第十九話:匂い
えー、一応「ロリコン・フェチ」に注意。今更過ぎるね☆
俺は優樹のことが好きだ。
しかしそれは、虎姫やシープラのことが好きではないという意味ではない。
確かに俺は、シープラや虎姫のことも好きであった。
ただ、どちらかを選べ、と言われたら。
「俺は――虎姫も、シープラも選べない。……片方を取ることはとてもじゃないができそうにない」
俺は虎姫とシープラのことが好きだ。
だが、一番の座にはいつも優樹が座っているのである。例え方は悪いかもしれないが、肉まん買おうとコンビニに行って、売り切れだったからアンまんかピザまん買うか、ってなったとき――正直、どちらでも一緒である。こちらはどうしても肉まんが食べたかったのだ。アンまんやピザまん、カレーマンなんかはあくまで二番手でしかない。
アンまんもピザまんも好きだが、肉まんが食べたかったのだ。
……やっぱり、ちょっとこの例え方は悪いかもしれない。
「優柔不断ってわけじゃねえ」
どちらも俺の中での一番にはなれない――なんて、決して口には出さないが、代わりに。
「どちらかを選べ、っていう選択肢を、二つとも手に取るという選択は――邪道なのか?」
――代わりに俺がそう言うと、ユージュは肩を竦めてみせた。優樹がよくやる動作。同じ容姿ということもあり、優樹その人を幻視する。
「……その選択が許されるのは、がけっぷちに恋人と家族がぶら下がっていて、こちらに手を伸ばしている時だけなのかしら」
「それでも、俺は――」
「御主人様」
虎姫が、俺の言葉を喰った。遮って、続ける。
「御主人様――わたしが……御主人様の中で一番になれないことは、わかってる。……でも……わたしは、それで良い。迷ってくれるなら、それで良い。わたしは、ご主人様と一緒にいられたら、それで幸せ、だから……」
「お前がそんなんだから、いつまでたってもクロウがふらふらしているのかしら。見ていて――見ていて、いらいらするのだし」
ガっ、と、絨毯を蹴りつけて、ユージュが吐き捨てる様に言う。
「シープラ、お前もそうなのだし。お前は、クロウのことが好きなのかしら? はたから見ていたら、どう見たって惚れているのだし」
「……好きじゃが、そんな風に言われるのは少し気に入らないのう」
「なら、どうしてもっと強引にいかないのかしら? ……じれったいのだし。じれったいのだし!」
シープラや虎姫は、確かに可愛いと思う。
だから、こんな風に好意を寄せてもらえるのなら、男としてとてつもなく嬉しいものだ。
「のう、ユージュ」
「……なにかしら、シープラ」
「お前……気付いておらんのか?」
シープラが、俺から手を離して腕を組んだ。
「いや、お前も、気付いておらんのか、じゃな」
「だから、なにがかしら!」
「わか……った……わかってた……」
虎姫が、俺の左肩に顎を乗せて言う。
「お前――」
「ユージュ……も」
「クロウの事が、好きなのじゃ」
反応は、色で表すと赤であった。
「な、な、な」
「先ほどの言葉、まるまる返そうかの。はたから見ていたら、どう見たって惚れているのだし、じゃ」
「ち、違う! 違うのだし! 確かに、虎の集落で倒されたときには『惚れたぜ』と言ったけれど――べ、別に本気ではないのだし!」
真っ赤。赤面。視線は俯き、髪の隙間から覗いた耳まで真っ赤に染まる。
「ほ、本気で惚れたわけではないのだし! ぽ、ポーズだけ! ポーズだけかしら! とりあえず格好つけただけなのかしら!」
「見ててイライラするのは……自分が遠慮しているのに、わたしたちが強引にいかない、から……」
「ち、違っ、違うのだし!」
もしも。
もしもそれが真であるならば。
それこそ俺は、誰を選べば良いのだろう。
シープラ。
虎姫。
ユージュ。
そもそも……選ぶ必要が、あるのか?
「あ、あるに決まっておるじゃろう」
「……虎姫は?」
聞くと、彼女は鼻で笑ってみせた。
「どう考えても……わたしが一番、有利。シープラよりも、ユージュよりも、私が一番長い間……ご主人様と、一緒にいる」
だから、と、彼女は続ける。
「――だから、わたしはシープラに譲っても良い。……譲っても……良い」
「やけに『譲っても』、を強調するのう……」
「わたしも……ユージュみたいに、御主人様の役に立つものを探す、から」
正面。
虎姫の目は俺の視線を捉えた。その視線はあまりに真っ直ぐすぎて、目を突き抜けて脳内をすら覗かれているような気分になる。……実は虎笛隊のタクトがあまり役に立ちそうにないと思っていることがばれてるんじゃないかと不安になった。というかばれてますよね。自覚あったのか……?
「じゃあ……町に行ってくる……」
「良いのかしら? そんな風な態度――そんな選択で。長い間一緒に過ごしたなんて有利は、すぐに覆せるのだし。……譲ってくれた手前聞くけれど――後悔しないのかしら?」
「ん、何、言ってる……? わたしが譲ったのは、シープラだけ……」
ユージュは、優樹に戻る可能性があるから、か。
「そう……御主人様の正妻には……さすがに、楽に勝てそうにない、から。お前は、ずっと、わたしが見張ってる」
「良いのか? 譲ってもらう立場じゃから、何も言わなければ得をするのじゃろうが、……本当に、良いのか?」
実は、と、虎姫は嫌そうな顔をして付け足した。
「わたしが地の王の力を取り戻してから……海の王であるお前と一緒にいると……気分が悪い、から」
「な……」
「でも、わたしが我が儘を言っても……御主人様は困る、から」
「じゃ、じゃがそれなら――」
……うるさい!
虎姫は叫んだ。
「空の王――ドラキュラは力が弱いから、我慢できる……でも! お前の力は強すぎる! だから、我慢できないの! 正直……顔を見れば、殺してしまいたくなる、から……!」
その言葉に対してか――ユージュが、こちらを見て呟く。
「まあ私は旧の空の王だから、力が強いか弱いかはわかるけれど、拒否反応は無いのかしら」
「ちなみに……シープラと虎姫の力の強さって言うのは、どれくらいなんだ?」
☆☆☆
結局、虎姫はユージュを引きずって町に繰り出した。
散々嫌いだと言われたシープラは、部屋の隅で消沈している。
「虎姫は……悪い奴じゃないんだ」
「……わかっておるのじゃ。さっきの発言の意図なんかは、クロウよりも十全にわかっておる自信もある」
それに対し、迷った挙句俺が返事を返さないでいると、シープラは言葉を続けたのであった。
「まあ、先ほど言っておったことも真実ではあるのじゃろう。……じゃが、まあほとんどは自分を殺してまで譲ったクロウをなかなか受け取らんから痺れを切らした、とかかの」
「そもそも虎姫がだ、なぜあそこで引いたのかが分からん」
「それは……お前が首を突っ込んで良い所ではないのじゃ。まあ、強いて言うなら女の子の秘密じゃの」
女の子の秘密……
そういう言い方をされるとこれ以上掘り起こしてはならないような気になる。卑怯だ。
「さ、せっかく譲ってもらった権利じゃ。今日は一日中――おうちデートという奴じゃな! 切り替えていくのじゃ!」
ぱん、と一度手を叩いて、シープラは宣言した。
宣言――デートを宣言された以上、虎姫やユージュのことを考えるのは失礼だろう。あの二人を危険な目に合わそうと思えば相当な実力者かかなりの変質者かのどちらかなので――まあ、大丈夫ではあるはずだ。というか、旧とはいえ空の王であったユージュと、蜜の女皇にして地の王の虎姫に勝てる敵はこの世界に存在するのだろうか。いても両手の指に満たなさそうだ。
「外に遊びに行くデートと言うのもまた一興じゃろう。同じ時間を過ごして、同じことをする」
じゃが!
と、シープラは、こちらに指を突きつけて足した。
「――じゃが、それが必ずしも外である必要はない。家の中でだって一緒にいられるし、同じ時間を過ごせるし、世界を共有する事が出来るのじゃ」
一理ある、と、彼女その言に対して大仰に、しかつめらしく頷いて見せた。
「じゃから今日は、家から出ずにデートしよう! のう?」
「構わないぜ」
☆☆☆
時刻は正午。昼食を済ませた所である。
「儂は二時くらいになるとまた眠くなるから……それまでは部屋でお話をするのじゃ」
シープラの部屋は、依然変わらずスッとするようなミントの香りだ。
空気がおいしい、って言うのは本来こういうのに使う表現ではないのだろうけれど、まあ文章を文字・言葉そのままの意味で捕らえると、シープラの部屋の空気はおいしかったのだ。……変態がここにいる!
自分でも軽く引いた。
「この部屋はなんか良い匂いがするな」
「そうか? 慣れかのう、儂はそうは思わんのじゃが」
シープラがベッドに倒れ込んだので、俺は部屋の隅に置いてある椅子を持ってきて座る。
「儂はのう、クロウ。虎姫が地の王の力を取り戻してからは彼女の顔を直視できんようになったのじゃ。彼女が儂を殺したくなるように、儂も彼女を殺したくなる」
「俺も空の王扱い……なんだよな? 一応」
「一応、の話なのじゃ。現に今、お前はドラキュラを憑依させていないであろう? 憑依させてる間は空の王と同じ存在となっておるが――今はただの人間じゃ。……ちょっと格好良いだけの、な」
「ごめん、最後の方もう一回言って。聞きとれなかった」
「クロウはちょっと魔法が使えるだけのただの人間じゃと言ったのじゃ!」
シープラはベッドにうつ伏せに倒れたまま、こちらの方を見ようともしない。
靴を履いた足をバタバタさせているのは――
「あ、脱がせろってことか」
「は!? いや、ち、違、脱が、ぁん……!」
激しく暴れていた小さな足を捕まえて靴紐を解き、右足から靴を脱がせた。
黒い革靴。
履き口に突っ込んだ指先がこもった熱を感じ取る。
右、左と順番に脱がせ終わってから、ニーハイソックスに包まれたおみ足をベッドに横たえさせた。
要所にフリルがあしらわれた、染みひとつ、シワひとつない真っ白のブラウス。
ショート丈の黒いズボンからは、これまた透き通るように真っ白な太腿がすらりと伸びて、膝から先の黒ニーハイソックスに包まれていた。
上下でモノクロの服装に、ズボンを吊るサスペンダーの赤がアクセントとなって非常に可愛らしい格好に仕上がっている。本人曰く「下着も凄い」らしいが……
「そういえば、あの巫女服みたいな服はどうしたんだ?」
「デートの時に普段着で来る女がどこにおるのじゃ」
言われて納得する――確かに、それもそうか。
俺のより、かなり小さい靴を、揃えてベッドの足元に置く。
顔をあげるとシープラはまだうつ伏せでいたので、ちょっとこう、なんというか、俺の知的好奇心的なものが迸ったんですかね。
一度置いたシープラの靴を拾い上げると、鼻に近づけたのだ。ベッドはそれなりに高さがあるので、うつ伏せで寝転がっているシープラからは見えない位置である。
まあなんというか、出来心であった。こう、気になったというか、なんというか。
「この靴、どれくらい履いてるんだ?」
「んー? 気になるか? まあ、そうじゃの、半年くらいかの」
「へえ、結構壊れないもんなんだな」
汗の匂い、か。臭いではない。臭くは無い。むしろ良い匂いの部類に入ることは保証する。
先程まで履いていたから、湿った暖かい空気が靴の中に充満していた。それをできるだけ音を立てないように吸い込む。麻薬でもやってる気分だ。新鮮な空気が入ってこないがゆえに頭がくらくらする。いや、新鮮な空気だけではないのかもしれない。靴の匂いにくらくらしている? ――狂ってる。
知的好奇心は満たせたので、靴をきっちり揃えて顔をあげると、至近距離にシープラの顔があった。真っ赤であった。
「な、な、な、ななになにをなになんあなんあににあ」
口を戦慄かせ、 シープラの声が意味をなさない。
「ち、違うぞ! これ、えっと、ほら、知的探究活動みたいな!」
「わ、儂の靴の……に、にお、におっ」
「か、可愛い女の子の靴の匂いはどうなのだろう――って思わなければこんなことはしなかったはずだきっと! 出来心でやりました!」
眼の焦点は合わず、泳いでいるというかもはや溺れている。
頬は紅潮するを通り過ぎて熱でもあるんじゃないかというくらいに真っ赤だ。
――可愛い女の子は靴の匂いまで完璧か。この永遠の問題ともいえる命題に、たった一度の試行で結論を出してなるものか。……ただ単に俺が脚フェチなだけという可能性は考えないものとする。というか完全にそうだよな。反論の余地が無いよな。主観でもそう思います。客観ならなおさら。
「そ、それで!?」
「それでって……?」
「ど、どうだったのじゃ、儂の靴は! 臭くなかったか!?」
「臭くは無かったぞ! 良い匂いだった!」
「いまっ今までで一番良い笑顔じゃぞ引くわ! 気持ち悪!」
「おみ足拝借」
「や、やめい!」
「あ、こら暴れるなって、痛って痛って蹴るなっておい」
「こ、今度は靴下じゃと!? やーめーろー脱ーがーすーな――って言っておるじゃろうが!」
シープラが全力で振り下ろしたチョップは脳天に直撃して、さすがは海の王の全力――たかが人間である俺の意識を刈り取るには、充分が過ぎたのであった。
――次回――
「今度こそはボスを連れてきたんだ。勝つための準備もちゃんとしてきた。負けないよ――お兄ちゃん」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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