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友達はいないけどゾンビなら大勢いる  作者: たしぎ はく
Story_of_the_small_tragic_love_
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第二十二話:海神之杭

 血の花が咲いた。


 酸の湖があった。

 俺たちはその湖が酸であることを知っていたが、彼女は知らなかった。ただの水だと思っていた。そして、飛び込んだ。だから、飛び込んだ。

 一度死にかけた――正確にはほとんど死んでいた――彼女を、俺たちは助けた。

 旅は道連れ世は情け……ともに道行く仲間が一人、増えた。


 HPバーが見たことのないような速度で削れていく。

――――否。

 知っている。知っていた。本当は、知っていた。

 モンスターが一撃で死んだ時と同じ速度なのである。道中で出会った雑魚モンスターも、一匹残らず倒していたからわかる。あれは、格上――それも、自分より遥か上の存在に屠られる雑魚が等しくたどる運命なのだと。文字通り、捕食者の前では、いくらのHPなど吹けば飛ぶような数値なのだと。


 彼女は年相応には甘えたがりで、年に釣り合わず耳年増で、それから好きな食べ物はドーナツで、好きなことは水遊びで、可愛いものは普通に好きで、格好良い物も同じくらい好きで、好きな色は白で、俺のことも好きらしくて、実は優樹とも仲良くなりたいと思っていて、好きな言葉は「永久に共に」で、好きな魔法は「とにかく派手な奴じゃ!」らしくて、嫌いなのは熱いところで、夏が嫌いで、虫が嫌いで、歯磨きも面倒臭がって、虎姫のことは生理的に、海の王的に、受け付けないらしくて、酸湖以来湖がトラウマで、同じく水たまりも怖くて、お化けとかも結構苦手で、あと海の中に住んでいるのに海藻とかが苦手、魚介類も実は同族を食べている気がするからダメで、金属の冷たい肌触りが苦手で、それから……


「…………く、かッ」


 身体が動かない。

 首だけは起き上がる。

 シープラが必死に抵抗する。

 両腕でアジィの手を掴み、なんとか首から抜こうと試みて。

 その小さな手は自分の血で真っ赤に染まっていて、顎を伝い服に染み込み、爪先から垂れて石畳を濡らしていて。

 俺は動けなかった。

 動かなかったわけではない――体が、こういう時に限って、自由に、動かなかったのだ。

 呻き声が漏れた。


「空の王? わたくしを殺しますか? 一体いつまで這いつくばっているのでしょう? 海の王を守るのではなかったのですか?」


 変わらない笑顔。

 変わらない、完璧な――それこそ一枚数兆円もするような絵画の中に収められそうな、完璧な微笑。

 生憎俺からだと見上げることしかできないが、どの角度から見ても、美しいに違いない。

 その美しく「整いすぎた」顔が、凄絶に、歪んでいた。


――――笑みの形に、歪められていた。


「ほら、良いのですか? 海の王が死にますよ? 返事すらできませんか……うふふ、困ったさんですね」


 シープラ。

 彼女は、海の王である。

 その幼すぎる体躯には、「海の王」という重責がのしかかっているのだ。


 本当は、今すぐにでも飛び起きて、アジィを殴り倒して彼女を助けたかった。――でも、身体は言うことを聞かない。

 本当は、アジィを殺してでも、シープラを守りたかった。


「ま……だ……ッ! 過去形、じゃ、ね……え……」


 本当は、本当は、本当は……


「まだ! 過去形じゃ……過去形にするのは、まだ、まだだ!」

「あら? まだ喋れるんですね? では――加重二倍増しです」


 身体にかかる圧力が大きくなる。

 石畳に亀裂が走り、数センチ、身体がめり込んだ。

 肺が圧迫され、空気を吐く。


 それでも、俺は、言葉を作った。

 言いたいことが、あるから。


          ☆☆☆


 シープラから、聞かされていることがある。

 海の王についての秘密だ。

 海の王について、本来なら海の王本人にしか知りえない、知ってはならないことを、彼女は教えてくれたのだ。


 もしも、儂がこの先死ぬことになったら、を前置きとして、彼女は言った。


『その時儂のそばにクロウがおったら、その手で儂を殺してほしい』


 それに対して、俺は、そんなことできるわけないし、俺の前でシープラは殺させないし死なせない、そう答えた。


『もし儂が死ぬ寸前、あるいは死にかけていても、お前に殺して欲しい――つまりは、トドメは絶対にクロウになるようにして欲しいのじゃ』


 トドメを刺してほしい。

 つまりは、考えるのも嫌だが、シープラが死にかけている時に、俺は、殺すためにさらなる苦痛を与えなければならない、ということだ。

 そんなこと、できるわけ――

 言おうとした俺を遮って、彼女は語気を荒げた。


『聞け! ……聞いてほしい。苦痛を与えるのではなく――あらゆる苦痛から、儂を開放してやる、そう、考えることはできんか』


 苦痛から解放する。

 返答に窮し、黙り込んでしまった俺に、シープラは続けたのだった。


『海の王はの、クロウ――』


          ☆☆☆


「聞……けッ! 聞け――!」


 吐き出す空気が無くなった。

 それでも、無理矢理絞り出せば、声は、作る事が出来る。


「聞け――――シープラぁ!」


 視界が黒く狭まり始めた。

 酸欠――それが、どうした。


「今日が……」


 咳き込むことすらできない。

 体内に空気が無いからだ。えづいたようになって、一瞬言葉が切れかかるも、力付くで、無理矢理に、続けてやった。


「何の……日、か……! 知って……る、か!」

「あらあら? 最期のお別れくらい言わせてあげませんとね?」


 そう言うとアジィは、シープラの喉笛を「内側から」掴んでいた両手を引きずり出した。シープラのHPバーの減少が止まる。ほとんど視認できないような、ごくわずかなHPを残して、彼女はまだ生きていた。シープラの命はアジィの手のひらの上――HPだって、シープラが死なないように手加減して減らしていたのだろう。

 何のために?

 それは、わからない。

 ただ、わからなくても良い。結果として、アジィ、お前は、選択を間違えたのだから。本当に殺す気があったのなら、遊ばずに、殺しておくべきだったのだ。

 いや、殺しておいてほしかったとさえ思う。――これから、俺がすること、しなければならないことを思えば。


「最期くらい、ちゃんと話せるようにしてあげますね?」


 アジィが指を鳴らした瞬間、身体にかかる重圧が薄れる。依然かかっていることには変わりはないし、四肢がビクともしないのもそうだが、ただ、当たり前のように空気を吸い、話す事が出来るようになった。

 突然雪崩れ込むように入ってきた空気に咳き込み、涙目になりながらも、俺はシープラから目を離さない。


「今日が、何の日か……覚えてるよな!」


 シープラが、力無くもがく。

 

 今日が、何の日か。

 散々、言っていたではないか。再三に渡り、本人が、吹聴していたではないか。最初に言っていた日時より、実は少し鯖読んでいたから遅くなったのだが――今日は。


「誕生日――誕生日おめでとう! シープラ!」


 誕生日――今日から彼女は、彼女の種族の慣習に則っていうと、大人なのである。

 しかし。

 抵抗空しく、だらん、と、彼女の両腕が弛緩した。


 ついにこちらに顔を向けることは無かったけれど――俺は、そんな彼女の背中に。


――――指先の微動だけで、グングニルを、「発射していた」。

 

「……ッ!? なるほど、こういうことですか! さっき見た未来は――こういうこと!」


 再び、俺への加重が元に戻る。

 耐えきれず、額を石畳に叩き付けた。アジィの靴すら見えない。


「お……前、は、知ってる……かどうか、知らない、が、海の王を……」


 そこで、酸素が尽きた。

 散々叫んでいた、代償であった。


 あの日、シープラは言った。


『海の王はの、クロウ。先代の海の王を殺すことによって引き継ぐことになるのじゃ』


 と。


 空の王は、同じ世界の中で一番相応しいモノが、気付けばなっているらしい。

 地の王は、世襲制。そう言う家系が綿々と続いているそうだ。

 そして海の王は、最強の称号であり――一番強いものが手にする、と。


 つまり、海の王になりたければ、殺してしまえ。

 そういうことなのだ。


 だから、シープラは。

 シープラは、力の弱まった先代の海の王を、「殺した」。

 殺して、海の王を引き継いだのだ。


 地の王の継承が一番遅れていて、空の王の継承方法が一番進化している。

 その中間辺りが海の王で、そして、今回に限っては、それが災いとなった。


『海の王は、死ぬ前に後継者を選び、自らを殺させるのじゃ。そうしなければ――力を悪用するものが現れるかもしれんからの』


 シープラはそう言った。

 そして先程、アジィに操られてシープラが歩いていくとき、彼女はグングニルを、「故意に」蹴ったのである。


 神槍グングニルは、自分より対称が強ければ強いほど、その威力を増し、放つ光も強くなる。

 幸いなことに、シープラと俺の実力の差は、ほとんど無いと言って良い程小さかった。

 だから、槍があまり発光しなかった。そうであるがゆえに、アジィに気付かれなかった。


『儂が死にそうなときは、躊躇せず、一思いに、殺して欲しい』


 ごくわずかにしか効果を発揮しなかったグングニルでも、残り数ミリのシープラのHPバーを消し飛ばすのには十分すぎた。

 槍はシープラの上半身を貫いて、ついでにアジィの上半身も吹き飛ばしてから、俺の手元に戻ってくる。

 最後に――シープラの声で、儂はいつでもお前と共にいる――そう、聞こえた気がした。


 一時的に行動不能に陥ったアジィの魔力が切れ、身体が自由に動くようになっても。

 俺は、しばらく。

 這いつくばったままで、動く事が出来なかった。


「畜生ォォォォォォ――!」


          ☆☆☆


 魔力が渦巻くのを感じる。

 海の王を「殺した」ことによって、海の王の継承が始まったのだ。


 ドラキュラの時の様に、シープラをゾンビにすることはできない。


 身体が焼ける。先程俺の中のドラキュラを銀に食われたときほどではないが、それでも結構な痛みが体の中で暴れて、次第に落ち着き、やがてじんわりと温かく感じる程度の温度にまで下がった。

 自分の力の使い方が、今までもずっと、長年使い続けてきたかのようにわかる。その瞬間、既に理解していた。


『海の王の力は、後継者にひとつ残らず受け継がれるのじゃ。力だけでなく、技術、経験、知識やなんかもその例には漏れん』


 ただ、空の王の魔力と戦っているのか、シープラより前の海の王の記憶はあまり「思い出せない」。


 シープラをゾンビ化できない理由が融合(これ)だった。

 彼女は絶命したその瞬間に海の王の魔力の一部に変換され、そして俺を宿主として融合することになったのだ。


「わたくしが先ほど教えなかった未来――空の王が、海の王を殺す未来は、正直驚きを隠せませんでしたが……なるほど。なるほど、こういうことなのですね」


 グングニルの圧倒的熱量に蒸発した肉片が再び集合して、元の見目麗しい形に復活しようとしているアジィが口を開いた。


「で、貴方は海の王を吸収融合し、海と空の王を兼任することになった、ということですね?」


 その通りだ。

 体内で空の王の魔力と海の王の魔力が暴れまわり、時折身体に鋭い痛みが走る。

 制御はできそうになかった。

 ドラキュラの憑依を解けば良いのではとも思ったが、それはできない。できなくなっていた。体内で暴れている影響だろうか。


 右側の羽が出たり消えたりを繰り返し、それらが消えるタイミングで水が渦を巻いて噴出する。左手から莫大な量の水が溢れてグングニルを濡らした。

 溢れる水はその勢いをとどめることを知らず、ほとんど滝のような勢いで噴出された末、グングニルの周りに収束し始める。


「あらあら? ちょっと、手を出し辛いですね。見たことが無い海の王の力の使い方です」


 グングニルの周りの水は、収縮した後、凝縮して、段々とそのフォルムを細く洗練していく。

 最終的には、全長三メートルほどの巨大な騎乗槍に、その姿を変えていた。


「神槍グングニル・海神之杭――起動」


 海神之杭シルフェリア・プラント、という銘がグングニルに追加され、その効果も大きく変更される。

 細く尖った三メートルの槍は、その長さに反して軽く、今までと同じような感覚で扱う事が出来た。長さだけに注意すれば良い。純粋に、間合いだけが増えたようなものだ。

 形も、木の棒の先端に穂先が取り付けられていた無印とは違い、細長い円錐のような形の騎乗槍に変わっている。

 その効果は、一度起動を宣言すれば、使用者の魔力を恐ろしく消費する代わりに、「ありとあらゆるものを貫き通す」というものであった。無印とは違い、事前に穂先で斬り付けてマーカーをつける必要も無いし、また、対称が動物以外でも使用が可能になった。例えば、岩や建造物もそうだし、海や宇宙なんかもその気になれば貫く事が出来るだろう。


「さすがにそれは、全力で防がないといけませんね。わたくしにも彼我の実力差くらいはわかります」


 使用は、一度きり。

 一度投げたら使用者の魔力が切れるまで対象を貫いたまま飛び続け、魔力切れと同時に手元に戻る。


 シルフェリア・プラントの名が刻まれたその槍を、構えた。


「全力全開最大防御です! ――零小(ノーダメージ)


 アジィの周囲に、恐ろしい密度の魔力で編まれた膜が現れる。


「いけ――海神之杭ォォォオッ!!」


――次回――

『もう、儂は大人じゃろう?』

―――(予告は変わる可能性アリ)―


では。

誤字脱字、変な言い回しの指摘、感想、評価、レビューお待ちしております。


※なお、次話は投稿未定です。

 月曜日からテスト期間なためです。

 だから、テスト終わるまではしばらく空きます。

 えっと、まあ、二週間半ほど。

 それまで、お待ちいただけたらと。たぶん次話最終話なので←

 キリ悪くてごめんなさい。


 では。

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