世界樹のいうことには
勢いで書きました。広い心で読んで下さい。
『娘、そこな娘よ』
「……?」
『そう我に座って本を読んでおるお前じゃ』
「やばい、変な声が聞こえる」
頭の中に直接響くように声が聞こえてくるって事は精神干渉魔法?でも、それにしては不快感がない…。
『変とは失礼な。我、これでも大いなる樹の一体であるぞ』
大いなる樹……?世界樹をそんな風に呼ぶ事もあるって聞いたような……。
「え、世界樹が話してるの!?」
『ようやく気がついたか、鈍いのう』
世界樹。
いつからあるのかわからない巨大な樹。その幹の直径は小さな国一つより大きく、てっぺんは雲よりも高い。ありとあらゆる魔法が効かず、国は燃えても樹は燃えず、寒さで人々が凍えても樹の枝には若葉が芽吹く。そんな不思議な樹。
この国では一部の者を除いて聖樹と呼び崇められている。神に等しい存在。
そんな世界樹の国が見渡せる程度の高さの枝に座って本を読むのが私の数少ない楽しみ。まあ、中々来れないから今日来たのも一月ぶりなのだけれど。まさか、世界樹の声を聞くことになるとは。
『お主が過ごしておる箱で魅了の使い手が好き勝手しておる。何とかせい』
箱…?もしかして学園の事を言っているのだろうか。まあ、心当たりは大いにあるけれど。何とかって言われてもねえ。
「えぇーと、そういうのって神官とかにお告げしたりするものでは?」
『この国の教会はここ最近質が悪いから声が届かん』
「…ここ最近って何年くらいで?」
『百年くらいかのぅ』
「わぁーお」
最後にお告げがあったとされるのか百五十年前だから合ってそう…世界樹からすれば五十年とか誤差だろうし。
うわぁ、年々腐敗してってると思ってたけどそんな前からなんだぁ。そりゃ陛下や王太子がいくら頑張っても変わるわけがない。
『魅了の使い手は三百年ぶりじゃのう。自ら力を封印して静かに過ごす者や善行に使うもおるが…この地に産まれる者は野心を持って周囲を支配し王妃になろうと企てる者が大半じゃな』
「あー…」
全く否定できないわー。まだ学園内とはいえ随分と派閥を広げているみたいだし。
『魅了の有効範囲はまちまちじゃが…今代の使い手は【自分に好意を持った相手】もしくは【術の効果範囲に一定時間いる者】に効果があるようじゃな。後者は効果が出るまでに時間は掛かるが好意がなくても洗脳できる。中々強力じゃのう。抗えるのはアルマグナムの特性を引き継いでおる者か、余程精神魔法に耐性をもっておるものだけじゃ』
どおりで婚約者取られた女生徒の反発も途中からなくなった訳だ。
「…ん?となると何で私は無事なの?」
『お主がいつもおる場所は魅了の使い手の行動範囲から外れておる。単に力の範囲外におるからかもしれんの』
「なるほど」
つまり、普通に授業に出てたら危なかった訳か。
とはいえ、第二王子、公爵令息、侯爵令息、伯爵令息…を初め多くの令息が虜になってしまっている上に、婚約者を説得していた令嬢達も虜になっている現状は無事とは言い難いけれども。
「最近は先生達も贔屓し始めてるみたいですが、それも魅了の影響なのでしょうか」
『普段書庫におるわりに情報通じゃのう』
「おしゃべり好きな子達が遊びにくるので」
『そのおしゃべり達から何とかしろと言われんかったか?』
「言われましたけど…あれ本気だったんですか?」
おしゃべり達というのは精霊の事である。この国のほとんどは程度の差はあれ魔法が使えるが、ときどき人ならざる存在を認知できる者が現れるらしい。気配、声、影…など断片的に認知できる場合もあれば、はっきりと姿形を認知できる事もあり、中には『愛し子』と呼ばれる者もいるらしい。そんな感じで人間に少なくない影響をもたらす精霊達だが、彼らは嘘を嫌う反面思い付きで発言する事も非常に多い。言うことを真に受けて慌てても『ソンナコトイッタ?』となる事が決して少なくないのである。そのため、大抵の事は聞き流すようにしていたのだが今回のは本気だったらしい。違いが全くわからない。
『今のところ三百年前と近いのう。あの時は魅了使いが聖女と持て囃されて建国祭とかいう日に貴族や神官を魅了して一気に国の掌握をしておった』
「えー…つまりこのまま放っておくと国が滅びるって事ですか?」
『そうなるな。まあ、三百年前はアルマグナムの特性を継ぐ者が光属性の魔法使いと協力して半壊ですんでおったが』
「うわー…どうせ滅びるなら知らないまま迎えたかった……」
『回避しようとは思わぬのか?今までの奴らはそうしておったぞ』
「そうやって行動して破滅を逃れたのですか?」
『崩壊三割、半壊して後に崩壊四割、半壊して再生二割、回避一割じゃ』
「いや、ダメじゃん。私には無理です」
だいたい崩壊してるじゃないか。やる気があってそれならもう無理だ。私にそんな溢れる使命感とかない。
『そうか…残念じゃな。お主が愛読しておる“マシューの冒険録シリーズ”の続編がこの国で発売されるのが来年なのじゃが…その頃には我しか「なんて!?」』
「本当に、続編出るの!?五年ぶりに!?」
『嘘は言わん。著者がいる国の世界樹が言っておったからなほぼ間違いないぞ』
世界樹の伝達手段どうなってるの。いや、それよりも
「魅了の力がなんぼのもんよ!やってやろうじゃない!!!」
そうしてパラぺスタ神聖王国の第四王女ザラは愛読本の新刊を無事読むために立ち上がった。
「そういう訳なので、世界樹様に協力頂いて魅了を中和してくれる遅効性の札と即効性のあるポーションを作ったのでとりあえず第二王子殿下で試してみては如何でしょうか」
「……は?」
「ちなみに陛下や皇太子殿下はこの地に伝わる英雄であらせられるアルマグナム様の特性を継いでいるので彼女の影響を受ける事はないそうです」
ちなみにこの特性血の繋がりは全く関係ないそう。不思議。
「…その理屈で言うとザラもか?」
「いえ違います。私の場合は魅了の効果範囲内に近づいていないからのようです」
「……学園に通っているのにか?」
「入学まですっかり存在を忘れられていた王女とか扱いに困るでしょう?担任になった先生が哀れな程に困っていたので病弱という事にして貰って一日中書庫で過ごしていました」
「王女を書庫に?教師が許可したのか?」
「えぇ、ですが、お二人も私が書庫で過ごしていた事に気づかなかったのですよね?つまり、私の扱いなんてそんなものなんです。先生を責めるのは筋違いですよ。で、これ、どうします?」
「……いいだろう」
「陛下」
「ザラは王族としての品位は足りないが、無用な嘘や妄言を述べるような子ではない」
自分の子だと認識していたのか。驚きである。だいたい品位が足りないのはまともな教育係を付けてくれていないからだと思うのだけど。王女に生まれたからって勝手に気高く育つと思うな。
「……声に出ておる」
「まあ、何て事!どうか無礼をお許しくださいませ」
「……第二王子を呼び出せ」
結果を述べると効果は絶大だった。抵抗した第二王子はポーションを無理矢理飲まされ丸二日寝込んだが目が覚めるとまともな思考を取り戻していた。魅了かかっていた期間の記憶は靄のようでぼんやりとしか思い出せないそうだが、件の令嬢については『可愛いらしい』と思った事は覚えているらしい。まだ残っている魅了の魔力が体内から完全に無くなるまで札を身に付け身を潜める事となったそうだ。
「ポーションはどれほど精製が可能だ?」
「作ろうと思えば国民全員分でも可能ですが、世界樹様の葉が必要なのと薬術師の数は限られます。重症者以外は札を持たせて物理的に距離を取る方が良いでしょうね」
札も世界樹の枝を使っているが、ポーションと違って使い回しができるし薬術師でなくても作れる。
被害はまだ学園内だけだから臨時休校にして物理的に距離を取る事ができるのは不幸中の幸いというべきか。来月は保護者も参加の学園主催のパーティーが予定されていたからタイミングがよかった。もしかしてそれで世界樹は声をかけて来たのだろうか。
「しかし、お告げがあってから二週間も経っておらん。素晴らしい手際の良さだ。ザラに調合の才能があったとはしらなんだ」
「いいえ、違います。物量です。三徹と五時間睡眠を繰り返したので十日で完成しましたが、二度とやりたくありません」
倒れないように回復ポーションを乱用しまくった。世界樹特製ポーションには乱用すれば普通は起こる副作用(倦怠感、自己回復能力の低下、不眠など)が一切無かった。実に恐ろしい。それでも、私のメンタルに限界はくるので三日に一度五時間は休憩をとった。いや、本当にイカれたスケジュールである。なぜこなせてしまったんだ私。
最初に調合したポーションが真っ黒のブクブクと泡立つ粘状の液体になった時に、世界樹からドン引きした雰囲気を感じたのは少し面白かったけど。
世界樹曰く欠損すら治せる万能薬も他の素材と合わせれば作れるらしい。私にその気があるなら教えると言われたが断固として断った。そんな物を産み出したが最後奴隷のように酷使されて死ぬ未来しか見えない。絶対にごめんである。
「……は?」
「あの大木…世界樹様があまりにも急かして…いえ、国の未来を憂いていたものですから、ポーションをフル活用して強行突破致しました」
本当にスパルタだった。そもそも分量や作り方が細か過ぎるし、世界樹が渡してくれた調合書(どうやって出したのかは不明)も専門的な部分があって難しいのに世界樹様の指示のタイミングが微妙に遅くて失敗繰り返すし……みかねた精霊達が『チガウ、ミズ、ハンブン』、『ジュウ、マゼテ、ノコリイレル』と片言だが的確にアドバイスをしてくれるようになってからは格段に良くなってどうにか完成には至ったが。
薬術師に頼もうと思ったら世界樹曰くこの調合書はこの国では私にしか見えない上、最初に完成させなければ他の人間には作れないという。何故。知っていたら引き受けなかったかもしれない。いや、でも新刊が…。
「あ、そうそう神殿を一度解体して新たに組み直すように告げるとも言われていましたよ。今頃百五十年ぶりの神託とその内容に神殿は大慌てでしょうね」
「「なんだと!?」」
「よかったですね。国は滅びず、腐った神殿は一掃され、私は無事新刊が読める!ああ~早くこの国まで来ないかしら……いっそ今から国を出て買いに行けば少しは早く読めるのでは!?というか最初からそうしていれば……何故気が付かなかったのかしら!!!」
「ま、待ちなさいザラ、お前には神殿再興に協力をして貰わねば。世界樹様はお前に神託を授けられるだろう?」
「王族としての品位に欠ける人間がお役に立てるとは思えませんわ」
「う゛…それは、その…」
先日言われた事を引き合いに出すと陛下は気まずそうに言葉を詰まらせた。しょんぼりと落ち込む姿は威厳の欠片も感じられないがこんなんで大丈夫なのだろうか。
「確かに僕達にお前を止める権利はないな。しかし残念だ」
「何がですか…?」
「落ち着いたら公的な褒美とは別で個人的な褒美として“マシューの冒険録”の全巻作者のサイン入りを贈ろうかと思ったのだがお前の旅立ちには間に合いそうにな」
「!!?本当ですか異母兄様!!!」
「あ、あぁ…」
「来年発売予定の新刊もですか!?」
「わ、わかった」
「なんて素敵な褒美でしょうか!!!さくっと潰してちゃっちゃと再興しようじゃありませんか!」
「お兄様……お兄様か……」
個人的にと言われたから王太子殿下ではなく異母兄様と呼んでしまったが、噛み締めるように繰り返している様子に嫌悪感はなく嬉しそうですらあった。王太子殿下には妹君がいらっしゃったが生後間もなく亡くなっている。もしかしたら憧れのようなものがあるのだろうか。他の異母兄弟とも親しくはないだろうし。
というのも、英雄アルマグナムの特性を継ぐものは産まれてから死ぬまで特別な存在とされる。
我が国の王族はその特性を継ぐ子孫を残すために一夫多妻が認められている。特性と血は関係が無いと知った今ではあまりにも無意味な制度だが、アルマグナムの特性を継ぐ者が王族に多いのは事実だった。そんな感じで陛下も正妃様以外に三人の側妃を娶っている。内一人は私の母だ。で、国王としては有能と言われる陛下も父、夫としてはあまり甲斐性があるとは言えないようで側妃様達の足の引っ張り合いは日常茶飯事。人格者の王妃様がいらっしゃらなければ今頃王宮はめちゃくちゃになっていたかもしれない。私に最低限の衣食住が保証されているのも王妃様のお陰である。母が亡くなってしばらくしてから教育費用を捻出できなかった事を謝られたが、王妃様を責める気にはならなかった。まだまだ元気な側妃達とその子どもを管理しなければならない王妃様の負担を増やしてまで学びたいとは思わなかった。読み書きできるしね。
そんな訳なので親同士はもちろん異母兄弟同士の距離感も微妙なのである。ただでさえ王妃と側妃という立場の違いに加えて特性の有無。嫌でも意識させられるというものだ。私個人としても、王太子殿下に思うところはないが、関わろうとも思わなかったしね。
「神殿が一度解体するなら魅了使いの処遇について横槍を入れられる心配がないから丁度いいですね」
「ああ。だが…現在魅了に掛かっておる家に通達を出して隔離を命じるのには少々時間がかかるな」
王都に住んでいるのは貴族全体の三割程度。学園の生徒も例外ではなく親元を離れ寮生活をしている者が大半だ。領地によっては伝令が伝わるのに一週間かかる場所もある。世界樹様みたいに離れた場所でも会話できるようになればいいのに。
「ペネロペさんを城に招待しては如何でしょうか」
「魅了使いを?」
「“第二王子の友人だから歓待したい”とか言って最上階の部屋に入れて魅了の効果が切れるまでもてなすんです。変に勘繰られても困りますからマナー講師をつけては如何でしょうか。何故講師をつけるのかと聞かれたら“国の未来に必要な事”と微笑んで答えれば彼女なら勘違いすると思います」
「“迷宮”…その手があったか!」
城の最上階には特殊な魔法が掛けられている。“迷宮”と呼ばれるその魔法は何故か階下に行こうとしても最上階のどこかに戻ってしまうという、正しく迷宮。【招かれざる者は招いた者の許可無く立ち去れず、延々と最上階をさ迷う】と古い記述に残されている。招かれている時点で“招かれざる者”ではないような気もするが、要は豪奢な牢獄と私は解釈している。過去に“招かれた者”は全て表立って騎士団の捕縛や地下牢に投獄できない者達だったから。
「講師には札を持たせれば魅了も効かぬ」
「“迷宮”の事をよく知ってたな?」
「暇なので禁書以外はほとんど読み漁りましたので」
誰が何の目的で作ったのかとか、そもそもどうやってとかは書いてなかったけれど。あれ、そういえばあの本どこの棚にあったっけ?まあ、いいか。
「ザラ、宰相にも説明したい。同行を頼む」
「わかりました」
全巻サイン入りの為なら説明くらいしますとも!
『やれやれ、どうなるかのう。それにしても……これ程やる気のない管理者も珍しい。女神様は好みが代わられたのかのう』
意気揚々と陛下と王太子殿下の後ろに続く私は世界樹の呟きを拾うことはなかった。
そうして、作戦を練って途中までは上手くいくけど傲慢な女神が余計なことして紆余曲折ありつつ、魅了使いを無事現行犯逮捕したり。サイン入り全巻セットに狂喜乱舞して王太子殿下や陛下にドン引きされつつ、後に王太子殿下が小説家仲間になったり。実は過去にやらかしていた世界樹と女神様がとても偉い神様に怒られたりするけどそれはまた別の話。
読んで頂きありがとうございます!