決闘:壱 『生徒会戦(第二、三回戦)』
決闘:壱 『生徒会戦(第二、三回戦)』
孫子曰、『戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり』
とは言うけれども……。不本意な結果で『戦わずして勝つ』を実践してしまうとやはり不完全燃焼となってしまうのは仕方のない事だ。兎にも角にも一回戦に勝利した俺は翌日、二回戦を戦う事となる。
その会場である校庭は異様な熱気に包まれていた。例によって対峙する二人を中心にギャラリーが集まっているのだが、問題はその数であった。一見して全校生徒より多いと断言できるほどの人数。何故だかは知らないが他校の制服や私服姿、はてさて中にはスーツを着た者まで混じっている始末であった。
恐らくは俺の対戦相手のせいなのだろう。
「みっなさーん、ユリユリを応援してねー」
「ユリユリ! ユリユリ! ユリユリ!」
岬 百合。金髪ツインテール。ピンクのゴスロリ衣裳にメリーポピンズが持っている様な日傘を手にした彼女は最近人気の『ネットアイドル』で、ギャラリーの多くはその信者らしい。
「生徒会戦の第二回戦、間もなく開始です。本日の解説はこの方です」
「うむ」
解説席では筋骨隆々の禿――つまりは校長、熊谷良太郎――がどっしりと座っており、そこだけ異様な重圧感を醸し出していた。もしかして、校長もファンなのか?
「さて、本日の見どころはどういった所になるでしょうか?」
「うむ」
「『やってみれば解る』との事です。確かにそうですね、ハイ。では、適当にはじめちゃってください!」
アナウンサーの宣言で試合開始となる。
まずは、慎重に彼女を観察してみた。小柄でメリハリのない体。確かに顔は可愛らしい。線の細い所から考えると打撃系はないと見た。すると、あの傘が武器なのだろうか? しかし、彼女は先ほどから一向に武器を構えるどころかギャラリーに愛想を振りまく事に夢中である。
俺を舐めているのか? それとも、女の子相手に本気などださないだろう、と高を括っているのだろうか?
所がどっこい、お互い同意の上での戦いであれば俺は性別など気にしない。全力のパンチをお見舞いできるのである。
「……さて、そろそろいくぜ?」
迷っていても仕方がない。取りあえず、いつもの様子見パンチで彼女の実力を試そうとすると、彼女は「キャッ」なんて言って頭を抱えてしゃがみ込んでしまう。
そして、その直後に激痛を覚える。一度や二度ではなく何べんも延々と……。
「ユリユリをいじめるな!」
こんな叫び声を上げながら野球部の面々が俺に全力投球を続けているのだ。それも硬球で。
こうなると彼女に構っている余裕はなくなり、手と足を使い俺は硬球を捌く事を余儀なくされる。
「おい、流石にこれは反則だろ!」
「うむ」
「『うむ』頂きましたー。彼らはファンネル的な何かなのでアリだそうです!」
俺の至極真っ当な抗議は何故か無視される。それどころか、ハゲとアナウンサーの意味不明なやり取りでアリとされてしまうのだ。
――これは速攻しかない。
こう結論付ける。外野の邪魔が入る前に彼女を倒すほか、俺に勝機などなかった。
そして、彼女に接近すると今度は柔道部が俺を羽交い絞めにして倒し、サバゲー部がご丁寧に俺と彼らにマスクを被せるとエアガンを乱射した。
――これがフルレンジ攻撃って奴か!
半ばやけくそ気味に俺は心の中で毒づいた。アウェーなんて生易しい話ではなかった。彼女は何もしていない。しかし、俺は彼女に手も足も出ない。いや、出せない。なるほど、岬 百合、彼女は一回戦をこうやって勝ったわけか。
「今だ、ルリルリ!」
プロレス研究会の連中が俺の手足を取り抑え完全に動きを封じるとこう叫ぶ。
「みんな、ありがとー!」
ピョンピョン跳ねながら愛想よくギャラリーに手を振ると、岬 百合は俺にゆっくりと歩み寄る。そして、傘を逆手に持ち直すと大きく振りかぶった。
「えーと、風間くんだったっけ? 降参する?」
彼女は実にニコやかで、それでいてサディスティックな表情をしていた。当たり前の話だ。俺は文字通り手も足も出ないってか動かせない状態だったし、誰の目から見ても俺の敗北はまのがれないものだった。
しかし、俺はニヤリとした。
「岬 百合、破れたり!」
「何ですって?」
突然に俺の言葉に百合、いや、その場の全員が凍りついた。
「おーっと、風間選手。負け惜しみかー!」
アナウンサーうるせえよ!
この無茶苦茶な試合に付き合わされながら俺は考えていた。確かに俺は負けるだろう。実の所、ファンネル共を避けつつ彼女に一撃かます事が不可能なわけではない。
なら、そうすればいいではないか? それは駄目だ。そんな事をしたら暴徒と化した信者たちに俺が押しつぶされてしまうだろう。
しかし、この戦法は通じるのだろうか? つまり、俺には通じるのだ。だが、相手が女の子なら? 例えば会長が相手だったらこの手は通じるのだろうか? 俺はその考えに至ったのだ。
「なあ、お前。俺の右腕を押さえつけてるお前だよ。あるいは左腕、いや、脚の方でもいい」
俺は淡々としゃべりだす。はっきり言ってしまえばこれはハッタリだ。しかし、今の俺にはこれにすがるしか勝つ術がなかったのも事実だ。
「兎に角、お前は守上院鏡花にもこんな事ができるのか?」
手足を縛る力が緩んだ。この言葉にこいつらは声は出さないもの、激しく動揺したようだ。俺はゆっくりと束縛から逃れると立ち上がり彼女に視線を移した。
「岬 百合だっけ?」
「……え?」
「お前はどう思うんだ? 確かに、このままでは俺は勝てない。それは認めよう。だが、俺に勝って、その次も勝ったとして、この戦法があの女に通じると思うのか?」
「……」
彼女は俺から視線をそらすと、黙りこくってしまう。だから、俺は勝利を確信した。
「見てみろ」俺はゆっくりと腕を動かし拳を閉じたり開いたりしながら続けた。「お前のお友達は会長の名前を出した途端にこの有様だ。それを踏まえて考えてみろ。あの女は情けも容赦もないぞ? 例え、こいつらが同じように邪魔をしても、お前に必殺の一撃をかますだろうよ。実際、俺だってそれが出来ない訳じゃない。何なら試してみるか?」
酷く淡々と、酷く冷徹に俺は宣言する。
「解ったわ。ユリユリの……私の負けよ……」
「おーっと、何だ、この展開はー! 風間選手、まさかの逆転勝利です! 決まり手は……」
「うむ」
「えーと、『言葉攻め』だそうです!」
そして、俺はこの戦いに勝利した。
「おい、風間君。酷いじゃないか!」
本日の試合が終わるとその様子を聞きつけた会長が口をとがらせて抗議した。
「だって、そうでしょ?」
「……まあ、君の言う通りだがね」
「明日はボクとだね!」
「おお、マコトも勝ったのか」
「うん!」
ピョコピョコ元気よく跳ねながらマコトが喜んでいた。ここまでの試合が残念な内容だっただけに、これは楽しみた。コイツとは週に一、二度、組手をやる仲だが、今まで本気でやり合った事はない。いい機会だ。どっちが上か白黒付けてやろうじゃないか。
「ふふふ、風間君。今から断言しようじゃないか。君はマコト君には絶対に勝てない。何故なら彼女には秘策を授けてあるのだよ」
そう言って守上院鏡花は怪しく微笑んだ。
「おーっと、南 真琴選手。華麗な連激だー!」
いつもの赤ブルマ―の体操着に赤鉢巻き。そして、手には格闘用グローブ。本気のマコトの動きはよく知るそれとは比べ物にならなかった。それは俺も同じはずだった。
「右ハイキックからほぼ同時の左ハイ。そして、そのまま足を使っての首投げだー」
試合開始早々。俺はドスンと大きな音を立てて地面に転がされてしまう。
追撃はしてこない。それが彼女の甘さだ。俺はある疑問を抱いていた。加えてやり場のない憤りも感じていたのだ。
ゆっくりと起き上がる。そして、構え直す。
対してマコトはニヤリと笑うと勢いよく俺に迫り、そして、しゃがむとその伸縮をいかしたアッパーを放った。勢いは止まらない。その攻撃で俺が仰け反ると見ると彼女はその動作のまま自らの背をそらせてサマーソルトキックだ。
「強いぞ、南選手! そして、情けないぞ、風間選手!」
うるせいやい。
ギャラリーから歓声が起こった。俺はこのコンボで不様に倒されると大の字になる。正直な所、タフな俺には致命的なダメージではなかった。しかし、今の俺は脱力していた。思わず泣き出してしまいそうな、そんな感情を覚え始めていた。
疑問が革新へと変わり。憤りが憤怒へと変わったのだ。
それは何故か? 彼女が甘いからか? 否、それは……。
「守上院きょうかぁあああああああ!」
俺は背筋のバネで跳ね起きると解説席に座る会長に気を吐いた。
「許さねえ……、許さねえぞ、守上院鏡花!」
「フンッ」
対して会長は立ち上がると腕を組み、思いっきり見下した表情で鼻を鳴らした。
「……えーと、何が起こっているのでしょうか?」
アナウンサーが余りの事にうろたえていたが構うものか!
「俺はマコトとの勝負を楽しみにしてたんだ。それをアンタは……。神聖な勝負を汚しやがった。許さねえ、絶対アンタを倒してやる!」
「素晴らしい気だと褒めてやるが、まずはマコト君に勝ってからそれをほざきたまえ。しかし、それは無理な話だな。昨日も言った様に君はマコト君には勝てない。絶対にだ!」
再び対峙する俺とマコト。
今度は俺からだ。俺は彼女にローキックをかます。しかし、彼女の脚でガードされてしまうと素早く俺は脚を引く。それを隙と見てか彼女が詰め寄ってジャブの連打を浴びせてきた。
「おーっと、面白い様に食らうぞ、風間選手。これまでのダメージの蓄積か、どうやら腰が引けてきたようだー! ここまで一方的な展開になるとは思いませんでした。どうでしょう、解説の会長さん」
「ふふふっ、彼には勝てない理由があるのです」
畜生、言いたい放題言いやがって……。
今の状況を正確に理解しているのは恐らく二人。俺とマコト。いや、違う。俺と会長の二人だ。確かに恐ろしい秘策である。
「南選手、今度は首を掴むと真空飛び膝蹴りだー!」
面白い様に攻撃が当たる為かマコトは先ほどから大技で攻めまくっている。恐らく、これは会長の指示なのだろう。
実の所、俺の優れた動体視力はマコトの攻撃を全て見きっていた。それでは何故、攻撃を喰らってしまうかというと……。見え過ぎていたからだ。
大ぶりの攻撃というのはつまり、体を大きく動かすわけで、大きく動くというのはつまり、大きく揺れるのだ。服の上から浮かぶ二つのポッチが平行に……大きく……。
大ぶりの蹴りというのはつまり、赤いブルマにくっきりと浮かぶスジがはっきりと見えてしまうのだ……。だから、俺は避けられない。
会長が用意した秘策とはつまり……。
「フハハハハ! これぞ、秘策。名付けて『サクランボ抹殺拳』だ!」
「全く意味が解りませんが、確かに凄い効果です!」
なんつー、ネーミングセンスだ。俺は前屈みになりながらも頭を抱えた。
「風間君、いいだろ? 例えば私なんかがやるより、マコト君がやったほうが遥に!」
そうドヤ顔で宣言する、会長。軽く脳内変換してみると、確かにそうだった。完成された体を持つ彼女より、未熟で邪気のないマコトの方が遥に適任であった。
秘策とは何の事はない。あの糞女やりやがったんだ。つまり、今のマコトはノーブラ、ノーパンだ。
その青く未熟な体の動きを俺の優れた動体視力が無意識のうちに追ってしまうのだ。まるでスローモーションの様に……。悲しい事に俺はそういった微エロが大好きなのである。だから、俺は避けられない。これは攻撃時にも同じなのだ。彼女の体の(一部の)動きが気になって攻撃に力が乗りきらない。だから、簡単に避けられてしまう。
これは不利だ……。
当の本人が秘策の内容に気が付いていなかったし、かと、言って俺がこの大衆の面前で教えてやって彼女に恥を掻かすわけにもいかない。完璧な策だよ……。流石に負けを覚悟するしかないか……。
決着が着いたのは五分後の事だった。結果は俺の勝利。
「擦れて痛くなっちゃったから、ボクの負けでいい」
顔を赤くしてそう言ったマコトの去り際の言葉に俺は腰が引けたまま前のめりに倒れ込んだ。