第一話:死霊使いの少年
『トレジャー・オンライン』
今世紀最高峰といわれるVRMMO、いわゆるフルダイブ形式のゲームである。
ジャンルはファンタジー。開発はゲームクリエイト中津。
今日が発売日で、三日前から並んでやっと手に入れたのである。一人で並んだのは墓まで持っていく秘密だ。唯一であると言っていい友人、中津成也先輩に進められたゲームなのだが、彼は親のコネで、並ばずに手に入れる事が出来る。というか、彼の親がゲームを開発している会社の社長である。ゆえの、一人での列並びだ。過酷だった。
午後一二時四八分。
あと一二分、午後一時になれば正式サービススタートだ。ベッドの横に置いてある時計を睨む。だがしかし、そんなことをしても時が進んでくれようはずもなく、俺はこうして、この、一二分という微妙に持て余す時間を過ごしているわけである。
見るでもなく、『トレジャー・オンライン』のパッケージを流し読む。『Treasure Online』パッケージに書いてある説明は暗唱できるほどに読み込んだ。操作説明書も完璧だ。この程度の分量ならば、一回読んだら、大体覚えられる。
「『トレジャー・オンライン』では、トレジャーハンターと呼ばれる人間たちがいます。しかしそれは職業ではなく、あくまでも各地に眠る「宝」を探す人間のことを指していうものであり、たとえば職業魔法使いのトレジャーハンター、騎士のトレジャーハンターなど、二五五ある職業に応じたトレジャーハンターが存在するのです。また、職業の特性によって適した地形、モンスターなどがあります。
協力するべきプレイヤーたちは――皆、仲間であると同時に、ライバルでもあります。なぜなら、ゲーム中には全部で三二種類ある『伝説級宝』、そららをすべて手元に集めるのがグランドクエスト、ハンターたちの使命だからです。時には奪い合いになることもあるでしょう。
それなのに、です。ただでさえ希少な『伝説級宝』は各種類一つしか存在しません。その上、破壊されることはありません。それでも、個人所有ではなく、所属するパーティ、ギルドで全種類揃えてもそれはグランドクエストを達成したことになるので、徒党を組むもよし、所有者を倒して奪うもよし、そんなものには興味が無いと、釣りに農業に武器防具道具生産、捕獲した(※)モンスターの育成、ハウスのコーディネイトに情熱を注ぐも良しです。
さあ、宝をめぐる異世界冒険譚に参加しませんか?
※ モンスターをテイムできるのは、特殊なアイテムを使った時か、「テイマー」系職業のプレイヤーがスキルを使った時だけとなります、と」
以上、暗記してしまった説明書の前書きである。無駄にコメマークの注欄まで覚えてしまった。
うーむ、と小さくうなり、パッケージを放り投げる。ゲーム開始まであと二分だ。
今まで座っていたベッドに横になり、ヘッドギア型のゲーム機を装着。右耳の少し上にあるスイッチをオンにする。吸い込まれるような感覚、目の前が一瞬暗転。そうして、俺こと明野黒羽は、『Treasure online』への初ログインを果たしたのであった。
☆☆☆
レストモワーレ。
それが、このゲームの世界の名前である。意味は「喧騒と助け合い、そして弱肉強食」。どこがそういう意味かはわからない。
このゲームは世界中の人がログインできるために、自動翻訳プログラムが積んである。だが、どこか一つでもその言語で言い表せない言葉があれば、それを通訳することができなくなってしまうために、もういっそ、と、そういった通訳が容易でない単語には固有名詞を作ってしまおう、とゲームクリエイト中津の人たちは考えたらしい。
最初に出たのは、三方を木に囲まれ、一方は他のフィールドにつながるであろう学校の校庭くらいの大きさの空間。
このゲームでは、初期設定で名前と年齢のみしか設定できない。性別や背格好、体型などは、下手にゲーム内で変更すると現実世界での生活に支障が出る恐れがあるために変更できないのだ。だから、プレイヤーは唯一変えられる自分の顔に精魂かける――ことをこのゲームではできない。アバターは何億通りとある中から、運営がランダムに決定してしまうためだ。
かく言う俺の容姿は、ゆるくカールした黒の髪に、薄く燐光を放つ真紅の瞳。真紅の眼か。俺の嫌いな色だ。
俺の名前は《クロウ》に設定した。なんのひねりもなく、本名「黒羽」の、読み方を変えただけだ。
初期装備は麻っぽい素材の半袖シャツに半ズボン。辺りを見回すと他のプレイヤーも皆この格好なので、不思議な光景ではある。
『ようこそレストモワーレへ!』
「うわっ」
突如耳元で響いた合成音声に思わず声を出して驚いてしまう。
『君に、レストモワーレでの生活を送ることを許可するよ!』
男性のようにも、女性のようにも聞こえる声。
『宝の奪い合いに参加するつもりなら、これだけは聞いてほしいと思って出てきたんだ』
続く。
『もし君が宝の奪い合いに参加するつもりならば――味方じゃないプレイヤーは、どんなに良い人そうだと判断しても、敵足りうるから。気を付けてね。それじゃあ、健闘を祈る』
始まり同様唐突に、その声は遠ざかって消えた。運営の挨拶のようなものだろうか。
現実なら不審者として通報されそうなくらい挙動不審に辺りを見回すようなこともなく、一発でNPC――プログラムで動くゲームの中の住人――は見つかった。いや、現実で俺が困り気味に周囲を見ていても、声をかけてくれるような奴はいないか。
話を聞かない事には、この同じ服装の人間が大勢いる謎の空間――地図を見ると始まりの間となっている――から出られないので、さっそく、そのローブを着たお爺さんであるNPCに話しかけようとする。
しかし、口が魚のようにパクパクと開閉するだけで、声は出てこなかった。どうした黒羽、せめてゲームの中では友達を作るんじゃなかったのか、たかがNPCに話しかけるのに躊躇していてどうする。
俺には、友達が極端に少ない。片手で数えられるくらいである。いや、見得張りました。成也さんしかいません。
その理由はこれにあった。人に話しかけるのが怖い。そう、知らない人に話しかけるのが怖いのだ。
性格は明るく社交的であると自負している。しかし、自分から話しかけることができない。人から話しかけてくれれば、それなりに受け答えはできると思うのだが、自分から会話の発端となることが苦手なのである。咄嗟の反応を求められることにも。
原因――は、俺の現実での容姿にあると思う。瞳が、紅いのだ。髪は、色素が全て抜け落ちていて、真っ白い。アルビノ、という白化個体が動物にいるらしいが、俺もそうらしい、と現在は海外で研究に没頭している科学者の父に説明された。その証拠に、姉や妹は普通の黒髪黒目の、日本人スタンダードなのだから。
で、その容姿のせいで、俺はどこへ行こうとも、扱いに困られる。べつに何か悪いことをしているわけではないので堂々としていればいいのだが、それでも話しかければほかの人が目をそらしたり、ぎこちない反応を返してくるのが怖いのだ。
だから、ここに来た。『Treasure Online』を購入し、慣れないVRゲームというものをやっている。ここならば、誰も俺の容姿を知る者はいない。大丈夫、大丈夫。そう、自分に言い聞かせる。
ほかの人にとっては何気ないことかもしれないのだが、俺にとっては、最大限の勇気を持って、老爺のNPCに話しかける。
「……ぁ……あッ、の、す、すいません……」
「おぬしも、トレジャーハンターになるのじゃな? この道は厳しく辛い。もしかしたら、命を落とすかもしれん。でも、やめる気は無いのじゃろう?」
視界の右端に「はい/いいえ」と表示される。
「も、もちろん、やめる気はありません。トレジャーハンターに――なります」
話しかけるのは苦手であるが、相手が自分に返事をしてくれているとなると、少しだけ受け答えがスムーズになる、という己の面倒臭さに少し辟易する。
「やはりか。うむ。おぬしは良い目をしておる。特別に、おぬしに職業をやろう。この中から選べ」
ほれ、と、お爺さんは手にしていた杖を振る。
ボワン、というふうに形容できる音とともに、白煙と共に出現したのは一冊の本。
その本は右端にページ数が書いてあって、一ページに職業が一つ。ざっと見たところ五十ページほどあるようだ。
と、そこでおかしなことに気づく。職業は全部で二五五あるんじゃなかったのか?
「そこに載っていないのは中級職、または上級職じゃ。最上級職なるものも存在すると聞いてことがあるが……言い伝えの事じゃからなぁ……」
なるほど、ともちろん声に出さずに頷き、ザッと流し読んでいく。はっきり言ってどの職業を選べばいいのかがわからない。騎士か? 魔法使いか? 盗賊か? 半人か? ってそもそも半人ってなんだよ。半分が人なのはわかるけどもう半分はなんなんだ。
「どれがいいと思いますか?」
おじいさんに聞いてから、自分が普通に話しかけていることに気づいて驚いた。もしかして、普通に話しかけられている?
その後も本を読み込んでみる。うーん。どれがいいのやら。
変なのでは路上生活者(街にいるとNPCがアイテムや金をくれる)に自由人(ほぼ全てのスキルが使える。ただし一日一種類、しかもどのスキルが使えるかは完全にランダム)、果てはロリコン(一四歳より下の女性プレイヤーが自分のパーティにいるとき、全パラメータ二倍)なんてのもある。
もう、なんでもいいや。そう思い、一度本を閉じる。その音に反応したのかどうかは知らないが、おじいさんが言った。
「もう決まったかの?」
それに、曖昧に頷きを返し、目を瞑ってページを開く。左のページ。職業を、天運に任せる。
ページ四三、そこに記されている職業は、
「死霊使いでお願いします」
「ほう、ネクロマンサーとな。うむ、おぬしにぴったりそうじゃな。よしよし、ちぃっと腕出してみろ」
俺は、何も考えずに右腕を出した。
お爺さんはそこに魔法で取りだした筆っぽい棒で、俺の腕になにやら描き始めた。
この紋様のことを職業紋様と言って、これを見れば一発で職業が分かるんだそうだ。
へぇ、便利……なのか?
お爺さんの作業が終わる。
俺の右手に施された死霊使いの職業紋様は、一言で言えば禍々しかった。これだけで何かの魔方陣みたいにも見える。血の様な紅い燐光を放ち、見ていると線が蠢き流れているような感覚に陥りかけた。
俺が職業紋様をぼうっと眺めている間に筆をしまったお爺さんが、黒いローブを出して手渡してくる。
「これは黒いローブ。おぬしにやろう。なぁに、遠慮はいらん。わしからの餞別じゃよ」
他人からはなぜかよくプレゼントをもらう。
ただ、そのプレゼントをくれた女子は、なぜか他の女の子に連れて行かれるものだから、ちゃんとお礼を言えたこともない。
食べ物をもらった時は食べてしまうが、問題は違うものをもらった時だ。
何故か俺にプレゼントをくれる人は皆一様に目をこちらに向けないため、もしかしたら俺に対するドッキリなのかもしれない、と思い、いつ返せと言われてもいいようにプレゼントは開けずにとっている。
さらに、耳が赤かったり顔が赤かったりと、笑いをこらえてるようにしか思えなかったり、俺がプレゼントをもらうと何故か周りの男子が血走った視線を向けてくるしで、実はプレゼントをもらうことにあまりいい印象はない。
だから、「いえ、結構です」つい言いそうになった言葉を慌てて飲み込む。
おとなしくローブを受け取り、羽織る。サラサラしていて不思議な肌触りだ。
効果はMP+3。初期装備の上に羽織っているだけである。初期装備である麻のズボン、シャツは特殊効果はもちろん防御力すらないので、脱いでもいいのだが、さすがにローブの下が真っ裸とかはどうかと思うのだ。
おじいさんにお礼を言い、おじいさんとも普通に会話ができたからもしかしたらこのゲームでも友達ができるかもしれない、と若干心を弾ませながら、始まりの間をあとにする。
始まりの間から出ると、走れば三分くらいで走破できる小さな林道があって、そこを抜けると次の街につながっているようだった。
俺がおじいさんNPCに話しかけるのを躊躇している間に、他のプレイヤーはもう冒険を始めてしまったようで、周りにプレイヤーはいない。しまったな、誰かに話しかける特訓をするはずだったのに。
と、そんな俺にかかった声があった。
「お兄ーちゃーん!」
声も変更できない要素の一つであるこのゲームでは、声は、リアルが誰かを判断する重要な要因となる。そしてこの声は、聴き間違えようはずもない――妹の声だった。




