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友達はいないけどゾンビなら大勢いる  作者: たしぎ はく
Story_of_the_small_tragic_love_
107/139

最終話:大人だよ

 ゲリラ投稿すいません。

 ちょっと良いことがあったもので。

 右手で槍を持つと、投げる時には大きく右に半身を開く形となった。


 右の羽が荒れ狂う。空の王(ドラキュラ)を象徴する堕天使の羽と悪魔の羽は、共に消えていた。渦巻く水の柱と交互に現れては消えを繰り返していたのだが、その間隔がどんどん短くなり、ついには出現しなくなったのだ。

 水の柱が石畳を掴み、身体が固定される。

 肩甲骨、右肩、右肘、順に水柱と連結されて、半自動で投擲のポーズになった。

 動きは緩慢なように思えるが、すべては数秒で行われている。


「いけ――海神之杭シルフェリア・プラントォォォオッ!!」


 水の噴出で恐ろしいまでのブーストがかかり、無印グングニルの比にならないような速度で打ち出された槍――いや、もはや杭と呼ぶべきか――は、正確無比、一片の狙い違わずアジィの防御膜を貫いた。

 衝撃。

 音が圧力となって全身を震わせる。


「……く、あ」


 水の勢いがさらに強まり、海の王となったことで上限の桁が三桁ほど上がっていたにも関わらず、MPがかなりの速度で減少。突如として全身を襲う脱力感と眩暈に倒れそうになった。

 しかし、顛末から、目は離さない。


 水の杭は、その威力をさらに増していく。

 新たな(まりょく)を得て、それを糧とし己を肥大化。いまや三倍ほどの太さ、長さにまで成長した槍はついにアジィを貫き分散させた。肉片が飛び散るが――槍は、何本にも分離して、その肉片をすら消去してしまった。

 一片の欠片すらも残らない――アジィは、この世から姿を消していた。

 断末魔の悲鳴すら、あげられないまま。


 半ば無意識にアジィをゾンビ化させる呪文を唱えきるかきらないかの間に、俺の意識は途絶えてしまった。


          ☆☆☆


「――ま! 御主人様!」


 声が聞こえる。


「魔力が枯渇しただけかしら。――まだ、死んでいないのだし」


 目が開かなかった。

 瞼が重い。いや、瞼だけではない。全身が重たかった。なにもかもが、どうでも良かった。


 俺は、シープラを守れなかった。


 その事実だけが、重くのしかかる。

 シープラは殺された。俺はその犯人を殺した。だから? それで?


「う……く……」


 自然と涙が流れる。

 俺の頭を抱く虎姫がそれを舐めとってくれた。普段なら怒るか狼狽するその行為にも、今は何にも感じなかった。

――――ただ、死んでしまいたかった。


 目元を左手の袖で乱暴に擦る。

 右手が海神之杭のせいで再び根元から千切れていたからだ。


「御主人様……」

「今は、何も言わないであげて、かしら? こういう時は」


 それからしばらく、涙は、止まってくれなかった。

 あるいは、海の王の(みずをうみだす)能力が暴走しているだけなのかもしれない。

 俺にはよくわからなかった。何もかもどうでもよくなってしまうまで、ただ、泣いていた。


          ☆☆☆


 俺を取り巻く環境は激変した。

 海の王になったからだ。

 地の王(とらひめ)とは顔も合わせられなくなるかと思ったのだが、そうでもなかった。本来なら海の王になったことで、空の王(じぶん)とも地の王(とらひめ)とも拒絶反応が起こるはずなのだが、どうやら力の源、海の王の核とも言える場所が、グングニルと融合してしまったらしい。

 つまり、海の王は俺ではなく、グングニルなのだ。限りなく大雑把かつ大体、適当で言うならば。

 それでも、立場的にはやっぱり海の王なわけで。


「ますたー。おしょくじをお持ちしました」


 ヤマト・タタールの町が見渡せる、町で一番高台にある一室。

 海の王には何十畳もある様な部屋があてがわれる慣習らしい。俺は部屋に背中を向ける形で、バルコニーにある玉座から外を眺めていた――日がな一日、そうしていた。


「ますたー。ますたー?」


 舌ったらずな声が部屋の中を歩き回る。

 シープラの妹の、いわば末っ子。名前は――なんといったか。自己紹介をしてもらったような気がするが、よく覚えていない。

 気怠い体を動かして左手を持ち上げ、ひらひらと二、三回振って見せる。


「ますたー! そんなところにいたんですね!」


 馬鹿でかい玉座に半ば埋もれるように座っているため、部屋の内部からは俺が見えないのだ。

 玉座(ここ)が俺の定位置であることを知らないということは、食事係は初めてだろうか。どうも毎食ごとに交代制らしかった。


「しょくよくはお有りですかっ!」


 やけにあぶなっかしい足取りでお盆を運んで来た彼女は、玉座の横に置かれたサイドテーブルにそれを置き、言った。

 その笑顔が眩しすぎて、直視するのもためらわれる。後ろめたい気持ちでいっぱいだった。


「ますたー?」


 俺が何の言葉も返さないでいると、彼女は、心配そうに眉を寄せて、こちらの顔を覗き込んでくる。

 あ、だか、うー、だか、何の意味も持たない言葉を適当に発し、そっぽを向く。


「どうしたのですかー?」


 声が出なくなっていた。いや、正確には、声自体は出る。ただ、何を話せば良いのかが分からなかった……も、違うか。とにかく、話すのが久しぶりすぎて、喉がうまい具合に開いてくれなかったのだ。

 なにせ、ここ数日、俺に話しかけてくる「妹」はいなくなっていたのだから。

 この部屋に入れられてから数日は、なにかにつけこちらに話しかけてくれていた彼女たちも、数日が経ち、俺が避けていることに気付いた後はそれをやめた。気を遣って、話しかけてくるのをやめてくれたのだ。

 だから、ここ数日の会話は全くと言っていいほどなかったのである。


「……おまえ、は」

「なんですか?」


 しわがれたような声をなんとか絞り出し、俺は言う。

 きょとんとした表情の、末妹に。


「俺を、恨んで、いない、の、か」


 言葉がつっかえ、途切れ途切れになる。それでも、彼女はそれを聞いていた。


「うらんで? って、えっと、どういういみ……ですか」


 心の底からの不思議そうな表情――意味がよくわかっていないのだろう。


「俺を、殺したいと思わないのか、ってことだ」


 咳き込む。喉のつかえが取れ、言葉が溢れ出した。


「お前は! お前たちは、俺を恨んでないのか!? 俺がシープラを殺したんだ! 殺したんだぞ! なのに、なんでお前たちはそうやって、笑顔でッ! 俺に、優しく……ッ!」

「ま、ますたー……?」


 一度溢れ出すと、ダムが決壊するかのように言葉が零れ出す。


「俺を殺したいとか! 思わないのかッ! お前のお姉ちゃんを殺したんだぞ! 俺はッ! お姉ちゃんじゃない、海の王をすら殺したんだッ! なのに、どうして俺を殺そうとしないんだッ! 恨んで当然だろッ!」


 左手だけで彼女の肩を捕まえ、怒鳴り付ける。華奢な、下手をすればシープラよりも小さな肩が軋み、顔が歪むのを見て、それでも俺は彼女に気を遣る余裕は無かった。

 

 ふと、彼女はその小さな手で俺の左手を包んで、言う。


「あのね、ますたー。それは、ますたーが泣いていた、から、です。今も、泣いているから、です」


 硬直。肩を掴む手の力が強まったのかもしれない。彼女の表情がさらに歪む。

 それでも、笑顔は崩さずに、彼女は言葉を続けた。


「ますたーはどうして泣いているの? お姉ちゃんのため、です。お姉ちゃんを守れなかった、って、『こうかい』して泣いているのです」

「……俺は」

「たしかに、ますたーはお姉ちゃんを守れなかった。……です」


 でも!

 と、そこで彼女は言葉を荒げる。

 その表情はいつの間にか、笑顔から、俺を睨みつけるものに変わっていたのだった。


「ますたーは! お姉ちゃんを守ろうとしてくれた! ……ダメだったけど、守ろうとして、一生懸命戦ってくれて、それで! それで……」


 肩を掴む手の力が緩み、彼女の肩から滑り落ちた。そのまま目線は腕を追い、下に。


 その時、左手の肌を、涙が濡らした。ハッと顔を上げる。

 泣いていた。

 顔を歪めて、彼女は、涙をこぼしていた。


「かっこわるいよ……ますたー。お姉ちゃんが今のますたーみたらぜったい悲しむよ! だっていまのますたー、ヌケガラみたいだもんっ!」


 シープラの涙を拭った左手は、今はまったく動いてくれなくて。

 俺はただ目を逸らして、小さく、


「……ごめん」


 とだけ、呟いた。


 その時であった。

 逃げるように泳いだ視線が、ヤマト・タタールの石造りの街中に、緑の髪を見つけたのは。

 自分では勢いよく飛び起きたつもりであったが、実際はよろめくように立ち上がり、ふらつきながらバルコニーの端に移動。


「ま、ますたー? 大丈夫ですか?」


 そうやって俺を支えてくれる彼女と、ちょうど同じくらいの高さの手摺に腕をついて、身体を持ち上げる。

 先程緑を見た辺りに視線を走らせると、ちょうど、この城から数えて五つ目の角を曲がっていくのが見えた。


「ちょっと出かける!」

「ま、ますたー!?」


 背後で末妹が慌てふためくが、そこまで気を回す余裕は無く。


「話聞いてくれてありがとな!」


 俺はそれだけ言うと、バルコニーから飛び出した。

 緑――シープラを、追って。


          ☆☆☆


 着水。

 空中を繋ぐ水の通路を泳いでいく。海の王の全力だ。新たな海の王の新たな居城であるバルコニーを飛び出してから、ものの数秒で五つ目の角に辿り着く。

 左半分のドラキュラの羽が水流を掴み、泳ぎにくいことを考慮しても、それでもこれまでにないような速度であった。ドラキュラは、まだ憑依を解除できないでいる。


 角を曲がるとき、翼だけを水の通路から出せばさらに速度をあげられることに気付いた。


「シープラ!」


 石畳を走っていく緑の髪を追いかけ、追い越し、その目の前に飛び出す。


「シープラ!」


 もう一度、叫んだ。

 果たしてそこには――死んだはずのシープラがいたのであった。

 

「久しぶりじゃのう、クロウ」

「シープラ、だよな! シープラなんだよな!?」


 少し歩かんか。

 そう言って歩き出した彼女について行こうと、俺は足を踏み出した――が。数日何も口にしていないからか、一歩目でよろけ、二歩目で膝をついてしまった。


「おい、大丈夫か!?」


 慌てて手を差し出してくれた彼女の手を借り、体を起こそうとして、失敗する。目が霞んだせいで距離感が狂ったらしい。彼女の手を取り損ねたのだ。


「ああ、ちょっとふらつくけど、たぶん大丈夫」

「そうか、それなら良いのじゃ。……ただ、ちゃんと食事は摂るのじゃぞ」

「う……見てたのか」

「いや、見てはおらんが……やはり図星じゃったか」 


 気まずくなったので、それには返事を返さず、代わりとして聞く。


「本当に、シープラだよな? 死んでなかったんだな!? 今までどこにいたんだ!?」

「ああ、お前の良く知る儂じゃ」


 そういって彼女は、笑顔を見せた。それが寂しげに見えたのは……目が、霞んでいるせいか。最近夜通し起きていたので、数日ほど寝ていないのだ。


「のう、クロウ。海の王はお前に託したが――この町を守れとは言わん」


 立て続けに質問したのが悪かったのかもしれない。

 彼女は俺の質問のすべてに応えないうちに、次の話題を展開してしまった。


「お前は、旅をしていた。ここに骨を埋める気はないのじゃろう? 誰かに殺され、海の王の座を譲るまでここにいる気はないのじゃろう?」


 何と答えるのが正解なのか――生憎俺は、そんなもの、持ち合わせてはいなかった。

 なので返答に窮し、黙っていると。


「ああ、いや、そんな話をしようと思ったわけではなくての!」


 シープラは、空気を変える様に、明るい声を出した。


「まあ、この町は、妹たちに任せておけば大丈夫じゃろ、ってくらいに考えておいてくれ。テロリストどもは掃討できたのじゃろう?」

「ああ、それは大丈夫だ」


 ゾンビにしたアジィに命令させて――テロリスト達に、完全にこの町から手を引くことを約束させたのである。それにしても、何食わぬ顔で迦楼羅天も混じっていたのだが――奴を殺すのは不可能なのだろうか。


「そうか、それは良かった」


 そう言って彼女は、噴水の縁に腰掛けた。

 俺もその隣に座る。


「儂はもう、大人になったぞ」

「ああ?」


 急に話題が変わったのについていけず、変な声が出てしまった。


「種族的に、大人じゃぞ。結婚できるのじゃぞ。大人の女じゃぞ。襲わんのか」

「襲うか!」

「なんでじゃ。合法じゃぞ?」

「いや、いくら種族(セイレーン・プラント)的に大人っつっても、俺たち(にんげん)から見たらまだ子供だし……」


 俺がそう言うと。

 シープラは、返事の代わりに、俺の唇を奪おうとした。


 視界をシープラの端正な顔が独占する。


 そこで、気付いてしまった。

 彼女に――実体が、無いことに。


 先程手を貸してくれた時だって、俺が目測を誤ったわけではなく、ただ単に、彼女に触れなかっただけで。

 質問に答えず、すぐに話題を変えたのも、彼女が「すでに死んでいた」から。


 そのことに気付いてしまった俺の目の前から、シープラは、どんどんその体を薄れさせていき。


『もう、儂は大人じゃろう?』


 その言葉を最後に、完全に姿を消した。

 

「ああ……大人だよ」


 俺の言葉は、彼女には届かなかったに違いない。それでも、良かった。それで良かった。届けば、お互いに、後悔してしまうだろうから。


 俺はしばらく。

 噴水の縁に腰掛けたまま、目を瞑って動かなかった。

虎姫とユージュ、あと事の顛末と次回へのリードは次話です。


――次回――

第三部:友達はいないけどゾンビなら大勢いる(仮)


 たぶん良い感じの英語に変わると思います。

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。


※なお、次話は投稿未定でした←

 新章一話は11日18時に予約投稿済みです。

 テスト勉強? ハハハやだなあ今からやってくるってばよ……


 では。



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