生まれて二週間
剣と魔法の世界、ドラゴンが空を支配し王が地を制する。
貴族のお嬢様は綺麗なドレスを着て毎夜のように社交界へと繰り出し、大きな城を守るように塀の前には屈強な兵士たちが立ちふさがっている。
もちろん王子は金髪碧眼、隣の国には世界の平和を願う神子様もいる。
そんな世界に私は生まれた。
出生はまぁ、下級貴族?らしい。詳しくはよくわからない。し、別にどうでもいいと私は思っている。
なぜかというと私はその下級貴族の五男坊。そう、五番目に生まれた男の子。
私は男の子に生まれた。そしてそんな自分に違和感を覚えている。
でもその違和感もついこの間解消された。なぜなら、
「食器洗いなんて食器洗浄機があればすぐに終わるのに・・・」
「アルヴァー様?」
壁にもたれかかっていた私は後ろから声をかけられて振り返った。
「どうされたんですか?何か御用でも・・・?」
「ううん、なんでもないよ。僕、お部屋に戻って本読んでくるね」
「あ、アルヴァー様」
後ろから話しかけてきたのはこの家に雇われているメイドさんのうちの一人。
シーツを持っていたし多分あっているはず。
下級貴族なんて言ったけど、この家は祖父の代で貴族になっただけで金だけはそこいらの貴族よりたくさん持っていて、正直すごい贅沢ができている。
そんな家に私は生まれた。
「アルヴァー!」
「兄様・・・」
「またお前部屋にこもって本を読むのか?」
「うん、お父様がたくさん本を持ってるから」
「ふーん、ちょっと前までイェルドと外で遊んでばっかりだったくせに、最近外に行かないからかお前肌の色落ちてきたんじゃねぇの?」
そう言って兄は私の腕を掴んだ。
ちなみにイェルドって言うのは我が家の四男で、私の五つ年上の兄で五つも下の私と精神年齢が同じ、遊んでもらっていて失礼だが少し残念な男だ。
ちなみに今、この前に立っているのは三男のシモン。私とは七つ年齢が離れている。
あとまだ上に兄が二人、姉が三人、私の下に男女の双子が一組。
全員で十人兄弟。
びっくり大家族だ。もちろんみんな母も父も同じ。正真正銘血が繋がっている。
父は下級貴族そのままの人だから、どちらかというと貴族というより商人なのであまり貴族ということに重きを置いていない。
母も貴族の娘だったという感じが無く(長年の結婚生活で父に感化されただけかもしれないが)商人の妻、といった感じだ。
これが私の家族である。
「アルヴァー?」
「・・・ごめん、なんだっけ?」
兄は呆けていた私に声をかけてから頭を掻いた。
「いや、体調が悪いから外で遊びたくないとか、そういうのじゃないんだよな?」
「うん、部屋で本が読みたいだけだよ」
「それならいいけど」
兄は掴んでいた私の腕を放すともう私には目もくれずに外へと駆け出していった。
私は七つも年の違う兄に強く掴まれていた腕を摩ると父の書斎へと足を進めていった。
「アルヴァー」
「父様」
書斎の前であったのはその部屋の持ち主である私の父だった。
「また本を読みに来たのか?」
「うん」
「そうか、アルヴァーは勉強が好きなのか?」
「ううん、僕は父様の部屋の隅にある絵本を読むのが好きなんだ」
「へぇ、そうなのか」
そう言って書斎のドアを開けてくれた父の腕は貴族らしくない太陽に焼けた褐色の肌だった。
私は父に御礼をしてから書斎の奥にある書庫のドアを体を精一杯使って押し開けた。
七歳の私にとって書斎の大きな扉は簡単に開けることのできない難関の一つである。
「・・・えぇと、あ、あった」
書庫のさらに奥、無造作に積み上げられた本のさらに片隅には兄や姉、もしかしたら父親のものかもしれない古い絵本が積まれている。最近の私の楽しみはこの絵本を読むことだ。
「これはまだ読んでなかったよね・・・」
ひとつの絵本を掴むと私は行儀悪く床へと足を投げ出して本を開いた。
「っあ・・・この本」
角が不自然に潰れたその絵本を見て私は詰まれた本の集まりを見上げた。
そして私の頭には二週間前のことが思い出させられていた。
『イェルド、そこは父様のしょさいだよ』
『良いってば、俺とアルヴァーが黙ってればバレないって!』
『・・・あ、それはダメ、本の上に乗ったら怒られるよー』
『アルヴァーは弱虫だな!こんなところも乗れないのかよ?』
『むっ!乗れるよ!僕、弱虫じゃないもん!!』
『じゃあ来いよ!ほら!』
『・・・う、うん』
イェルドの口車に乗ったアルヴァーは書斎の奥にある書庫の、さらに奥にある無造作に置かれた本に足を掛け、
頭から落下した。
そして目を覚ますと、僕は弱虫で七歳だったアルヴァーから、不慮の事故で無念の死を遂げた十七歳の女子高生だった私へと中身を替えていたのだった。