第十八話:選べ!
ゲームのシナリオを二日で一ルート書く→ともゾンを二日で一話書くを繰り返します。すると寝不足になり、授業中眠たくなります。ピンチ!
「どうかしら?」
ユージュが言った。
俺は荒い息を吐きながら、左腕で額の汗を拭う。ベタつく油のような汗だ。気持ちが悪い。
ゆっくりと体を起こしていくと……
「クロウ、お、お前、その右腕――う、うご」
シープラの呟きがやけに響く。
彼女の声が絨毯に吸い込まれると、聞こえるのは今にも破裂しそうな心音だけになった。
右腕を見下ろす。
「――うご、動いておるぞ……? 義手じゃろう!?」
「ああ――動いてる、な」
手を開いて、閉じる。
右手を肘関節で曲げ伸ばして、指を握りこんで、開いて。
銀が擦れる音が響いて、しかし関節部はわずかな振動も起こさない。見事なつくりだ。関節の動きがこんなにも滑らかなんて。
「神経と義手を、直接接続したのだし。ちょっと痛みがあったかもだけど――これで、右腕一本が返ってきたのだから、安い犠牲なのかしら」
「悪意のプレゼントって――照れ隠しか? まるっきり、厚意のプレゼントじゃねえか」
「照れ隠しではないのだし。ただ――何が悪意なのかはまだまだ秘密だし、とりあえず言うことがあるのではないかしら」
ああ――ありがとう。
俺がそう言うと、ユージュはそっぽを向いて、小さくはにかんだのであった。
「……今から、楽しみで楽しみで仕方がないのかしら」
☆☆☆
翌日、シープラの寝室の隣の部屋で、俺は目を覚ました。
そして硬直した。
俺の上に、シープラが乗っかっていた。
いや、これだと言葉が足りないかもしれないな。エロい意味に聞こえる。優樹に毒され過ぎたのだろうか。当の本人はまだ帰ってこないけれども、この前現れた優樹はいったい何者だったのだろうか。もしかすると、旧・空の王ユージュのアバターではなく、違うアバターでログインしなおしたのかもしれない、と、今、ふと思った。それならどうして俺と合流しないのかが謎だが……
さて。
シープラが、仰向けに寝ている俺の上に倒れ込むようにして、その幼い寝顔を露わにしていた。
寝惚けてもぐりこんだ……ってわけでもない、か。頬の辺りが濡れている。昨夜は一人で寝たはずだから……寂しくなったのかもしれない。それで俺の布団にもぐりこんできたのだ。推測の域を出ないが、恐らく真実だろう。
しばらく一緒に旅をしていた時期に、それは嫌というほどに分かっていた。彼女は寂しがりであり――年相応には甘えたさんなのである。それを隠すためにあんな喋り方をして、自分を大人に見せようとしているのかもしれない。まあ、こんな風に隠せていないのだが。素直に、可愛い所だ、と思う。
「で、それはさておき、だ」
「……な、なななにかしなんなのかしら?」
「お前は一体何をしに来たんだ?」
俺の右側の枕元に立って、こちら側をただ見下ろしているユージュにも声をかける。ちなみに左側には虎姫も寝ているが、とりあえず順番だ順番。一気に捌けるか。
「ちょっとこう、よ、夜這い? 的な? ものを、しようと思っただけなのかしら」
「暗殺の間違いじゃねえ?」
翌日、だが、翌朝ではないことに、今更ながらに気付く。部屋の窓から見える外は、まだ暗い。
右腕の義手で掴んでいた、首元に突き付けられている剣の向きを変える。
何かを感じて目を覚ますと、俺の右腕が彼女が振り下ろした剣を掴んでいたという寸法である。
「こ、これは、その、義手の自己防衛機能がちゃんと働いているか確認するためのテストなのだし」
「いきなり人体実験かよ! ……って何? この義手そんな機能付いてるの?」
シープラもまだ寝ていることを思い出し、途中で声のボリュームを落とした。
「ヌアザの義手についての資料は……宿主の記憶ではほとんど焼け落ちて無くなってしまっていた、となっているのかしら。でも、せっかく作ったのに何の変哲もないただの義手だと面白くない――そう思った私は、色々な機能を付けたのだし。自己防衛機能はその一つかしら?」
「……ちなみに、他の機能ってのは?」
「それは悪意のプレゼントだから――教えるわけがないのだし。阿呆なのかしら? どこに悪意を隠しもせずに前面に押し出した贈り物をする輩がいるというのかしら」
お前がそうだろ、と思ったが口には出さずに、半眼で抵抗の視線を送るだけにとどめておく。
ちなみに右手は剣の先端を握ったままだ。凄い力で固定されており、およそ逸らす事が出来そうにない。せいぜい剣先がこれ以上進むのを防ぐ程度。
そのまま――左側、虎姫の方を向く。
「あんまり見つめられると……恥ずかしい……」
虎姫は、全裸であった。
なるほどわからん。
「赤ちゃんの名前……御主人様、一緒に……考えて……ね?」
「えっ? 赤ちゃんができるような行為がいつの間にか行われているだと!?」
「恥ずかしかったけど……わたしは、好き、だから……」
ユージュが剣に込める力が増した。右腕の義手は、今まで腕があった時と同じように動いてくれるのにもかかわらず、力は数倍にも数十倍にもなっているものだからその剣を受け止めるのに余裕すらある。
その時であった。
「儂は昨日の晩すぐにこの部屋に来たのじゃ……その時には虎姫、お前はまだおらんかったぞ。お前が来たのは儂が来てから十分後くらいじゃから……」
眠そうに瞼を擦りながら、シープラが言った。
「まあ、そのような行為を行おうというのなら、儂が全力で止めておるの」
ふわあ、と可愛らしい欠伸をこぼす。瞼は今にもくっつきそうで、半分くらい夢の中だろうか。まあ、時間的にはまだまだ深夜帯だし、眠いのも無理はないのかも。
「儂が来てから十分ほどで……クロウのベッドに潜り込んできた虎姫じゃったが…………しばらくお前と手を繋いだり指を咥えたりした後…………普通に…………寝た、のじゃ……」
睡魔に抗えなかったか、シープラは再び夢の世界に旅立ってしまった。
話の中心となった虎姫はというと、顔を両手で覆い、肩をわずかに震わせていた。黄色と黒の縞模様の髪の隙間からはみ出た耳が真っ赤に染まっている。
「虎姫……?」
「……しい……は、はず、恥ずかしい……よ……いつもみたいに嬉しくない……」
「おい、大丈夫か……?」
「う、嬉しくない! 恥ずかしいのに気持ち良くない……ただ、単に恥ずかしい……穴があったら入りたい……!」
ぶつぶつとうわ言の様に紡がれるのは、ひとり言、で良いのだろうか。
珍しい……というか、恐らく初めての、本気で恥じらう虎姫の図に一瞬面食らう。
「俺の手を、どうしたって?」
「い、嫌! 聞かないで……恥ずかしい、から」
なるほどこれは。
これまで虎姫に何が足りなかったのかを思う。
それは、恥じらいだ。圧倒的にこれが足りていなかった。
「手を繋いだり、指を咥えたり、か?」
「…………ッ!」
俺の言葉に対して、返ってきたのは声ではなく、平手だった。ぺちぺちと、俺の左手が連続で打たれる。片手だけだと顔を隠せないからか、布団に顔を埋めていた。
「す、するもん、誰だって一回くらい……!」
ナニコレ、と、真っ先に思った。
虎姫超可愛い、と、続けて思う。
しかし俺には優樹がいる――優樹、お前はいつになったら俺の所に帰ってきてくれるんだ……?
その答えを知るものは、この場にはいなかった。
☆☆☆
「わか、った……」
「なにがじゃ?」
「お前を一番……野放しにしておくべきでは、なかった……」
俺の右足に抱き着いているシープラと、俺の左腕を抱きしめている虎姫が視線で火花を散らせた。
ちなみに、ユージュは二度寝三度寝を通り越して五度寝くらいの睡眠タイムに入っている。どうやら夜這い(というか暗殺)のために早起きしたので疲れたらしい。わざわざ不意打ちに対する自動防御がちゃんと発動するかどうかを調べてくれたのになんだが、夜じゃなくて昼間にやれよと思うのも仕方あるまい。
「御主人様は……! 今からわたしと一緒に町に行くの……!」
「儂と家の中でまったり過ごすのじゃ!」
「両方じゃダメなのか……?」
一応口を挟んでみるものの、
「ダメ! 絶対……これ以上、シープラとは仲良くさせない……から」
「無理じゃ。だって儂は、外に出れんからのう。よっぽど緊急案件じゃないと外出許可が取れんのじゃ。……これでも、一応海の王じゃからの」
両方からの猛反発にあい、首を竦めた。
「つまり、緊急案件さえあれば全員で外に出られて万事オッケーかしら?」
「いきなり不謹慎じゃな。だが、まあ、間違ってはおらん」
「じゃあ起こしてあげるのかしら――緊急事態」
そう言っていきなり呪文の詠唱を始めたユージュを、全力で止める。
というか――
「いつの間に起きてたんだ?」
「少し前かしら。……それより、何をするのだし。クロウ、お前は海の王を外に出してやるつもりはないのかしら?」
「つもりはあるけど緊急事態を起こす気がねえよ!」
「大丈夫、緊急事態といっても可愛い方の緊急事態かしら」
ちなみに何をやろうとしてたんだ、とそう聞くと、返ってきた答えはやはりぶっ飛んだものであった。
「この辺り一帯をぶっ飛ばしたら、また町を守ろうとテロリスト共が集まってくるのだし。そいつらを全部殺したら、あとは堂々と胸を張って町を歩けるのかしら。わざわざ緊急事態を作るまでも無かったのだし」
「いくら自由に直せるからって、却下だぞ。人の命が際限なく軽くなる」
人の命は尊く重いものであるべきだ。やむを得ず死んでしまった場合は仕方ないかもしれないが、基本的には失われてはならない。
……そこで、自分の思考に戦慄を覚えた。「やむを得ず死んだ」だって? そんな日本語が、存在してたまるか。俺は一体、何を考えている?
頭を振って、その思考を吹き飛ばした。
失われても良い命など、この世には無いのだから。
この世界は確かに、電子情報でしかない虚構の世界かもしれない。
優樹が言ったように、NPC――このゲームの住人達に自我が無く、彼らがプログラムで決められた行動だけを起こす人形だったなら、別に何とも思わなかったかもしれない。いや、思わなかったに違いない。所詮ゲームはゲーム――それまでだ。
だが、彼らは自分の意志を持ち、自分の選択に基づいて日々を生きているではないか。
確かに。
確かに彼らは、人工知能を持つだけのプログラムだろう。いくら俺たちと同じように考え、行動するといえど、所詮はプログラムの延長でしかない。
「でも、だ」
たとえば虎姫を、プログラムだから殺しても問題ないよね、どうせ生き返るんだし、と、目の前で殺されたなら。
「俺は怒る。そいつを何回殺しても気が済まないくらいに怒る自信がある。本当はこんな仮定もしたくないくらいだ」
虎姫が俯く。
「それはシープラだって同様だし、もちろんこの町の皆だってそうだ。俺は、目の前で命が失われることを許さない」
その時、ユージュが薄笑いを浮かべた。
「クロウ、自分の言っていることの矛盾に気づいているのかしら?」
矛盾。
こちらが反応を返せないでいると、ユージュはさらに言葉を続けた。
「お前は、死霊術師かしら。――己が殺した命を使役する職業なのだし」
「……牛や豚を殺して、俺はその肉を食べないで捨てるべきか?」
「空の王は――牛や豚なのかしら? 肉の例えで言うと鶏かしら」
ドラキュラは……確かに、自我を持っている。そして、俺のゾンビだ。つまり、一度。俺は、知能を持つ「者」を殺しているということである。
愕然とした。
自分の理論の――行動理念の、穴の多さに。
俺は一体、何に従って生きていたんだ、と、自分の足を乗せていた土台が大きく崩れていったのを幻視する。大袈裟かもしれないが、俺は確実にそう思った。
ユージュに二言三言言われただけで瓦解するような、薄っぺらな持論。
「襲われたから、自衛として倒した――いや、ここではこういった方が正しいかしら――殺した。言いたいことはこうかしら?」
「……ああ。そうだ。でも――」
「でも? さっきから言っていることがブレ過ぎなのかしら。まるで――そう、えっと、まるで……」
ユージュは、そこで言葉に詰まった。良い言葉が浮かばない、といった風情だ。
「まるで――何かの受け売りを、あたかも自分の意見の様に、嬉しそうに披露しているみたい、なのだし」
☆☆☆
誰かの受け売りを、嬉しそうに披露している。
その言葉の意味は理解できる。確かに、俺の意見は誰かの受け売りだろう。だが、それは、今まで生きてきた以上普通のことなのではないのか? たとえば考え方は、両親や、学校の先生、友達なんかの意見から多少なりとも影響を受けるものなのだ。
「お前の、自分が考えて思っている本心が、まるで見えてこないのだし」
同調とか、集団心理とか。
集団心理はちょっと違うか?
とにかく、人間、特に子供は、周囲の意見を判断基準に持ってくるものなのだ――
「それは、一体誰の受け売りなのかしら?」
「受け売りなんかじゃない」
「受け売りじゃない――でも、自分で考えて言っていることでもなさそうなのだし」
えっと、こんどこそは、と言って、ユージュはこめかみ辺りを指で押さえた。あれは、宿主である優樹の記憶を探っているときに彼女がよくやる動作である。
「クロウ、お前は、人工知能みたいなのかしら。周囲の影響を受けすぎている。自分の意見を持て!」
荒い語尾。
そこでユージュは、ふと、我に帰ったような表情を浮かべたのであった。
「前からずっと言おうと思っていたのかしら。クロウ――優柔不断は、はたから見ていると腹が立つのだし。つまり、えっと、もっとはっきりしろ、って言いたかっただけなのだし」
何が言いたいのかというと。
「地の王――虎姫と、私、いや、宿主もそう。今だって、虎姫とシープラで迷っている」
唇を湿し、眉を浅く立てて。
組んだ腕は悲しいくらいに胸を強調しない。
「選べ! かしら。虎姫と、シープラ。この二人なら、お前はどちらの方が好きなのかしら!」
――次回――
「俺は――虎姫も、シープラも選べない。片方を取ることはできそうにない。でも、」
―――(予告は変わる可能性アリ)―
では。
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