2.言葉が通じない
ダメ王子のショータイム回です。
「…は?」
アンネを側妃にする、突拍子もなく言われた言葉にアンネの頭は真っ白になった。
「マリーを正妃に、アンネを側妃にする事に決めたんだ。そうすればアンネは僕の傍に居続ける事が出来るんだよ。」
アンネにとって、とても良い話を持ちかけているような声のトーンでにこやかに話すヴィクトルを、アンネはただ見つめる事しか出来ない。
「そして側妃となって、正妃を支えて欲しいんだ。」
「嫌です、お断りします。」
ハッと我に返った時には、アンネは心の声をそのまま口に出していた後だった。ヴィクトルは一瞬驚いたが、すぐに困ったような顔をした。
「分かってるよ、君にとってマリーは面白くない存在だと思う。けれど、僕の為に努力して欲しい。」
「…私は婚約解消に同意します。ですが側妃の話はお断りします。」
「僕はマリーだけを愛しているけれど、アンネの事も大切にすると約束するよ。」
「…お気遣い頂かなくても大丈夫です。お断りします。」
「僕は君を見捨てたりなんてしないから、安心して欲しい。」
「私の話をちゃんと聞いて下さい!!! 私は、側妃の話はお断りすると言っているのですよ!!?」
思わずアンネは叫ぶように声を上げる。マリーはビクッと震えて、ヴィクトルはそんなマリーを庇うように抱きしめる。そして困った顔をしてアンネを見た。
「…落ち着いてくれ、アンネ。」
ヴィクトルの中のアンネは、ヴィクトルを深く愛していて、正妃にはなれなくても傍に居たいと思っている…と思っているのだろうか。
仮にアンネがヴィクトルを深く愛していたとして、なぜマリーを支えろなどと言えるのだろうか。ヴィクトルの考えが全く分からない。
「っ、お言葉ですが、何故私がリンネ嬢を支えなくはならないのですか。」
「や、やっぱり私の事が憎いのですね…」
「アンネ! マリーを責めるのは止めてくれないか? マリーに嫉妬するのは仕方ないが責めるのは僕だけにして欲しい。」
質問の答えが返ってこないが、もう答えてくれなくていい。いい加減ウンザリしてきたアンネは話を切り上げてこの場からすぐにでも去りたいと思った。
「…何度も申し上げておりますが、側妃の話はお断りします。婚約解消については私も同意しますので、後のことは陛下達に委ねましょう。」
「アンネ、意地を張らないで欲しい。このままでは僕と共に居られなくなってしまうんだよ?」
…まだ続くのか、アンネの精神は限界に近づいてきていた。
「仕方ないではないですか。ヴィクトル様はリンネ嬢を選んだのですから。私の今後はテレーゼ公爵家で話し合って決められますのでご心配なく。」
「アンネ、頼むからいい加減素直になってくれ!!!」
…こんなにも、こんなにも話が通じないなんて事があるのだろうか。ヴィクトルにこんな一面があると今まで気が付かなかった事に、アンネは気味の悪さと恐怖を感じた。
「それに、君は王妃となるに相応しい教養を身に付けている。その知識を活かせなくていいのかい? 勿体無いじゃないか。」
「…。」
誰のせいでそうなったのだと、怒鳴りたくなる気持ちをアンネは抑え込んだ。何を言ってもヴィクトルは聞かない、理解しない。アンネの主張はヴィクトルへの想いを捨てきれない事への裏返しと捉えられてしまう。
「アンネ、君以外の人を愛してしまって本当にごめん。何度でも謝るよ。でも、君が側妃になる事がお互いの為になると理解して欲しい。」
黙り込んだアンネにヴィクトルは何を思ったのだろうか、想像もしたくない。あまりにも身勝手で、アンネの意思を無視する言葉たち。でも、反論しても無駄なのだとアンネはもう理解していた。
「…今日は失礼します。考えさせて下さい。」
「っ! ああ、勿論だよ!!」
この場から去りたい一心で口にしたアンネの言葉を、ヴィクトルはまた都合の良いように解釈したらしく嬉しそうに微笑んだ。
「また明日授業後に待っているよ。」
「ありがとうございます、テレーゼ公女様!!」
一日しか待つつもりがないのか、勝手に予定を決めるのか、側妃になる事を受け入れてないのにお礼を言うなとか、言い返したい気持ちを全て抑え込んだアンネは生徒会室を後にした。
◆◇◆
帰りの馬車の中でアンネは必死に考えを巡らせていた。
ヴィクトルの主張はマリーを正妃にする為に、アンネを側妃という立場にして仕事を押し付けようとしているとしか思えなかった。それだけではなく、アンネはヴィクトルを愛しているのだから頼みを聞いてくれると思い込んでいるのだろう。とても、とても気分が悪かった。
幸いなのは、ヴィクトルのあり得ない提案が通る事はないと断言出来る事だ。王家が認めた公女よりも、突出した才能のない男爵令嬢が王子妃に選ばれるなどあり得ない。王子に非があるにも関わらず、何の非もない王子妃予定だった公女を側妃にするなど以ての外だ。
アンネの両親はアンネの事を大切に思ってくれている。この事を伝えれば憤り、王家に婚約解消どころか婚約破棄を叩きつける事だろう。
ヴィクトルの両親、国王陛下と王妃も公正に判断して下さる筈だ。ただ、アンネが王子妃になる事を楽しみにしてくれていた様子だったので、ヴィクトルとマリーに罰を与えて2人を別れさせた後、婚約を継続することをお願いされてしまう可能性も考えられる。お願いをされてもアンネは断るつもりだが、陛下達への気不味さはあるだろう…。
どちらにしてもヴィクトルとマリーが結ばれて、アンネは2人を支える為に利用される側妃となる未来は訪れない。このまま帰って公爵に伝えれば終わらせられる、その程度の出来事なのだ。
…ただ、アンネの心はその程度で終わらせる事は許せない、と叫んでいた。
自分の書くヒロインはなんやかんやで性格強いキャラが多いなと思います 笑 やり返しが好きなのですみません。
ここまで読んで下さりありがとうございました!!
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