この恋、止まれません! ⑦
仕事を終え、昨日のバーに行こうと考える。創は出入りするなと言っていたけれど、それで彼と距離ができてしまうのは嫌だ。怒られたら謝ろう。知らない人に声をかけられたら、きちんと断って――。
「え……」
階段をあがると、なぜか創がいた。実里の姿を見て、不機嫌さを丸出しにして眉をひそめる。
「まっすぐ帰るんだろうな?」
「えっと……」
「帰るんだよな?」
「……CLEARに行こうかな、と」
こういうときに嘘をつくのはよくないから、正直に話す。そうでなくてもこんなふうに威圧されたら嘘なんてつけない。
創の眉間のしわが深くなったので、怒っているのかもしれない。謝ろうとは思ったけれど、実際に目の前で怒りを表されると緊張する。
「やっぱりな」
「……すみません」
しゅんと肩を落とすと、創が歩き出した。またどこかに行ってしまうのかな、とその背を見つめる。
「置いてくぞ」
少し振り向いた創が声をかけてくれる。これはついてこいという意味で合っているのか。
「あの?」
「さっさとしろ。CLEARに行くんだろ」
「は、はい!」
やはりついてこいという意味だ。急いで創に駆け寄り、並んで歩く。心配してくれているのかも、と都合よく考えて、まさか、とまかないのときのように小さく頭を振った。隣を見あげると横顔も綺麗で、芸術品のようだ。
「ありがとうございます」
「一応飼い主だからな」
そっけない言葉だけれど嬉しい。感動しながらCLEARまで一緒に歩く。ずっとこのまま並んでいたい気持ちでいっぱいになった。
「あら、もう落ちたの?」
CLEARにつくと、創と実里を見たママがにやりと口角をあげた。
「落としました」
「落とされてない。ママもそういう冗談やめてよ」
創は困ったような顔でママを諫めると、カウンター席に座った。実里に視線だけ向けるので、隣に座っていいのだと理解してあとに続く。少しだけスツールの位置を近づけたら睨まれたけれど、怒られはしなかったのでそのままにした。接近できた。
「そういえば、さっき一緒に店に来た男の人はどうしたんですか?」
あの敵意むき出しの男の姿が見えない。離れろと言っても離れなさそうなのに。
「帰ったんじゃないの。俺はもう用済んだし」
さらりとそんなことを言われ、ちくりと胸が痛んだ。きっと、することはしたのだろう。どんなに強がっても、好きな人のこういう話はつらくてつい目を伏せる。
「これくらいで傷つくなら、俺なんかやめとけ」
創は実里の心情を読み取ったような顔をして、ママにグラスビールを頼んでいる。そう言われて簡単に引きさがるわけがない。そこまで諦めさせたいのなら、食らいつくまでだ。創が好きだ。好きだから手を伸ばす。
「やめません」
実里もママにシャンディガフをお願いする。
諦めたら創は離れていく。今のようにかまってくれるのは、実里がしつこく近づくからだ。叶えたい気持ちがあるのなら、自分で動かなければ叶わない。願いが自動的に叶うなんてことはほとんどないのだ。
意志が変わらないことを告げると、創はため息をついた。
「ママ、こいつたぶんこれからも俺のあとついてまわって、ここにもまた来るだろうから顔覚えといて」
「言われなくても、こんな面白そうな子は忘れられないわ」
創の言葉に、ママが苦笑する。隣の創を見ると、不本意という顔をして眉を寄せている。
「創って心配症なのね。知らなかった」
自分を心配してくれていることに胸が躍る。ママのからかう声に、創はばつが悪そうに実里から顔を背けた。
「こいつ、あぶなっかしいんだよ」
いきなり階段から落ちてきたりするしさ、とぼやいている。そんな言い方をしても言葉には優しさが溢れていて、実里を感動させる。
「そういう子を放っておけないタイプとは思わなかった。意外ね」
ママが笑ってドリンクを創と実里の前に置く。なんとなく創に視線を向けると、少しだけグラスを寄せてくれた。
「ママに面倒かけるなよ」
「はい!」
軽くグラスを合わせたら心まで震えた。
創の優しさは、知るたびに実里の心に光を灯す。きっかけは助けてもらったことだけれど、今はさらに創を知って、もっと好きになっている。好きな人が自分を心配してくれて、しかも隣に座らせてくれているなんて、こんなに幸せなことはない。
「ありがとうございます。創さん」
実里を簡単に幸せにできる人は、まだ不本意さを丸出しにした顔をしていた。