表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

決闘:壱 『生徒会戦』 プロローグ

決闘一 『生徒会戦』 プロローグ


 そろそろ一月も半ばに差し掛かろうと言う頃。そんなある日曜の夕方、俺とリサがデートから帰ると我が家より何らかの違和感。カギを掛けた、と断言できる家のドアにカギが掛かっていなかったのだ。

「……ん? リサ、俺が閉めた後にカギ開けたっけ?」

「あたし、知らないわよ?」

 即答である。キョトンとした彼女の表情から嘘をついている様子はなかった。

だとすると……。泥棒か?

 俺はやや青ざめるとドアを開け、仕草でリサに入室を勧める。所謂、レディーファーストって奴だ。流石、紳士な俺な事はあるな。

 ちなみにレディーファーストとは女性を尊重して優先させる習慣の事であり、そもそもの始まりは貴族が周囲の安全を確かめる為に誰かを先に出入りさせる事を起源としているらしいので今の俺は確実に紳士であった。

「何ビビってるのよ……」

 こんな俺の仕草にリサは呆れ顔で振り返る。幼馴染とは時に厄介な存在である。早速、心の中を読まれてしまうのだ。だって、マジで泥棒とかだったら怖いだろ!

 こんな俺の態度を見て彼女は少しの間、ジト目で俺を見た後にため息を一つ着き家の中に入っていった。すると、すぐにリサの悲鳴のようなものが聞こえ、慌てて俺も中に入るのだった。

 居間には茫然と立ちすくむリサと仰向けで畳に倒れている人間の姿があった。

 守上院鏡花である。それもスヤスヤと寝息を立てていやがった。

 彼女はリサの声で目が覚めたのか「んん?」と焦点の定まっていない声を上げると胡坐をかいて起き上がる(?)。そして、やはり寝ぼけ眼で自分の顔をゴシゴシと擦った。

「会長、何やってるんですか?」

 俺は思わず唖然とした。何故、彼女がここにいるのだ? 『泥棒じゃなくてよかった』なんて安堵している割合も少なからずあったが、当たり前の話だ。意味不明にも程があった。

「……ん? ……お? ……おお!」

 どうやら会長に俺の声は届いていないらしい。彼女は顔をゴシゴシした後、何かに気が付いたのか歓喜の声を上げ、今度はその長く美しい指で頬をなぞるようにすると、まるで少女の様に顔を輝かせて立ち上がり洗面所の方にいってしまうのだ。

 すると、やはり「おお!」という歓喜の声が廊下を通して聞こえ、やがてドスドスと鼻息の荒い足音と共に戻ると彼女は言った。

「風間君、見たまえ!」

「何をですか……」

 相変わらず訳のわからないおっさんだ。俺がそう尋ねると彼女はこれまた嬉々とした表情でその美しい顔をやや顎を上げ気味にして「これだよ。これ!」などと頬の辺りを指差した。

 そんな事を言われてもやはり俺には意味が解らなかった。今更、会長が自分の顔の自慢をするとは思えなかったし、畳に仰向けで寝ていた為かその後がくっきりと頬に残っていたとしても、俺としてはこれといって思う事はない。

 そんな事を思いつつやや呆けた顔をしている俺に彼女は苛立ちを見せると怒ったような、拗ねたような表情となると「キミも解らん奴だな……」なんて俺の手を取り自らの頬をなぞらせる。

 本来であればドキッとするようなシチュエーションだったし、リサも「ちょっと!」と怒りの声を上げていたが、この程度ではこのおっさんに欲情はできないので安心して貰いたいものだ。

「……私はね」彼女が俺に何を伝えようとしているか理解できないでいると、やがて会長は失望の色を隠そうともせずため息を一つ着き語り始めた。

「これに憧れていたのだよ」

「これとは?」

 ダメだ。やはり話がかみ合わない。彼女とは結構、気が合うつもりではいたがそれは俺の思いすごしだったらしい。

 こんな事を考えていると、守上院鏡花は再度、俺の手を取り自分の頬をなぞらせる。彼女の美しく滑らかな頬に残る畳の痕の感触が俺には物悲しく感じられた。

「これなのだよ。この畳の痕というやつだ。前に言った事があると思うが私の家は小さくてね。その上、和室もない。だからね、昔から肌に残る畳の痕って奴に憧れていたのだよ。実に雅なものだ。うん、うん」

 そう言って彼女は今度は自らの指で満足そうにその感触を楽しんだ。

 俺は『そんなものなのかな』なんて事は一切思わず、この変な女がやはり変な女なのだと再認識しただけだった。ってか、なんでアンタがここにいるんだよ!

「ところで会長は何の用事で来たの?」

 うーん。リサ、おしい! 問題はそこじゃない。

「ああ、今日は二件――いや、君たちそれぞれに用事があって来たのだよ。まあ、話は食事の後にしようじゃないか。リサ君、用意を頼むよ」

「……え? う、うん」

おい、リサ! 疑問に思ったのなら台所に行くな。明らかに展開がおかしいだろ。

「風間君、言いたい事があるならはっきり言いたまえ」

 俺の心の中のツッコミを鋭く感じ取ったのか会長が挑発的な表情でこんな事をほざいた。正直、俺は言葉を失うって状態だったのだが、この不遜な態度には流石に一言いわざるを得ない。

「会長! 百歩……いや、千歩譲って一緒にメシを食う事はよしとしましょう。しかし、ですよ? どうやって家に入ったんですか!」

「いや、もちろんカギを使ってだが?」

「いや、そうじゃねえよ。だから、そのカギをどうやって手に入れたかって話なんだよ!」

 まるで阿呆を見る様なキョトンとした表情でふざけた事をほざいた彼女に俺は思わず激昂してしまう。すると彼女は女座りに座りなおし、俯き、横髪を掻き上げながら「風間君が私にくれたんじゃない……」なんて言った後、頬を朱に染めた。

「そんな手は喰わねえよ。どうやってカギを手に入れた!」

 彼女は尚も「そんな……いつでも来いって言ってくれたじゃない……。彼女の前だからって……」なんて小芝居を続行していたが、俺の怒りがマジものである事をようやく理解したらしく胡坐を掻きなおすと悪びれもせずに言う。

「前に皆でここに来ただろ? その時だよ」

「返せ!」

「それは断る!」

 即答であった。

「そんな事より、酷いぞ、風間君。学校から徒歩十分なんて好立地に住んでいるのにも関わらず、今までそれを教えてくれなかったなんて……。私は君たちの事を友達だと思っていたのに君はそう思ってくれなかった訳だな」

 断罪である。

「君はもっと器の大きい男だと思っていたよ。ああ、確かに済まなかった。家主の許可も得ずに合鍵を作ろうなんて思った私はどうかしていたよ。もう一度言おう。済まなかった。これは君に返す事としよう」

 更には失望である。

「実に残念だ。私も年頃の女の子だ。学校で汗を掻いて、汗臭いままで交通機関を利用するなんて乙女としては耐えがたい屈辱だ。それを避ける為にどうしたらよいか? ああ、そう言えば学校の近くにシャワーを浴びられる場所があるではないか! こう考えるのはカスミ君や、マコト君、あるいはクルミ君も同じかもしれない。そこに風間君。君が偶然帰ってきてバッタリその現場に居合わせてしまったとしてもそれは不可抗力と言う奴だよな」

 そして、誘惑であった。

 言い終わると会長は芝居がかった言い回しをしながら立ち上がるとカギを摘まんで俺に差し出した。

対して俺は額から汗を滴らせてゴクリと生唾を飲み込むとゆっくりとそれに手を伸ばし……、どうしても、それを手にする事ができずに握り拳を作った。

「……解りました。ここ数分でのやり取りはなかったことにしましょう……」

 いや、十分に解ってはいるのだ。会長が理論のすり替えをしている事も、そもそも、問題点が違う事も……。つまり、俺は負けたのだ。自分の心に。

 俺の答えを聞いて「うむ」と頷いた彼女の満面の笑みが実に憎たらしかった。



「御馳走さま。いや、いつ食べてもリサ君の作ってくれた食事は美味いね」

 食事が終わると実におっさん臭く爪楊枝でシーシーしながらそう言う会長を見て、俺は『美人には守るべきルールがある』なんて事を漠然と考えていた。

「所でさ、用事って何?」

 リサが卓袱台に人数分の茶碗を置きながら、そう尋ねると「ああ、そうだったね」と会長が本題を語り始めた。

「どちらを先にしようか?」

「そんな事を言われても、どんな内容か想像もつかないので会長が好きな方でいいですよ」

「……ふむ。では、重要な方からにしようか。リサ君、そこに座りたまえ!」

「え?」

 急にキリッとした表情になった会長に驚いたのかリサは驚きの声を上げながら素直に彼女の横に座った。

 すると、俺の用件ってのは重要ではないのか……。

「来月に学年末試験があるのはもちろん知っているよね?」

「……ゲッ」

「『ゲッ』じゃない! はっきり言おうじゃないか。君は成績が悪い。我が校では成績が悪くても補習に出席すれば留年する様な事はないが、だからと言って学生の本分を疎かにするのは論外だ。よって試験が終わるまで君の勉強を私が面倒みる事にした。これが一つ目の用件だ」

「ちょ、ちょっと……。なんで、そんな事になるの!」

「リサ君。君は生徒会のスタッフだろ? そんな君がこの様では他の生徒に示しが付かんのだよ。これは決定事項なのであらゆる抗議は受け付けない」

 なんかこの人、すげーまともなこと言ってるぞ。なんて思いながら俺もウンウンと頷く。そんな俺の様子を見て助け船を期待できないとリサは涙目になって抗議をした。

「だって、あたしは大学行くつもりないんだよ? 学校でたら働くの。で、タケルが大学出て就職したら結婚するの。そして、その一年後ぐらいに赤ちゃんを……なんて考えてるんだけど……」

 俺の人生プランがリサの中で出来上がっているようだ。

「抗議は一切認めないと言ったはずだ。それに納得できないのなら、よろしい、ならば『決闘』をしようではないか。この場合、私が挑まれた訳だから種目は『格闘』になるがそれでもいいかね? 本音を言えば君とは本気でやってみたいのだ。だから、私としてはその方が好都合ではある」

「……うっ」

 そう言ってニヤリとする会長を見て改めて思う、この人は人を操るのが上手い。彼女はリサが俯いて完全に沈黙してしまうと、こっちに視線を移した。どうやら俺の番らしい。

「さて、次は風間君の番だ。試験が終わると『生徒会戦』がある」

「選挙ですか?」

 何だ? 選挙があるから忙しくなるとでも言いたいのか? 不可解そうな顔をして首を捻った俺を見て、守上院鏡花は凛とした表情を作りこう言った。


「いや、『生徒会戦』だ。君はそれに参加したまえ」




今回だけの登場人物


鉄鉄人クロガネテット……鉄人テット君シリーズを操る科学部部長の天才児。

岬百合ミサキユリ……学園でもかなりの信者を持つネットアイドルらしい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ