付けられる感覚は、ゲーム内であるためかなり軽減されている。

 だが、それでも息が詰まるくらいの衝撃はあった。急な高度の変化に対する耳鳴りや頭痛なども、「ゲームだから」発生しない。

 そう、ゲームだから、だ。

 下は水面だが、叩き付けられたら「ゲームだから」即死する。万が一にも助かる、奇跡の救出劇はありえない。


 ――涙がこぼれて大気に溶けるのは、大気との摩擦のせいだ。


 叩き付けられたら死ぬのである。

 まだ、一六年しか生きていない。そうだ、今まで一度だって(、、、、、)死んだことがない。当たり前だ。


 ――木の階段、下から四周目を通り過ぎた。


 心残りはある。

 姉、妹。両親。成也。敷里にアサクラ。十六年での交友関係がこれだけしかなかった。なんだ、六人って。片手で数えられる友人、とかじゃなくて三人しかいないじゃないか。それじゃあ片手じゃなくて、三本の指に入る、の間違いだ。


 ――口の端からこぼれたのは、自嘲の笑みだ。


 心残りはあったが、もう死んでもいいと思った。

 ここで死ねば、きっとリラには一生恨まれるだろう。リラのことだから、自分のことを攻め続けるのだろう。それにも少し思うことはあったが、俺には関係(・・・・・)のないこと(・・・・・)だ。

 俺の見限った現実(リアル)で誰が死のうが、正直俺には関係のないことだった。それは、ゲーム内でのゲームオーバーが現実世界での死に直結するこのVRMMOでも同じだ。

 俺が死んだあとの世界のことなんざ知ったこっちゃない。


 ――リラが、遠くに見えた。


 俺がリラを助けたのは、「死」に理由がほしかったからだ。

 リラに俺のことを覚えておいてもらえる。――俺はリラを助けて死んだから、そのことは覚えておいてくれる。

 皮肉なことに、トラウマにがんじがらめな生活を送った俺が最後に助けた人間に植えつけたのは、またトラウマだった。

 自分のせいで人が死ぬ恐怖。


 ――アサクラの叫びが耳に突き刺さる。


 一人でデスゲームに取り込まれ、俺のことをお兄ちゃんと呼び慕った少女。

 どれだけ心細かったのだろう。どれだけ怖かったのだろう。

 せっかく前を向いて俺のギルド建設計画に乗ってくれたのに、俺が彼女に与えたのは希望ではない、絶望だった。

 目の前で人が死ぬ恐怖――

 医学が発達した現代において、おそらく感じない感情のはずだ。


 ――二人の声が重なって聞こえる。「クロウ――」と。


 俺みたいな外道を心配してくれるなんて、なんて心優しい少女たちなのだろうか。

 俺は――、二人の少女の心を道連れに死のうとしているのに。


 ――階段はあと一周だ。


 体感速度はいったい何十分の一だろうか?

 このまま落下し続けたら本当に死ぬのだ。そうだ、死ぬのだ。俺の待ちわびた「救い」が、そこには待っているのだ。

 だが、俺のために泣いてくれる人間が二人もいるのに、いったい俺は何をしようとしているのだろうか。

 今更死にたくない、なんて自分勝手は言わないし、そんなことも思わない。

 俺はここで死ぬのだ。


 ――ナイロック湖の湖面が近づいてくる。穏やかな湖面は、俺の心と合わせ鏡のようだった。


 姉と妹のことも、思うと心が痛んだ。

 デスゲームにとらわれた二人は、はたして無事にログアウトできるのだろうか。

 だが、俺は死ぬ。


 両親のことを思うと、心が痛んだ。

 父親は、一体俺に何の話をしようとしたのだろうか。

 でも、俺は死ぬのだ。



 ――ものすごい勢いでリラとアサクラが遠ざかっていき、今は点みたいに見える。


 湖面は穏やかに近づいて、そして。


 ――着水する。


 水がはじけた。

 ポリゴンが霧散する光だろうか。俺の目が最後にとらえたのは、水色の光(・・・・)だった。


          ☆☆☆


 ダマスナット・ヒュージは、その名前が巨大(ヒュージ)を冠する通り、相当に大きな巨木だ。現実世界ではまずありえない高さを持ち、ダマスナット集落がある梢だって、まだまだ中腹だ。

 梢とは、樹木の幹や枝の先端を指す。では、ダマスナット・ヒュージの中腹(・・)にあるダマスナット集落が、なぜ梢にあるなどという表現をするのだろうか。

 それは、ダマスナット・ヒュージが一本の木ではないからだ。


 ダマス・ナットヒュージは、「Treasure Online」内世界レストモワーレのバックボーンである童話、「神が作った世界」の三〇話に登場する。


 その話によると、こうだ。

 かつて、ナイロック湖の付近に一人の大男が住んでいた。

 その男は、今よりもかなり高かったダマスナット・ヒュージと同じくらい大きかった。

 彼は、たびたびナイロック湖にやってきては湖の魚を捕まえて食べた。そして、満腹になった後は湖を割って遊んだのだ。

 湖に踵を落とせば二つに割り、全力の吐息は水を干上がらせた。

 彼の狼藉に、湖の住人――魚達は、激怒していた。

 だが、巨人に比べたら魚たちなどアリに等しい。幼児が砂場で遊ぶのに、いったい何の遠慮がいるだろうか。


 あるとき、突然変異で生まれた、他の個体よりも異常に大きな魚がいた。その魚は、寿命が尽きかけていた水龍の目に留まり、全能力を委譲された魚だったのだ。

 乱暴な大男は、大体七日周期で湖にやってきた。

 そのたびにまず、魚を湖の水と一緒に飲み込む。


 巨大魚は、水を飲もうと顔を湖面につけた大男に衝撃波を放った。あわてて大男が顔をあげ立ち上がったのだが、大男も人体構造が人間と同じであるために、あごの真下から放たれた強力な衝撃波には三半規管を揺さぶられた。そして、バランスを崩して転倒した。

 そのときに大男がとっさに掴んだのがダマスナット・ヒュージだ。掴んだところはちょうど中腹であり、木は真っ二つに折れた。

 大男は倒れた衝撃で後頭部を打ち、気絶してしまった。


 そのあと、巨大魚のところに神が降りた。この世界を作った神様の息子で、とくに水を司るのだと名乗った

 その神も、大男の狼藉には困っており、しかし自分の力ではどうにもできず、大男が隙を見せるのを待っていたのだという。

 水を司る神は、大男を天界に連行すると言ったが、巨大魚にはこうも言った。

 大男を倒してくれたお礼に、何か一つ願いをかなえてあげましょう、と。


 巨大魚は答えていった。

 ならば、我らの湖の象徴であり、はるか上空から見下ろすこの巨木を復活させてやってくれないか、と。


 それを聞いた神は、折れた巨木に手をかざした。すると樹は見る見るうちに回復し、無残な傷痕はすべて枝に変わった。しかし、本来葉など生えてこない場所であるためか、葉が生えてこない。だから、と神は折れて湖に落ちた木の幹の先端部分を拾い上げると、その先端に“植えた”のだ。

 そこからは樹は二本となり、ナイロック湖の主となった巨大魚とともに、ナイロック湖の平穏を見守り続けている――


 という昔話が伝承されている通りダマスナット・ヒュージは、中腹のダマスナット集落の部分を一本目の最上端としている。ダマスナット集落は、上から見るとドーナツのような形をしており、真ん中の穴からは二本目のダマスナット・ヒュージが生えている、と、そういうわけだ。

 ダマスナット集落は、簡単に入ることができないように入口が隠されている。ちょうど今、リラとアサクラが頬を泣き濡らしてへたり込んでいるあたり――階段の最上部の少し下がったところに隠されたスイッチがあるのだ。

 そこを押せば集落に続く階段が現れるようになっているのだろうが、彼女たちは気づかないようだった。


 それもそうだ。今は、湖に落ちて水色の光を放つなり消えた――――


サブタイトルですが、死に戻り≠死んでコンティニューすること

          死に戻り=文字通り「死」に戻ること。


さてさて、この章は終わりですが、次どうしよう。


次の話で伏線全部回収するか、それかまだ最後まで残すのか。迷うところですが後者をとらせていただきます。


なお、次回更新は未定です。


明日から中学校が六時間授業なうえ、卒業式の時に読む答辞を学年代表として作成しなければなりませんので。


とりあえず、土曜日になるかな、更新は。たぶんだけれど。


高校の宿題もやらなければならないので、もしかしたらもう少しあくかもしれません。すいません。


章完結の休暇的なものだと思ってください。



誤字脱字、変な言い回しの指摘、評価、レビューお待ちしております――――

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