Chou a la creme
お菓子小説第二弾です。シュークリームです。短くならないようにしよう、と思っていたら力量不足でだらずるになってしまいました。
「ねぇ、知ってる?」
そう言ってあいつはふんわりと笑った。
「シュークリームって、クリーム入りキャベツっていう意味なんだよ」
シュークリームが大好物のあいつは、誰彼かまわず得意げにこの話をする。シュークリームを片手に。俺だって何回聞いたことか。
「じゃあ、おまえは青虫だな」
というと、さっきまでもぐもぐしていた口元を小さく膨らまして、俺を小突いた。
あいつのまわりの空気が揺れて、カスタードクリームの匂いが鼻を掠める…
…ジリリリリ…
俺は、夢か、と小さく呟いて目覚まし時計を止めた。
春の朝は、ひんやりとした空気を漂わせて、俺を、あたたかく甘い夢から押し出そうとする。
ベッドの上で起き上がって少し考える。今の夢は、いつの出来事だったか。
わかるはずもない。だって、あいつの隣にはいつもシュークリームがあるんだから。
喧嘩の原因なんて、思い出せないくらい些細なこと。でも、俺はあいつに一週間会ってない。それは紛れもない事実だ。
学生食堂でコロッケ定食を食べていると、またあいつのことを思い出した。付け合わせのキャベツ。
俺はきっと病気なんだ。今まで何もしなかったのが不思議なくらいだ。いや、しなかったんじゃない、出来なかったんだ。自分の病気に気付いてしまうのが恐くて。
そのことに気付いてしまうとなんだかすがすがしい気分になって、俺はコロッケ定食をかっこんだ。
午後の講義はさぼろう。あいつの大好きなシュークリームを買いに行くんだ。駅前の、あの洒落た店に。
――カランカラン―
戸を開けると明るいベルの音がして、カスタードクリームの匂いが押し寄せてきた。
それはあいつの匂い。今まではずっと傍にいたから何も感じなかったけど、こんなにも甘ったるかったんだ。そして、やさしい。
俺は、手に入れたシュークリームを宝物のように両手に持って、春の街を歩いた。
風は、朝の冷たさを手放し、代わりに花のかおりと暖かさを手に入れたようだ。
俺の頬を転がるようにくすぐり、そして背中を押す。俺をあいつのところへ案内するかのように。
ふと目を向けた公園には、モンシロチョウが舞っている。またよみがえってくるイメージ。
ひらひらと舞うモンシロチョウを目で追いながら、俺はキャベツなのかもしれない、と思った。
キャベツは何もしないでそこにいるだけなのに、青虫は無遠慮にキャベツの領域に入ってきて穴を開けるんだ。最初のうちはキャベツも迷惑に違いない。
でもキャベツは、さなぎから孵ってモンシロチョウになった青虫が、自分から飛び立ったときに初めて気付く。青虫が開けた穴から、
「寂しさ」
がもれだしている、と。
「でも、」
と俺は小さく声に出してみる。
モンシロチョウは自分が生まれ育ったキャベツ畑を離れない。キャベツはひらひらと舞うモンシロチョウを見て、ほほえんむんだ。モンシロチョウの開けた穴から
「幸せ」
が入ってくるのを感じながら。
俺とあいつの関係もきっとそんなものなんだ。
あいつのアパートの階段を上りながら、考える。まずは
「シュークリーム一緒に食おう」
だ。
「ごめん」
はそのあとだ。モンシロチョウは食いしん坊だから。
キャベツの印象が強くなりすぎな気がする。これじゃあ「お菓子がテーマ」じゃないよ…