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この恋、止まれません! ⑧

「富永さん、僕の休憩はまだでしょうか」

「え? ああ、創さんが来たのか。もうちょっと我慢だね」

 土曜日、創がまた男と店に来た。以前も一緒にいた爽やかな雰囲気のイケメンだ。創は黒いシャツにベージュのチノパン姿で、相変わらずスタイルがいい。その黒いシャツを男が軽く引いたり握ったりしていて、実里は当然苛立った。さっそく近づきたいが仕事中だからできない。ふたりの様子を観察していたら創と目が合い、彼は唇の動きだけでなにかを言っている。

「は……う、す……」

 口の形でそう言っている。つまり「仕事をしろ」という意味で、慌ててバッシング作業に集中する。創も実里を気にしてくれているように思えて、勝手に浮ついた気分になった。

 仕事をしていて視線を感じ、顔をあげると創が見ている、というのを繰り返す。そんな小さなことでも心が弾む。見られていると緊張するけれど、それ以上に頑張れる。

「村瀬さん、そこ終わったら休憩どうぞ」

「はい。ありがとうございます」

 デシャップ前の片づけを終えてすぐに創のところに行くと、気配でわかったのか創が顔をあげた。男は以前と同じように創の隣に座っている。

「ご一緒してもいいですか?」

「だめ」

 男が答えて実里はむっとしたが、顔に出さないように努力した。うまくできたかはわからない。創はなにかを考えるように視線を動かした。

「店長がいいって言ったら、一緒に食べてもいい」

「わかりました!」

「ちょっと、創!」

 即座に店長のもとへ向かう。背後からは男の不愉快さを丸出しにした声が聞こえたが、創はなにも答えていない。

「店長!」

「おお、どうしたの?」

「創さんが、店長がいいって言ったら一緒に食べていいと言ってくれました。いいと言ってください!」

 ずいっと迫ると、店長が一歩足を引きながら苦笑する。たぶんすごい形相だったのだろう。店長は、「創さんにその顔見せちゃだめだよ」と言ってからオーケーをくれた。

「ありがとうございます!」

 表情を意識的に緩めてからまかないをもらい、創の席に行く。イケメンは不快さを全面に出しているが、創がいいと言ってくれたのだから堂々とする。

「いいって言ってくれました」

「言わせたんだろ」

 店長とのやり取りを見ていたようで、創は呆れた顔をしている。それでもきちんと許可を取ったからか、実里を向かい側の席に受け入れてくれた。創の隣に座る男は、あきらかに面白くなさそうに顔を歪める。

 でも、急にどうしたんだろう。

 考えてみて気がつく。創が実里にひどく冷たい態度を取ったことは一度もない。呆れながらも相手をしてくれる。今まで気がつかなかったけれど、自分はたしかに彼の優しさを受けている。それははっきりとわかるものから、よく考えないとわからないものまでさまざまだが、たしかに彼の心遣いだ。

 向かいに座るふたりを見ると、男はわざとらしく創にべたべたと触れていて、創はそんな男を軽くあしらっている。

「創さんがひとりに本気になるときって、どんなときですか?」

 気になったので聞いてみる。つき合ってもらうためのヒントにしたい。

「創がひとりに本気になんてなるわけないじゃん」

 なぜか男が自信ありげに答え、実里はわずかに眉をひそめる。創さんに聞いてるんだけど、という視線を向けると、男は実里を馬鹿にするように口角をあげる。

「この男は下半身だけで生きてるんだから」

 男の自信は、「自分はそれを知っている」というところから来ているのかもしれない。創に視線を向けると、興味がなさそうな瞳をしている。

 たしかに実里は創の肌を知らない。それでも負けたなんて思いたくなかった。いろいろな人と関係を持っていても、どんなに遊び人でも、創は優しい人だ。今だって一緒の席に座らせてくれている。こんな優しさに触れたら惹かれるのは当然だ。彼を知れば知るほど、怖いくらいに好きになる。

「じゃあ、今夜は僕にしませんか?」

 実里のひと言で、創も男も表情が固まった。

「なんなら今夜だけじゃなくて、明日も明後日も、ずっと」

 つけ加えると創は無表情になった。男は険しく眉をつりあげて実里を睨みつける。

「図々しい」

 攻撃的な口調だが、応戦するつもりはない。自分が気持ちを伝えたいのは創であって、この男ではない。そんな実里の態度に、男はますます険しい顔をした。

「創さんの好きにしていいですよ」

 向かい合う創の目をじっと見て言うと、綺麗な唇が笑みの形に変わった。思わず肌が粟立つような妖艶な笑みだ。

「へえ」

 興味深いものを見る目つきで実里をとらえる。いたずらでも思いついたような表情を見せる創に、実里の全身に緊張の糸が張った。

 自分で言ったことだが今さら緊張する。基本が小心者だから仕方がない。

 創が隣の男を一瞥する。

「おまえ、もう帰れ」

「え、なんで?」

 男だけではなく実里も同じ言葉を言いそうになったけれど、ぐっと呑み込んだ。創は楽しそうに目を細め、視線を実里にまっすぐ向ける。

「今夜はこいつにする」

 心臓が大きく高鳴る。心音が鼓膜を叩いて指先が震えたけれど、それを隠そうと平静を装った。ここで動揺したら、なかったことにされるかもしれない。

「なんでよ!」

 次々と文句を口にする男を無視して、創は実里に視線を向けたまま笑む。獲物を見定めるような目に、実里は密かに唾を飲む。

「仕事が終わったらCLEARに来い。カウンターにいるから、他の男から声かけられても無視して、まっすぐ俺のところに来いよ」

「わかりました」

 答える声が少しうわずったが、創はそんな実里の反応さえ楽しむように口もとに弧を描く。怒りで文句が止まらない男の声を流し聞き、急いでまかないを食べた。味はわからなかった。


 緊張しながら仕事に集中する。実里が休憩を終えて少し経ったら創は店を出た。男はずっと文句を重ねていたが、創はまったく相手にしていなかった。

「村瀬さん、笑顔笑顔」

「は、はい」

 富永が苦笑している。ひどく顔が強張っているのが自分でもわかるが、なかなか表情がほぐれない。

 今夜は実里にするということは、先ほどの男とはそういうことはしていないのだ。それだけでもほっと安堵した。自分で思う以上に、創の遊び人としての姿に心が素直に傷ついていたようだ。

 ――これくらいで傷つくなら、俺なんかやめとけ。

 創の言葉を思い出して小さく頭を振る。やめない、諦めない。創が好きだ。

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