第二話:龍の涙
毎日更新……いつまで続くかな! な!?
「うちの国――雨が降れへんようなってもうたねん。たぶんもう五年くらい降ってへんと思う。それでも近くの湖からシャーっと水路引っ張ったって何とかなってたねんけど……その湖もついこないだ枯れてもてな? 水が無いねん! もう海の王呼ぶしかないやろ!?」
いやその理論はおかしいだろ。
食べ物が無いからレストラン持ってくるみたいな。
「それだけ切羽詰ってる、ということではないかしら」
俺の左隣に座ったユージュが、付け合せの野菜を口に運びつつ、言った。発言したのにこちらを見ようともしない。どうやらそれで終わりのようだ。なんとも素っ気ない。
夕食を共にしながら、俺たちはサンの「お願い」とやらを聞いていた。
昼間はあの後本当に寝たのである。起きたら夕食の準備が出来ていて、困り顔のサンがすでにテーブルについて俺たちを待っていた。
やたらと分厚い指ぬきグローブから顔を出す親指、人差し指、中指の三本だけで彼はフォークとナイフを使いこなしている。薬指と小指はあまり曲がらないようだ。そりゃまあ分厚い革のグローブだからな、と勝手に変な納得をする。
「うちの家に伝わる秘宝――龍の涙が報酬でどうや? どうですか? お願いできませんかね?」
「龍の涙?」
「龍の涙……は、ドラゴンの流した涙、が、結晶化……した、モノ……」
つまり宝石のこと……か?
別に宝石なんて欲しいとは思わないんだけどなあ……
俺が難色を示していることを受けてか、サンはさらに言葉を作った。
「それだけちゃうで。ドラゴンの涙が結晶化したのはまあその通りやけど、ドラゴンから出るモノって全部高密度な魔力そのものなん知ってる? そんなかでも涙は格別に密度高いんや」
グラスに注がれた赤い液体を、わずかに唇を湿す程度に口に含み、続ける。白い肌には微塵も朱が差さない。
「まあ拳くらいの大きさの涙一つで……そうやな、えっと、この町くらいの大きさやったらまあ――十年くらいは町民全員が使う魔力くらいならまかなえるんちゃうかな」
「実物は……見たことない、から、知らな……かった」
赤い液体――葡萄酒が入ったことで頬に赤みの差した虎姫が呟く。種族的に酒には強いらしいが、肌が赤くなるのはすぐなんだとか。本人曰く、「その方が……色っぽい、からだと、思う……」だそうで。
「そりゃそうや。珍しいもんやからな、龍の涙。そもそも龍なんてめったに泣けへんねんし」
虎姫の言葉を拾い、サン。
さらに続き、
「でな? 龍の涙の中で最上級なんがこれ、雷帝龍の涙やねんけど」
そう言って彼は、ツナギにたくさんついてあるポケットの一つから、実に無造作に、自ら発光して黄金に輝く宝石を一つ、取り出してみせた。
ときおり魔力が溢れるのか橙の火花が散る。手のひらサイズより少し大きいくらい。目を凝らしてよく見ると、水が流れる様に結晶の内部が渦を巻いているのが見えた。火花は、その流れに連動して飛ぶようである。
それを見て、
「なあっ!? なんでそんなもんがこんな雑に出てくるのかしらっ!?」
隣に座るユージュが、フォークとナイフがすっぽ抜けて飛んでいくような勢いで驚いていた。全身のけ反る様なリアクションはなかなか見られるようなものじゃない。
「ユージュ、お前――」
知ってるのか?
この石を。
そう続けようとしたら、それを遮る様にサンが叫んだ。
「これでどや! 最強の龍にして全龍統べし雷帝龍が過去に一度だけ泣いたときに出来た龍の涙――正真正銘の本物! うちが――雷龍帝国アインツファイン皇帝家が出せるのは、これが限界や!」
ドルグサンダー・イルアールス・フォン・アインツファイン――
サンはそう名乗ったはずだ。
俺の聞き間違いあるいは覚え間違いでない限り――こいつは。
こいつは。お前も――
「お前も王様かよッ!?」
思わず叫ばずにはいられなかった。
自分は言い切ったとばかりにニコニコしていたサンが「ちゃうで」と手のひらをこちらに向けてくる。
「ちゃうちゃう、王様やなくて皇帝。しかも皇帝は僕の父上であって、僕はその十八番目の末っ子やから――まあなーんも継承せえへんお気楽皇族やな。ほら、うちは年功序列重んじるから」
「いや知らんけど」
そんな、さも常識ですみたいに言われましても。
「なんかの才能あれば僕も仕事できたんやろうけど――できる事ゆうたらなあ……」
せやからあんまり自分の肩書き言いたくないねんけどな、と、彼は吐き捨てるように呟いた。
その辺はあんまり触れないでおいた方が良い話題なのだろう。うっかり口にしてしまわないように気を付けておくことにする。
まあそういうわけやからお願い!
と、再度頭を下げて懇願するサンのつむじを言葉に窮して見つめていると、顔を上げた彼と目が合った。
彼が何か言う前に、ふと気になったことを聞いた。
「なあ、水を貰う代わりにそんな龍の涙出してくるなんて、ちょっと破格すぎないか? 皇族家に伝わる秘宝なんだろ? 良いのか?」
「それはええんです。うちら、まあ、眷属ですし。そや、えっと――海の王の眷属、雷帝龍としてお願いします!」
真正面から見つめられたまま、それでも口調は不思議な訛りのままで。
というか――
「……雷帝龍って海の王の眷属なのか?」
小声で虎姫に問うた。
「空の王の眷属、ドラゴンが……海の王の眷属の象徴のうちの一つ、雷を得た一族だから……間違いでは、ない……」
……なるほど。まあ眷属ではあるらしいな。それなら献上品として家宝を贈ることは普通……普通か?
まあよくわからないことは放っておいて。
そういえば俺は空の王代理でもあるのだが、これを言ったら完全に逃げ道が――
「クロウは海の王でもあるけれど、空の王代理でもあるのかしら」
ユージュがこちらに見向きもせずに宣告しやがったぁぁあ――!?
テメェさっきから……!
「眷属の願いを聞かない王はいないのかしら」
「そ、空の王!? 嘘やろ!? 兼任の王様なんて聞いたことないで!? う、嘘やろ!? 嘘ですよね!? ホンマやったらあかんやん、僕、不敬罪で百万回くらいガーって処刑されるやん! 嘘やでな!? 嘘やでなクロウ!?」
あー。
両手を上げて、ついに俺は認めたのであった。
「そうです、俺が空の王代理兼海の王です……」
「今すぐ死んで詫びますッ!」
いや待て待て待て。
ポケットから取り出した肉厚のナイフを首に当てたサンを慌てて止める。
「せやかて! あ、ちゃう、そう言いましても! 言われましても! こんなことしたら許されないんですよ!? 普通やったら一族断絶ですよ!?」
今度は小声で旧・空の王に聞いた。
「……そうなのか?」
「……まあ、普通はそうかしら」
相変わらずこちらを見ようともしないで、聞こえるか聞こえないかというレベルの小声で答えが返ってくる。ううむ。
「あ、じゃあ俺は普通じゃないからもう良いよ、別に、ってことで」
「そんなん許してもろても、家帰ったら兄上や姉上に殺されます! 自害するより酷い辱め受けて死ぬことになるんやったらここで死にます!」
「ちょ、待って待って待って、じゃあ俺が保護するから、一旦落ち着こ、いったんナイフ置こう、な? 今ほら、食事中だから、な?」
☆☆☆
「じゃあ海の王兼空の王代理として命じまーす」
ぞんざいな口調でサンに宣言する。疲れたので適当になるのくらいは許してほしい。
「えー、あー、今後、自害・自傷行為を禁じます。あと、なんかえっと、そうだな、あくまで俺の友人として振る舞うこと」
良いな?
「仰せのままにッ!」
「あ、いや、そういうのほら、ナシで」
「そ、それやったら……こ、これでええの?」
良いってば。
一体食事に何時間かけてるんだよ。
スープとかもう完全に冷めてるよ。三時間越しだよ。
七時くらいに食べ始めて、現在時刻十時半である。たっぷり昼寝はしたので眠気は無いが、なんというかこう、精神的な疲れみたいなものが押し寄せてくるというか。
「虎姫、お前――俺に敬語使うか?」
「……わんわん」
「我が主と同じ言葉を使うなんて失礼に値するということですかねッ!?」
……おい、虎姫。
「……人間様と同じ言葉喋ってんじゃねえよ、飼い犬は飼い犬らしくわんわん鳴け……って、意味じゃ、ない……の?」
「敬語って知ってる!?」
「わんわん!」
「もう捌けないから! ツッコまないぞサン!?」
サンまでわんわん言い始めた……
「……わかった……わたしは、猫だから……にゃあにゃあが正解……?」
「はうあっ! 猫耳まで!? 僕、そんな耳まで出されへんけど……出されへんけど!?」
丸めた両手を口の辺りにまで持ち上げて、肉体変化で猫耳――というか虎耳を出した虎姫にサンが対抗意識を燃やしている。
俺はもう、ツッコむのを放棄することにしました。誰も責められないと思うの。
ちなみに、スープは冷めても美味しかったです。
☆☆☆
「おい、ユージュ」
「……なにかしら」
結局日付が変わった頃くらいに全員の夕食が片付き、すかさず出て来た妹たちが皿を下げはじめるくらいに――ふらっと出ていってしまったユージュを追って、俺も食堂を出た。
虎姫とサンはまだわんわんみゃあみゃあ言ってます。ちょっと意識の外に放り投げておいて、と。
「お前、なんか変だぞ」
「…………いから」
「あ?」
なんて言った? 思わず変な声が漏れてしまった。聞き取れなかった。
「なんて言ったんだ?」
「……ない、から」
すまん、もう一回言ってくれ――
自分の足元を見つめる様にしていたユージュが、突然顔を上げた。
衝突する視線――その眼に浮かんでいるのは、不安?
「怒らないから! クロウが! 私を!」
「どういう……」
「なんで怒らないのだし! なんで!?」
どういう……意味だ?
「私が! 私のせいでシープラが――」
彼女の言わんとすることに合点がいくよりもはやく――俺は、彼女の口を塞いでいた。
といっても、別にロマンチックな塞ぎ方でもなんでもない。ただ単に、手で塞いだだけ。
アヒル口みたいに潰れて歪んだ唇をふにふにしながら、俺は言った。
「義手か?」
「うみゅむ」
当然ながら――俺の右手は帰ってこない。
今彼女の唇の感触を楽しんでいるのは左手である。
「ドラキュラは銀が弱点――だろ?」
「――ぷはっ! わかっていたのに――軽い、悪戯みたいな気持ちでうみゅも」
「はは、変な顔」
一度俺の手の拘束から逃れたものの、再び塞いでやった。
「あの時義手がドラキュラの憑依を邪魔しなかったら、もしかしたら、シープラは死ななかったかもしれない」
「その通――うみ」
「いいから聞け。確かに俺は怒ってるよ」
優しく、言い聞かせる。
あるいはユージュだけにではなく、自分にも。
「でも、あの時義手が邪魔しなけ『れば』、あの時義手が銀造りじゃなかっ『たら』なんて、そんなこと、今言っても仕方ねえよ。義手のせいだけでシープラは死んだんじゃない。俺が弱かったから死んだんだよ」
守れなかった――
それは、銀の義手に邪魔をされたからではない。
ただ単に、俺が弱かったから。
「つまり、思い上がるなよ、旧・空の王、ってことだ。お前だけのせいでシープラが死んだなんて思うな。もしそうなら――俺に非が無いみたいだろ」
全部義手のせいだ――そうやって言い切ってしまえば、楽なのかもしれない。
でも、傷付く奴がいる。
たとえば、今、アヒル口で泣いてる不器用な奴みたいに。
それに。
「格好悪いだろ。俺はシープラを守れなかった。確かに守れなかったよ。でも、彼女は俺に『今』を、『未来』を託したんだ。それなのに、そんな格好悪い所見せられるわけねえよ」
俺は、シープラのためにも。
格好つけて生きなければならない――
「だから、ほら、そんなに思い詰めるなよ。な?」
ユージュは、俺の胸に顔を押し付け、声を殺して静かに泣いた。
窓から見下ろした街にはあの不思議な街灯が灯っていた。
☆☆☆
シープラの言葉を思い出していた。
『まあ、この町は、妹たちに任せておけば大丈夫じゃろ、ってくらいに考えておいてくれ』
隣では俺を抱き枕にして虎姫が寝ている。彼女の反対側にはユージュ。ユージュは、俺がふさぎ込んでしばらくしてから銀義手について思い出したらしい。それで、自分のせいなのでは――そういう風に己を責め続けていた、と。
虎姫が、夜に俺の部屋に来ることは珍しくないが、ユージュが来るのは珍しい事である。二人とも、疲れていたのかすぐに眠ってしまった。
サンは隣の部屋をあてがわれている。
『海の王はお前に託したが――この町を守れとは言わん』
天井に向けて手のひらを突き出し、その甲を見た。親指が右を向いている。
海の王になった。
それで?
この町を守る? 誰から? 何から?
よくわからない。
ただ、海の王を引き継いでしまった以上、この町を守らなければならないという責任はあるわけだし、それを放棄してサンの国に向かっても良いものかどうか。
とりあえず明日、妹たちを全員集めて聞いてみよう――そんなことを考えているうちに、気付けば眠りに落ちていた。
――次回――
「お前たちに町を任せても――大丈夫か? いや、仮にの話なんだけどな? 仮に仮に」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。
※本文中、サンのセリフ「それでもちょっと遠くの湖から~」を「それでも近くの湖から~」に変更しました。




