この恋、止まれません! ㉒
「あなた、本当に創?」
この言葉も耳に慣れてきた。実里がぼんやりとそんなことを考えていると、口もとに指でつまんだチョコを持ってこられ、素直に口を開ける。かりっとしたナッツ入りのチョコが口中で甘みを広げた。
「おいしい」
偽物疑惑をかけられている創は、満足そうな眼差しを実里に向ける。ママは信じられないものを見るような目をしている。
今日も創は仕事が終わったらまっすぐ店に来てくれた。今までは着替えてからだったのに、最近はスーツのまま姿を見せる。本人曰く、「早く会いたい」とのことで、実里もママと同じ疑念をいだいてしまう。本当にこの人は創だろうか。
「あんなに落ちつかなかった男がねえ」
創とつき合って二週間が経つ。ママは創と実里がCLEARに行くたびに驚嘆の言葉を口にしながら、優しく見守ってくれていて嬉しい。
ママの呆れたような感心するような複雑な声が聞こえているはずなのに、創は実里にチョコより甘い微笑みを向ける。こんなに優しい笑顔を見せてくれる人だったなんて、と実里も驚いている。
シャンディガフをひと口飲んだ実里の顔を覗き込み、創が手を伸ばしてくる。
「唇濡れてる」
「ん」
指の腹で唇をなぞられて、心臓が跳ねる。
創のグラスに入っているのはウーロン茶で、実里だけがアルコールだ。素面でもこんなスキンシップをする人だということも知らなかった。べたべたしたり、人前でくっついたりされるのは好かないのではなかったか。されるのは嫌でも、するのは問題ないのだろうか。もちろん実里はするのもされるのも、創となら大歓迎だ。
「そういうのは、ふたりきりでやって」
ママが呆れきっているが、創は動じていない様子で口もとを緩める。
「だって自慢したいじゃん?」
「あなた、そういうタイプだったっけ?」
「俺も自分で知らなかった」
ママだけではなく、創も自身の行動に呆れているような顔をする。実里は彼のひとつひとつの言動に翻弄されて、どきどきと胸が高鳴っておさまらない。恥ずかしがると余計に触られるので平静を装いたいが、できるはずがない。
「明日のデート、どうする? どこ行きたい?」
「創の口から『デート』なんて単語が出ちゃうの? 本当に?」
「そう。すごいよね」
驚くママに苦笑を浮かべた創が、視線を実里に戻す。
明日の土曜日は休みが重なるから、ふたりで出かける約束をしている。会社員の創と飲食店勤務の実里ではなかなか休みが重ならないが、その分だけ彼はpastureに来てくれる。
「信じられないわ」
異形を見るような目をするママだけれど、声は穏やかだ。いつでも見守ってくれる優しい人たちがいることに、どんなに感謝しても足りない。
「そろそろ行くか」
「は、はい」
創が実里の大きめのバッグを持ちあげる。明日はデートなのだが、それ以上に緊張することがある。今夜は創の部屋に泊まりなのだ。
――泊まりに来いよ。
甘い声で誘われたときには、おおげさではなく心臓が一瞬止まったと思う。前に泊まったときには抱き枕だったけれど、恋人になっての泊まりで抱き枕止まりのはずはない。ただでさえ創は我慢しているのだ。毎日のように男と遊んでいた彼が、実里とつき合う少し前から、誰とも寝ていない。
なんとなく隣の創を見あげると、目が合った。緊張しているのはばれているだろう。
でも創がそうやって実里を知ってくれることが、心に優しい風を吹かせる。くすぐるような暖かいそれは、心を陽だまりのような温もりで包む。
「行くぞ」
ぼうっとしていたら創が実里の手を引いた。創と手をつないで歩くなんて夢のようだし、やはり創とは思えない。手をつなぐのは嬉しいけれど、余計に緊張する。
以前と同じコインパーキングに行き、車で創の部屋に向かう。車内では創が上機嫌に鼻歌を歌っている。その低い旋律が綺麗で、思わず聞き入った。薄暗い車内で聞く知らない曲は、現実を夢のように思わせる。
なんとなくシートベルトをきゅっと握って創に視線を向けた。たしかにそこに大好きな人がいて、夢ではないと確信できた。
「悪い。うるさかったな」
自分の鼻歌に今さら気がついたように、はっとしている。無意識で機嫌をよくしているとは思わなかったので、実里は心がむずがゆくなる。きゅうんと締めつけられる胸が幸せを実感させる。
信号待ちで運転席を見ると、目が合った。
「好きです」
「まんまと捕まったよ」
「捕まえました」
実里だけではなく創にとっても想定外のことで、彼としてはそれなりに悔しいらしい。おかしくなるけれど、笑ったら可哀想だ。そんな気持ちを読み取った創が拗ねたような顔をするから、ますますおかしくなった。
マンションにつき、創が車を置きに行っているのを待つ。すぐに戻ってきた彼は実里の手を握った。
「言っておくけど、ここに来たことあるの、実里だけだから」
「え?」
「そういうこと」
「……?」
どういうことだろうと顔を見あげると、「鈍感」と手の甲をくすぐられた。
階段をあがっているうちに理解して、頬が熱くなった。創はここに他の男を連れてきたことがないのだ。
「なんだか、僕が特別みたい」
本当に夢のようでつい呟いたら、手を引かれた。
「特別なんだよ」
部屋の中に押し込まれ、振り返ると同時に抱き竦められた。身じろぎもできないほどの強い力に、鼓動が速まる。創の香りに包まれ、実里も彼の背にそっと腕をまわす。
熱い夜の予感に胸が震え、感動が湧き起こった。




