この恋、止まれません! ⑯
「シャワーありがとうございます」
創から借りたスウェットを着て脱衣室を出た実里に、ソファに座っていた創はちらりと視線を向けただけで立ちあがる。
「俺も浴びてくるから、座って待ってろ。飲みものは冷蔵庫から適当に選べ」
「はい」
創が脱衣室に入り、お言葉に甘えて大きめの黒い冷蔵庫を開けさせてもらうと、中にはお酒がたくさん入っていた。ビールは缶ではなく瓶で、リキュール類もたくさんある。ドアポケットに数本のミネラルウォーターを見つけ、それを一本もらった。
リビングダイニングのソファに座って創を待つ。冷えたミネラルウォーターを飲むと、緊張が若干ほどけて冷静になった。それでも心音は激しい。室内を見まわして気持ちを落ちつけようとしても、ソファの後方のシャワーの音が漏れ聞こえてくるドアに目が留まってしまう。
今、創さんもシャワー浴びてるんだ。
その事実だけでも興奮しすぎてくらくらと眩暈がしたので、ミネラルウォーターを飲んで心を落ちつけた。でも借りたスウェットからは創のにおいがして、どうやっても緊張するし心音が高鳴る。なんとか平常心を保たないと、と両の頬を軽くぱしっと叩いてみたが、効果はなかった。
ふとソファの前のローテーブルを見ると、封筒が置かれていた。「糸賀創様」と綺麗な字で宛て名が書かれていて、封は乱雑に開けられている。なんとなくその字をじっと見る。女性の字のようだが、誰からだろう。差出人が気になるけれど勝手に詮索していいとは思えなかったので、そのまま封筒から視線をはずした。
かちゃ、とドアの開く音が聞こえて振り返ると、スウェット姿の創が出てきた。手にはドライヤーを持っている。
「座ってろ」
腰をあげようとしたら制された。隣に座った創がドライヤーのスイッチを入れ、実里の髪を乾かしはじめる。
「あ、あの、自分でできます」
「いいから」
優しい手つきで髪に指を通されて、揺らすように温風を当てられる。創の手つきも温風も気持ちよくて、次第に眠くなってきた。
あくびを噛み殺していると温風が止まった。実里の髪を乾かし終えた創は、満足そうにひとつ頷いている。きちんと乾いたか確認しているのか、髪をかきあげるように指をさし込まれて頬が火照る。
「僕も創さんの髪を乾かします」
「自分でできる」
「だめです。交代です」
大きな手からドライヤーを取ってスイッチを入れ、濡れた髪にドライヤーをかける。緊張しながら、少しくせのある黒髪に触れる。乾いていくと徐々にいつものふわりとしたスタイルになり、見慣れた姿にほっとした。濡れ髪は色気がありすぎて目の毒だ。
「できました」
今日の創はおかしい。実里を部屋に連れ込んだり、こんなことを許してくれたり。なにかあったのだろうか。仕事で疲れていつもの調子が出ないだけにしてはおかしすぎる。
創が立ちあがったのでついていくと、入った部屋はセミダブルのベッドが置かれている寝室だった。ブルーグレーのカーテンと、同系色の布団カバーが室内を落ちついた雰囲気にしている。
創はリモコンで照明を暗くしてからゆったりとした動きでベッドに入り、実里に向かって手を伸ばす。
「来い」
「するんですね」
「しない。いいから来い」
しないのにベッドに入れとは、どういうことだ。
考えながら、言われたとおりに掛け布団の中に入る。途端長い腕に引き寄せられた。少し強引な力で腕の中に閉じ込められ、心臓がありえない動きをする。部屋に入ったときに創の香りに包まれ、まるで抱きしめられているようだと思ったけれど、本当に抱きしめられている。体温や息遣いまで感じて、頬がひどく熱い。以前にもホテルで抱きしめられたことがあるが、そのときとは状況が違う。ここは創の部屋で、ふたりともシャワーまで浴びたのだ。
「は、創さん?」
「抱き枕だろ。癒やせ」
実里の髪に頬を寄せてぎゅっと腕に力を込める創は、逃がさない、というように強く抱きしめてくる。夢だろうか――夢としか思えない。それなのに彼のにおいや体温、わずかな身じろぎがあり、これが現実だと教えられる。
「りょ、了解です! 頑張ります」
声がうわずったが気合いを入れる。でも「癒やす」とはどうするのかわからない。おずおずと彼の背に腕をまわしてみたら、怒られなかった。背の高い創を受け止めるようにぎゅうっと抱きしめ返すと、実里の髪に顔をうずめた彼の身体が弛緩していく。