転生
人生は、いつも思い通りになるとは限りません。
叶わなかった恋。
選べなかった人生。
突然終わってしまった、幸せな時間。
けれど、もしもう一度だけ人生をやり直せるとしたら――。
人は、今度こそ望んだ幸せを手に入れられるのでしょうか。
それとも、思い描いた未来とは違う場所で、本当の幸せを見つけるのでしょうか。
これは、見習いの神のしもべが引き起こした、少し不思議な転生のお話です。
転生者たちは皆、それぞれの願いを抱えながら、新しい人生へ旅立ちます。
中には英雄もいれば、作家もいます。
王子もいれば、犬になってしまった者もいます。
そして、ある少女は初恋を胸に抱いたまま、新たな人生を歩み始めます。
ちょっぴり失敗だらけの見習い神と、思いがけない人生を与えられた転生者たち。
彼らが出会い、すれ違い、そしてそれぞれの幸せを見つけていく物語。
どうか最後まで、見届けていただければ幸いです。
題名 「転生」
作者 苺杏
目次
第一章 突然の転生
•ユリアナ王子の告白
•神のしもべの失敗
•紙の神さま
•エリー、ユリーになる
第二章 憧れのマリー
•貴族の娘ユリー
•処刑された王妃
•マリーの願い
•幸せな転生
第三章 見習い神の仕事
•失敗ばかりの毎日
•イグアナになった家康
•新たな旅立ち
•憧れのナポレオン
第四章 町娘マリー
•愛犬ぽっち
•母の病
•隣国の薬
•王宮からの招待
第五章 王子ルーシー
•転生した王子
•国を支える若き統治者
•妃選びの悩み
•マリーとの出会い
第六章 ぽっちの恋
•犬になった英雄
•叶わない想い
•マリーの幸せ
•ぽっちとして生きる
第七章 紫式部の転生
•物語を書きたい
•農民ミーナ
•母との暮らし
•新しい世界へ
第八章 料理長ミーナ
•王宮の厨房
•国王ユリアナ
•心を癒す料理
•妃への求婚
第九章 初恋の終わり
•十六歳のユリー
•遠くから見守る恋
•新しい人生
•運命の結婚
第十章 清少納言という夫
•愛って何?
•パラプンテな返事
•働かない夫
•不器用な優しさ
第十一章 それぞれの幸せ
•真実の鏡
•間違えた転生
•見つけた幸福
•見習いの決意
終章 新しい人生の始まり
•神のしもべの願い
•今日も誰かが生まれる
•転生
「どれだけ、私があなたを好きで待っていたかわかりますか?」
ユリアナ王子は、エリーに向かってそう言った。
エリーは困った顔をした。
その瞬間――
エリーの姿は、ユリアナ王子の前から消えた!!
「えっ……?」
次にエリーが目を開けると、そこは真っ白な雲の上だった。
「ここは?……どこ?」
目の前には、申し訳なさそうな顔をした神のしもべが立っている。
「エリー……すまない。まだ見習い中で、間違えて転生させてしまった」
エリーは、泣き出した。
「元の場所に戻してください。ユリアナ王子の前に……お願い」
「それは、できないんだ。転生先なら、できるだけ配慮してあげても……いいかな」
「神さまのしもべさん?」
エリーは涙を拭いながら、しもべを睨んだ。
「なぜ、そんなに軽く話すのですか? 話になりません。神さまを呼んでください」
「エリーの前に落ちている紙が、神だよ!」
「えっ?」
エリーは驚いて、目の前の紙を見つめた。
「これ……紙ですよね? 神さまではないわ」
しもべは、少し困ったように説明した。
「神さまの前では、皆が嘘や偽りを話すからね。だから神さまは、姿を変えているんだよ」
エリーは、思わず笑った。
けれど、元の場所に戻れないのなら――。
エリーには、行ってみたい場所があった。
「ヨーロッパ! ずっと憧れていたの。お願い。
貴族様になってみたい!」
「かしこまりました。ヨーロッパの貴族様を楽しんでおいで!」
しもべは、にっこり笑った。
「エリー、またね!」
「えっ? ちょっと――」
エリーの姿は、再び消えた。
こうしてエリーは、ヨーロッパの貴族になるため、転生していった。
そして――。
エリーは、貴族の家に生まれた赤ちゃんになっていた。
ところが、しもべのミスで、前世の記憶を消すのを忘れてしまった。
しもべがそのことに気づいたときには、すでに遅かった。
エリーは、すべてを覚えていた。
「……この家の両親、厳しそう……」
そして、エリーはユリーと名付けられた。
こうして、エリー――ユリーの人生は、赤ちゃんから始まった。
エリーは、思っていたのと違うと感じ始めていた。
ユリーは、華やかで可愛らしいマリーに憧れていた。
ところが――。
ユリーが三歳のとき、マリーは囚われ、処刑されてしまった。
マリーの言葉が誤解され、市民の怒りを買ってしまったのだ。
まだ三歳のユリーには、マリーを助けることはできなかった。
そして――。
マリーは、雲の上にいた。
「神さま、私はどうなるの?」
マリーは、悲しそうに尋ねた。
「無実の罪で死ぬことになったの。でも……あの暮らしは、もう嫌だった。静かに眠らせて。お願い」
神のしもべは、悩んだ。
マリーの可哀想な人生を思うと、このまま終わらせることができなかった。
もう一度、人生をやり直させてあげたい。
そう思い、マリーを呼び寄せたのだった。
「マリー、もう一度、人生をやる気はない?」
しもべは、優しく尋ねた。
「僕も力になるよ」
マリーは、少し考えてから答えた。
「田舎の町娘でよければ……?」
そして、そっと続けた。
「ただし、必ず幸せに暮らしたい。お願い」
「必ず、幸せな転生にしてあげなさい」
「はい!」
こうしてマリーは、幸せな町娘として転生することになった。
「行ってらっしゃいませ。良き人生を」
貴族の娘に転生したユリーは、四歳になっていた。
ユリーが前世で好きだった王子――隣国のユリアナ王子も、すぐ近くにいる。
転生できたことは嬉しかった。
けれど、年齢差がある。
たとえ社交界ですれ違っても、ユリアナ王子がエリーに気づくことはない。
「だって……今の私は、ユリーだもの」
ユリーは、ユリアナ王子がこの先、誰と結婚するのか気になっていた。
けれど、エリーだった頃の自分に気づいてもらうことはできない。
そして――。
エリーは、マリーがその後どうなったのかを知ることもできずにいた。
その頃、神のしもべは――。
不眠不休で、転生者たちの幸せを願いながら働いていた。
今日も神さまからアドバイスを受けながら、必死に頑張っている。
しかし、神さまは、しもべが失敗しても決して叱ったり、怒ったりしない。
神さまには、ちゃんと理由があった。
叱ると、作業効率が落ちるからだ。
そんな今日も、しもべは転生者に謝っていた。
相手は――家康だった。
「家康くん、ごめんなさい!」
しもべは、申し訳なさそうに頭を下げた。
「以前は、偉大な功績を残して頑張っていた家康くんを……間違えて、イグアナにしちゃったんだ」
そのせいで、家康はすぐに亡くなり、雲の上へ戻ってきてしまった。
「本当にごめんなさい」
しもべが何度も謝ると、家康は笑った。
「こんな人生も、また良いものだ」
偉大な人物は、器も大きい。
家康は、しもべに願った。
「日本でないところへ飛ばしてほしい」
「わかりました。幸せな未来へ、行ってらっしゃいませ」
家康は、次の人生へと旅立っていった。
そして――。
次の転生者は、ナポレオンだった。
しもべにとって、憧れの人物である。
仕事に私情を持ち込まないのが基本。
……とはいえ、しもべはまだ見習い中。
まだまだ未熟者だった。
「ナポレオン……?」
しもべは、声をかけるだけでも緊張していた。
ナポレオンへの緊張から、しもべは転生先を間違えてしまった。
「転生させますよ」
何も話さないナポレオンを前に、しもべはますます緊張する。
やがて、ナポレオンが口を開いた。
「覚悟はできている。どこへ行っても同じだ」
しもべは、こくりと頷いた。
「では、行ってらっしゃいませ」
ナポレオンは、転生していった。
「ふうー……緊張したなぁ」
しもべは胸を撫で下ろした。
「大物は、難しいなぁ……」
その頃――。
家康は、王子さまへと転生していた。
今回は、しもべが頑張ったおかげで、前世の記憶もきちんと消えていた。
名前は、ルーシー。
ルーシーは、市民から人気のある王子へと成長していた。
農産物が不作の年には、納税に配慮する。
反対に、豊作の年には少し多めに納めてもらい、国の貯蓄をしっかりと増やす。
そうして国の財政を安定させたことで、外交も順調に進んでいった。
ルーシーが王子になってから、国は少しずつ栄えていた。
仕事はできるルーシーだったが――。
妃選びだけは、家臣たちに任せていた。
候補を挙げてもらっても、なかなか一人に決めることができない。
その頃――。
ナポレオンは、しもべの緊張のせいで、転生を失敗していた。
転生先は、なんと――マリーの愛犬。
しかも、かなり賢い犬だった。
マリーは、その愛犬を「ぽっち」と名付けた。
「ぽっち、今日はお母さんの薬をもらってくるわ。お留守番をお願いね」
ぽっちは、尻尾を振った。
ナポレオンとしての記憶はない。
それでも、ぽっちなりに幸せな犬生を送っていた。
一方――。
マリーの母、イザベラは、咳がなかなか治らず、寝込むことが増えていた。
心配したマリーは、薬局へ向かった。
薬剤師に母親の症状を説明すると、薬剤師は少し考えてから口を開いた。
「隣の国、アストリア王国の妃が調合した薬が、よく効くそうだよ」
「えっ?」
マリーが顔を上げる。
「名前は、ルシア王妃。価格も、信じられないくらい抑えられているんだ」
マリーは、薬剤師の言葉を聞きながら考えた。
「この薬で良くならないなら……行ってみてもいいかもね」
そう呟きながら、マリーは家へ帰った。
マリーは、家事をしながら、いつもぽっちに話しかけていた。
「ねぇ、ぽっち。私、隣の国までお薬を買いに行きたいの」
マリーは、ぽっちの頭を優しく撫でた。
「お母さんに早く元気になってほしいの。お留守番をお願いできるかしら?」
ぽっちは、こくんと頷いた。
笑顔で自分に話しかけてくれるマリーのことが、ぽっちは大好きだった。
そして――。
ぽっちは、マリーに恋をしていた。
マリーは、薬を手に入れるまでに一週間かかった。
隣の国とはいえ、馬車を何度も乗り継がなければならない。
庶民であるマリーにとっては、できるだけお金を使わないようにすることも大切だった。
そして、ようやく薬を手に入れ、家へ戻ってきた。
「お母さん、お薬が買えたのよ!」
マリーは、嬉しそうに薬を見せた。
「早く治るといいわね。今晩の食事は、私が作るわ」
そして、ぽっちを見る。
「ぽっちも、お留守番ありがとうね。もちろん、ぽっちの分も作るから、楽しみにしていて」
ぽっちは、大喜びだった。
マリーが大好き。
けれど――犬は人間とは結婚できない。
「……」
それでも、ぽっちは幸せだった。
大好きなマリーと一緒に暮らせるだけで、十分だった。
一方、その頃――。
マリーのもとには、王宮から妃候補としての話が届いていた。
けれど、マリーはまだ会ったこともない相手との結婚を、すぐに決めるつもりはなかった。
「会いもしないで、お断りするなんてできないわ」
マリーは、次に家臣が訪ねてきたら、謁見をお願いしようと思っていた。
神さまのしもべは、少しずつではあるが成長していた。
しかし、まだ見習い中。
失敗もかなり多い。
それでも神さまは、しもべを見守り続けていた。
ナポレオンを犬にしてしまったことも、つい先日、「真実の鏡」を覗いて知ったばかりだった。
しもべは、神さまに正直に話した。
すると神さまは、優しく言った。
「誰にでも失敗はある。気にせず、どんどんやればいい」
しもべは、その言葉に救われていた。
神さまの器の大きさに、いつも支えられている。
そんなところへ、次の転生者が現れた。
「紫式部」だった。
しもべは、大ファンだった。
「お会いできて嬉しいです!」
本当は、紫式部の小説を読んでみたい。
けれど、仕事中に私情を持ち込んではいけない。
しもべは、ぐっと我慢した。
それでも、少しだけひいき目になってしまう。
「どんな人生を望んでいるのか、聞かせてもらえますか?」
紫式部は、迷うことなく答えた。
「もっともっと、たくさんの物語を書きたい」
しもべは、思わず頷いた。
「当然ですよね……」
しもべは、ヨーロッパ担当だった。
地域を指定できないことを謝りながら、できるだけゆっくりと物語を書けそうな、高待遇の転生先を選んだ。
「行ってらっしゃいませ」
紫式部は、転生していった。
――そして。
紫式部は、ヨーロッパの農民になっていた。
母一人、娘一人。
二人で暮らし、小麦を育てながら、母親の看病をしている。
前世の記憶はなかった。
だから、紫式部は小説を書いていなかった。
毎日の暮らしで精いっぱいではある。
それでも、二人は穏やかに暮らしていた。
ある日、娘は母親に尋ねた。
「お母さん、この暮らし……幸せかな?」
「ミーナがいるから幸せだよ。いつも美味しいパンを焼いてくれるだろう?
食べられるだけで幸せだよ」
母親は、微笑んだ。
やがてミーナは、母親を看取った。
一人ぼっちになってしまったミーナは、これからのことを考えた。
ここで農民として生きていくのもいい。
けれど――。
「まだ見ていない世界を、見てみたい」
そう思った。
ミーナは、町へ行くことにした。
まずは、仕事を探さなければならない。
働き者のミーナは、町でお城の使用人募集を見つけた。
その頃、ユリアナ王子は国王になっていた。
けれど、まだ妃を迎えてはいなかった。
エリーが突然、自分の前から消えてしまったあの日。
そのショックから、ユリアナはまだ立ち直れずにいたのだ。
ミーナは、お城の厨房で住み込みで働くことになった。
その頃――。
しもべは、紫式部の大ファンだった。
ついつい、真実の鏡を覗いてしまう。
「お城で働いてる!」
しもべは、ほっとした。
芸術面で優れている人だから、幸せな人生を歩んでくれればいい。
そう思うと、しもべの楽しみが一つ増えた。
けれど――。
神さまに見つかったら、叱られてしまう。
「……たまになら、いいよね?」
しもべは、神さまに見つからないように、時々こっそり真実の鏡を覗くことにした。
そして――。
マリーの謁見の日がやってきた。
マリーは緊張しながら、お城へ向かった。
家臣が、優しく声をかける。
「肩の力を抜いて、気楽にしてください」
「は、はい……」
そう答えたものの――。
マリーは、ガチガチに緊張していた。
マリーの目の前に、ルーシーが現れた。
ルーシーは、優しく話し始めた。
「遠いところから、急いで来てくれてありがとう。
ルーシーです」
マリーは、緊張しながら頭を下げた。
ルーシーは、微笑んだ。
「お互い、まだ分からないことばかりでしょう。
時々、こうして一緒にお茶をしてくれると嬉しいです。
もちろん、嫌なら断ってくれて構わないよ」
マリーは、想像していた国王とは違っていた。
優しく語りかけるような言葉。
相手を気遣い、無理をさせない配慮。
すべてが完璧な人に見えた。
マリーは、いつの間にかルーシーに惹かれていた。
「また、会っていただけますか?」
「もちろん」
二人は、たくさんの会話を楽しんだ。
やがて別れの時間になり、マリーは名残惜しい気持ちのまま、お城を後にした。
自宅へ戻ると、マリーは母親にルーシーとのことを話した。
イザベラには、すぐに分かった。
マリーが、ルーシーに恋をしている。
娘の幸せを願うイザベラは、優しく微笑んだ。
「よかったわね」
そして、マリーを応援することにした。
けれど――。
ぽっちは、マリーを幸せにできないことを分かっていた。
だからこそ、応援したい気持ちと、応援できない気持ちが入り混じっていた。
その日も、ぽっちはご飯を食べられなかった。
そして――。
ぽっちは、雲の上にいた。
しもべの前で、幸せだった犬生を話していた。
「マリーと……最後まで一緒だった」
ぽっちは、涙を流しながら話した。
しもべは、優しく尋ねた。
「もう一度、転生したいですか?」
ぽっちは、しばらく黙っていた。
そして――答えた。
「もう、このままでいいよ。
ぽっちとして、生き抜いたよ」
神さまは、静かにぽっちを見つめた。
「そうか」
神さまは、ぽっち――そしてナポレオンの魂を、安らかに送り出した。
「安らかにおやすみ」
しもべは、涙を流していた。
そんな姿を見て、神さまは優しく語りかけた。
「よく頑張ったね。君は、ぽっちに幸せな人生を与えることができたんだよ」
しもべは、涙を拭った。
「……はい」
その頃――。
ミーナは、王宮で朝早くから夜遅くまで、厨房で働いていた。
ミーナにとって、厨房は幸せな場所になっていた。
たくさんの食材があり、いろいろな料理を作ることができる。
毎日、新しい料理を考えることが楽しかった。
月日が流れ――。
ミーナは、料理長にまで上り詰めていた。
ミーナの料理は、国王をはじめ、王宮で働く人々の心に残る料理へと変わっていった。
そして――。
国王となったユリアナは、その料理を作っている料理長に会ってみたいと思うようになった。
家臣に頼み、料理長を呼んでもらった。
やって来た料理長は、女性だった。
華奢な体でありながら、誰よりも働き者。
そして、国王の心を動かす料理を作っていた。
ミーナは、緊張していた。
「国王さまが、こんな私にまで……」
ユリアナは、ミーナに優しく話しかけた。
「これからも、僕のために料理を作ってくれないか?」
「はい……」
ユリアナは、少し照れながら続けた。
「君の料理で、僕の心まで癒されているんだ。
ありがとう」
家臣が、そっと国王に声をかけた。
「陛下……少々、分かりづらいかと」
ユリアナは、笑った。
そして、ミーナをまっすぐ見つめた。
「隣にいてほしい」
ミーナが驚いて顔を上げる。
「妃として」
ミーナは、しばらく言葉を失った。
そして――。
「はい」
ユリーは、十六歳になった。
ユリアナがどこにいるのかは、知っていた。
そして――。
ユリアナが、ミーナを妃に迎えたことも知っていた。
ユリーは、自分とユリアナの歳の差を考えた。
もう、あの頃のユリアナではない。
今のユリアナが幸せに暮らしていることを確認すると、ユリーは遠くから見守り続ける人生を選んだ。
「あのとき、私に告白してくれたユリアナは……もう、いないんだ」
少し寂しかった。
けれど、後悔ばかりしていても仕方がない。
「もし、また次の人生で縁があったら……そのときは、ユリアナと一緒になりたい」
ユリーは、そう願った。
そして、自分の人生を歩むことにした。
両親に勧められた相手との結婚も、受け入れることにした。
けれど――。
ユリーは知らなかった。
その結婚相手も、転生者だった。
しかも――。
しもべのミスで、前世の記憶が残っていた。
「まさか……」
ユリーが出会った相手は――。
清少納言だった。
しかも、性別まで変わっている!
もともとは下級貴族の出身。
働くことよりも、歌や短歌を愛している人物だった。
ユリーは、少し不安になった。
「この人は……私を愛してくれるのかな?」
思い切って尋ねてみた。
「清少納言さんは、私を愛してくれるの?」
そして、もう一つ。
「清少納言さんにとって、愛って何?」
すると――。
清少納言は、歌や短歌で返事をした。
「…………」
ユリーには、さっぱり分からなかった。
まるで――。
パラプンテだった。
ユリーは、それでも、できる限りの妻になろうと頑張った。
清少納言は、ユリーが作った料理なら、どんなにまずくても全部食べてくれる。
お茶会にも、嫌な顔をせず一緒に来てくれた。
夜になると、月を眺めながら歌や短歌を詠んでいる。
そして、先に眠ってしまったユリーの隣では、いつも静かに添い寝をしてくれていた。
「……私のこと、嫌いではないのかな?」
ユリーには、まだよく分からなかった。
仕事をしないことを除けば――まあまあ、いい夫なのだ。
言葉では伝えてくれない。
けれど、彼なりの優しさがある。
その優しさが何を意味するのかは――。
きっと、彼にしか分からない。
見習いは、真実の鏡を静かに閉じた。
そこには、たくさんの人生が映っていた。
思い通りにならなかった人生。
間違えてしまった人生。
それでも、その先で幸せを見つけた人生。
見習いは、これまでのことを思い返した。
「……僕は、まだまだだな」
エリーのことも。
家康のことも。
ナポレオンのことも。
たくさん失敗した。
けれど――。
その一つ一つの人生を見てきたからこそ、分かったこともあった。
転生させるということは、ただ新しい人生を与えることではない。
その人が、その人生で幸せを見つけられるようにすること。
見習いは、真実の鏡を見つめた。
「もっと、上手になりたい」
今度は、失敗しないためだけではない。
「もっと、みんなの幸せを考えられるようになりたい」
見習いは、静かに立ち上がった。
そしてまた、新しい転生者を迎えるために歩き出した。
今日も――。
誰かの新しい人生が、始まろうとしていた。
完




