小説家の彼女へ
「だから、ね。あたし、死のうかなって」
まだまだ暑さが残る日曜日だった。
午後四時十三分。
ゆったりと寛いでいた私の日常は、唐突に鳴り響く呼び出し音で幕を閉じた。
────愛嬌と小説。
あたしのいいところなんて、
多分そのくらい。
夜空の星の数よりも欠点が多い彼女はそう言った。
彼女の涙が顎の下で大渋滞が起きている様子が電話越しでも見えてしまう。
私はあまりの急展開で思わず黙り込んだ。心を覆い尽くす壁が上手く作れない。
ティッシュボックスからちり紙を抜き取る音が沈黙を破った。
「小説は実力不足で、好きな人の文章にすら、手が」
悔しくて、悔しくて、それでも頑張ってるのに、
心のほうが先に限界に来てしまって、
気づけば、愛嬌さえも出せなくなってきた。
殴り書きの原稿用紙。芯が折れた鉛筆。入り切らない煙草の灰皿。
脚の短いちゃぶ台の上に置かれたのは、私にとっては灰を被った宝石であり、
しかし同時に星屑でもあった。
私にとっては決して届かない。そんな存在。
それなのに、彼女は呻く。まだ足りないと叫ぶ。
「誰かにキツい言葉を、ぶつけてしまっている気がして」
怖い。
そんなつもりないのに。
なのに、あたしばっかり置いていかれている気がして──
開き直って。
もう、どうでもいいかなって思う瞬間がある。今がまさにそう。
死にたい、と吐き出した彼女に私はもどかしさを憶えた。
どうして誘ってくれないのか。
勝手に一人で堕ちるだなんてズルいひとだ。
楽しさよりも寂しさを、面白さよりも辛さを、共有していたつもりだった。
書きたいのに書けない。
書いても出来が悪くて、
自分の文章が嫌いになる。
彼女の悩みは私の悩み。
みんなはすごいのに。
あたしは何にもすごくない。
自己肯定感が一枚ずつ剥がれ落ちる音は彼女が吸った煙草の本数よりも聴いただろう。
抉られて、すり減って、傷だらけの彼女の気高い姿。
誰よりも歪な文字のかたちは私の好み。
誰かのために頑張ろう。なんて思っても、やっぱりもう無理で、
頑張れないあたしが情けなくて。
それで泣き付く哀れな彼女。
無邪気さの中に潜むありきたりな愛おしさ。彼女以外は気が付いている魅力だ。
──私なんて、やっぱり子供なのかな。
悩み、苦しみ。
そして、出した結論が、泣きそうで。
実際、もう泣いていて。
涙が、止まらなくて。
そんな彼女を抱きしめられない自分が苦しくて。
仕方のない私は電話を切った。
そして、久々に筆を取る。
私が書かないと。
彼女に捧ぐ、歪な文字列。
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