この恋、止まれません! ⑱
また土曜日が来て、店は忙しいけれど実里には元気の源がある。そろそろ来る頃だ。先ほどから落ちつかない実里を富永がちらちらと見ていて、何度も目が合う。
店のドアに視線を向けたら、ちょうど彼が入ってきた。実里が迎えたかったが、料理を運んでいるところだったのでできなかった。残念だけれど仕方がない。仕事中なのだからこういうこともある。
創が自分のことを話してくれたあの夜から二週間ほどが経つが、近頃の彼はひとりで店に来る。男に声をかけられても相手をしていなくて、誰よりも実里が驚いている。スタッフたちからは「本当に男遊びをやめさせた」と驚嘆の眼差しを向けられ、根が小心者の実里は縮こまってしまう。でも、たしかに創のまわりから男の影が消えた。
「お疲れ」
さらに驚くことに、創は実里の仕事が終わるのを待っていてくれるのだ。階段をあがったところに彼の姿がある。最初は驚きすぎて言葉も出なかったが、次第にその優しさがくすぐったくなってきた。まるで恋人のようで頬が火照る。
「あらあら」
ふたりでCLEARに行くと、ママが優しく目を細める。それも照れくさいのだけれど嬉しい。
カウンター席に並んで座り、ドリンクをオーダーする。
「僕たち、お似合いみたいですね」
「気のせいだ」
そのわりにはそっけない声を出して、つき合うとも言ってくれない。行動と言葉が矛盾していて実里は戸惑う。こんなに恋人のように接してくれるのに、創にはそういうつもりはないらしい。だったら今の創と実里の関係に、なんと名前をつけたらいいのだろう。
「創、こっちで飲もうよ」
「悪い。興味ない」
CLEARでも創は変わらずもてるが、声をかけられてもこうやってすげなく断る。たしかに男遊びをやめさせるとは宣言したが、こうも急にぴたりとなくなると、なにかあったのかと心配になる。つき合うつもりはないのにそばにいてくれるのは、どういうことなのか。答えはまったくわからない。
「なんで遊ばなくなったんですか?」
「おまえがやめろって言ったんだろ」
「言いましたが」
それでも謎だ。創が実里なんかの言うことを素直に聞くとは思えないし、最初だって「やれるものならやってみな」と挑戦的だった。それがどうしてやめる気になったのか――謎は深まって沼のようになっている。
考えすぎて思議の沼に片足を突っ込んでいたら視線を感じ、目を向けると、隣の創が実里を見ている。
「興味深いやつを見つけたから、遊ぶの面倒になっただけ」
そう言ってグラスを傾ける。創がこうしている姿を、もう何度見ただろう。どれだけ見ても見飽きないくらいに実里は創が好きだけれど、彼の気持ちは見えない。
「興味深いやつ?」
もしそれが自分のことだったら嬉しいが、それならばそうとはっきり言ってくれないとわからない。創がグラスを置くと、ロック氷がからんと涼しい音を立てた。ウイスキーをロックで飲めることさえ恰好いい。実里はビールもそのままでは飲めなくて、今日もシャンディガフだ。
「それより、今度休みが合ったらどこか行かないか?」
それはまさか。
「デートですか?」
そんなはずはない。絶対に即否定される。
実里の思考を読んだように創は苦笑して、「そうだ」とひと言返してきた。
「やっぱり僕とつき合う気になったんですね?」
「……」
今度は答えがない。否定も肯定もされないと、本当にわからない。創はなにを考えているのか。
でも、彼がどういう心境なのかはわからなくてもデートの約束をしたのは事実だ。次にシフトの希望を出すときに、土日のどちらかで休みがほしい、と店長に相談してみよう。